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第06話 ルカのはなし・人生がときめく禁じられた魔法

 イェルク先生とジョシュア先生は講義などで会いますが、学院長のブランダン先生まで出てきています。何か普通じゃない、事件だとは直感したのです。でもこんな事態になるなんて思いませんでした。


魂魄スピリット転換魔法カンバーション』。

 それが私とディアベラちゃんにかけられた魔法でした。『禁呪』という、使用を禁じられた魔法です。


「変身の魔法とは、違うんですか……?」

「全く別の魔法じゃ。外見が変わるのとは本質的に異なる」


 私の質問へ、時代がかった口調で答えてくれたのは、長いお髭で白髪で、絵に描いたようなお爺様らしさ全開に椅子へゆったり腰掛けている学院長先生……ではなく。


 か細い体躯に、紺色マッシュルームカットの少年。黒魔導師のジョシュア・カッツ先生でした。

 こちら様、見た目は十歳前後の少年に見えますが、学院で最高位の黒魔法の先生です。子どもらしい顔立ちに、灰色の瞳。肌は青白く、メイクなのか唇は紫色。自分の体で色々な魔法の人体実験をしている先生で、実年齢がいくつなのかは不明です。


「生きたまま、生まれ変わるようなものですよ」

 傍らにいたイェルク先生が、補足してくれました。


「うむ。術者が、他人の人生を乗っ取る魔法なのじゃ。この魔法の標的にされた者は、術者と魂魄が入れ替わってしまう。しかも入れ替わったことすら気付かず、別人の人生を生きていく。『究極の成りすまし』とも言われておる。それゆえ禁呪とされてきた。貴重なサンプルに出会えて嬉しいぞ」


 禁呪ですから、滅多にお目にかかれません。実物を間近で見られて嬉しいのでしょう。ジョシュア先生の紫色の唇が、にんまり笑っていました。


「だ、誰が……何で、そんな魔法を?」

「ふむ、ルカの上着のポケットに、こんな手紙が入っていた。悪いが、先に調べさせてもらったのじゃ」

 ジョシュア先生が、ぴらっと取り出したのは例の『手紙』でした。いつの間にー。


「『本日、午後五時。ダックワーズ学院南館、屋上にてお待ちしております』……差出人はディアベラ・パリスとなっておるが?」

 先生の灰色の瞳が、『ルカ』……になっている、ディアベラちゃんを見ました。


「は、はあ!? 何よそれ!? 何のお話しですの!? 知りませんわ、こんな手紙……!」

 さっと顔色を変えたディアベラちゃんも混乱しているのか、先生に猛然と食ってかかっていました。


「え? ディアベラちゃんが書いたんじゃないの? じゃあ、どうして屋上に行ったの?」

 『ディアベラお嬢様』……になっている私が尋ねると、キッと音がしそうな勢いで睨まれました。自分の顔に睨まれるって何か変な感じだな……と思っていると。


「貴女が通りすがりに意味不明なこと言うから、何かあるのかと思って屋上へ行ってみただけですわ! 貴女こそ、わたくしを陥れようとしたのではなくって!?」

 こちらを指差し、怒鳴る姿はまさしくディアベラちゃんその人でした。


「い、いやいや、まず私、こんな魔法があるのも知らなかったし……」

 私も私で、反論しました。


 学院で魔法は教わってきましたけれど、魔法は範囲や種類も膨大で全部把握なんて無理です。『禁呪』というものも一応存在は知っていたとはいえ、内容までは知りません。


「ディアベラ。屋上へ行ったとき、何があったんだい?」

 イェルク先生が穏やかに尋ねますと、ディアベラちゃんはさっきよりトーンダウンして答えました。


「最初は、特に何もありませんでしたわ。元々用事もないし戻ろうとしたら急に……見えないクモの巣に引っかかったような違和感がありましたの。突然寒気がして、気分が悪くなって……」


 課題を提出した帰りがけ、南館を通っただけだったというディアベラちゃん。

 トイレを探していた私に通りすぎざま、謎の言葉を投げ掛けられたディアベラちゃん。

 全く意味がわからなかったディアベラちゃん。

 それでも『戦巫女ルカが、屋上で何かしているらしい』と思ったディアベラちゃん。


 気になって気になって、んもー気になっちゃった彼女は無視出来ず、こっそり様子を見に行ったのでした。覗き見を他の生徒に見られたくなかったため、護衛のロビンちゃんは見張りとして階下に配置しました。しかし屋上に行っても何もなく、誰もいなかったそうです。

 はい、当事者の私はその頃、トイレの中でした。


「そこで、魔法がかけられたのじゃな」

 ジョシュア先生は青白い顎を指で撫で、にやにや笑っていました。


「率直に言うと、我々も君たちが『禁呪』を使用したとは思っていないよ。もしも術者本人であれば、是非とも計画したとおり『屋上で』会っただろうね。でもロビンの証言からも、君たちが接触したのは屋上下の階段だと判明している。術は中途半端。演算を途中で中止した形跡もあった」


 すでに魔法が絡んでいると気付いたイェルク先生たちは、『禁呪』への対処と同時進行で、現場の屋上や周辺も調べていたのでした。さすが、仕事が早いです。


「何より、発動させた手順が興味深いのじゃ。なかなか手が込んでいたぞ? 広範囲の、使える魔法の拠点という拠点を、ほぼ総動員するようにして発動させたようじゃ。万が一の追跡を逃れるためじゃろう」

 ジョシュア先生が続けて言いました。


 今更ですが、異世界マカローンには『魔法』があります。

 まず『マナ』という元素のようなものがあって、これが世界中に満ちているのだそうです。この『マナ』が何らかの理由で集合すると、原始的な自律意識体に近い『精霊』というものになります。有名なのが四大精霊で、火、水、風、土の四種類。


 人々は持って生まれた己の魔力――これもマナの一種だそうですが――を使って精霊たちにコンタクトし、『魔法』という奇跡を起こします。この芸当が出来る人を『魔導師』と呼びます。魔力が無い人も、『マナリス』というマナの結晶体を使えば、魔法と同じ奇跡が起こせます。


 高級な場所に限られるとはいえ、自動ドアや冷蔵庫みたいなものもあり、動力と仕組みには多くの場合、魔力と魔法が使われています。複数の魔法を組み合わせて、様々な奇跡を起こせます。ただし通信・情報インフラは技術的に難しいそうで発展途上であり、手紙などが主流。

 生活の隅々まで魔法と、それを用いた魔法具が使われています。私が元いた世界で言うところの、電気みたいなものが魔力であり、それを使う技術が魔法です。


「ふふん……『禁呪』を一度細かく分解し、あちらこちらの『魔法具』へ忍び込ませてあったのじゃ。長い間、『禁呪の欠片』はそこで大人しくしておった。宿主にされている魔法具は、普通に作動する。日常生活には何の問題もない。それが術者の合図で、『禁呪の欠片』たちは組み込まれていた指示通り、瞬時に一箇所へ集合して、標的へ『魂魄転換魔法』をかける演算を開始したのじゃ」

「細かく分解することで、無害に見せかけたんだよ。学院全体にかけられている頑丈な結界の隙間を、潜り抜けることも出来たんだ。うまく盲点を突いているというか……」


 ジョシュア先生とイェルク先生に説明されました。

 私には魔法の細かい仕組みはよくわかりません。イメージとして、他人のPCなどを踏み台にした、コンピューターウィルスの遠隔攻撃みたいなものかな? と思いながら聞いていました。


「『魂魄転換魔法』は、魔法陣をつくるとなったら大掛かりな魔法だ。演算にも時間がかかる。でもこの方法なら、準備に時間はかかっても、魔法の演算自体は数秒で終わるからね。非常に気付かれにくい。僕たちもこんな『異常エラー』が起きなければ、見逃してしまったかもしれない」

「何を? わしはおかしい波動があると気付いていたぞ?」

 イェルク先生の発言に対し、ジョシュア先生は不満げに言い返していました。


「さて、この『手紙』が手掛かりとなるが……ご丁寧に、魔力の痕跡まで消してあるのじゃ」

 ジョシュア先生が、舐めるように『手紙』を眺めて呟きました。

 魔力は人によって微妙に違い、物に触れただけでも残るため、個人を特定されないよう消したのでしょう。指紋を消してあるようなものと想像されます。


「……というわけで、術者の追跡はかなり厳しい」

「ええ!?」

「ま、まさか……元に戻れないんですか!?」

 私とディアベラちゃんが悲痛な声を上げると、保健室の先生は首を横に振りました。


「いや、そんなことはないよ。でも解除のためにも、『悪意の何者か』を特定する必要があるんだ。元に戻るまで……時間はかかると思ってほしい」

「ふっふっふ……わしから逃げられると思うなよ」

 ジョシュア先生が腕を組み、嬉しそうに笑っています。


 難しい魔法理論やその処置なんて、自分ではどうしようもありません。しかも世界で五指に入る魔導師で学院最高位の白魔導師と黒魔導師にそう言われたら、素人はお任せするしかない……。

 半分以上は理解不能なままでしたが、仕方がないです。『入れ替わり』の事実だけ、とりあえず受諾したときでした。


「それからね……君たちに頼みというか、注意がある。危険を伴うから、よく聞いて。この『入れ替わり』は、他の誰にも知られてはいけない」

「え?」

 突然、緘口令が発令されました。驚きましたが、この秘密の順守には理由があったのです。


「緊急の対策として『禁呪』は封印した。それでも避けられない問題がある。ここは『マナ』が作用しない、特殊な結界の中だから問題ない。だが外では、こうはいかない。あなた方二人。どちらか一方でも第三者に『正体』を見破られたら、それだけでマナが干渉し、再び演算が開始されて『鍵』がかかってしまうんだ」

 保健医で白魔導師なイェルク先生がそう告げました。


(えーっと……それってどういう……?)

 頭が動くのを拒否する中で、無理に考えました。


 この部屋は云わば、マナの無菌室だったのです。そして無菌室の外の世界には、普通にマナが溢れています。通常ならは何の害も無い、空気のようなマナが、ちょっとした切欠で私たちに牙を剥くと。


「だから、この『入れ替わり』のことを、誰にも知られてはいけない」

 イェルク先生が、重ねて念を押します。


「すまないが、少しだけ辛抱してくれたまえ……。必ず君たちを元に戻すと約束する。これは魔導師ブランダン・ハーリッシュの名において、約束する」

 最後に口を開いた学院長先生が、老舗大企業の会長のような威厳で仰いました。

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