76話
というのはもちろん嘘なわけで。誰にも見られないところでちょこーっとだけ魔法を試してみるつもりで外に出てきた。あまり夜遅くまで起きてるのは問題だが、敷地内を散歩する程度なら問題ない。まぁ嘘ついたのは良いけど、リリンは気づいてたっぽいな。嘘ついた甲斐がないわ。
「ふぅ……」
ため息を一つついて、周りを見る。数は多くないが、契約者を連れて夜の散歩を楽しんでる人とかランニングしてる人とか見かけるな。粋なこって。
「はっ……はっ……」
……その二つを満たしてるヤツもいる。見間違うはずもない。ミケだ。夜中で真っ黒だからちょっとビクッてしたぞ。せめてランニングウェアは黒以外にしてくれ。つか今着てるの先生に着させられたのじゃね? やたら体に負担かけるアレ。授業以外でも着てんのかよ……。
「はっ……はっ……。あれ? 才じゃないか。珍しいねこんな時間に」
おっと気づかれた。スルーするつもりだったんだけど。でも気づかれちゃったし、仕方ないから相手してやるか。
「ちょっと気分転換にな」
「へぇ~。その割りには若干機嫌悪い?」
そらお前に会っちまったからな。嫌いじゃないが今は誰とも会いたくなかった。絡まれたらそのぶん時間減るし、試せる回数も減る。だがわざわざ正直に言ったところで空気を悪くするだけ。俺はちゃんと空気読みますよぉ~。
「夜なのに黒い物体が走ってきたら驚くだろ。なんだ狙ってんのかお前」
とか思いつつも悪態つくさすが俺。言葉選びがもう喧嘩腰だね。自他ともに認めるコミュ障は伊達じゃない。ま、ミケはそんなの気にするヤツじゃないのは知ってるから特に反省もしないがな。
「あ~やっぱりそうかな? なんかすれ違う人皆が皆ビクッってするからさ。上から明るい色のジャージでも着ようかな」
気づいてんなら着てやれよ……。つかよく今まで通報されなかったな。パッと見完全不審者だぞ。せめて注意くらいはあってもおかしくないだろ。初犯とかわからなくもないが、さっきこの時間に珍しいともいってたからそれなりにヤってんだろお前。なんなら俺が今すぐ通報してやろうか? 直す素振り見せてるのにチクるスタイル。
「そういえば気分転換って言ってたけど。何かあったのかい?」
「ん? 別に。大したことはない」
「珍しく散歩してるのに?」
「たまたま体力が余ってたからな。普段は授業でクタクタだからすぐに寝てるんだよ」
「なるほどね。あ、体力余ってるなら一緒にランニングしない?」
「断る」
なんで授業以外で体動かさなイカンのじゃ。俺は必要最低限しかそういったトレーニングしないって決めてんの。つか授業でトレーニングがなきゃ一切やってないぞ。たまに鈍らないようにする程度でよ。
「そっかぁ~。またしたくなったら言ってよ。付き合うからさ」
「あぁ」
一生ないと思うけどな。お前は永遠に一人かジゼルと走ってろ。
「じゃあ僕はこれで。また明日ね」
「はいはい。さっさと行け」
「まったくだよ。長話して。体が冷えちまうだろ。フン!」
おうおうジゼルさんがご立腹。言うほど長話もしてないけど心の中でごめんなさい。悪いのはそいつです。
「あはは……。ごめんごめん。それじゃあ行こうか」
「……」
やっとミケはランニングを再開。が、ジゼルは足を止めている。急かしてたのにどうしたんだ? 足でもつった?
「……ほどほどにしときなよ。戻れなくなったら手遅れだからね」
「……ご忠告どうも」
ジゼルは一言残すとミケを追いかける。口振りからして俺の変化に気づいてるんだろうな。悪いけどその忠告は聞けないわ。人間やめるのはもう決めてるんだよ。俺。まぁたとえ別の生き物になったとしても、せめて自我は残したいとは思うけどね。
「すぅ~……はぁ~……」
ようやく人気のない場所を見つけられた。久々の人域魔法の使用挑戦で緊張してるので、まずは深呼吸。
人域魔法ってのは基本的にイメージで行う。詠唱とか技名叫ぶ的なモノはない。魔法じゃないが、リリンが影を使うとき特に何も決まった動きをしないのと同じだな。ただイメージのコツとか実現可能かどうかは研究されている。まとめた本もあるくらい。
「すぅ~……はぁ~……」
深呼吸を続けながら、俺も昔読んだことがある一般的な初心者向けの人域魔法入門の教材の内容を思い出していく。最もポピュラーな絵でいくか。頭の中で『この魔法を使う自分』をイメージし、具現化させる方法。どうしてこの事象が起こりうるかってのからイメージして発現させる理論派もいるが、俺はそこまで頭良くないので結局絵でやるしかないんだけどな。
「ふぅ……。よし。やるか」
緊張が解れてきたので、早速挑戦。リリンとの繋がりも今は感じないから、実際にやったかどうかは探れない……はず。まぁとっくにバレてんだろうけど。俺の気持ち的に少しでもバレてる可能性が低くなってくれてたら良いわ。
さて、どんな魔法にするか……。そうだな。分かりやすく火でいこう。小さくていい。手のひらの上に蝋燭の灯火みたいに小さな火を……。
「……」
うん。まぁ。最初だし上手くいかないわな。マナもビビって全然出せてないし。ビビんな~。ビビんな~俺。ある程度ならもうマナは使える。決して多くはないが使えるんだ。子供でもできる魔法なら使えるはずだ。前みたいにどの魔法使ってもマナをちょっと出すだけで手足が破裂することはもうないはずなんだ。ヤバそうならやめれば良いし。まずは挑戦。
「うっし」
再度挑戦。今度はちゃんと意識して少しずつマナを出していく。ゆっくりだが手のひらの上に熱を感じる。だけどまだ火にはなってない。もう少しマナの量を増やそう。
「……」
……まだ出せる。……まだ出せる。……もう少し。もう少しなら出せる。もうちょっと……。
「あづっ!?」
目を閉じて集中していたら突然手のひらに焼けるような痛みが走る。チラッと見えたが今火っぽいのが見えたぞ!?
「も、もう一回……」
今度は目をちゃんと開いて……。手のひらの上だが距離は少し空けて火が出るようにイメージ……。マナの量はさっきと同じくらい……。
「は、ははは……」
出た。俺の手の上に。小さいけどちゃんと火が。は、初めてちゃんと人域魔法が使えた……。
「や、やった……!」
実際に体で表現してるわけじゃないが、内心おおはしゃぎ。俺も大分ひねくれたガキって自覚はあるけど。こんなときは普通に嬉しいんだな。まだ自分で自分に感動できる心があってビックリだよ。あぁ……マジで嬉しい。ありがとうなリリン。今は素直に心からお礼が言えそうだわ。絶対面と向かっては言わないけど。
「……!?」
喜んでいると、突然拍手が聞こえる。暗がりから誰から近づいてくる。げっ。まさか見られてた? め、めっちゃ恥ずかしいんだが……。見るのは良いけど俺に気づかれてんじゃねぇよ通りすがりの人! つかわざわざ拍手して近づいて来て存在を知らせてんじゃねぇ。……まさかミケじゃねぇだろうな? もしミケならぶっ飛ばす。
「いや~すごいすごい。まさかこの学園で人域魔法を使う生徒がいるとは思わなかったよ~」
違った。暗がりから現れたのはミケよりもっと小さくて線の細いヤツ。……あれ? こいつ……。この改造制服どっかで……。
「こんな時間に一人で練習?」
「いや……別に。ちょっと試してみただけだが……」
どこだっけな……。黒髪ショートにミニハット。フリルをあしらった改造制服……。あぁ~周りにキャラの濃いのが多いせいで思い出せん。十分こいつもキャラ強いんだけど、周りが周りだからな。元々人の面覚えるの苦手だし。
「そうなんだ。でも試したらできちゃったと」
「まぁ……そんな感じ……あ」
思い出した。コロナを教室に連れてったときだわ。呼び止められて少しだけしゃべった。たしか名乗ってたな。名前は……えっと……。




