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第63話 ルカのはなし・異世界のギャルが1年で戦闘力を上げて邪神を倒し領主にされた話

 さて、『シナリオ通りに』と言うべきでしょうか。


 あれから『戦巫女』と仲間たちは、邪神をぶん殴ってきました。攻略まで数カ月かかりましたが、準備に五百年かかった事案が三日で片付くとは私も思っていなかったので大丈夫! 邪なる神ソルトは眠りにつき、崩れかけていた均衡は正されました。世界は滅亡の危機から救われたのです。おめでとうございます!


――こうして伝説の戦巫女ヴォルディシカは『邪なる神ソルト』を封じ、世界は平和になりました――


 そう終わるのが、スタンダードなおとぎ話ではないかと思います。

 異世界『マカローン』で今後、誰かに語られる『伝説』の最後の一行も、こうなっているのではないでしょうか。



 そして幸いにも戦後のこの世界には

「今度は自分たちが覇権を握るために、戦争の火蓋切っちゃおうかしら!」

 だとか

「戦巫女は用済みになったから亡き者にして、富と権力も奪取しちゃうわよ!」

 だとか、そういう思い切った行動をする人は登場しませんでした。


 強いて言えばアマンディーヌ王国の某伯爵様が、その可能性を感じさせる人でした。でも事前の乙女ゲーム的な何かで、芽は摘んでおきました。成り行きです、成り行き。気分転換に戦火を撒きたい暇な人も、いませんでした。

 おかげさまで新しい日常に問題は発生しませんでした。


 これから先もこの世界が未来永劫に平和かどうかは、わかりません。

 それでも『おとぎ話』の結末としては、恥ずかしくない感じになりました。物騒な世界にも、たまにはこんなことがあって良いのではないでしょうか。



 そんなこんなで、あの戦いの日々から間もなく二年。

 月日は矢のように飛び去りました。私はダックワーズ学院も無事に卒業しています。もはや学生ではありません。

 それどころか、一年前からは新たな任務を遂行しています。

 ここら辺はきっと後世の『戦巫女の伝説』で、スッパリ省略される部分でしょう。



――私は学校を卒業すると、頼んでもいない新しい任務が向こうから走ってくる宿命でも背負っているのかな……?


 乾いた土埃の漂う大通りで、私はぼやっと考えていました。

 ブーツの靴底が踏みしめるのは土の道。左右には小さな屋台が連なり、賑やかな商人たちの声が響いています。


 ここはアマンディーヌ王国の国境地帯、辺境最大の街にして要塞都市『ヌガー』。

 少し前までこの大通りを行き交う人の多くは傭兵や冒険者でしたが、今は地元の住人と旅人と、行商人に変わっています。独特の乾燥した風に吹かれて振り仰げば、領主の居城。黄色い石造りの堅牢な要塞が、青空を背にそびえていました。


 あそこに自分が住んでいるなんて……と考えていると、後ろから私を呼ぶ声が聞こえました。


「ご主人様、ご主人様ー……!」

 振り向けば、人混みに溺れそうになりながら駆けてくる人がいます。


 亜麻色の髪にミントグリーンの瞳をした、美少女系な執事メイドのロビンちゃんが真っすぐこちらへ向かってきます。普段着に外套マント姿とはいえ、こんな奇抜にピンク色の髪をしている人は私しかいないので、捜し出すのはそんなに難しくないでしょう。


 ロビンちゃんは正式な手続きを踏んで許され、今は正式に戦巫女わたしの『執事』なのです。

 メイドさんな恰好ではなく、すらりとしたパンツスタイルになっています。スカートでは仕事に対応しきれないという理由で、自発的に変えていました。前より長くなった髪は、若草色のリボンで一つに結っています。今も十分に可愛いです。でも身長は少し伸びたかもしれません。


「どうしたの、ロビンちゃん?」

 追い付いてきたロビンちゃんに尋ねると、疲れた顔をされました。


「ど、どうしたのではなく……! お願いですから、このような市街地で、急にふらっとお姿を消すのはおやめください!」

「すみませんでした」

 可愛い執事さんに叱られたので、素直に謝りました。


「今回は一体、どちらへ行っていらしたのですか? いつもいつも、私がホンの一瞬目を離した隙に……」

 透き通ったミントグリーンの瞳が、私を映して言いました。

 今ではかなり慣れて、主人の身の回りのお世話だけではなく、こんな感じに会話や指導もしてくれるようになったロビンちゃんです。


「あー……うん、ちょっと気になるお店があったの」

「市街の店舗でしたら、私も把握しております。ご用事がありましたら、仰っていただければ何もご主人様でなくとも私が参りますよ」

「自分で行きたいお店もあるでしょ。こことかね?」

 笑った私が片手で、ちょい、と指さした先を見て、ロビンちゃんは小首を傾げます。


「屋台ですか……?」

「だいぶお店の数が増えたよね」

「自由市場として開放しましたからね。今日は祝日ですし、田舎の方から作物を売りに来る者も増えたそうですよ」

「それは良いけど、若干いかがわしいお店も増えたかな……少し警備を増やしましょうか」


 半ば独り言で私が呟いたとき、屋台から声がかかりました。


「戦巫女様、焼き菓子は如何でございます?」

 目立つピンク髪の『戦巫女』に商品を勧めてきたのは、小太りのおじさんでした。

 店先の籠に山盛りで入っているのは、ビスケットに似たお菓子です。カラフルに色付けされている地方の伝統菓子で、量り売り。頼めば好きなだけ袋に入れてくれるのですが。


「これはやめておきます、歯が溶けそうなくらい甘いんだもん。そっちのお花をください」

 小太りおじさんの甘いお誘いを断り、私はお菓子の横に置かれた白い花をお願いしました。手のひらサイズの、星のような形をした白い花は四、五本ずつの束になっていて、それがまた籠で山盛りにされています。


「ああ、こちらで? へい、まいど! 数は如何ほど?」

「その籠のもの全部まとめて買うから、代金は三分の一にしてください」

「さ、三分の一だって!? ダメダメ、二割引きで勘弁してくださいよ……」

「じゃあ、五割引き」

「ひえ~、困ったもんだなぁ。でもまぁ領主様じゃ仕方ないや。三割引きで手を打ちますよ」

「ありがとうございます、じゃあ四割引きで。ロビンちゃん、買って」

「は、はい!」


 進み出たロビンちゃんが、商品と代金を交換しています。黙っていてもこの子はチップも渡すでしょうから、大体『三割引き』と同じ金額になると思います。尚、この花は郊外で自生しているので、束にする加工の手間賃以外はタダに等しいと、最近知りました。


「やれやれ……戦巫女様は、どこでそういう買い物を覚えなすったんです?」

 半分も売れれば上等だったでありましょう、白いお花。在庫がまとめて消えたおじさんは笑いながら尋ねてきました。


 伝説の『戦巫女』が、小さな買い物すら値切るので驚いているのです。

 近頃は地方役人レベルから、市場で商売をする人達まで、戦巫女わたしが値段も訊かずに爆買いしてくれる面白キャラではないと、わかってくれました。『贈答品総攻撃』や『おもてなし絨毯爆撃』も減りました。

 この辺境では少し前まで『誰が一番、領主パリス伯爵を喜ばせられるか選手権(仲良くなれば寄付金があるよ!)』をやっていたので、驚かれるのも仕方ないとはいえ……。どういう世界なの。


「私は貴族じゃないから、値切っちゃうんですよ」

「何を仰いますやら……どこの国の貴族より、特別な身分の御方が!」

 私の言葉に、おじさんはおなかを揺すって笑いました。

「ま、『身分』だけは、そうかもしれないですね?」

 私も笑い返します。


 王国の北西、かつて隣国との緩衝地帯だった土地は、新たな地名を与えられました。

『アマンディーヌ王国、委任統治領、戦巫女ヴォルディシカ管区』。別名を『オランジェット男爵特別領』と言います。後ろ盾として王国があるのですが、建前上はどこの国にも属さない、神々に捧げられた『聖域』です。


 ここについては、アマンディーヌ王国とガトー国の間で、国交の正常化と同時に不可侵条約が結ばれました。そこの統治者が、『戦巫女』の私です。

 王国の内向けには、この度の戦功に対する褒美とされました。……が、内政と外交に都合のいい緩衝材にされたのは、何となくわかります。


 辺境伯がいなくなって、『空いた土地』です。

 貴族たちが奪い合いを始める前に、国王陛下はさっさと『第一位戦勲者』に渡したのです。ガトー国の方も特別にこの地域での輸出入品の非課税や、通行税の減免、安全保障といった交渉と譲歩と調整の末に、手を引いたのでした。


 尚、前領主であったパリス家は、爵位の他、領土と全財産を没収されています。

 没収した莫大な財産から捻出したお金を配ると、冒険者や傭兵だった人たちは半分以上が去って行きました。お金を元手に、ここで新しい仕事や商売を始めた人もいるようです。伯爵様が溜め込んでいたみんなの夢と元気は、暴発することなく収束しました。


 人が減った国境の辺境地帯は、再び適当に過疎っています。でもそこを差し引いても、大体うまく片付けたと言って良いのではないでしょうか。内緒ですが、かつてパリス伯爵の本拠地『スフレ領』だった地域は、さらっとフォーサ公爵の直轄地になりました。私のすぐ背後には大公爵様がいるのです。頼もし過ぎて、逆にスリルがヤバい。


「ご主人様、この花はどう致しますか?」

 お花の入った袋を両手に抱え、ロビンちゃんが尋ねてきました。


「匂いを楽しむ花なんだって。形も可愛いし、ジャスミンみたいでいい匂いだから、お城のエントランスに飾ろうかなって……。ところでロビンちゃん……『ご主人様』は、やっぱりやめない? 呼ぶなら名前で良いって、前にも言ったでしょ?」

 お城へ戻る道すがら私が言うと、執事さんの頬が強張りました。

 一年前に牢屋から外へ出て、改めて私と『主人』と『執事』として会った時を思い出させるような表情になっています。


「は、はい。しかし、やはりご主人様です……! 戦巫女様で、特別な男爵様で、しかもご領主様となられたお方を、私如きが軽々しくお名前でお呼びするわけには……」

「うーん、権威が大事なのもわかるんだけど。少なくとも二人の時は、『ルカ』にしておいて。そう『命令』した方が、言いやすい?」

 緊張しているロビンちゃんに、私は尋ね返しました。

 権威の有効性もあります。でも異世界出身の小市民に、『ご主人様』は居心地が悪いというか……。


「い、いえ……では、『ルカ様』と、お呼び致します……」

 白い頬を赤らめたロビンちゃんの妥協案に、まぁいっか、と私も妥協して笑っておきました。


 これでも一応『領主』な私です。

 引き連れている『家来』は、こちらの万能の執事メイドロビンちゃん。そしてもう一人、火の精霊の守護者にして剣聖、犬獣人のアイザック。邪神ソルトをぶん殴って黙らせたご褒美で領地と爵位を貰い、他にも何か望みはあるかと問われたので、二人のスカウトをお願いしたら聞き届けられたのです。


 本人たちに確認したら、他に身寄りのないロビンちゃんは良いも悪いもなく了解でした。ディアベラお嬢様から、託されて(命じられて)いたのもあるでしょう。


 アイザックは私がこの話しを持ちかけた時、思いっきり衝撃を受けた顔をしていました。

「え……ッ!?」

 と驚いて、二秒後に「いいよ!」と引き受けてくれました。何の“溜め”だったの……? わからないけど、君のそういうとこ好きですよ。

 というわけで直属の『家来』はこの二人。後はほとんど、現地で人を雇っています。

 後になってセトには、「絶妙な人選ですね」と褒められました。私は意識していなかったのですが、悪くなかったようです。


 旧領主パリス伯爵の直接の家来や城代、家令といった人達はすでに退散(逮捕)されています。主を失った城に残っていたのは、先祖代々この土地で暮らしてきた地元の住民で、身分の低い使用人達でした。


 私が入城した時には、いかにも戦々恐々……という青褪めた顔で迎えられました。中央から来た戦巫女に、皆殺しにされると思っていたみたいです。しないよ、そんなこと……。


 彼らには引き続き、お城で働いてもらっています。土地柄を理解していますし、運営する人材を一から作り直すのも大変だからです。という、こんな私の提案は、皆殺しのメロディと覚悟していた彼らにとって、俄かに信じ難かったようです。しかし元パリス家の使用人ロビンちゃんを連れていたのが功を奏し、現在はほぼ滞りなく城内の切り盛りは進んでいます。


 そして第一位の重臣が、どこの所属や貴族でもない獣人のアイザックというのは、結果としてお隣の黒獅子獣人の国、ガトー国さんの心証も良くしたようです。


 ちなみに他の専門分野の人員は、主にフォーサ公爵様の文官さんに来てもらっています。当然と言わんばかりに送り込まれてきました。こうなると思っていました、ありがとう! 私は王国の『キリュー・ルカ・オランジェット男爵』でもあるので、レクス王家と大公爵が外を睨んでいるということですね! でも表向きは中立!


「あの、ルカ様……差し出がましいとは思いますが、これで宜しいのですか?」


 城の大手門が見えてきた頃、ロビンちゃんが尋ねてきました。人間同士の戦乱の時代は遠ざかり、門の跳ね橋は降ろされたままになっています。私は半歩後ろを歩いている人の方へ振り向きました。


「何か、よろしくないですか?」

「今日はご領主になられて、初めて外のお客様をお招きする日です。それなのに、お食事は田舎料理ですし、飾るものも、市場で買ったこの花というのは……。たしかに堅実ですが、もう少し華やかになさっても良かったのでは……」

「いいの! もう祝勝会も凱旋式も、歓迎会も宴会もいらないッ!」


「物足りない」という顔のロビンちゃんに、私は両手を振って言いました。

 育ちを思えば仕方がないですが、この子も長年『伯爵家』にいたせいで、だいぶ感覚がゴージャス基準になっています。あの御殿と比べたら、世の中の95%は貧乏くさい方へ分類されちゃうよ!


「邪神との戦いに勝利して連日連夜……! 領主になってからも、歓迎会に懇親会に……もう一生分やったのっ!」

「お疲れ様でございました。でもご領主様ですし、慣れないと大変ですよ?」

 項垂れる私にロビンちゃんは苦笑し、その上でシビアなことを言ってくれました。うちの執事さんは可愛くて、意外と厳しい、です……。


「だけど、今日は公式行事じゃないでしょ? 友達との会食みたいなものだから、気軽にやりたいのですよ。あー、でも、もう少しお庭は綺麗にした方が良かったかな……?」

 本日お招きする『お客さん達』を思って、私も考えました。


「城の主な修繕が終わりましたら、次は庭師を呼ぶよう手配しましょうか」

「そうしておいてください。ダックワーズ学院の薔薇園とは言わないけど、少しは飾り気もあった方が良さそう」

 ロビンちゃんの提案を受けて、お願いしました。まだ放置されている中庭がいくつかあるのです。


 そんな話している私たちの横を、五、六人の子どもの集団が駆けていきました。

 獣の耳や尻尾のついた獣人の子もいれば、そうではない子もいて、手にはおもちゃの木剣や麻袋を持っています。


「こんにちは、戦巫女さまー!」

「こんにちは、どこ行くの?」

「家出ー!」

「そうなんだ……。あんまり遠くまで行かないようにね?」

「はーい!」

 手を振る私へ手を振り返した彼らは、家出の冒険へ旅立って行きました。さっきの屋台のおじさんもそうですが、こんな感じで声もかけてもらえるようになってきました。


 当初ここに到着した私を出迎えてくれたのは、十三に分かれた区画をそれぞれ担当する、地元司令官の皆さんだけでした。辺境には地元自治会長みたいなノリで、司令官がいる……。彼らの他にも見物人はいたものの、歓迎という気分ではなさそうな目で、遠巻きに眺めていただけでした。


 司令官クラスから一般庶民まで貧しく、全体に荒んでいる印象。

 そんな『要塞都市ヌガー』へ来て、私が何に驚いたと言って、水と食料が無いことに驚きました。水は、何とかしましょうよ……。水が無いと死んじゃいますよ。


 仕方が無いので『歓迎会』や『宴会』にかこつけて、城にあった備蓄や運んできていた水と食料を出して配給しました。そうしたら人々が押し寄せて『戦巫女様の施し』と感激されてお祭り騒ぎでした。「そこまで? そんなに……?」とビビるほど喜ばれました。


 こんな私に、地元司令官の方々が酒をかっくらいながら語ってくれた「伯爵ハンパないって!」伝説によりますとですね。


 ここは二十年前のグリオールさんとの小競り合いで切り取った、『緩衝地帯』だった土地です。しかし切り取った土地とその利益が、一般兵や下層階級に分配されることは殆どありませんでした。パリス伯爵とお友達の貴族階級有力者で、仲良く分割していました。

 既得権て、限界知らずですよね……。


 庶民はお金持ちや大地主に雇われるか、小作農になるか、兵士になれば一応の収入は得られます。おかげでこの街を含めた一帯は、無産階級と小作農だらけでした。移動できる人は、とっくに移動しています。移動も出来ず飲み水も無い中で、何とか生き延びようとしていた人が、いっぱいいました。

 しかも一度そんな立場に陥った人は、自由を得るため領主や地主に『賠償金』を払わなければなりません。何その超越したルール?

 こうして無気力な奴隷民ばかりが増えて、活力のある自由民が殆どいなかったのです。


 パリス伯爵様は、中央から元気マネーを呼び込む仕組みもつくっていました。でも『スフレ領』に集まった元気は、私兵化するための冒険者や傭兵を含む兵士たちの衣食住と、貴族や騎士団への賄賂に消えます。もしくは宮廷内部で、パリス家が地位と権力を得るために使われました。残りはここより南に新しく建設された、広大な庭園と頑丈な城壁に囲まれた伯爵の城中で煌びやかに消費されました。


 今になって総合的に考えると、あの過激な『断罪』イベントが決行されたのも、少しは理解出来る気がします……。

 クーデター計画も結局は、新しい統治機構を打ち立てるといった理念があったわけではありません。全体から見ればごく一部の、地位も財力も抜きん出ている人たちが、もっと大きな権力を求めただけの争いであり、闘争でした。振り回されて疲弊するのは、飲む水もない人達です。

 だけどそんな荒廃した空気も、少しずつ入れ替わって来ていて。


「おおーい、ルカー! みんな来たぞー!」


 耳に馴染んだ声に大通りの方を見れば、アイザックがぶんぶんと音がしそうな勢いで手を振っています。


 彼の後ろには、戦巫女と共に戦った『守護者』である三人がいました。

 王太子殿下までいるのですけれど、街の人達は珍しそうな顔をするだけです。ノーブルな人たちが、あんな軽装で気軽に辺境へ来るとは思わないでしょう。


「わ、久しぶりー! ……って、たったの二カ月ぶりだけど、すごく久しぶりな気がする」

「あわわ……ルカ様、急いでお仕度を致しましょう! このお花もすぐに整えますので……」

 喜んでいる私の袖を引き、ロビンちゃんが慌てて言いました。

 領主はこういうときに着替えるんでしたっけ……? と思いつつ

「ナキル様は、まだ到着していないよね?」

 私が確認すると、万能の執事さんは「はい」と頷きました。


「お着きになられましたら、ご案内致します」

「距離的には、ナキル様が一番近いはずなのにね……どこかで寄り道してるかな?」

「寄り道、ですか?」

 無意識に微笑んだ私の呟きに、ロビンちゃんが不思議そうに首を傾げています。何はともあれ、あの真面目なナキル様が、遅刻ということもそうそう無いと思えました。


「まだ約束の時刻には早いから。到着したら教えてね」

「かしこまりました」

「じゃあ、まずはみんなと軽いお茶にしましょうか!」

「その前にお仕度を!」

 食い気が勝っていた『領主』は万能の執事ちゃんに捕まって、お仕度のため城内へ引きずっていかれました。

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