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遥か高みの召喚魔帝  作者: 黒井泳鳥
アノン語る幕間 原初壱花、その一生
609/656

609話

「…………」

 彼の骨壺を抱えながら、縁側でぽけぇとし続けて早一年。彼女は何をするでもなくただ座ったまま。

 お陰で埃やら砂やらで美人が台無……いや、彼女の場合作った美人じゃない土台そのものが良いやつだから台無しにはならないか。

 ま、とにかく汚い。

 髪もボブにしてたのがすっかり腰まで伸びちゃって。でも、短い髪が好きな彼はもういないからどうでも良くなっちゃって。

 そんな様子は和宮内の人間も知ってるからさ。出向く人もいるわけよ。

「……おばあ……ちゃん」

「……」

「おばあ……ちゃん……」

「………………あ、瞬? どないしたん?」

(あ、返事……された……。一年ぶりくらいに声……嬉しい……)

 夕美斗ちゃんの孫娘の瞬ちゃんが彼女の様子を見に来たみたい。

 まだ中学生なんだけど、言葉が少し不自由だから敬遠されることが多くてね。普通に相手してきれるし、優しいし、彼が生きてた頃からちょくちょく二人に遊んでもらってた身としてはね。気になって来ちゃうわけよ。

 でも先の通り、一年通ってるけど声を聞いたのは今日が初めて。

 だから苦手だし拙いけど、会話をしたくなっちゃったんだ。

「おばあ……ちゃん。お風呂……入ろ……? あ、あ、あ、あと、洗濯……私、着物は……わから、ないけど……」

「あぁ……そういや大分汚れとるねぇ……あかんなぁ~……こんなんじゃ――《《お腹の子に悪いわ》》」

「………………………………え?」

 突然のおめでた発言に、瞬ちゃんの瞬きが急加速。

 で、冷静に考えると。

(おばあちゃん……ショックで幻覚とか酷い思い込みを……いや、単に年でボケの可能性もある。どっちだろ……?)

 うん。そのどちらかならどっちも同じだし、本当だってのは選択肢にないんだね。ひっでぇ。

「今朝……気づいたんよ……」

「……?」

「今朝……お腹に……な? あの頃みたいなあったかいのがあるって……気づいて……」

 涙声になったのは、彼との思い出が頭を巡るから。

 それと。

「ごめんなぁ? 今ごろ気づいて。ごめんなぁ。駄目な女で」

「おばあ……ちゃん……。とにか……く……お風呂……」

「そやね。綺麗にせんとお腹に障るもんね」

「……………………うん」

 言葉に詰まる。別の意味で。

 でも話してくれているし、笑顔も見せてくれるし、お風呂にも入って人らしい生活に戻ってくれるならそれで良いと思ったみたい。

 まぁ気持ちはわかる。わかるんだけど。

 えーっとね。いるんだよ彼女のお腹に。本当にさ。彼の子。

 ん~。でも一年後に妊娠発覚なんておかしいってなるよね。

 まぁ彼女の場合少し特殊でね。

 数十年かけて体を作り変えたんだよ。

 彼の種を食らって食らって食らい続けて、全部体の中で蓄積させて、いつかまた孕めるように。

 そして彼との最後の一時で肉体は全ての準備を整えて、孕むこと自体はできた。

 けど、この一年はショックが大きすぎて自らの肉体を維持するのでやっとだったから子供は休眠状態だったってとこかな。

 そんな彼女もようやく気づいたから、これからはちゃんと子供を産むために動くってわけ。

 長年夢物語だった伴侶を手に入れて。でも子供はほしくてもできなくて。伴侶が逝ってやっと子供がお腹に宿って。

 なんだろうね。複雑よね。幸せと不幸が交互で。

 まぁでも。人生ってそんなもんよね。

 幸せだけがある人生なんてない。

 ただ彼女は不幸とされる時間が何世代も超えるほど長くて、幸せは一人ぶんの人生程度の時間しかない。

 報われないねぇ。報われない。

 子供を育てきったらもしかしたら彼女の一生の幸福が手に入るかもしれないけどね。



 その子を育てることができればだけど。

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