368話
「やれやれ。もう12月たぁ早いね。バット! イベントの準備は万端。紅緒チルドレンたちの最後のフェスティバルが終わる頃にゃあ始められそうだよ! フー!」
「紅緒チルドレンってなんですか……。生徒で良いじゃないですか生徒で……」
学園長室にて、お茶を飲みながら雑談を楽しむ女性が二人。
会話の内容はどうやら12月のことらしい。
「ん~? ヨーヨー。メーン。なんでそんなローテンション? テンション上げてこ? はい万歳!」
「アレクサンドラさんみたくお肌も心も若くないんですよ私は~……」
「12月だからって枯れるなよ紅緒。女盛りでしょ? むしろ外に出づらいぶん部屋に連れ込んで潤ってこうぜ。ウェットは大事」
「……何を連れ込むのかは聞きませんからね」
「男に決まってんだろ!」
「言わなくて良いです!」
「ハハハ!」
対照的な二人ではあるが、中々どうして息のあった掛け合い。
年がそこまで離れていないのもあるが、才能のある者どうしどこか引かれ合うのだろう。
「ふぅ~……。サンクス紅緒」
突然声のトーンが落ちるアレクサンドラ。
紅緒はそんなアレクサンドラに気づきながらもあえて平静のまま応える。
「何がですか? 契約書の件ですか? あれは私もどうかと思いましたし、彼には色々と期待してるので利害の一致ですよ」
「それもあるけど、私に譲ってくれたことだよ」
「…………」
なんのことか察した紅緒は口をつぐむ。
アレクサンドラは返答に困る紅緒に微笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「今からでも自分が……とか言ってくれるなよ? これは私が選んだことだ。私が許せなくて、私が首を突っ込むと決めたことだ」
「ですが……貴女では……」
「勝てないって言うんだろう? そりゃそうさ。相手はあのクレマン・デュアメルだからね」
クレマン・デュアメル。紅緒を除けば間違いなく魔帝の中で一番の実力者。
彼は今でも現役で異界の探索や開拓をしている。
時には単独で赴くこともあり、それが許されている。
そんなクレマン・デュアメルに、まだ若いとはいえ現役を引退しているアレクサンドラが挑むつもりなのだ。
しかもただ魔帝を冠してるだけでなく。現役で二番目の実力者というだけでなく。
相手は、神誓魔法師。しかもその能力は――。
「彼の魔法はアレクサンドラさんでは対抗できません……。戦ってもなぶられるだけです。あの人はその……性格にも難がありますし」
「重々わかってるさ。でもね? 決めたのは私。紅緒が手を出すにしても私の後にしな。なにより、負けるのなんて前提さ」
「なんのために……?」
アレクサンドラはカップに残ったお茶を飲み干し、立ち上がって出口へ向かう。
扉を開けて、顔だけ振り返りながら紅緒に笑みを向ける。
「今のクレマン・デュアメルを才に見せるためだよ。あの子なら見るだけで対抗手段を見つけるさ。どっちにしろ虚仮にした相手であるボーイには近いうちにちょっかいかけるだろうからね。だったら情報を教え子に与えるのが先生の役目さ。あと――こちとら竜王って呼ばれてんだ。易々と負けるつもりなんてねぇよ。やるからにはぶち殺す」
「…………」
アレクサンドラは威圧感を撒き散らしながら学園長室を去る。
(今の空間の歪み方……。でも確か彼女は使えないはず。そんな急に会得するとは――いえ、すぐにわかりますね)
紅緒はアレクサンドラから感じた違和感を考察するが、答えはすぐに得られると結論付けて冷めたお茶を飲み干す。