34話
「待たせたね二人とも」
「あ、おかえりなさ……い?」
「フム? それはなんだ?」
ネスさんがなんかデカい犬を連れて来ていた。いや、この森基準ではなく。俺たち基準のサイズ感でデカい。わかりやすく言うとセントバーナードとかウルフドックとか。そんなサイズ。
「さ、先程は取り乱してしまい申し訳ない」
よく見るとその犬はほんのりと紫色を帯びている。それにその声……まさか。
「ろ、ロゥテシア……さん?」
「お、おう。その通りだ。驚いたか?」
す、スゲェ。どんな手を使ったかはわからないがサイズ感がものすごく良心的になってる! これなら全然怖くないわ。……まぁ小さくても恐ろしいヤツがいるから一概に安全ってわけじゃないけどな。つか本当にどうやって……って。
「いや~上手くいくか不安だったけど。実験大成功だよ。ここ最近実験という実験をしていなくてフラストレーション溜まってたけど。解消解消」
この人しかいないよな。てか実験ってことは失敗する確率もあったんじゃないか。それをよくもまぁ気軽に他人にやってくれますわ。
「同意の上だよ」
また心読んだ!? こ、この人ならできても不思議じゃないけど……。でもそんなまさか……な。ふ、深く考えるのはよしとくか。ロゥテシアのサイズが小さくなったのは俺としてもメリットあるしな。俺たちの世界だとこっちのが絶対都合良いし。うん。
「な、なぁ」
ロゥテシアがおずおずと近づいてくる。こうしてみると人見知りの犬みたい。まぁウルフドックサイズでも十分猛獣並みのデカさだけどね?
「お主さっきその……。さ、触りたいと言っていただろう?」
「あ、あぁ」
うん言った。こんな森の中でも艶やかな輝きを放っていたし。首回りとかふわふわしてそうだし。特別モフモフに興味あるわけじゃないが、ロゥテシアの毛並みにはなぜか惹かれたんだよな。
「こ、この姿ならば萎縮することもあるまい。遠慮せずに触るが良い。儂はお主に従属すると決まったのだからな。うん」
「あ~うん。そうだな。じゃ、遠慮なく」
「ふわぁ……」
ゆっくり頭に触れると心地の良い手触りが応えてくれる。頬や顎、首も触っていくが上質な布のような触り心地だ。正直抱きつきたい。顔埋めたいはこのモフモフ。だが焦るな。相手は高度な知能がある。そんな相手に馴れ馴れしいことをしたら後が怖い。気がする。
「ありがとう。また触りたくなったら頼むわ」
「え? あ、も、もう終わりか。じゃない。う、うん。好きな時に好きなだけ触るが良い」
尻尾振ってる。撫でられるの気持ち良かったのかな? これならもう少し撫でても良かったか。ま、たぶん長い付き合いになるし。次の機会でもう少しモフらせてもらうとしよう。
「じゃあやることもやったことだし。契約を済ませて一度屋敷に戻ろうか」
そういえばまだ契約をしていなかったか。前は学園長に内容決めてもらってたりしてたけど、今回はどうしたものか。
「なぁ、ロゥテシアさん。あんたは契約内容に要望とかあるか?」
「ない。従属すると決めた故な。主の好きにするが良い。あ、一つ要望があるとすれば敬称などは不要である。主のほうが儂よりも上位者なのだからな」
「あ~じゃあロゥテシア……だと長いな。ロッテで良いか?」
「特別な呼び方は信愛の証。そうでなくても仲の良い間柄では専用の呼び名がつけられることがありますよ」
「一向に構わん! 是非そう呼んでくれ!」
「お、おう」
ネスさんが何か小声で吹き込んでいるようだが、この人は基本スルー安定。やぶ蛇怖いし。
「じゃあ。よろしく」
「う、うん。す、末永くあることを祈ろう」
グリモアを介し契約は結ばれた。前とは違いマナを多少扱えるからか縁が繋がりになった実感があるな。
「フフフ。フフフフフフフ。これで下ごしらえは済んだよ」
「はい?」
「いやなんでもない。さぁ戻ろう」
なんかネスさんの様子が怪しいけど。いつものことだし。気にしても意味ない……よな?
「荷物は全て回収したかい?」
「あぁ。といっても最初に持ってきていた菓子や茶は平らげてしまったのでな。むしろ減ったくらいだ。それよりも」
「わかってるよ。リリンちゃんの庭は私が管理しよう。場合によっては実験台にするけど。良いんだよね?」
「無意味に数を減らしたり使い物にせんのなら構わん。好きにしろ」
「やった♪」
いつの間にかそんな話になってたのか。まぁなんだかんだで上手く管理しそうだけど。少なくともあのときの名前も知らない男よりかは。
「うぅ~……。まだなのか? ここは何やら空気が重くて濃いので酔う……。それに何だがまともな生き物の臭いがせん。早く移動したい」
ロッテは鼻を抑えて伏せている。犬っぽくて可愛いな。しゃべり方もなんか砕けてるし。
「つーわけなんでもう俺たちは行きますね」
「うん。楽しかったよ坊や。また困ったら訪ねてきなさい。次はその体バラさせてくれると嬉しいなぁ~」
「断ります」
「殺すぞ」
「食い千切るぞ」
「冗談だよ。怖いな」
さすがのネスさんもリリンとロッテの圧は怖かったようだ。変なところでわきまえてるよなこの人。自分で対応できない部分には手を出さないっていうか。
「まぁ訪ねろというのは冗談ではないよ。坊やの体で魔法師になるには無理をしなければいけないからね。もう既に変化は出始めている。おかしなことがあればすぐに来なさい。リリンちゃんも。気づいたことがあれば連絡ちょーだいね」
「はぁ、そういうことなら」
「無論そのつもりだ」
「ロゥテシアも。応援しています」
「お、おう。が、がんばる」
ん~。この二人の間にサイズの調整以外にも何かあるのだろうか。気なるけど。プライベートだし。こっちに実害が出ることじゃないなら放置してても良いか。
「それじゃ」
「うん。ばいばい。あ、私のことは向こうでは極力話さないように。一応お尋ね者扱いだから」
「あ~。了解っす。ではまた」
なんだかんだ大変だったけど。有意義な時間だったな。ネスさんっていう魔法の専門家とも知り合えたし。ロッテと新しく契約を結べたし。命の危機だけに目を瞑れば良い旅行だったよ。
「ん~……っ! はぁ~……」
久々の我が家。俺はまず荷物をほっぽりだしベッドに身を投げ出す。普段はリリンに明け渡しているベッドだが、今日くらいは良いよな。
「一週間も放置してたからな。早急にランキングを取り戻さねば」
リリンはリリンで即行ゲーム起動させてカチャカチャやり始めたよ。レトロゲーをモチーフにしてるマイナーなゲームばかりやってるからユーザー人口が少ないらしく。そのせいでランキング戦になると激戦だとか前に聞いた気がする。今やってるのと前に話したやつが同じかは知らんけど。
「ほ、ほうほうほう。こ、ここが主の世界か。不思議な匂いがたくさんするな」
その言い方だと俺が支配してるみたいだけど違うからな? わかってるよね?
「それに主の匂いもそこら中から……むふぅ~! スンスン」
色々なところを歩き回り匂いを嗅ぎ始める。初めての場所で匂いを嗅ぎ始めるとか本当に犬みたいだ……な……。あ、俺は今重要なことに気づいたぞ。
「なぁ。ロッテ。お前トイレとかどうすんの?」
動物用のシートとか一階に行けば売ってると思うけど。頭良いし自分でトイレ使えそうっちゃ使えそうだし。どちらにしても今のうちに確認したほうが良いよな。
「トイレ? とはなんだ?」
あ、すまん。便器とかシートのニュアンスで言っちまった。森じゃそんなもんないから伝わらないよな。今度はちゃんと排泄って意味で言うよ。
「トイレだよトイレ」
「はぁ。しないな」
「え? しないの?」
「しない」
なにお前そんなファンタジー生物なの? 頭のおかしい設定携えたアイドルみたいなヤツだな。
「生物としてある程度力をつければ体外にナニかを出すことはなくなるぞ。無駄だからな。全てマナにしてしまえば燃費もよくなる。といっても幼少の頃ならばまだ肉体も出来上がっていないし。する必要はあるだろうが」
「うん。儂もそんな感じ」
説明ありがとよリリン。そういやお前もトイレ行ったところ見たことないわ。汗かいたところも見たことない。お前から垂れ流してるの見たことあるのは血くらいだよ。あ、あと唾液。
「なるほど。便利な体だなお前ら。じゃあ他には……食べ物と……。そうだ学園に新しい契約者ができたこと報告しないとか」
帰ってからも意外とやることあるな……。おやつ切れてるから買い出しにも行きたいし。あ、そんときにロッテが何食えるか試すのも良いな。




