24話
昔々。昔の話。魔法というものが発見されてから数百年の内、ほんの数十年のお話。一人の天才魔法師が故郷を捨てたお話。
彼女は幼少の時から才気溢れる魔法使い。天才故に変人と言われることもあったが、それでも独自に研究を進めあらゆる発見をし政府にすら認められていき、ついに魔法の極みに至りし者の称号――魔帝とまで呼ばれるようになった。
だが彼女は極めたなんて思っていない。むしろやっと一端に触れたという確信しかなかった。
彼女は研究を続けた。何年も何年も。研究に没頭し続けた。
ある時。一つの発見をした。
『マナとは量だけでなく密度があるのではないか? その二つの要素があって魔法というモノの質が上がるのではないか?』
当時からマナは観測できたが量しか重視してなかった。量だけを計測できるようになって研究をやめてしまい、そしてそれが基本となり基礎となってしまった。
彼女は恥じた。量、密度、質、そんなものあって当然。むしろ量=質という図式がおかしい。固定観念化していたとはいえ何年も続けてやっと見つけたことを心底恥じた。だが恥などに構ってる暇はない。彼女は研究を進めた。
そこからはたったの数日の出来事。密度の計測の仕方。量と密度と質の関係性。あらゆる発見をした。
彼女は興奮が収まらなくなり政府にレポートを出し続けた。書いては送り書いては送り続けた。
ある時彼女は気づく。政府からの返事がないことに。
疑問を抱いたままでは研究に支障が出ると彼女は政府に連絡を取った。そこで判明したのはなんというかとてもありがちなこと。
マナの量を計測した方法を発見した古参の研究者にレポートを全て奪われていたらしい。しかも一部は提出されず秘匿されたようだった。
彼女はその時……萎えてしまった。
自らの半端な研究結果を隠匿するために。ちっぽけなプライドを守るために。新たな発見と発展を妨害したのだから。
しかも召喚魔法の否定までしていた。マナの性質について進んでいる世界とのコンタクトする確率がはね上がるからだ。
ダメだ。こんな世界ではまったくもって捗らない。さっさと出ていこう。
彼女は一つだけ未発表の研究成果を試した。
それは個人による異界への扉であるゲートを開くこと。
ゲートは召喚という手段以外ではマナ効率が悪い。というか補助がまったくない。
召喚魔法は個人同士を繋げるだけで世界と世界を繋げるものではない。よって政府が交流のために行う世界と世界を繋げるやり方は燃費が悪いのだ。
彼女が行ったのも後者である。彼女には異界への縁がなく、召喚魔法が使えなかったからこの方法しかなかった。
実験も兼ねたゲートは見事に開いた。彼女は新天地で魔法の研究に没頭すると決め、故郷へ別れを告げた。
それから数十年。彼女は未だに研究を続けている。新たな発見はどんなに長い時間を生きても彼女を子供のようにはしゃがせている。
「あらすじはこのあたりで良いかな? では本題に入ろう」
「いやいやいやいやいやいや」
元魔帝でした発言からいきなり中へ連れてかれて薬品やらなにやらがたくさん転がってる部屋でこの話されてもさらに混乱するだけなんですけど。あれ? てか話の内容的に……。
「ネス……さんっておいくつなんですか?」
魔帝になって何年も研究して、さらに異界で数十年してるって……。
「いやん。女性に年齢を聞くのはマナー違反だぞ~。まぁ私はマナーとは縁遠い女だけどね。なによりこっちに来てから意識して年は数えてないけど。そうだね。たぶん八十才くらい?」
ブッ。八十!? ババアじゃん! いってて二十代後半にしか見えないのにどんなカラクリ!? しかもあんた魔帝ってことは俺と同郷だよな。お、同じカテゴリーのはずだよな?
「自分の体も大分いじったからさぁ~。向こうでは人体実験なんてほとんどさせてもらえなかったし。自分の体なら良いでしょって言ったらなにかあったらどうする~だからね。そんときゃそんとき考えれば良いのに本当頭の固い馬鹿ばかりで嫌になるね」
ネスさんは肩をすくめるとその辺に置いてあるビーカーに入った黒い液体を一気に煽った。コーヒーかなにかだろうな。たぶん。
「ブヘ! 間違えたこれ試作品だ。どうしよ半分飲んじゃったし半分吐いちゃった。あ~あ~また作り直さないと」
違った。そんなもん無造作に置いとくなよ。しかも躊躇なく飲んでたし。
「えーっとそれでなんの話だっけ……。あぁ! そうそう! この子バラして作り変えて良いって話だったね!」
「ちげぇよ!」
「ち~が~う~の~!?」
それはあんたの欲望だろが。あとその悲壮感全開の顔やめろ。なんか腹立つ。
「わかってるわかってる。そんな怖い顔しないでよ坊や。冗談はこのくらいにして本題に入ろうか」
ネスさんが指を振ると散らかっていた部屋がたちまち綺麗になっていく。俺たちの世界の魔法は主に戦闘面特化。それとマナを別エネルギーに変換して電気やガスの代用にしているだけだがら、こういったまさに魔法といった現象を見ると感動する。
「あ、これ指振る必要ないんだけどね。魔法っぽいからやってるだけ」
やってる人がこんなんじゃなきゃ素直に感動していられるのに。
「で、小難しい話はなしにして簡潔にいこう。まず君がまともに魔法を使える日は来ない。ラビリンスがめちゃめちゃぐちゃぐちゃしすぎてる。幼少期からちょくちょく暴発させていたんだろうね。元々複雑な回廊に猛烈な劣化が合わさってマナを意識的に使う度に体ごと壊れてくよ。私が医者なら魔法なんて諦めて堅実に生きろって言うかな」
……最初っから。絶望的な事実をサラサラと。少しくらいオブラートに包んでくれ。ショックで吐きそうだ。
「だがしかーし。私は医者じゃあないんだよ。坊やのマナ密度は興味深過ぎる。リリンちゃん以上の密度を持った生物なんて初めて出会った。見たい。見たい! 坊やが魔法を使うところが見たい! いったいどれほどの力なのか興味が尽きない! だから! 私は全力を尽くして君が魔法を使えるようになるよう努力は惜しまない。安心すると良い。ラビリンスを矯正する方法はいくつかあるんだ」
「ほ、本当ですか?」
絶望から一転希望の言葉。ただこの人の口から出る方法ってのが不安要素しかないわけで。
「一番簡単なのは体をバラして全部私が組み換えることなんだけどね! ラビリンスは毛細血管よりも小さく細かいから私以外にはいじるなんてとてもできないけど逆に言えば私ならばなんの問題もなくいじり倒せるってわけなんだ! ……でも、デリケートな作業で筋弛緩剤は投与していいけど麻酔をかけることができないからヤられてる方はそらもう大変だけどね。低確率だけどショック死しちゃうかな」
「他の方法でお願いします」
「少しでも死ぬ可能性があるならば避けろ。こいつはマナ以外は脆いのでな。恐らく貴様が思っているよりも死にやすい」
「だろうね。その低確率っていうのも六割超えてるし」
半分以上は低確率というのだろうか? 肉体を物理的に改造してそれなら高いかもだけども。
「ってなるとやっぱ同調かな? すでにかなり侵食されてるみたいだし」
……ん? 今すごく重要なことをサラッと言わなかった?
「リリンちゃん。坊やと契約してどのくらい? 二年……いや三年? 契約期間長いなら時間は理解できてると思うから聞いてるけど。わからないなら教えるから計算し直してもらえる?」
「無論わかる。一月程度だよ。今は五月の頭。契約したのは四月の頭」
「え? マジ? たった一ヶ月? それ本当に侵食早すぎるんだけど。いくらリリンちゃんの存在力が規格外でも意識的に侵そうと思わなきゃここまで進まない気はするんだけど。坊や食べるつもりなの?」
「フム。繋がりは感じてるが特に意識して干渉はしてないぞ。我には別に存在そのものを取り込もうという意思はないからな」
「じゃあなんか別の要因でもあるのかな……。よく見ると侵食されてるのに特に自我の崩壊も見られないし。でもリリンちゃんのマナがかなり混じってる。……坊やは心当たりない? あと最近おかしな気持ちになったりとか」
「そんなこと言われても……あっ」
前に舌に穴開けられてリリンの血擦り込まれたけどもしかしてそれが原因か……?
おいマジふざけんなよ。侵食って人間やめるあれだろ? テメェのせいでなんかおかしなことになってるんじゃないだろうな?
「ん~? 心当たりあるみたいだね? 教えてもらえる?」
「い、いやそれは……」
濃厚で血を混ぜ合うマニアックなキスしたとか言えるか! キスってだけでも思春期には恥ずかしいっての!
「教えてくれないと先に進まないんだけど? ねぇ? 顔赤くなってるけどもしかして言いにくい? でも君の羞恥心とか些細な問題だから早く教えてもらえる?」
「そうだぞ。もったいぶるな」
「あーもう! わかったよ! この前こいつに血を飲まされたんだよ! 口と口で直接!」
これでいんだろ! 満足か? クソッタレ!
「本当か~い!? え、え、え、リリンちゃん私には一滴もくれないのに飲ませたの!? アハ、アハハハハハ! 羨ましい! そりゃマナが混じるはず! 繋がりが深くなるはず! ますますバラしたくなる!」
ネスさんは興奮のあまり天井に手を掲げその場でクルクルと回り出してる。そんなに喜んでいただいたなら恥をかいた甲斐がありますよええ。
「だがしかし! きっとそれだけじゃないね! 血が混ざるだけではここまでの深い繋ったりしないはず。きっと最初からかなり深い縁があったんだ。あくまで推測だけど最初からリリンちゃんに好意はなかったかい坊や? 性的目で見たりとかくっつきたくなったりとか。あるらしいんだよね深い縁があるとさ」
「そういえば……」
思い当たる節はチラホラ……。なるほど。じゃあ俺はロリコンというわけじゃなくその縁とやらのせいでリリンにあんなことやこんなことを感じていたのか。良かった。変態じゃなくて。
「まぁそのあたりはどうでもいいや」
いや、良くない。自分を変態だなんて思いたくない。信じたくない。縁のせいだという確証を持たせてくださいお願いします。
「とりあえず、だ。やはり同調という線でいこうそうしよう。ラビリンスの矯正となるとちょっと人間やめないとだけど大したことじゃない。見た目がそのままなら人は人と認識するのだからね」
……あぁ。俺が人間やめるのはもう確定なんですか。
魔法師になるために人間やめるか諦めて人間のままかなら……。うん。見た目が変わらないなら前者でおなしゃす。




