30話
シュトルーフに捕まり、殴られてる間。不思議と俺は恐れを感じていなかった。
いや、それは正しくないか。痛いのも死ぬのも怖いは怖い。ただなんていうのかな。危機感をそこまで大層に感じていなかった。が、近い。
どうせリリンがなんとかするだろう。と、思っていたからだろうか。それとも、俺があいつに染められつつあるからだろうか。
俺はすでに、人間じゃなくなりつつあるのだろうか?
「やぁ、坊や。どうやら無事だったようだね。一瞬とはいえリリンちゃんの影で星全部埋め尽くされたから、もしかして坊やが殺されてブチキレたのかなぁって思ってたけど。五体満足じゃないか。安心安心」
八頭車に乗り改めてネスさんの元を訪ねると、屋敷の外で出迎えてくれた。
たしかに五体は満足ですね。お陰様で。ボコボコにはされたけど。
「てかお前そんなことしてたのか?」
なんかシュトルーフの様子がおかしくなったと思ったら。どうりで。
「お前の位置はなんとなく繋がりでわかっていたが正確な情報がほしくてな」
「……正確な情報はともかく、俺の位置がわかってたならその周りだけ影伸ばせば良かったんじゃないか?」
わざわざ星全体囲まなくても事足りるよな。リリンの事だからなんか理由があるのかもだけど。
「勢いが余ってな。つい」
特に理由はなかった。珍しいな理路整然としたお前にしては。
「あっはっは! ついで星が潰されるんじゃないかって思わされるこっちの身にもなってほしいね!」
まったくだな。俺も状況ちゃんとわかってたら怪我治った瞬間。たぶん普通に頭はたいてた。
「終わったことだろう。気にする必要も最早あるまい」
あ、そもそも悪いなんて微塵も思ってないな? まぁたしかに? 俺も星も無事だったし結果としては良いんだろうけどな。
「さて、思ったよりも時間を食ってしまい、休日も残り一日ほどだったか。時間もないことだし、才の訓練の続きをやろうではないか」
「あ~それなんだけどね。実は坊やと一つ約束をしていてね。もうここでの訓練はないものと考えて良い」
そういや無事に帰ったら異界へのパスを繋げてくれるんだったか。新しい契約を結べるかもしれないし、訓練が大事なのはわかるが俺としてはやっぱこっちのが気になるところ。
「じゃあグリモアを出してくれるかい?」
「あ、はい」
グリモアを出し手渡す。ネスさんは受け取るとページを適当にめくり、流し読みしていく。特になにか書いてあったとは思えないが、専門家だしそれでなにかしらわかるんだろう。
「ん~……。もう少し待ってもらえるかい? ちょっと向こうの様子を覗いてみる」
ネスさんは意識を集中させるかのように目を閉じる。集中するのは良いが、グリモアに指を這わせるのをやめてくれ。俺の魂と同化してるんだから気持ち的にすごく嫌。
「っ!?」
目をカッと見開き、驚愕の表情を浮かべる。なにかわかったのかな。
「ハハ、ハハハハハ……。坊や。またエラいモノと縁があるね。リリンちゃんは顔見知りだから好奇心が先に立ったけど、初見でアレらに対して無邪気にはしゃげるほど若くはないかな私も。しかも一人には視たのバレてたみたいだし」
この人が身を震わせながら乾いた笑みしか浮かべられないって。い、いったいなにを視たんだあんた……。
「でもまぁ。リリンちゃんと契約を結べた坊やだものね。なんとかなるだろうさ。では記そう。わかりやすく名前もつけてあげる」
――大樹森林
――焼熱大陸
――輝空島
「即興だし、わかりやすいほうが良いだろう」
返されたグリモアを見てみると、中に新しく大きな文字で書かれた世界の名前とよくわからない文字が並んでいた。たぶんこのよくわからないほうが本命なんだろうな。アドレス的なやつ。
「最初のは……。私も同行しよう。これならば今から行っても問題ないと思うよ。……命の保証はしかねるけど」
だからあんたもいちいち俺を不安にさせるようなこと言ってんじゃねぇよ。俺の心の準備とか無視するくらいならせめて煽んな。
「ただ、この二つ。この二つは今はダメだ。これは私ではまず手に終えない。二番目はもう少し訓練になれたなら手を出しても良いけど。正確には一ヶ月くらいか。でも三番目はダメだ。絶対にダメだ。もしかしたらリリンちゃんでさえも凌駕する存在かもしれない」
「ほう?」
リリン以上の存在って……。つまり世界を滅ぼせるってことか? え? 俺世界を滅ぼせちゃうやつとの縁二つもあんの? どうなってんだよ。
「リリンちゃん以上というか相性の問題だと思う。アレは災厄に対する絶対的な抑止力。リリンちゃんは存在が災厄みたいなものだから恐らく天敵だよ」
結構酷いこと言ってるような気もするが。間違ってはないな。あるく天災だよこいつは。普段おとなしいし、理論的なやつだから安全に見えるけど。
「クハハ。それは面白いな。今すぐにでも行きたいところだが」
こういうところあるよね。興味あることにはアクティブなやつだよ。あと地味に戦闘狂。
「フム。やめておこう。才のヤツが嫌そうな顔をするのでな。今しばらくは待とう」
俺の機嫌をうかがってくれるところは大好きだよ本当。だからさっきみたいな状態になったときはキスとかせず普通に治療しろ? な? 思春期にあーいうの一番キクんだからよ。
「それが良い。せめて坊やがもう少し成長してから行くべきだ。あとは、これから……かはわからないけど。大樹森林。そして焼熱大陸で誰かしらと縁のある者と契約を結んでからにするべきだと念を押しておくよ」
なるほど。味方がいれば天敵だとしても他のヤツで対応できるかもってことだな。たぶん。俺の成長に関しては……長い目でおなしゃす。
「で? どうする坊や今すぐ行くかい?」
「…………はい。お願いします」
ネスさんが同行してくれるらしいし。他の二つと比べたら安全っぽいからな。三番目に関してはリリンの好奇心を刺激してるらしいし、できるだけ早く行ってやることを考えたらできることはしたほうが良いだろ。
「それじゃあ坊や。グリモアに記された文字をマナを流しながらなぞるんだ。縁も意識しながらね。そうすればゲートは開かれる」
入学式の時に近い感じか。今回は一番強い縁を漠然と引き寄せるものじゃなく、明確な目的と意思があるという違いはあるがな。
でも、なんだか懐かしいな。リリンと出会ってまだ一ヶ月だってのに。
願わくばこの縁も良いものだと嬉しいな。
記された文字をなぞりつつマナを流し込んでいくと、目の前に見慣れた黒い渦が現れる。
「行こうか。ん~楽しみだ。私も久々の外出でワクワクしているよ」
「こちらに定住して数十年。我から与えられた屋敷からほぼ出てこなかったからな。久方ぶりなのは必然だろう」
筋金入りの引きこもりだな。頼れる人なのはわかってるけど、外出先でそのブランクが仇にならないようにしてくれよ。
ゲートの先は森だった。いや、大樹森林ってネスさんが付けてたからそら森だろって話なんだが。なんというかな? 規模がおかしい。
「で、デッケェ……」
木のサイズがおかしい。大樹とは書いてあったよたしかに。でもこれ……ほぼビルじゃねぇか! しかも高層ビル群! 全部の木が数百メートル単位の周囲と高さ。こんな環境にいる生物もかなりデカくなるんじゃないか?
「驚くのは良いけど。油断しちゃダメだよ坊や。ここはすでにあちらさんの縄張りなんだから」
「そんなことおっしゃられても」
俺にはあんたらみたいに気配がわかる器官も能力もありません。なので守ってほしいんですがダメですか。
「フム。早速来たようだな。ここらから感じる中で一番大きいのが」
リリンの視線の先へ目をやると、そこにいたのは――。




