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遥か高みの召喚魔帝  作者: 黒井泳鳥
五月編 前編
33/656

33話

「どうやら終わったみたいだよ坊や」

「さいですか」

 リリンが移動してからというもの、特に何が起こっていたのか俺はまったく把握してない。ネスさん一人で興奮したりブツブツ言ってたけど、実況なんて一切してくれなかったからな。催促もしなかったけど。

「つか終わったのに何モタモタしてるんすかね」

 あいつのことだし終わったらすぐに影で縛って引きずりながら戻ってくると思ったけど。……まさか終わったってリリンのほうが負けたわけじゃないよな?

「ん~終わったは終わったけど。今リリンちゃん動けないみたいなんだよね」

「それってヤられたってことですか?」

「まぁ、そうかな?」

 う、嘘だろ? あいつが負けたってことかよ? あ、あり得ねぇあり得ねぇ。あいつは最強の存在なんだぞ。負けるなんてあり得ねぇ。

「と、とにかくリリンのところに行こう。早く連れてってください」

「アッハッハ! 血相変えちゃって可愛いね。その初々しさと若々しさに免じて顎で使われてあげよう」

 そんなの良いから早くしろよ。こっちはそれどころじゃねぇんだから。

 あと別に顎で使ってるつもりはないです。便利とは思ってるけど。



「お、おいリリン大丈ブフッ!」

 吹いた。思いっきり吹いた。

 リリンの元へ着いたときまず黒い塊を見てリリンの勝ちは確信できたが、それだと動けない理由がわからない。で、改めてリリンの姿を確認したら手足が吹き飛んでいて、腹はところどころえぐれていてグロい。まぁそれは良い。良くないけど動けない理由としては理解できた。ただ服がもうボロ切れがそこらに散らばってるだけで、ほぼ全裸なんだよこいつ。グロいお陰でエロい気持ちにはならないけど目のやり場に困るわ。

「ム? 来たか。もうしばらく待て。さすがの我もこの状態なのでな。回復には時間がかかる」

 さすがのリリンでもあの狼は強敵だった……ってことか。リリンが苦戦したってことはめちゃめちゃ強いんだな。ま、そんなことよりもだよ。今はリリンに早く治ってもらわなくては。

「送るぞ」

「ん? なにぅはぁん……!」

 ぐぅ……。リリンにとっても不意打ちだったせいか今までで一番エロい声を聞いた気がする。もう一言付け加えとけば良かった。正直すまん。

「坊やもなかなかスケベだねぇ~」

 うるせぇ。わざとじゃねぇんだよこれでも。とにかくもうマナを送り始めてるしこのままさっさと治ってもらおう。訓練のお陰で多少マナを送り込んでも痛みすら起きなくなってるしな。成果はちゃんと出てることも確認できて一石二鳥だわ。

「は、ま、待て……。こ、濃い……っ! い、今の我では許容しかね……あぁん! あっ。は、んんんんん……っ!」

 まるで喘いでいるかのように悶えるリリン。すまん。本当にすまん。今回ばかりは俺が悪い。だがもう少し耐えてくれ。そしてさっさと治ってくれ。俺もお前の喘ぎから解放されたいんだ。

 にしても結構マナを送り込んでいるような気がするけど。本当に全然なんともない。

「ひゃぁあぁん!」

 この喘ぎがなければ素直に喜んでいられるのになぁ~……。つーか無駄に可愛い声出すなよ……。お前も少しは我慢してくれ……。



「フム。思ったよりも早く治ったな。あれ程マナを注ぎ込まれれば必然と言えるが」

「すまん……本当にすまん……」

「何を謝っているんだ? まぁ少々多すぎたので持て余してしまったが、その他は特に問題はなかったぞ」

 あれだけ喘いだのにケロッとしているリリン。こいつには性的な羞恥心がないから気にしてないどころかそもそも気にする気にしないという話ではないのだろうが。こっちとしては幼女を喘がせてる感覚でもう背徳感がヤバイですよ本当。いつもより色っぽい声だったから余計に。

「とりあえず色々と隠してもらえないか?」

 まだ全部丸出しだから。せめて胸とか股間とか隠してくれ。じゃないとそっち向けないから。

「フム。そういえばお前は裸を目にしたくないんだったな。では、ほれ。これで良いだろ」

 リリンは影を使い真っ黒なドレスを象った。まーた器用な使い方をして。ちゃんと隠すべきもの隠してくれたから文句はないけどな。

「ではそろそろ拘束を解くぞ。我もこの通りほぼ全開だ。たとえ襲い来ようと問題はない」

 影を解き、数秒待つと狼はゆっくりと体を起こした。そして改めてその場に座り、こちらを見下ろしてくる。

「主らの勝ちだ。もしも我が群れ全てを持ってリリン殿を襲おうとも滅するのはこちらだろう。まだ力を秘めているようだしな」

「そうでもないぞ。やろうと思えば先の影で大陸全ては飲み込めるが、こいつもいるのでな。やるわけにもいくまい。が、範囲は狭めていたとしてもそれなりに本気で戦っていたぞ。故に楽しめた。久しくまともな制限なしの戦いはなかったのでな」

「……それはなにより。して、儂らは敗北した。生殺与奪はそちらにある。何を望むか」

「貴様の力。それしかいらん。……だが、そうだな。折角だ。従属という形にしよう。貴様は無制限にこいつに力を貸すがいい。それ以外の望みはない。群れの命も覚悟していたようだがいらぬ心配だったな」

「……最初の言葉は戯れ言ではなかったか。儂でも看破できぬ虚偽かと思ったが。だが良いだろう。群れが無事ならば儂の全てを捧げよう」

「だ、そうだ。良かったな新しい飼犬ペットだぞ。頭が良いから何でもさせられるだろうが、ちゃんと世話しろよ」

 なんでお前母親目線なの? 俺から見たらお前が引っ張ってきたようにも見えるからな? 縁は俺にあるけどさ。

 だけどそうか。なんでもか。

「なんでも良いんだよな?」

「儂は敗者だ。どんな事も拒否する権利なぞあるまいよ。儂とて誇りもある。潔く受け入れる」

 お、おおう。じゃ、じゃあ良いかな? さっきから少しやってみたかったことあるんだよな。

「じゃあその綺麗な毛並み触って良いか?」

「…………すまんが聞き取れなかった。今一度言ってもらえるか?」

 ものすごく耳良さそうだし聞き逃すほうが難しそうなんだが? まぁ、本人(本狼?)が言ってるし。

「毛触って良いか?」

「その少し前!」

 おおう!? ビックリした。急に大きな声出すなよ。えっと。触るの前? からか?

「その綺麗な毛並み。触って良いか?」

「……ばふんっ」

 狼――ロゥテシアなら変な音が聞こえた。さらにはカタカタと震えだし、アワアワしている。

「あ、あ、あ、うわぁぁぁぁぁあぁぁん!!?」

 挙げ句なんか叫びながら走ってどっか行っちまった。な、なんだったんだろ?

「ふぅ~ん? 坊や。私はちょっと様子を見てくるよ。ここで待っていてくれ。リリンちゃんも良いね?」

「よくわからんが、かまわん。行ってこい」

「てらっさい」

「うん。行ってくる」

 ネスさんは何か気づいたようだけど、口にするつもりはなさそうだ。代わりに何かしでかそうとしてるみたいだけど。変なことにならないと良いなぁ。



「ハッハッハッハ……ッ!」

 ロゥテシアは少し離れた森の奥で息を荒げていた。それは走ったからではなく。別の理由。

(き、綺麗な毛並み……。嘘も媚もない純粋な感情で初めて言われた。し、しかも雄に。ど、ど、ど、どうしよ! 逃げてきてしまった!)

 その場でゴロゴロし木や根や岩に頭をぶつける。それ程までにロゥテシアにとっては大事件なのだ。

(産まれた時から周りとは異なる毛の色で敬遠され、力があると分かればさらに寄るものはいなくなり。長の地位につけば媚びる輩しか湧かなくなった。異界の者で儂らとは違う考え、趣味趣向があるのはわかるが。で、でも。でもでも)

「うがぁぁあぁあぁあ……っ!」

(嬉しいものは嬉しいんだよぉ! 儂とて雌だもん! しかも言い寄る雄がまったくいなかったんだぞ!? 婆《行き遅れ》だってトキメクわ!)

 さらにゴロゴロゴロゴロ。辺りにぶつかった跡ができていく。だがしばらくゴロゴロした後。ピタッとロゥテシアは動きを止める。

(不覚にもたった一言でトキめいてしまったが。冷静になれ。儂、別に雌として見られてなくないか? 仮に見られてたとしても異種。サイズも異なる。いや、愛だけの関係も一向に構わんのだが、向こうがそれを良しとしているとは限らな……)

「長!」

「きゃひん!? な、なんだ!?」

 思案を巡らせている只中声をかけられ驚くロゥテシア。声の方へ目を向けると数頭の狼の姿があった。

「お、お前達。目を覚ましていたか」

「ええ。長。既に群れはあの者共を囲んでいます。長の一吠えで我らが牙が猛威を奮いましょう」

 ロゥテシアの敗北を感じ取った狼達は報復とばかりに狩りの準備を整えていた。だがロゥテシアは呆れるしかない。何故なら群れが束になってもロゥテシアの方が強いのだ。そのロゥテシアが敗れた時点で群れ全体の敗北の他ない。

「やめておけ。儂らは負けたのだよ。ここで牙を剥けば儂らが全滅する。さすがに数で攻めたとなればあの化物も加減を忘れるだろう」

「し、しかし……」

「そ、それに儂としても暴れられては困るというかな? 強い力を秘めているとしても今はまだ赤子同然無力に等しい者もおるしな?」

 歯切れの悪い自分達の長をいぶかしむ狼達。このロゥテシアの様子に対し、彼らは一つ心当たりがあった。

「……まさかとは思うが長。あの雄猿に発情でもしたか?」

「ば! 言い方に気を付け……。じゃない! んんっ! そ、そのようなわけあるまいよ。儂も長い事生きておるし異界の者に興味はあるがな。それよりも群れの存続を考えて……」

「長……。いくら毛並みを誉められたからって」

「だ、だから違わいや!」

「普段作ってる口調がさらに崩れてますよ……」

「作ってない!」

(あ~もうムキになって可愛いなぁこの行き遅れは)

 わかりやすく狼狽えるロゥテシアを内心愛でる狼達。意外とそういう意味でもロゥテシアは彼らから慕われているのだ。本人の預かり知らぬところでだが。

「だ、第一に、だ。儂が好意を持ったとて種族の厚い壁なんて……どうしようも…………」

 自分で言ってて落ち込むロゥテシア。その姿を見て狼達は。 

(しゅんとするなよ可愛いな!)

 やはり愛でる。あまりにも可愛いギャップに愛でざるを得ない。だがなぜか行き遅れている。理由は単純。ロゥテシアに釣り合う雄がいないからだ。力としても器としても。ロゥテシアに釣り合う雄が現れなかっただけなのである。そして、ロゥテシアは才と縁がある。これは紛れもなく運命なのではないだろうか。

「その壁。取り払って差し上げましょう」

 この場にネスがいることもまた、運命なのではないだろうか。

「……っ! 猿め、いつの間に! 長をたぶらかそうと追ってきたか!?」

「落ち着け。それよりも、話を聞かせろ。興味がある」

「長!」

「フフ。私は異界の魔法使い。あのリリンちゃんのような。ある意味あれ以上に不思議な事を引き起こす猿とでも考えてくれれば」

 ネスは宙を浮きロゥテシアの前まで行く。これが証拠と言わんばかりに。

「空を飛ぶのは序の口です。ロゥテシア。貴女にある莫大な力。マナがある。それを使えばもっと不可思議な現象を引き起こせましょう。或いはいくつか問題が解決するかもしれません」

「ほ、ほう」

 興味を示すロゥテシア。ネスは内心チョロいとと思いながら、笑いが漏れ出さないように堪える。

「内容をご説明します――」



「そ、そんなことが可能なのか。異界には予想を遥かに上回る力があるものだな」

 説明を聞き終わるとロゥテシアは感心した声をあげる。ネスの提案はそれ程驚くに値し、また画期的だったのだ。

「ええ。ありますとも。宇宙せかいは広いのですから。私達にとっての不可能も他の世界では可能となっていても不思議ではないのですよ。ただ、これをやるに当たって一つ心配が」

「な、なんだ?」

「サイズ的な問題。そして種としての問題が解決したとして。彼を射止める事ができるかどうか。射止めたとして、彼が貴女に釣り合う男だと思えるかどうか。彼は自分に自信がないので素晴らしい力とカリスマ性。私達の価値観では美しい貴女の容姿に劣等感を感じ、身を引いてしまうかもしれません」

「……っ。そ、そんなのは……。些細な問題だ。もしも儂を好いてくれる雄ならば儂が支えれば良いだけの話」

(この先。一部とはいえ綺麗などと言ってくれる雄が現れることなんてないかもしれないんだ。であればこの好機。逃せまい。そ、そもそも儂が好かれるかどうかもわからんけど……)

「では。貴女は選ぶのですね? 全てを捨てる可能性がありますが」

「も、問題ないぞ」

「じゃあ始めますね? 貴女の存在、いじらせてもらいます」

(あぁ……長が一時の感情に流されて取り返しのつかないことを……)

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