ともだち
今から30年前の、とある小学校での話である。
学校から少し離れた地域に住んでいたRちゃんという女の子がいた。
Rちゃんは、登下校を一人でしていた。一人の登下校ほど寂しく、また自由なものはない。一人遊びが得意だったRちゃんは毎日、通学路の途中の河原に立ち寄ったり、住宅街をわざとジグザグに通ったりしながら、楽しく登校していた。
そしてある冬の日の午後、いつものどおり一人で下校していると、ふと視界のすみに何かが映った気がして立ち止まったという。
振り返ると何もいない。おかしいなと前を向くとまたちらっと視界の端に何かが映る。
(黄色い……帽子?)
黄色い帽子をかぶったおかっぱ頭の少女が見えた気がした。
Rちゃんと比べてずいぶん年少で、小学1〜2年生くらいだろうか。この寒い季節に白い半袖と紺色のつりスカート姿。足には白っぽい運動靴を履いているようだった。ほんの一瞬だったが、そういった様子が仔細に見て取れた。
おかしいなとRちゃんは思った。その少女が古臭いフィルムに映された映画のように浮き上がって見えたからだ。完全に振り向くといない。振り返ろうと視界を動かす時にのみ、ちらちらとその少女は見えた。
その日からだ。
少女は、登下校の視界のあちこちに現れ始めた。
電信柱の影。隣の家の植え込みの端。学校の校舎の隅っこ。
何かの角に、体を半分隠すように少女は現れる。格好はいつも同じで、こちらを眺めている様子だ。その目線までわかるのに、いくら目を凝らしても顔は見えなかった。
Rちゃんには不思議と怖いという感覚はなかったという。家や学校、建物の中で少女を見掛けることがなかったせいかもしれないと、彼女は語ってくれた。
さらに、ほとんど毎日見かけているうちに、次第にどのあたりで少女が見えるかも予想がつくようになった。
だからある日、こっそりと親しい友人にだけ話をした。
「私、女の子が見えるんだよ」
噂はあっと言う間に広がった。クラス中で話題になり、Rちゃんのことを嘘つきだと言い出す同級生も現れた。
「見えるんなら、証拠を出せよ。どこで見えるか教えてみろ」
同級生の男子に詰め寄られ、Rちゃんは困ってしまった。
見える場所はわかっていた。多分きっと、今日は家の近くにある神社の境内だと。あの神社の、賽銭箱の裏側。
けれど今、そこで見えると言っても信じてもらえないだろう。昼休みだし確かめにもいけない。それにもし、自分だけにしか見えなかったらと怖くもなった。
困ったRちゃんはつい、嘘を言ってしまった。
Rちゃんの教室は3階建て校舎の2階にあり、1階から2階へは途中に踊り場がある階段で繋がっていた。Rちゃんはこう言った。
「今は階段の、踊り場におるよ。ちらっとみたら、必ずおる」
わっと、クラスの数人がすぐに確かめに廊下へ走り出た。Rちゃんとその友達もその後をついていった。
そこで、先に到着した中から悲鳴が上がった。
「本当におる!」
そこからは大騒ぎだった。何人かの生徒が見た、いた、と騒いで泣き出したのだ。
しかも、見たと言う者は口々に別の「もの」がいたと騒いだ。
ある者は薄汚れた黒い大型犬を見た。またある者はスーツを着た学校の先生のような男性を、腰の曲がった老婆を。
一番、目撃証言が多かったのは、紺色の半袖半ズボンに制帽をかぶった幼稚園くらいの少年だった。
Rちゃんは呆然とした。
Rちゃんの視界の端、踊り場にははっきりと例の少女が写っていた。
Rちゃんはそれから、駆けつけた担任の先生に散々に怒られた。騒ぎの首謀者として謝らなければならなかったのだ。けれど「そんなものはいない」と主張する担任にどうしても「いない」とは言えずに、結局どうやって騒ぎがおさまったかはRちゃんは覚えていないという。
ただ、その騒ぎをきっかけに変わったことがあった。
あの少女が、あの階段の踊り場に毎日現れるようになったことだ。
毎日Rちゃんはクラスへの階段を登る。踊り場にたどり着くと、少女が立っているはずの側をわざとすり抜けて、コノ字型の階段を登り切る。そして、ほんのちょっと振り返る。
そうすると、そこに、視界の端に少女は必ずいた。そしてその少女の表情は、恨みがましい、こちらを睨みつけてくる鋭い視線だったという。
Rちゃんは学年が上がり、その階段を使わなくなるまで毎日、彼女を見続けなければならなかった。
【end】