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遥か高みの召喚魔帝  作者: 黒井泳鳥
八月編 前編
140/656

140話

「ほいじゃこいつが今日採った桃と二十年物の桃酒ですんで」

「おおきに~。二十年物とはえらい奮発してくれはるねぇ?」

「そら煙魔様の逢瀬ですから。半端なもんは渡せませんわ。本当は百年物でも出そうかと思ったんですけど。それは初夜に取っときますわ。それか白無垢の御披露目で」

「もう。そんなんちゃうって言ってるのに。困った子やね。私には振袖がええとこよ」

 保管庫で酒の入ったひょうたんと風呂敷に包まれた桃を受け取ってるだけなのになんで結婚まで話が飛んでるんだろう。やはり打ち所が悪かったんじゃないか? 俺がもう一発殴れば治るか? お?

「ほんで、どないしよ。折角の二十年物やし、景色のええところでも行こか?」

 気にした様子のない煙魔のお頭。あんたが特別咎めないなら俺も言えることねぇけど。ちょっとだけ厳しめに注意してほしいと思うよ。

 で、また移動の話か。いちいち俺に確認取らなくても良いのに。まぁ律儀にも気にかけてるからこそだろうから俺も律儀に答えるんだけどね。

「任せる。俺は飲まないから飲む本人が気持ち良く飲めるよう決めれば良いよ」

「ほうか? じゃあこの桃園がよう見える丘あるから。そこ行こか。中を歩くのもええけど、上から見るのもまたええんよ。あ、そういえばお饅頭もあるし。坊にはお茶入れたるわ」

「へぇ~。じゃあ期待したほうがいい?」

「裏切られてもええならな♪」

 まただよ。この可愛い感じの言動。自称ブスなのによくやるんだよなぁ~。たぶん無意識の素なんだろうなぁ~。ナチュラルに可愛いとか顔面への興味が加速するからやめてくれ。

 本当。理性強くなって良かったよ。じゃなきゃ好奇心で押し潰されそうです。

「ほら、坊。行くよ? 閉じてまう前にこっちおいで」

「……あぁ」

 帰り際見せてもらうって約束だし。焦らなくても良いしな。気長に待たせてもらうとするよ。約束の時までな。



 連れてこられた丘の上には丁寧に布の敷かれた長椅子があった。さらにこれまたご丁寧に和傘付き。特に汚れもないし、手入れしてるんだろうな。きっと煙魔や他にも誰かがよく来てるからかな。気持ちはわかるよ。だって。

「……」

 言葉に詰まるくらいには、ここからの景色は綺麗だから。

 ここの空は真っ青に澄んでいて、目下には桃色の絨毯。心地良い風が運ぶ甘い香りもまた演出に一役買っている。なるほど。わざわざここで酒を嗜みたいってのも、飲まない俺でも共感できるわ。

「ふふっ。ええやろここ?」

「口にできる感想もないくらいにはな」

「あら? そらまた褒め殺しやね。そこまで気に入ったんなら私も嬉しいよ。ほな、花見酒と洒落こもか」

 煙魔は煙から饅頭と急須を出して茶を入れてくれる。いつの間にお湯を用意したのかは……触れないでおこう。

「はい。ど~ぞ」

「いただきます」

 口に広がるほどよい甘さの饅頭とほどよい苦味のお茶。鼻に抜ける茶の爽やか香りに混ざる桃の甘い香り。目に入る物は絶景。聞こえるのはそよ風の音。

 ……雅にもほどがあるわ。なんなんだこれ。この状況は。冷静になったら俺にはもったいなすぎて吐き気催すわ。つっても顔に出すわけにもいかないのがなんともなぁ~。ちょっとやるせません。

「美味いよ」

「そらよかった」

 必死ってほどでもないけど、心の声は抑えて無難な感想だけ口にした。相手が相手なら本音漏れてただろうなぁ~。気を付けないとこいつ相手でも口にしそうだから意識だけはずっとしてよ。

「じゃあ、今度は俺から」

「ふふっ。おおきに」

 酒の入ったひょうたんを手に取り、猪口に酌をすると煙魔は仮面をいじって顎を下げ、ゆっくりと酒を煽る。

「はぁ~……美味し……」

 色っぽいため息だな。髪の隙間から見える耳が少しだけ赤くなってきたし、強めの酒なのかな? つかアルコールへの耐性とかできてねぇのかなこいつ。

「さすがは二十年物やわ。食べるばかりじゃなくて、造るお酒の量も増やしていこかな?」

「酒が好きならそれでも良いんじゃないか?」

「ん~……。でもお酒造るの手間やしなぁ~。私のわがままで娘達に苦労させるわけにもいかへんしなぁ~」

「じゃあ他の連中と相談してみたら?」

「私がしたい言うたら無理にでもしようとするよ。あの子らは」

「あ~……」

 煙魔は根は優しいけど、同時に逆らって機嫌損ねたくないから煙魔の意見が出た時点でそれが答えなのね。単純に煙魔の要望を叶えたいってパターンもあるだろうし。自己評価低いけどめちゃくちゃ好かれてるのはたった数日でも見てとれる。

「ま、お酒についてはまた追々考えていくとするよ。そのまま食べてもとっても美味しいしなぁ~。坊も食べてみて」

 煙から皿と果物ナイフ。風呂敷から桃を取り出して切り分けてくれる。手際も良いな。普段から料理とかやり慣れてる雰囲気。

「はい。あ~んして……なんて言うてみたりして。私の手ずからとか嫌やんな――」

「あむ」

 今さらあ~んくらいで怯んでられるか。人に見られてなきゃ最早気にしねぇよ。

「……あ、あ、あの。えっと……」

 ……って思ったらやってきた本人が硬直してる。もしかして自分から仕掛けたのに動揺してらっしゃります?

「どうした?」

「あ、いや、私こそ悪ふざけが過ぎたわ。……ごめん。ほんま……ごめんな……?」

 耳どころか見える肌全部真っ赤にしちゃって。うぶだなぁ~。さすが筋金入りの処女。そんな反応されたら押し倒してひんむきたくなるぜ。

 ……ごめんなさい嘘です。さすがに僕にそんな度胸はないです。口にはしなかったので許してください。煙魔にそんなことして反撃されたら命なんていくらあっても足りないしそもそもそういう行為は大人になってからと決めてるんで。

「あ~……ちょっと酔ってしもうたかな……? 顔、暑いわ……」

 手でパタパタと扇いでる。たぶんだがそれは照れではないかね? 人生経験豊富でもこじらせるとこんな風になるんですね~。なんか、なんとなくロッテと仲良くできそうだなあんた。

「酌。する?」

「……お願い」

 とりあえず酒に逃げれば良いだろって感じでとにかく酒を飲ませる。このあとは特にしゃべることもなく、ひたすら花見を楽しんだよ。

 あ、ちなみに桃はめちゃくちゃ美味かったです。体に異常も出ませんでした。まる。

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