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遥か高みの召喚魔帝  作者: 黒井泳鳥
最終章
650/656

650話

バトルパート


   天良寺才&コロナ

      VS

   クレマン・デュアメル



 コロナを核とし、燃料とし、コロナを自らの白炎から守る概念武装。

 概念が故、本来この鎧には――。

「おや? これは私が知ってるモノより……」

(かなり、デカいな)

 形はない。

「――――――――」

 才やクレマンが知っているモノはもっと足が短く、小さく、上半身が丸く大きく、腕の太いモノ。

 けれど、今コロナが顕現させたのは手足が長く、手足は幅広。胴体はより球体に近く、密度を増した姿。加えて、その腕の長さだけで元の姿の体高より長い。ざっと十階建てくらいはあるだろうか。

 足場が少なく、本体が遠い。コロナなりに頭を使った姿。

「ふむふむ、どうしたものか」

 顎を撫で、考える素振りを見せるクレマン。

 彼の瞳は《《白》》色のはずだがわずかに《《紫》》に染まって――。

「まぁ、このくらいの変化なら大差ないだろう」

 情報は脳に叩き込まれた。

「――――ッ」

 呟いた直後、コロナは右手を振り上げて振り下ろす。

 サイズに見合わない速度で、サイズよりも大きな力で掌を叩きつける。

 赤い砂埃が舞い、余波は才のところにまで及ぶもクレマンは。

「こほっこほっ。……やれやれ、これはあとで念入りにシャワーを浴びなくてはいけないな」

 平然と受け止めていた。

 左手の曲げた中指と人差し指で、タバコでも挟めそうな隙間を空けて。

「まぁ最初からこのイベントが終われば浴びるつもりだったし、咎めるつもりもないさ」

「むしろ、長くなっても構わない。――君も汚れるだろうから念入りに洗うつもりだったし、ちょうど良いくらいだ」

「――――!」

 受け止めていた指を軸にコロナ側に向いていた手を回し手のひらを自分のほうへ向けながら鎧の掌と合わせる。

「そら」

「――――!?」

 そして全ての指を鎧にめり込ませるように引っかけ、手首を自分方向へ曲げた。まるで、テニスボールでも後ろの人にノールックでパスするように。

 ただし、投げられたのは巨大な鎧。

 当然投げたのは腕力でなく。

(……強い。それに繊細なマナの使い方。あのおっさん、あんな器用なことできるようには見えなかったんだが)

 マナを用いた空間歪曲と運動エネルギーへの変換。

 才もよく使うし、特段珍しくもない。

 ただ、相手の情報さえあれば確実に自らが勝てるよう天秤を傾けるだけの能力かと思っていたのに、技術も使えたことに驚いただけ。

 力と力のぶつかり合いならば一瞬だけ相手の認識を上回れば勝機は掴める。少なくとも可能性は大いにある。今までならば。

 不思議なことに、初手ですら今までのコロナが出せる物理的最大出力は軽く越えていたのにも関わらずいなされてしまった。そして最低限の技術も見せてきたのも問題。

(引き出しがあるとは思わなかった。最初はコロナに好きにやらせてフラストレーションの発散と様子見を兼ねるつもりだったけど……もう少し様子見を比重を増やしたほうがいいか)

 始まった瞬間からその場を動かずけんに徹する才。

 彼は今回マナや戦術などの手助けはするが直接は動かない心づもり。

 ならば、距離を取るなり安全な場所へ逃げるなりしても良いのではと思うだろう。

 否、それは浅はか。

 これは大事な布石。故に離れるわけにはいかない。

 それに、その場を離れなかったことで得られたモノもある。

(あいつの目、一瞬色が変わったような気がしたんだよな……マナの感じも目から脳にかけて微妙に変わってたし。あれはなんかありそう。良かった、肉眼で見といて。マナの流れだけよりもより関係性への確信が持てるから)

 才はまだ《《紫》》の詳細を知らされていない。《《使ってはいる》》が、同一とはまだ気づいていない。

 そして今、それはわりとどうでもいい。

(さぁて、コロナ。まだ始まったばかりだぞ。バテるには早いよな)

「――――ッ」

 投げられはしたものの、長い手足を利用して体勢を立て直す。

 アクションはお互い一つずつ起こしてダメージは無し。

 しかし、現状一手目はクレマン優勢。

「――――ッ!」

 かなり強めに叩いても効かず。また軽く投げ飛ばされてもめげないコロナ。

 次もまた腕を掲げるが、先ほどとは様相が異なる。

 掲げる右腕にはたくさんの関節が増え、そのまま振り下ろすと。

「あ、おいバカ!」

 関節の隙間は弾力を帯び、しなりながら伸びていく。

 よって才のところまで届いてしまい、慌ててかわすがクレマンのほうは。

「代わり映えだけはするね」

 右手で軽く払い、しなる鎧の腕は軌道を真横にされて隣接されているビルのうちの一つ、一階から二階部分にかけて破壊していく。

「けほけほ……ったくあいつ……」

(こっちのことも考えてほしいもんだなおい)

 心の中で呟くも、同時に初手のことがあるのでコロナに余裕がないのもわかる。

 才の予想は正しく、コロナはあの時点で才への気遣いは一旦しまっている。

 元々才の丈夫さもよく知ってるからこそなのだけれど。

「――――!」

 片腕は弾かれてもそれは想定内。コロナは追撃を重ねていく。

「無駄なことを」

 弾かれた手ともう片方の手でクレマンを挟み撃ち。だがそれぞれ片手で受け止められてしまう。

「――――!」

 追撃はまだ続く。残された腕部はないが、足は残されている。

 右足部分を掲げてかかと落としが如く振り下ろす。

 コロナの腕も塞がっているがクレマンも同様。腕よりもマナで威力拡張を行ったソレならば現状ダメージは通る。しかも頭部となれば思考を少しの間奪えるかもしれない。

「はぁ……困ったな……。最近年でキツくなってきたんだが……」

「――――!?」

「まぁ、できんことはない」

 右足を上げI字開脚。左足は少し埋まるがダメージは当然ない。

「さて、そろそろこちらからもいきたいんだが――ん?」

 埋まった足から伝わる違和感しんどう震動それに気づくにはやや遅い。

「――――!」

 残された鎧の足はじめんを進んでクレマンの足元へ。

 四方から挟まれ逃げ場はなくなった。

「――――ッッ!」

 クレマンを捕らえると、球体に近い胴体を利用して捻りながら寝返りを打つ。

「うお!?」

 四肢は螺旋状に絡み、さらに逃げ場をなくして地面に叩きつけられる。

 鎧の腕で守られてダメージはない……と、思うかもしれないがそうじゃない。衝撃は伝わっていく。

 そして、この程度の脅威になり得ない衝撃はどうやら天秤にかける資格がないらしい。

「ぐ、うぬぅ……!」

 意図せず。些細ではあるがダメージを与えることに成功したということ。

「――――! ――――!」

「うっ! ぐぅ!」

 手応えからはわからないが、反撃がないことから有効と判断。ゴロゴロと転がり、建物や地面に叩きつけまくる。

 クレマンは衝撃によって身動きが取れず、されるがまま。

(ってことはやっぱ基礎性能は高いがその他経験やら技術は素人って感じかな。ま、こっちはわかってたけど。ちょっとの衝撃ならむしろ有効ってのが収穫としては大きい。いやでもたぶん間接的、副次的だから有効なのかな? 前に触れたときの感覚からすると、直接だとあの能力が発動しちまう)

 つまり、コロナの鎧づたいだから衝撃が有効になっているだけ。そして一定以上の衝撃は天秤にかけられてしまう。

 なので、これは時間稼ぎにしかなっていない。

 これを数時間。数十時間とやればフラストレーションでまともな人間なら気が狂うものの。さすがにそんなに悠長にはできない。

「この……っ」

「――――!? ――――っ!」

「ぬぅぅお!?」

 手中の感覚から動きを察し、上へと放り投げる。

「ぅぅぅ…………ぉぉぉぉぉ……っ!」

 マナの扱いそのものは対して上手くなく、加えてアレクサンドラなどに起きた人類の進化と進歩がクレマンにはない。

 よって空間をいじることもできず、落ちることしかできず。なす術も無し。

(く……っ。小癪なことをっ)

 苦虫を噛み潰したような顔が風圧でさらに歪む。しかし、地につかねばなにもできない。着地を待つのみ。

「――――っ」

「ぐぉ!?」

 ただ待つなんて甘いことは起こらず。コロナは再び四肢を束ねて落ちてくるクレマンに叩きつける。

 今度のはマナを少し強めに込めた。コロナにとっては全力のつもり程度には強く。

 なのでこの一撃は相応のダメージをあたえることができた。

「…………なるほど。研究はしてきたようだ。アレクサンドラと紅緒との試合を見たな?」

 口の中を少し切り、額に擦り傷。服には砂埃。

 目立つ部分はそのくらいで、あとは軽い打撲がちらほらと。

 与えられたのはこの程度。そして少しだけ傾いた天秤は元に戻る。

「《《だが覚えた》》。もう効かんぞ」

 相手の力量を知れば知るほど強くなる。それがクレマン・デュアメル。

 よって、本気のつもりの攻撃はもう通らない。

 つもりじゃあもう通じない。

(コロナ……。本気は怖いんだろう? わかってる。だが、本気を出さなきゃ勝てないぞ)

「――――…………」

(まぁ肩の力抜けよ。そのおっさんはある意味俺より丈夫だから。気長にやればいいさ)

(…………ん!)

 才に促されて、抑えていたマナを少しずつ解放することを決意。

 まぁ、そうしなければ。

「今度こそ……私の番だな?」

 怒ったクレマンに蹂躙されるのみだろう。

 そして、少しずつも意味はない。すぐに学習されて適応されるだけ。

 だから爆発的に出力を上げて、一撃で倒さなくてはいけない。

 実際は他にもあるのだが、今の才には考えも及ばないこと。

「――――!」

 さしあたり。ひとまず。とりあえず。コロナは出力を徐々に上げながらリーチを活かして攻勢に出るだけ。

 先程と同じようにまずは片腕を囮に――。

「同じ手とは甘いなぁ」

「――――!? ――――!」

 しようとするも強めに弾かれた。

 ほんの少しマナを上げたぶんノックバックは見て取れたので続けざまにもう片方。

 しかし。

「そらぁ!」

「――――!!?」

 今度は出力を上げるのに失敗。掴まれた腕は勢いよく振られ、波打ちながらバラバラになる。

「――――!」

 残った足を振るうが片足も同様にもがれ、残った一本はというと。

「ふんぬぅ!」

 真後ろへと投げられる。

 真ん中あたりで千切れるが勢いはそのまま。胴体がクレマンのほうへ向かっていく。

「さて、(胸は)どこかな?」


 ――ぐしゃあっ!!!


 胴体にめり込み、コロナの肩を掴み、潰す。

「んぎゅあ!?」

「残念。違ったようだ」

「んがぁ!!?」

 さらに力を込めて二度潰す。

 そして足で胴体を抑えながらコロナを引きずり出す。

「ぅ……が…………。……っ。がぁ!」

「ふんぬ!」


 ――ペキキ……ッ! ペキッ!


「か――」

 コロナが噛みつこうとした瞬間、クレマンの拳が側頭部に入る。

 骨に亀裂がはしる音が同時数カ所から鳴り、また勢いはとどまらずそのまま飛ばされていく。


 ――ドコォォォォォオン!


 今度は自身の体で建物を壊す羽目に。

「ぁ……ぅが……」

 右顎関節と顎の中心が割れて歪に片顎が垂れ下がる。

 口が閉じられず、覗く奥歯は二本は完全に折れてしまい。他の歯もグラつくなり欠けるなり割れるなりしてしまって、とても痛々しい顔つきに。

「ひゅぐぐ……っ。ひゅん!」

 口から隙間風を鳴らしながら瓦礫をどかし、立ち上がる。

「んがぁ〜……あぁ〜……ぁああ〜……! ぷぇっ! ぴぇっ!」

 口の中へ指を突っ込み破損した歯を吐き捨てながら歩みを進め、クレマンが見えるところまで戻っていく。

「んが……あうっ。あぐぅ! ふん!」

 道中顎を元の位置まで戻し、噛み締め、しっくり来たところで治癒。マナによる痛み故に消えることはないが、少なくとも支障がない程度には回復できた。リリンとの繋がりから回復力を得ていたのだ。

 とはいえ、やはり劣勢。鎧の新しい活用法を試みても成果は対して得られずというところか。

「おや? 顎を砕いたつもりだが……出血だけだね?」

「……? あぐ! あぐ!」

 クレマンの目に入り、指摘されたので顎は無事だし効いてないぞアピール。

 正直、この男にソレは意味がないどころかむしろ。

「オーララ。丈夫なのか治りが早いかは定かではないが、多少乱暴にしても問題ないのはイイね。うん。このあとがより楽しみになる!」

「ぶるぶる……!」

 嗜虐心を隠しきれていない気色悪い笑みに悪寒を覚える。

 幼い精神じゃクレマンのような男は十二分に堪えるのだろう。

 が、気味悪がってる場合ではない。

「まだ! 私の番は続いてるだろう!?」

「……んに!?」

 一瞬全身にうっすらと紫色を帯びてすぐ元に戻る。けれどその一瞬の前後が問題。

 クレマンに速度などはない……いや、なかった。

 なのに、今走り出したクレマンの速度は音速を超えている。マナによる空間の歪曲もないままに、だ。

 簡潔に答えを言おう。クレマンはそれができるように筋力が天秤にかけられた。紫が帯びたその一瞬で。

(おいおい、あれじゃまるでロッテ……)

 正解。クレマンはコロナに触れた時物理から存在へ干渉。ロゥテシアの存在へアクセスし、そのまま天秤にかけた。

(ふふ。いいなこれ。まだ慣れてはいないが、かけられる対象モノが大分増えている)

 ロゥテシアの力を投影でないだけマシではある。あるが、元々スペックが高く、勝手に上がっていくというのにも関わらず自ら上げに来たわけだ。

 しかも、よりによってロゥテシアに対抗できる肉体スペックとなれば。簡単に言えばクレマンのマナと能力を持ったロゥテシアよりも少し高い膂力が合わさったことになる。

 マナを使ったロゥテシアのが確かに強い。強いが、それでも尚。それでも尚。

「今度のはどうかな!?」

「――んぶ!!?」

 脅威的。

 ロゥテシアの速度でソニックブームを纏いながらの腹部へ一発。

 鳩尾、胃、子宮などなど。あらゆる臓器が一度で潰され、再び建物ビルの中へ投げ戻される。

「まっ! コロナ!」

 そのあまりの予想外の威力に才が思わず声をあげてしまう。

「そぉおら!」

 しかし心配の声など気にするはずもなく。クレマンは未だ飛ばされる勢い治まらないコロナへ急接近して先程殴ったところを蹴り上げる。


 ――ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!


「ゔぇあっ!? ぅろろろっ!!!」

 体はくの字よりも鋭角に背骨は曲がり、すぐに天を目指して天井をいくつも破壊。口から大量の血と臓物の破片を漏らしながら屋上まで突き抜けていく。

「う……っ。んご……。ゔぇあ……っ」

 屋上まで行き着いても数メートル余計に宙を舞って、何度も弾んでようやく勢いは死んだ。

「かひゅー……! かびゅふー……!」

 普通に息をしているつもりでも折れた骨が肺に刺さり、喉に臓物がへばりついてままならない。

「ぅ……ゔぉぇ……」

 呻きながら。蠢きながら。なんとか治そうと足掻くも先程と違って上手くいかない。

 多少のマナによる傷ならばリリンとて治せる。けれど二撃目からは多少ではない。

 マナによってロゥテシアの膂力を再現され、その上で殴られているならば。その攻撃は腕力ではなくマナによって拡張されたに等しい。

 で、あるならば。多大なマナによるダメージ。治すは難し。

 しかし、こんな状況でも不幸中の幸いはある。

 クレマンは未だ一階に留まっているからだ。

「れろ……素晴らしい(トレビアン)

 口元に降って来たコロナのどこともわからない肉片を舐めとりながら、その味を称賛しているのか。はたまた半分無自覚に天秤に乗せて手に入れたロゥテシアの膂力に酔いしれているのかは定かではない。

 そもそも、天秤の能力はもっと曖昧で。相手に応じて腕力にかさ増しするようなモノだった。

 けれど紫の力を併用することで情報を得て、天秤を改変し、より細かく上乗せできるようになってしまっていた。

 そして慣れていないという言葉。あれはまさしく手に入れたばかりの力故だから。

 手に入れたのは先日のシステムの声を聞いた時。あのときクレマン・デュアメルの天秤は一歩先へ進んでしまっていたのだ。

 なので慣れていないのは当たり前。今回が実戦初使用どころか初実践なのだから。

「はははは。元々負けるつもりは毛頭なかったが」

 なぜこのタイミングなのか。

「確信はより強固になってしまったなぁ」

 なんてわかりきっている。

「今なら紅緒も私の敵じゃない」

 神は求めているだけ。

「だが彼女は後回し。その前に」

 手中に自らの力の破片と。

「嫁を手に入れなくては」

 花菜とその娘の因子を。

「さぁ、待っていなよべべちゃん。今行くから」

 手に入れたいだけ。



(――コロナは……一応無事か。けどかなり臓器なかっちまってる。回復は……よし。あのおっさん、悠長に歩いてやがる。これなら間に合いそう)

 が、間に合ったところでどうだというのか。

 慎重に出力を上げようとしたコロナを嘲笑うかのように一手で大きく天秤を傾けた。

 徐々に上げたところで最早到底追い付けるはずもなく。

 なれば如何様にすべきか。

「…………チッ」

 コロナがいるビルを見上げながら舌打ち一つ。

 が、それ以上はなにをするでもなくただその場に佇む。

(コロナ……悪い。それでも俺はお前に……)

 殺されない。だから見守るに徹することができる。

 けれど、それは相手に甘えているだけで。とても、残酷なことをしている。

 才もそれはわかっていて、だからこそ舌打ちをして、顔をしかめている。

(クソ……学園長とあんな約束しなきゃ今ごろ俺も手出してたかな?)

 そんなことを考えても意味はないけれど。余計なことを考えて気を紛らせないと……いや、考えたところで、このやるせなさは濁ってくれない。



「ほぉ……すごいな。もうそんなに治っているのかい?」

「……」

 辛うじて治癒は間に合い、ボロボロの姿ではあるものの立って迎えることができた。

 できたが、コロナの表情はとても険しい。

 理由は言わずもがな。

「ふふ、ぐふふふふふ、ふふふ。やめてくれ、歪んだ顔はクるものがある。どうせ今夜たくさん見るのだから早まらないでくれ」

「ぅぇ……」

 さらにしかめる。まるで顔が梅干しの種のよう。

「ふるふる……っ!」

 そんなことしてる場合じゃないと頭を振る。

 相手がどんなに気色悪くても強敵なのは変わらない。油断してはいけない相手。

 やるべきは忌避でなく。活路を見いだすこと。

「ぅ~……」

 覚悟を決めるにはあまりに短く。しかしてやらねばならぬ。成さねば負け。失うのは――。

「……! うがぁあ!」

 気づけば決まる覚悟。咆哮きあい一発。

 はなばなれもう嫌だ。その気持ちに曇りなく。常に一貫にして純然。

 覚悟なんてのは時間でなく動機によって成り立つ。

 コロナにとっての動機など考えるのも愚か。

「ぐぅあああああ!」

 才と離れない為ならば。才の傍にいる為ならば。

 肌で強さを叩きつけられ、わからせられても。たった一つの望みを叶える為ならば。いくらだって。何度だって決められる。

 彼女コロナにとって。才とはそういう存在だから。

「――ふん!」

 いつもの鼻息一つ。準備は整った。

「ほう。先程とはまた違って凛々しい顔つき。いや残念だ。その顔から歪めるのは後にしたかったのに――……!?」

 言い切る前に。悪寒を感じる前に。音と共にその場に置き去りにして、クレマンの腹部へ飛び込みながらの頭突き。

「うぎぎ……!」

 噛み締めた上下の歯は根元からヒビが入り、多少出血するが。

「ふんがぁ!」

「ぐお!?」

 僅かにクレマンよりも天秤を傾けた。

 一つ向こうのビルの屋上まで吹っ飛ばし、コロナはその場に踏ん張って留まる。

「ふぃ~……うあ~」

 片手で首を押さえてコキコキ鳴らしてガラの悪そうな顔をしている。

 本人は意図していないが、そのくらいクレマンに触れてしまうことが嫌ということだろう。

 それと理由はもう一つ。

「なーんなッ!」

 ナメるな、と。

 確実に下に見られていた。

 それが、気に入らない。

 コロナの幼い精神が故。嫌いな相手に侮られるのは気に入らない。

 自分と愛する者を引き離そうとするのも気に入らない。

 純粋な気持ちは恐れという不純物を取り除いていく。

「すぅー……!」

 両手を重ね、籠手をイメージ。

「ふん!」

 撃鉄が如く下をぶん殴り、自らを斜め上に打ち上げる。

「……っ」

 さらに空中の空間を歪め、気体は固体の硬度を手に入れる。

 再び撃鉄を鳴らし、斜め下へ。

 行き着く先は。

「う……つつ……。なんだ? どうしていきなり――」

「ぅがぁあ!!!」

「ぅ……っ!?」

 ぶっ飛ばしたクレマンのところ。

 両腕で自分の顔を隠すようにし肘が突き刺さるようにし突っ込んでいく。

「ふ……! ひぅ!」

 情けない声を漏らしながら横へ跳び転がりかわす。

 コロナはそのまま下へ二階ぶん貫き、外まで突き抜ける勢い。

「ぬんっ」

 腕を広げながら捻りを加え、体勢を整えながら体に負担をかけない程度に空間を歪めて空気抵抗を増やして勢いを低減。ビルの壁に張り付く。

「すぅー……はぁ……すぅー……はぁ……ふん!」

 目を瞑り、息を整え。目を開くと同時に壁を蹴り貫き一瞬だけ嵌まるようにしながら走っていく。

 マナを使えば空中歩行は難しくないが、他で使うために温存中。

 使い道その一。

「だぁ!」

 片腕だけ籠手を出し、ビルを殴る。

「うお……っ? お!?」

 爆音から一瞬遅れて傾く屋上。立ち上がろうとしていたクレマンはバランスを崩してまた手をつく。

 しかしそれで体勢を立て直せるわけでもなく、

傾く屋上と共に体はコロナのほうへ落ちていく。

 温存していたマナの使い道その二。

「ふひひ。んがぁ!」

 落ちてきたクレマンに重たいのをぶちこむ為。

 壊すときに使ったマナの余りで一瞬足場を作り、クレマンに襲いかかる。

 が、ここで一つミスをしてしまう。

 圧縮するために籠手ではなく自分の手にマナを込めてしまったこと。それによって起こるのは。

「……!?」

 直接天秤にかけられてしまう。

 そして、クレマンの目は――。

「お、驚かされたよ」

 紫色を帯びている。

 天秤は再びクレマンに傾き。

「あ、が……っ」

 コロナの矛はクレマンの盾に負ける。

 マナの押し合いに負ければダメージを受けるのはコロナ。拳が潰れて甲は剥離骨折。骨は皮膚と肉を突き破る。

「れろ。お仕置きだ」

「い!? ――ぎっ!?」

 わがままなことを言いながら顔面で受け止めた手を掴み、一舐めしてからお返しに顔面へ一発。今度はコロナが殴り飛ばされる。


 ――ガシャッ! ズズズガガガガガガッ!


 別のビルの中腹あたりで内部に残された廃棄品を押し退けながらずり転がっていく。

「うぐぅ……ぷっ」

 血を吐きながらグリグリ血を拭う。

 コロナのほうもマナを上げたお陰かダメージは軽微。

 クレマンは下のほうに落ちているし、待っている間に治しきれる程度。

「……あそこか」

 と、思った矢先。クレマンはビルを見上げてコロナの居場所のあたりをつける。

「ふん!」

 そして地面を一蹴り。ロゥテシアの膂力を再現しているならば。

「ぅ!?」

 当然届きうる。

「おまたせ」

「うぐぅ……」

 待ってねぇよと睨みを利かせつつ。回復に苦心する。

 だが、これで良い。

 才やリリンが狙っていたことの一つ。らねばられる逆境を与えること。

 狙いは今少しだけ、成就され始めたのだから。

「もっと、早く終わるかと思っていたよ」

「……」

 ゆったり歩みを進めるクレマンを睨み付けて迎えるコロナ。

 ただ黙ってるわけでなく、頭の中はフル回転中。

 ダメージの通し方はわかった。コツも掴めている。だけど自分が受けるダメージも大きく。回復もしづらくシビア。

 思考も。策も。コロナにとっては縁のなかったモノ。

(ど……すぅ……?)

 けれどコロナは頭を使わなければ勝てないと踏んだ。

 自分がダメージを受けずに相手を削る方法を模索する。

(どぉ……すゅ?)

 倒す方法なんて、本当はもっとシンプルだけれど。

(どょ……しゅる?) 

 コロナは小賢しく策を講じることを選択した。

 それは才とリリンの思惑から少しだけズレてしまうけれど。成長には。

(どう……する?)

 寄り道だって、時には必要なのだ。

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