611話
それは宇宙からやってきた。
神が意図を覚え、意図せず産まれた自らに届き得る素質を持つ存在を排除するために寄越した神工的な異物。
彼女は自覚してはいないけれど、もう数千年もすれば私みたいに概念にも触れられるようになるでしょう。
ま、私はその神から得た力が元だけどね。彼女は生まれながらに小さいけど素質を持っていた稀有な存在。価値をつけるならば私は人工宝石で、彼女は世界に一つだけの一カラットにも満たないサイズの究極的に希少すぎる宝石。
でも、この時点では私のが余程彼女よりも凄いよ。
それを証明するエピソードは、瞬ちゃんの死んだとこからの続きでわかるさ。
「…………っ」
空を見る。
我が子とまでは言わなくとも大切な子を殺したモノはなんだと目を向ける。
床ごとどころか地の底まで燃焼させ、我が家に大穴を空けた不届きモノは誰かと。
「あれ……は……」
それは白。
晴れた日に少しだけたゆたう雲よりも。上等な絹よりも。目を焼き焦がすような白。
肉体の部分は流動的で、決まった形はない。そして肉体の回りには本体よりも薄い色の白炎を纏っている。
そう。白い炎。瞬ちゃんが死ぬ瞬間に見えた白い炎を発している。
であれば。
「お前か……」
そうだよ。
「お前が……っ」
そうだとも。
「お前がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」
そう。犯人は数里先にいる。
殺した理由なんてどうでもいい。仇が近くにいるなら取らなきゃ。
「あぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁああぁッ!!!」
叫び声を上げながら、右掌を向ける。そして。
「閻魔の足裏でも舐めて来い!」
握り潰す。
手を閉じれば《《白》》がいる範囲数メートルまでも空間ごと圧縮される。
けど。
「……!?」
《《白》》は全く意に介さず。ただただ流動的な体を空に揺蕩わせている。
「――――」
そして驚く彼女に向かって今度は人一人が消え去る範囲でなく――町ごと焼き尽くす白炎を放る。
けどさっきと違って今度は、ほんの少し紫を帯びていてね。
「まず――」
瞬きすら追い付かない速度で落とされた白炎は町一つを炭しかない大地へと変えちゃった。
いや、これでも大分手加減してるんだよ。本来炭すら残さないからね。
「……っ。…………っ」
白炎の熱はいとも容易く彼女の喉も肺も舌も焼いてしまって。辛うじて表面的な部分とお腹は守ることはできたけれど。重症だね。なにより。
(……! な、治らへんっ。体が治ろうとしぃひんっ!)
白炎にうっすら混じった紫は叡知の紫。って言えば聞こえは良いけど。ようは概念情報を司るマナの塊。彼女の黒い影みたいなのや神にまつわるモノが染まっていく白と似たようなモノだよ。
つまり、紫によって彼女の肉体は《《火傷しているのが正常な状態》》って情報を細胞に刻まれたのさ。
もし、彼女が概念に触れられるほど進んでいれば回復もできたろうに。残念だよ。数千年の月日が足りなかったのが。
(まず……い。これはあかんわ。逃げんと……)
どこへ? 町一つの範囲を一瞬で消せる相手に。
ま、彼女もわかっているよ。わかっていながら恨みはありつつも逃げを選ぶしかなかった。
だって彼女のお腹には子供がいるから。
大事な人との子供がいるんだから。
「――――」
嗚呼、でも。許されない。神はお許しにならない。
神の差し向けた使徒は異端たる彼女を排除しようとしているのだから。
内側は素質による強固な守りで干渉できないから、物理世界で事を済ますしかない。
「……っ!? ぁぁぁぁぁぁぁ……ッ」
掠れた声を上げたのは、手足に白炎が巻きついて来たから。
激痛の情報を無理矢理押し付けられて、痛覚の遮断を許さない。
「――――」
そして、《《白》》は目の前まで降りてきて、流動的な体を……なんて言えばいいのかな。クラゲとか、火星人とか。あれの頭がキノコよりも土筆に近い形を象る。
「――――」
「ふーっ! ふーっ! ……?」
それから痛みに苦しむ彼女の体を浮かせて、多数の触手を象ったうちの一本を彼女の体――いや、お腹へ近づける。
「……! やめ……ろっ。 ざわるな……っ」
白炎に激痛を帯びさせるうっすらと見える紫。
そんなのがお腹に、我が子に近づいているなんて。
辛いよね。母親として最大の痛みかもしれないね。
「ざわっだらごろずッ。ぜっだいごろじでやるっ」
殺す。それって殺すことができない人間が口にする言葉じゃないかい?
または容易く殺せない立場の人間の言葉じゃないかい?
そして、君はいつだって口の前に手が出て殺してしまっていたじゃないか。
「ごろず! ごろずぞ!」
つまりそれって。
「やめろォォォォォォォォオ!!!」
「――――」
「嫌らぁぁぁぁあぁあああぁあぁぁぁああ!!!」
出来ないから。そう口にするしかなかったんだよね。




