第59話 ルカのはなし・謎解きはタイホのあとで
「な、何故なの!? どうしてですのー!? こ、こんなの、筋書きと違いますわーー!!」
「こら、暴れるな!」
「おとなしくしろ!」
屈強な騎士たちに両腕を掴まれたディアベラちゃんが、ぴーひゃらぴーひゃら騒いでいます。金巻き毛のお嬢様は小柄なため、吊り上げられている状態で、地面に足がついていません。
それを後ろから見守りつつ、私は仲間たちと神殿の回廊を出口へと進んでいました。
前後左右を、守護者の四人に囲まれています。前にいるのがマキアムで、左側にセト。後ろにアイザックがいて
「ルカ、もう一回確認させてくれ。『ディアベラを国外追放へ減刑しろ』と言ったか?」
私の右隣を歩くフューゼンが、翡翠の瞳でこちらを見ながら言いました。
「ううん、そんな命令はしていないですよ。私は『減刑しろください』と言っただけです」
「違いがわからない」
私が答えると、黒髪の王太子殿下は無表情で僅かに首を横に振りました。
目の前で、『筋書き』がどうのこうのと叫んでいるディアベラちゃんです。
彼女は現在の状況を、『隠しルート』と思い込んでいます。『乙女ゲーム』的には、『悪役令嬢』は罪を告白したら、後は美しく去って行くだけだったのです。
その勢いで、パン屋さん開業まで突っ走るつもりだったのでしょう。
しかし現実は、ちょっと違っているようなのです。
そこで先ほど私は、「お嬢様はどんな刑罰コースになるの?」と、フューゼンに尋ねてみました。
そうしましたら
「極刑以外、あり得ないな。ディアベラは『邪なる神ソルト』に祈り、契ろうとしていた。これがどれほどの重罪であるかは、異世界から来た君でもわかるだろう?」
目鼻立ちの整った美しい横顔が、冷静過ぎる厳しい口調で語ります。
そう、ですよねぇ…………というわけで。
出口へ向かって足早に歩きながら、明るく楽しく押し問答の弁論大会をしているのです。
「でも、そこは未遂だったじゃない?」
「そういう問題ではない。僕個人も積極的に望んではいないが、無茶を言わないでくれ」
私の指摘で、無表情なフューゼンが珍しく本音に近い部分を覗かせました。
フューゼンも、やはり元婚約者にして幼馴染であるディアベラちゃんの極刑は、望んでいないのでしょう。それとわかって、私も素直にうれしいです。これでノリノリに極刑だったら、絶対王制がフルスイングで、遠からずデッドボールの人間地獄が覚醒する感じです。そんなのはイヤです。
「邪神は俺たちがこれから戦う相手です。あの脅威を見たでしょう? ディアベラの行為は、世界中の人間を敵に回しても構わないと宣言したのと同じですよ」
左隣を歩くセトが、口を挟みました。
「うん、私もそこはわかってるよ」
「何が言いたいんだよ?」
背後から聞こえたのは、アイザックの声でした。面倒くさがっているのがよくわかる声でした。
「ええーと……。まず、この先の巨大な困難に立ち向かうために。みんなで力を合わせるためには、相互の信頼関係って大事だよね?」
「うん?」
「だから今回はルカのワガママを聞いて、減刑して欲しいなあっていう、お願いをしているの。私は異世界人だけど、この世界を守るに値するものだと信じたいのです」
ほぼ無理やり回答を引っ張り出して私は『お願い』を持ちかけました。
数歩前を歩くマキアムの後頭部の向こうではディアベラお嬢様が、まだ甲高い声で抵抗の叫びを上げています。前を行く人たちは忙しくて、後続のこちらの声は聞こえていないでしょう。
「信頼……?」
「ど、どうして俺たちが信じられないんだよ!?」
「アイザックはいいよ、関係ないと思うから。その他の三人。それと、先生たち」
「え?」
「それはそれで、俺ショックですが……?」
私が右手を振って答えたのを聞くと、セトとマキアムが一瞬こちらを見ます。背後の犬獣人さんは、露骨に落ち込んだ気配で呟いていました。
「何の話しだろうか?」
悠々と歩く速度も声色も変えず、右側でフューゼンが尋ねてきます。
王子様に問われた私は、隣は見ないまま一旦考えました。それから一度大きく息をついたら、まるで溜息みたいになりました。
何も私の気持ちと情緒だけで、ディアベラちゃんの極刑を回避したいのではありません。
神殿での、あの『断罪』の時から。いえ、実はもっと前からの、あれ・これ・それを組み上げて考えていくと、こうなるのです。
私は与えられた『戦巫女』の椅子に座っているだけではなく、言うことは言わなければなりません。
「学院も、王国も、クグロフ国も……今回それぞれが、相当痛い『しくじり』をしたよね。ダックワーズ学院は、『禁呪の発生』を許してしまった。アマンディーヌ王国は、中枢の貴族が反乱を起こしかけた。クグロフ国は、『禁呪の欠片』の流通を見落としてしまった。そうでしょ?」
ぐるりと周囲を見ましたが、肯定はありません。否定もありませんでした。
「そもそも『禁呪』って、世界的に使用が禁止されている魔法で、使っちゃダメですね?」
「そうですね」
私が更に重ねて確かめると、セトが頷いて同意しました。
セトの水色の瞳は、横顔でも好奇できらきらしています。僅かに口角が上がり、さもこれから面白いことが始まると期待するかのようです。こちらとしては楽しくないです……。
「そうなると……ダックワーズ学院で『禁呪の発生』なんて起きたら、これは表沙汰にしたくないですよね? だから先生たちは『断罪』の時も、ずっと微妙な言い回しで『禁呪』に触れなかったんでしょ。邪神が片付いた後の世界の力関係まで考慮したら、この学院の権威と影響力も保持したいだろうし。ここは『来るべき戦いのために』、建設された場所。戦いが終わったら、完全に用無しとは言わないまでも、影響力は落ちるわけで……。ブランダン学院長先生なら、今回の『しくじり』の対策に、当然そこら辺も織り込んでくるでしょ? 私とディアベラちゃんに『口止め』をしたのも、この辺りの計算があったと思うな。可愛い教え子の身の安全も、考えてくれていたんだろうけど……」
「ルカって相変わらずというか、いい性格してるよねー」
「うん、ありがとう!」
マキアムが絶妙に話しの腰を折りました。なので私も、普通に笑顔で返しました。
肩越しにこちらを見たマキアムは、可愛い目元を嫌そうに歪めて「うわあ」と言うと、また進行方向へ視線を戻します。
「で、次にクグロフ共和国。パティの『禁呪の欠片』を国内に流通させてしまいました。門閥派が、新参者の『ユーニ商会』が魔晶石の密輸で墓穴を掘るまで、わざと見逃していたら『予想以上に広がり過ぎていた』だけかもしれないけど。ところで、クグロフ国は魔力第一主義で、超厳しい実力主義なんでしょ? でも、実力主義は弱点が露呈したり信用が揺らぐと、すぐに見限られて降ろされる弱肉強食の世界で……それならこの際、『密輸』とかと全部まとめて、『ユーニ商会』に押し付けた方が良さそうじゃないですか?」
「押し付けるというのは、人聞きが悪いですね」
そう言ったセトの静かな声には、微妙な一筋の刃が入っていました。
私が左手側を見ると、水色の髪の下にある理知的な瞳が、まるで試すかのようにこちらを見下ろしています。
「悪口じゃないよ、セト。ペングリーヴ家の魔導師としての実力は確かなんだし、クグロフ国の皆さんもきっとすごく頼りにしてるんでしょ。そういう議会の民意が反映した多数決で、こうなったんじゃないの? って話しをしているだけ。邪神のうろつくこんなタイミングで、親芋に何かあったら、そこにぶら下がっている子芋たちも心細いだろうし?」
私は話しを続けました。
よくわからない新参者に、安心感を求める人は少数です。魔導師の共和国の中でも最古参の名門にして現役の実力者。長年しっかり根を張ってきた実績のあるペングリーヴ家です。多少の失敗なら揉み消す程度に協力者が多いのは、当たり前でしょう。
セトはちょっと傷ついた顔をしていました。
「俺を芋代表みたいに言わないでくれます……?」
「そんな落ち込まないでよ! 共和国は五大魔導家を中心にして、レクス王家とも長年仲良くやって来たんだから。国家としてこの繋がりを大事にしたいでしょ? これからも大国のアマンディーヌやダックワーズ学院と、『大人のお付き合い』をしたいよねっていう話しですよ!?」
地味に薄暗くなっている優等生を慰めた私が、そこでふと見ると、王太子殿下の待ち構えるような目とぶつかりました。
あ……殺されるのかな……? という考えが、刹那の間に胸をよぎったのは事実です。
王者の貫禄に気圧されそうになりました。でもこんなところで負けていたら、『邪なる神』なんかと戦えないですよね! こんな時には、やる気スイッチだー!
「最後にアマンディーヌ王国だけど……。私は王様に会ったことが無いし、お城の中がどうなってるかとか、伯爵の陰謀のこととかは、ちっとも知りません。それにパリス伯爵様は、悪いことをしていました。そこは疑う余地はありません」
「もちろんだ」
「でもさっきの『断罪』って、やらなくても良かったよね?」
私の発言にマキアムが小さく「ぶふっ!」とふき出していました。
少々げんなりしましたが私は再び深呼吸をし、一気に喋り倒すことにしました。
「やらなくても良いイベントでしょ。じゃあ何で、あんな大舞台を作ったの? おそらく、というか絶対にだけど、学院と、隣国と、王国と。それぞれの利害を一致させた結果が、あの『断罪』だったんでしょ? 観客を大勢集めて、三方にとって不都合な関係者を、全部まとめて断罪にして処分。厳しめの言葉で言うと、『見せしめ』?」
そこまで言って私は足を止め、王子様を見上げました。王子様の足も止まりました。
黒獅子族のグリオール家も、パリス伯爵が切り取った領土返還の約束くらいは、王家に取り付けていたのではないでしょうか。王家に守る気があるかどうかは知りません。
『断罪』の場所は最高の名門学府。そこに集められた主要な王侯貴族。神殿の前という神聖にして華やかな舞台。王家の権威と力を見せつけ、鼠一匹逃さない準備万端に整えられた茶番。
その真ん中で一切を取り仕切ったのは、三国一の美男と誉れ高い黒髪の王太子殿下でした。
「フューゼンてすごいよね。完璧な『断罪』で、集められたみんなも『悪が滅び去った!』って感動して拍手喝采していたでしょ。お城や貴族の皆さんの、今までの人事や任命責任なんて、あの場面で誰も一切考えていなかったんじゃないの。もし考えたとしても、言える雰囲気じゃなかったし。それを殆ど、王太子殿下がたった一人で作ってみせたわけで……」
クロードお父様は、国家の三大権力を掌握していたお方でした。それを切って捨てたあの断罪は、かなりとんでもねーイベントだったのです。普通にやったら、大混乱になる事を、一瞬で片付けたのです。
断罪の計画を練り筋書きを書いたのは国王陛下だったとしても、断罪の場で周囲を飲み込み感動させたのは、フューゼンの力です。
「褒められて光栄だ」
フューゼンから返ってきたのは、美しくも感情の見えない翡翠色の眼差し。そしてデカい態度とは裏腹の謙虚な言葉でした。
ちょこっと勘の良い異世界人ごときが、何を言おうと動じません。それはこの人に「自分に取って代わる者はいない」という揺るがぬ自信があるからでしょう。知ってるー。
そして私も『断罪』の逆糾弾は、目的ではありません。
「あのね、誤解しないでほしいの。私は『戦巫女』として、これからも守護者のみんなを信頼していたいのね?」
背を伸ばし、私は両手を広げて説明しました。
神殿の出入り口までもう少しという地点で止まり、私の前には守護者の四人が集まっていました。
「つまり……ルカは状況証拠と推測から判断して、ディアベラの極刑は、自分の文化的価値観と適合しないから支持出来ないと……そう言いたいわけですか?」
セトが水色の目で微笑み、丁寧に言い直してくれました。
その通りです。私が要求しているのは、『郷に入れば郷に従えと言うな、だが断る!』です。
私も無意識に、肩をすくめました。
「そうかもね。だからここで『マカローン』のみんなが、もう一息だけ我慢して、お嬢様を許してくれたら……私は今後も頑張って戦えるかなあって、そう思うの?」
にっこり笑って小首を傾げました。
絶世の美少女お嬢様になっている時には、これだけで解決することも多かったのです。しかし私を見たマキアムが、皮肉っぽく苦笑しました。
「あー、そんな仕草しても可愛いっていうより怖いよ?」
「ダメ?」
「ダメ」
腕を組み深く頷いたフューゼンからも、お手軽に却下されました。くそう。
私も『ディアベラお嬢様』になっている間に少し学んだのですが、「美人の方が得する回数が多い」のではありません。美人の行く道は舗装されていて、つまづきが少なくて歩きやすいのです、たぶん。
「あ、それからね! さっき私たちの見た、『王太子殿下の元婚約者が、邪神と交信していた!』っていう光景あったでしょ。あれも世間の人達が知ったら、『そんな奴が名門の学院やお城に出入りしていたんですか!? いくら身分が高いって言っても上層部やべえな!?』って戦慄する案件で、勇気を出してもう一度反乱やっちゃおうかなあ! くらい考えるだろうし、どうせならいい機会だから、私も戦巫女としての働き方を改革しようかと……」
「わかった、ルカ!」
何度でも殴り返す気で私がしつこく付き纏うと、フューゼンが制止しました。
「君が望むようにしよう。ディアベラの極刑は回避。パリス伯夫妻もだ。父上は僕が説得する……それで良いか?」
端正にして美麗な顔には、若干の諦めと疲労が浮かんでいました。
「うん、出来ればディアベラちゃんを、国外追放くらいまで減刑してくれるよね?」
「……そうだな」
私が笑顔でお願いすると、目の前の王子様は眉根を寄せ溜息をついています。完璧な白い鉄面皮の下から、フューゼンという一個人が顔を出しました。
王太子殿下が、黙って他の三人の方を見ます。
彼らもまた、顔を見合わせていました。
「はあーい」
「異議無し」
「な、何かよくわかんねえけど、わかりました……」
それぞれから、賛同を取り付けることに成功しました。どこまで実効性があるか謎ですが、一先ず極刑は回避成功……!
「やったああああーーっ! ありがとうおおおおーーーーッ!!」
感激で私が全員ハグすると、「うわ」とか「はいはい……」とか、適当に言われました。
鼻歌交じりに、出口へと向かう戦巫女の後ろでは
「何がそんなに嬉しいんだ……? しかし頭が痛いな。ディアベラは無能ではない」
「そうだよな、何をやっても並み以上の才能があるんだろ」
「しかも若くて見た目が綺麗で、血筋も良いし……。国外追放する先の、目星なんてある?」
「クグロフ国では無理だと思いますよ。まず国民の理解が得られないでしょう。いつまた不特定多数の人間に、害を及ぼすかわからないんですからね」
仲間たちの、愚痴と相談のやり取りが聞こえます。
「そんな心配しなくても大丈夫だよ。ディアベラちゃんはこれから、パン屋さんになるんだから」
「パン屋……?」
振り返った私が笑って言うと、外界の光が眩しいのかそれとも怪しんでいるのか、フューゼンが目を細めていました。
誰もが知るように、ディアベラちゃんは決して無能な貴族令嬢ではありません。
才色兼備の文武両道。輝くばかりの美貌と、豊かな教養。立ち居振る舞いは気品に溢れ、ついでに魔力も体力も平均を遥かに超えています。
そんな恵まれた能力と才能の使い方を、全部間違える方程式で出来上がっている人なだけです!
そこを嫌というほど知っているのは、私だけでしょうけど!