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第05話 ルカのはなし・そしてお嬢様になる

――空回りの糸車。待っててね。きっと君を助けに行くからね――



**



 私とディアベラちゃんは、屋上の階段から団子状態で転げ落ちたようです。二人とも気を失っている間に、駆けつけたロビンちゃんや先生方によって、保健室へと運ばれました。


 ダックワーズ学院は、見た目は神秘的なモン・サン・ミッシェル。でもその実態は、ほぼ軍事要塞です。ここは五百年前、神託によって建設されました。


『世界が危機と転換を迎えるとき、この島で戦巫女ヴォルディシカが召喚される』


 という予言です。やがて来る大いなる戦いに備えて、建設されたのでした。ちょっと気が早かったようですけれど相手は神様です。五百年くらいは誤差範囲なのでしょう。


 学院のあるマフィン島の位置は、アマンディーヌ王国の都マドレーヌの目と鼻の先です。しかしこの島は半独立都市国家で、自治と独自の法が認められています。時の国王の政治干渉も許さず、学院とアマンディーヌの正規軍とが対立し、撃退した歴史さえあります。

 都市のために学院があるのではなく、学院のために都市が造られていったのです。


 戦巫女と共に戦う魔法使いや戦士を育成する、養成所として出発したのがダックワーズ学院です。開校から五百年も経過してしまい、今では歴史も古い名門の最高学府となりました。


 学院生であることは、この世界で一種のブランドです。世界各国の貴族子女や、天才偉才が集まってきます。しかも一般庶民や奴隷出身者であっても、ここは才覚さえあれば入学を認められます。卒業後は立身出世も夢ではありません。


 十二歳から十八歳まで、全校生徒数は六百人。学院内で身分の上下は通用しない実力主義。二年ごとの通過試験により、容赦なく振り落とされていきます。もっとも階級無関係の建前は建前で、現実には生徒間で『学校カースト』的なものは発生しています。

 それはさておき。


 やたらとダックワーズ学院の設備が充実しているのには、こういう背景もあったりするのです。


 その設備の充実は、保健室も例外ではありません。保健室というより、もはや病院です。

 正式名称は『白魔法工房』です。


 建物自体は、薬草園のそばに建つ、清潔で質素簡潔な修道院を思わせる三階建ての建物です。高水準の医療施設です。待合室で三時間待つか、本気で死に掛けるかどちらかしないと、お医者さんの前へ辿り着けない、あのレベルの処置が受けられるわけです。

 私とディアベラちゃんが担ぎこまれたのは、その『保健室』でした。


 重い瞼を開くと、飾り気の無い白い天井が見えて、寝かされているのだとわかりました。鼻をつく薬品の匂いで、保健室だとわかりました。


――うー、頭痛い……気持ち悪い……。


 何か変な夢みたいな、声みたいなものを、見ていたというか聞いていたような……?

 と思いながら、ズキズキするこめかみを右手で押さえ、だるい体を動かして私は何気なく左側を見ました。


 そこには、“私”が眠っていました。

 自分の寝顔を見るのは初めてでしたが、顔の構成。長いピンク色の髪。間違いなく自分です。


(……げ、ヤバイ……死んだ? 幽体離脱……!?)


 驚愕で硬直し、次の行動へ移れずにいました。

 すると隣のベッドで眠っていた“私”も、目を覚ましたのです。赤い瞳が、こちらを見ました。目を瞠り、愕然とした表情をしていました。

 そして


「ええッ!?」

「何でッ!?」

 私たちは同時に叫び、ベッドの上で飛び起きたのです。再びその先のリアクションが出来なくなりました。


 ふと、動かした私の目が捉えたのは、傍らの小さなテーブルに置かれた金属製の香炉でした。魔法薬が入っているようで、さわやかな香りの煙を仄かに燻らせています。

 

 銀色の鏡のようなその容器に映っていたのは、金髪の絶世美少女。ディアベラちゃんだったのです。


――え……? え? これ? こっちが、“私”……?


『ディアベラちゃん』になっている自分を発見し、呆然としていたときです。


「二人とも、気が付いたかい?」


 柔らかな声が聞こえ、「失礼するよ」とカーテンを開けて入ってきたのは、学院の保健の先生で『イェルク・コンウェル』先生でした。


 長めな緑色の髪をゆるく後ろで結び、いつもにこにこ微笑んでいる濃紺色の瞳。中性的な顔立ちで女性と間違われることもあるこの方は、魔法の国クグロフの出身で、治癒を基本とする白魔法の専門家です。癒し手として右に出るものはいないと言われ、ダックワーズ学院で最年少の白魔法教師。普段は優しい保健の先生ですが、緊急戦闘時には軍医にもなる方です。


「あ、あ、あの、先生……!」

「わ、わ、わ、わたくし、それ、そっちに……!」


 青褪めた女生徒達は、おたおた混乱しながら物申しましたが文章になりませんでした。実際に喋る声と自分で認識している声が違うのが、こんなに気持ち悪いとは知らなかった……。


 そこへ更に、紺色の髪の少年と白い髭の威厳漂うご老人もカーテンの中へと入ってきたのです。


 黒魔法教諭の『ジョシュア・カッツ』先生と、ダックワーズ学院の最高責任者で、学院長の『ブランダン・ハーリッシュ』先生でした。この三人の魔力だけで、ちょっとした国なら三十年くらい魔力が賄えると噂される、大魔導師です。


「やはり、『魂魄』が入れ替わっているね……」

 優しい面差しに陰を浮かべて、イェルク先生がそう言いました。

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