第07話 ルカのはなし・限りなく即死に近いセーフ
三人の先生方は、魔法のグレートスペシャリストです。
私とディアベラちゃんにかけられた『魂魄転換魔法』に影響しないよう、何気ない顔で細心の注意を払ってくれていたのでした。大魔導師ですので、マナに干渉しない、させないという特別な術を知っており、実行も出来ます。だから保健室で普通に接していても、問題がなかったのです。
でもこれは一般人どころか、専門家にも難しい超絶技巧の職人芸だそうです。空気に触れずに生きるくらい難しいのです。
私達の『入れ替わり』。それは要するに……。
「肉体の中に、『自分とは違う魂』が入っている状態だ。その魂は、肉体にとって『異物』だよ」
イェルク先生に説明されました。
おまけに『禁呪』自体が、不完全な状態です。プロフェッショナルな魔導師の封印で抑えていても、極めて不安定なため、他者の僅かな干渉で演算を再開してしまいます。
魔法の『鍵』がかけられ逃げられなくなった肉体の中で、のた打ち回る『異物』の魂。
「拒絶反応が起きてショック状態となり、死ぬぞ」
ジョシュア先生にも恐ろしいことを言われました。重篤なアナフィラキシーショックみたいなものでしょうか……。
さっきから私もディアベラちゃんも黙っていますが、納得しているのではなく絶句しているだけです。
「『悪意の何者か』は演算開始の直後、強制的に魔法を中断して逃げた……。その後、魂魄が離れかけた状態でディアベラは屋上を出て、階段でルカと接触した。この事故により、二人は入れ替わってしまったんだよ。不慮の事態を想定していたとしても……これは想定外だったろうね。あちらは状況確認のために動くだろう。『悪意の何者か』は、必ずもう一度接触してくる」
優しげな眼差しで、イェルク先生が私へ言いました。
強制終了させた『魂魄転換魔法』が、その後どうなったか。現場から緊急離脱して逃げた『術者』は、知らないはずです。
「だから二人は、何も知らない顔をして過ごしてほしいのじゃ。まるで入れ替わりなど無かったかのように」
私とディアベラちゃんへ、ジョシュア先生が言います。
「そ、それって……囮になるということですか?」
騙されたフリをして、詐欺師をおびき寄せるような? と、私が首を傾げると、ジョシュア先生は満足そうに頷いていました。
「その通り。だが心配はいらないのじゃ。封印は『隠蔽』の魔法で隠してある。よほどの魔導師でも、『禁呪』がかけられているとは見破れん。むしろ見破られたら、わしの沽券に関わるのじゃ。大丈夫大丈夫!」
余裕の笑顔で言われます。専門家の「大丈夫」の言葉が、逆に信じられない気がするのは私だけですか……。
「ルカは神の代理人である戦巫女だ。今回の一件には、何らかの陰謀が絡んでいる可能性も考えられる。万が一、君達の家族や友達を巻き込まないためにも、慎重に動く必要があるのだよ」
ブランダン学院長も、厳かな口調でそう仰いました。
やっぱり先生が言ったとおり、周囲に『入れ替わり』は徹底的に伏せる。
家族にも友達にも絶対に伏せる。
その間にジョシュア先生たちが、現場の痕跡や『手紙』を解析し、『悪意の何者か』を探し出す。
それまで私はディアベラお嬢様として。ディアベラお嬢様は戦巫女として振る舞い、生活する。
命の危険は半端ないけど、皮肉にもこれが最も安全で効率が良いという結論になりました……。ちくしょう、こんなのばっかりだぜ! 異世界に召喚された時点で、もうかなり色んなこと諦めたけどな!
尚、『魂魄転換魔法』が半端にかかっている今の状態で致命的なのは、『名前を呼ばれること』だそうです。魔法にかかっている当該者の、私とディアベラちゃんは別として。
もしも万が一、私が第三者に中身を見破られて「やだー、ルカでしょ!? マジでイメージ変わったじゃん! ダイエット?」とか言われたら、おしまいです。私だけでなく、ディアベラちゃんも一緒にさようならです。
先生の話しを聞きながら隣のベッドを見ると、戦巫女の姿のディアベラちゃんが、物思いに沈んでいるようでした。
(落ち込んでるのかな……そうだよね。巻き込んじゃったし……悪いことしたなぁ……)
私は非常に申し訳なく思っていました。
ということで、私とディアベラちゃんは周囲の人達から『正体』を隠す必要が発生しました。凡ミスが出ないよう、お互いの個人情報を交換することになりました。
先生方が退席された後、椅子に向かい合わせで座ってお話し合いをしたわけですが……。
「お父様の名前はクロード。お母様はカーミラ。朝は五時半に起床。湯浴みをして、身嗜みを整えて。朝に使う香料は、柑橘系のものって決まっているから間違えないでね。お祈りをしてハープや歌のレッスン。もう一度着替えて七時に朝食よ。その後に制服に着替えて支度をして、八時に登校。帰ったら大体、お客様がいらっしゃっているわ。失礼のないよう、ご挨拶をして回るのよ。制服のまま出るなんて、はしたないから着替えるのよ、わかった? 軍の殿方ならパステル調の可愛らしい服。お母様のお友達や、女性の方であれば少し落ち着いた色合いで、でも流行を押さえた服にしないと……」
等々。たくさんありすぎて、私は途中で頭が処理落ちしました。間違えたら「事故で記憶が混乱していて……」で、誤魔化すことにしました。
「それで、貴女はどうなの? 何か仰りたい事があるなら、聞いて差し上げてよ」
ディアベラちゃんの長い説明が終わって、今度は私の番になりました。「うーん」と考えて、首を傾げました。
私はこちらへ来て、まだ一年ほどです。元の世界から持ってきたのは制服と鞄一つだけ。家族もいない一人暮らしの寮生活です。食事は学生寮の食堂にお任せしています。生活にこれといったこだわりや趣味は無く、部屋にある家具なども最低限です。
本を買ってきて読書くらいはしますけど、服飾やメイクはほどほどです。元々お金がそんなにないし。
「えーっと……犯罪と借金には手を染めず、節度を持って生活して下さい」
「貴女わたくしのこと、何だと思ってたの……?」
「あ、それと部屋の家具とか小物とか、書類なんかも、勝手に変えたり捨てないで下さい」
こちらサイドのお願いを聞きながら、ディアベラちゃんは頬を引きつらせていました。
「それくらいかなぁ? まぁ、何かわかんないことあったら言ってください。それじゃあ、こんなところで……」
終了かな、と立ち上がりかけた私の袖を、ディアベラちゃんがムンズと掴んで引き止めたのです。
「……もう一つ。重大なお話しがありますの」
私の姿のディアベラちゃんは、真剣な眼差しと潜めた声で言いました。