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第57話 ルカのはなし・望郷アワー 〈先生と私と、時々、王子様〉

「なあ、桐生。化学部入らないか?」


 授業が終わった廊下で先生にそう声をかけられたのは、私が中学二年の時でした。

 声をかけてきたのは、理科の斎藤先生でした。


 先生は色白の細面に眼鏡をかけて、ひょろっと身長だけ伸びた身体にくたびれた白衣。年齢は三十歳前後で、黒板に書く字が少しだけ右上がりになる癖がある人でした。私が知っているのはその程度だったし、特に興味も無かった化学部への勧誘でした。


「はい?」

「面白いぞ。今度アンモニア作るから、ロマンだろ」

「どこがロマンなんですか……?」

「まぁ、見学だけでも来てみないか? 誰か友達と一緒でもいいし」


 どこにも力の入っていない口調で言い残すと、先生は笑って去って行きました。たったそれだけです。

 でもこれが切欠で、帰宅部だった私は化学部へ加入することになりました。


 その頃の私は、家に帰りたくなかったのです。

 身長一八〇近いマッチョ野郎が、何人も狭い部屋に密集している家が嫌でした。反抗期だったのだと思います。


 両親は忙しい上に、五人目ともなれば勝手に育つと知っているので放置気味。

 兄たちには絶対ケンカで勝てません。常に四方八方から、あーだこーだとツッコミや説教をされます。家事手伝いは、一番下っ端の私へ自然と回ってきます。


 幼少期からの日課である筋トレの他にも、家中が体力アップ系グッズで埋まっているのがイヤ。月に一度は必ず家族でカラオケに行く義務がイヤ。毎週末に焼肉屋へ行って、ニンニクのホイル焼きを食べるのがイヤ。男物の洗濯物に自分のも混ざってぶら下がっているのがイヤ。床にアダルトDVDやティッシュが散らばっているのがイヤ。ソファーもクッションも謎のにおいがするのがイヤ。兄たちが頭を触った手でリモコンやテーブルに触るのがイヤ。全員お風呂に三分しか入らないのがイヤ。三分しか入ってないはずのお湯がドロドロになっているのがイヤ。


「とにかく全部ヤダ。キモイ」


 ある日の朝食の席。

 私が全部まとめてそう訴えたら、父と兄たちが落ち込んで部屋の隅で膝を抱えて動かなくなってしまいました。母には

「お母さんも協力するから、もうちょっとだけ我慢して……」

 と、仲裁されたので諦めました。


 決して悪い家族ではないのです。兄たちも必要な時は助けてくれます。父母に感謝もしています。


 でも当時の私は、家に帰るのがイヤでした。

 それで学校帰りに、外で遊ぶようになっていました。友達と買い物に行ったりするだけでは足りなくて、夜の繁華街もうろついたりしていました。知らない人と関わったり、家出するほどじゃなかったけど。


 周りもちょうど思春期でアオハル症候群です。

 青春する義務感に追われ、「モテる人が正義」、「彼女出来た奴が偉い」、「処女捨てたら勝ち」みたいな空気が充満していました。中途半端な都会だったから余計に。


 何となくふらふらしていた私は、彼女が欲しい男子の格好のターゲットだったようです。二、三人のチャラいのや、その友達というのに声をかけられて付き合って、遊びに行ったりしました。

 私もそうやって青春すれば幸せで、楽しいのかもと思ったのです。

 でもやってみると全然そんなことなくて、退屈でつまらないだけでした。


 化学部への勧誘があったのは、そんな感じで私があまり宜しくない方へ寄り道していた頃でした。

 斎藤先生は、化学部の顧問でした。


 どうやら私のクラスの担任に、成績が落ちてきている生徒の軌道修正を頼まれていたらしいです。狙いは見事に的中したわけで、担任はよくわかっている教師だったのだと思います。尊敬。


 我が母校の『化学部』に在籍していたのは私以外に、学年の違う男子が四人だけ。一人辞めてしまい、部活存続の人数が足りなくて補充されたのが私でした。

 輝かしい受賞をしたり、才能を感じさせる研究をする系の部活ではありません。


「炭酸水素ナトリウムの実験」と称して、パンケーキを作る。

「炎色反応の実験」と称して、学校の裏で花火をやる。

「流星群の観測」と称して、勝手に屋上で天体観測をする。

 という、ささやかな校則違反と地味な娯楽活動をするだけの集団です。

 しかも、それを率先して行っているのが顧問でした。


 近くの川に水クラゲがいると聞けば、網とバケツを持って喜び勇んで採集に行きます。インドア派の外見なのに、好きな方向には過剰なほど発揮されるバイタリティは暴走に近く、追いつける体力のある人は、無駄に鍛えられている私だけでした。


 このための要員として勧誘されたんじゃないの……? と思いながら、毎日走り回っていました。


「水クラゲってのはすごいよなぁ、桐生。ロマンだよなぁ」


 そう言って、斎藤先生は水槽に入った水クラゲを眺めていました。

 眼鏡が汚れているのも、白衣の袖がずぶ濡れになっているのも気付いていない、というか、関心が無い顔をしていました。


「はあ、そうですね」

「あー、こういうのつまんないか」

「いやいや、楽しいですよ?」

「何かすごく、言わされてないか?」

「そんなことはないです!」


 隣にしゃがんで慌てて答えた私の返事も、先生は半分くらい聞いていなかったと思います。

 先生は、いつも好奇心旺盛で楽しそうでした。私はそれを見ているのが楽しかったのです。


 先生にとって、綺麗なものと言ったら道の隙間に生えている草や花。話し相手は、土の中から転げ出てくる小さな虫。憧れるのは、水に潜む生物の生き様。悩みを聞いてくれるのは、空の彼方の月と星。


「何それ……マジで?」「嘘でしょ……?」と、信じられない思いで見ていました。


 力こそパワーな世界しか知らなかった私。こんな人がいるなんて、実際に見なかったら信じませんでした。


 だから楽しかったのは、本当に本当だったのです。

 微妙に膨らんでないパンケーキの味も。学校裏の花火も。屋上の流星群観測も。川沿いの金網をよじ登って近所の人に怒られた水クラゲの捕獲も。


 真冬の寒い化学室で月を見ながら、一人で待っているのも。

 書きかけたメッセージを、途中で消すのも。

 何もかもが胸で燃えて咲くほど、つらくなりましたが。


 思えば私も立派にアオハル症候群でした。終わり方まで、アオハルでした。


「先生、今までお世話になりましたー!」


 中学の卒業式の日、私は在校生からもらった花を手に、化学室へ行って斎藤先生に挨拶しました。

 卒業式の日だから、先生もさすがに少しはきちんとした格好だったけど、髪型とかがキメ切れていないのが普段通りで安心したのを覚えています。


「卒業おめでとうなー」

 窮屈そうに締めていたネクタイを緩めて、眼鏡の細面が笑っていました。


 先生に「好きです」と伝えれば、私の想いは何らかの形で結実した気がします。

 一カ月までは、私もそうするつもりでいたのです。でも、予定とは変わりやすいものでして。


「……先生も、おめでとうございます。ご結婚されるんですよね」

「あ、あれ……? 誰に聞いた?」

 私が笑って顔の前で花を振り振り言うと、先生にしては珍しく、うろたえて語尾が躍って跳ねていました。


 彼女さんがいるのは、雑談の中で聞いて知っていました。

 小物や雰囲気の変化で、何か進展あったのかなとも思っていたのです。だけど結婚の話を、このタイミングで聞くとは思っていませんでした。


「他の先生に、ちょっとだけ聞きました。お相手の人、元同級生なんですよね?」

「ああ、うん……高校の時の同級生で、クラスが同じだった子でさ」

「え、それって結構、すごくないですか? 何年越しのお付き合いなんですか?」

「俺の片想いの期間まで含めたら、九年か……ずいぶん待たせちゃったからなぁ」

「うっわー、のろけてる!」


 私がからかうと、先生は耳まで赤くしてむにゃむにゃ呻いて固まっていました。照れていたのだと思います。

 それを見たら私はこの記憶を、このまま丁寧に閉じておきたくなってしまったのです。

 人生の予定とは、狂うものなのだと思います。


「お祝い申し上げます!」

「ご丁寧にどうも」


 生意気な生徒の祝辞にも、先生は真面目に頭を下げて応じてくれました。

 幸せでいっぱいの眼に、私は映っていないだけだというのは見ればわかったから、笑うしかありませんでした。


「がんばってくださいね!」

「何をがんばれと……。まぁ桐生も、高校行ってもがんばれよ」

「第二志望ですけどねぇ」


 苦笑いして進学先について少しへこんでみせたのは、まだ自分の結果を消化しきれていなかったからです。それと、ホンのちょっとの甘えがありました。


「いや、がんばっただろ。それにあそこは卒業生の贔屓じゃなしに、良い学校だぞ?」

「うーん、でもやっぱりこの結果は、自分の勉強不足が原因だったなーっていう気持ちがあって」


 先生の慰めの言葉に、ぽそっと本心が溢れました。


 第一志望の目標が高すぎたのもあるけれど、一時期の寄り道のツケが回って来た私は遅れを取り戻しきれなかったのです。友達や家族に応援もしてもらったのに、不甲斐ない。


 そんな私の前で先生は数秒黙った後、切り出しました。


「あのな、桐生? 『良いに悪いは付きもの』っていう、昔の言葉があってだな」


 予想を超えてきた切り口に、「?」という顔をしている私へ、先生は至って真剣に話していました。


「良い事だけの人生なんて、あり得ないよ。でも、この反対もあるからな。予想外の悪い事が起きても、どこかで思いがけない良い事もあったりするからな。たまによそ見して、寄り道しながら、ぼちぼち行くのも悪くないよ」


 要するに、何とか励まそうとしてくれているらしいと理解しました。

 先生の声を聴いているうちに、思っていたより一人で切羽詰まっていた気持ちが溶けていく気がしました。


「あ……はい、『禍福は糾える縄の如し』っていう、アレですか?」

「俺がせっかく、古人の知恵袋的な餞別はなむけを送ったのに、何で別の言い方でまとめる……?」

「そ、そういうつもりじゃありませんけど……。あ、先生も結婚へ至るまでの九年間に、実感することとかあったんですか?」

「そうですよ、っていうか、俺の話しはいいの」


 先生が特に用事のない机の上の書類を、無意味に移動させているのが面白かったです。大好きなそういうところが、最後にもう一度見られて嬉しかったです。


「高校行ったら、また何か部活に入ろうかなって思ってます。バイトもしてみたいなって」

 強がらないと涙が出そうだったから、半笑いで誤魔化しました。


「お、良いんじゃないか。うん、応援してるからなー」


 私が淡い将来像とささやかな夢を口にすると、微笑んで応援してくれました。


 小さなことが、どれもとても嬉しかったのです。何度も励まされて、救われたのです。そんな先生に、私は何もしてあげられません。

 出来ることがあるとしても一つだけでした。


「はい、ありがとうございました! それじゃ、先生」

 勢いよくお辞儀して、顔を上げて。


「世界で一番、幸せになってくださいね!」


 あの時に自分が笑えていたのか、イマイチ自信が無いです。

 先生は呆気にとられた顔をしていたから、変顔だった可能性もあります。

 美少女じゃないと、こういうときに、とても残念です。


 それでも、おめでとうって言えました。ありがとうございましたと伝えられました。

 恋を失った私は次へ進んで良いのだと、自分に言い聞かせていました。


 高校に入って、友達も出来ました。部活選びをしていたところでした。狙っていたカフェでバイトも始めて、制服が気に入っていました。

 これで少しは可愛くなれるかも、なんて考えていました。


 最初のバイト代が入ったら、お父さんに誕生日プレゼントで電気シェーバーを買おうと決めていたのです。

 お母さんに今までお弁当作ってもらったから、これからは私が毎日朝食を作るねと約束をしていたのです。

 お兄ちゃんたちにも焼肉屋で私がごちそうしてあげようと思っていたのです。とんでもないボリュームを食べるから、しばらくバイト代貯めなきゃ無理で後回しにしましたけど……。





――……なんて過去を高速で回想しているこれは、走馬灯っていうんでしたっけ?


 死ぬ直前に見るアレ……。


 そんな私は紺碧の空の底から地上へ向けて、垂直に落下していました。

 とても寒いのだと思います。凍てつく空の中で手足の感覚は失われ麻痺していました。


(……異世界へ来て、こんな走馬灯を見ている私は、何をやっているんだろう……?)


 前にいた世界の回想から抜け出し、無慈悲な重力に身を任せたまま考えていました。


 私は魔獣クリムゾン・レディと戦い、転換の神ペッパーさんと邂逅し、パティが絡まっていた『時の糸車』を直して、めでたく時間は動き出したのです。


(そのお礼が真っ青なスカイダイビング、パラシュート無しバージョン4.0とか何なのーー……!)


 これまでの展開が脳裏を駆け抜けます。

 白い雲を一瞬で通り抜け、高速で地面が近付いてきています。


 ところで現在の高度が何メートルか知らないけど、そろそろ風の魔法を使って落下を止めないと地面に激突して木っ端みじんに砕け散ります。たとえ落ちるのが水面だとしてもコンクリートと変わらない衝撃になって、肉片も探せなくなります。


(でも何かもう、面倒くさくなってきた……過去最大級に疲れた……)


 開けると痛いので、目を閉じていました。風は超冷たいし頭痛いし、内臓出そうだし。

 ここで必死に頑張っても、私がやりたかった夢や希望は全部叶わないし。


 異世界で接待してくれなくても良いですが、前線に立たされるわ後ろから刺されるわ。この上で何で私がまだ、『戦巫女ヴォルディシカ』のミッションコンプリートを目指さなければならないのです?


 もっと別の異世界に問い合わせてください。大丈夫、宇宙は広い。どこか他にいるでしょう、ちょうど良い感じの人材も!


 そうなると私はこのままフリーフォールで激突アウトになるのも悪くない気がしてきました。

 むしろ積極的に落下していく選択が、最善な気がしてきました。

 残り何十秒か、何もせず放置していれば終了です。

 もうこれでいこう。


 …………今の自分は、かなり心が荒んでいると思います……。


 こんな寒いところで垂直落下していれば、荒む方が人間的です。正常な反応です。生存本能と負けん気と、向上心だけで前向きになれないのが、普通の人というものです。


 世界で一番幸せになって欲しかった人がいない世界。

 遠すぎる場所からの祈りでも届きますか。今も応援してくれますか。答えてくれる人は誰もいない。


(……声だけでも、聞きたいなぁ……)


 また斎藤先生の声を聞けたら、もうちょっとだけ頑張ろうと思えたかもしれないけど。


 そう結論しかけたときでした。


「ルカ!」


 吹きすさぶ風の切れ間で、叫ぶ声が聞こえました。


 瞬間、それまで何の手応えも無かった空気が分厚い波へ変わります。渦巻く風が私の身体を包み込み、落下速度が変わります。体に感じる変化が急速にゆるやかになり、誰かの腕に抱きとめられました。


 じわりと、確かな固い感触とぬくもりが伝わってきます。冷気と乾燥で接着された瞼をぴりぴり開くと、濁って霞んだ視界に、翡翠色が見えました。


「……フューゼン?」

 絞り出した声は、自分でも聞き取れないほど嗄れていました。


 私は『風の精霊の守護者』の腕に横抱きの、いわゆるお姫様抱っこされていたのです。重力と浮力の間の、不思議な感覚に包まれていました。


「意識はあるのか!? 神槍だけが地上に落ちてきた。魔法でいくら呼びかけても反応が無いから、どうしたのかと思ったぞ。大丈夫、な、わけはないか……」


 腑抜けている私に、フューゼンが尋ねてきました。

 火力全開でガンガン魔法攻撃(援護)しておいて、よく言うよ……と、こっちはこっちで内心思っていました。


 フューゼンの黒髪は乱れてぐちゃぐちゃで、肩でぜーぜーと息切れしています。

 キャッチ可能な、ぎりぎりの高度だったのかもしれません。端正な顔は、血相が変わってしまっていました。この人はカッコイイ度数が下がると死ぬ病気にでも罹っているのかと思っていましたけど、そうでもないみたいです。どうせ何やったってカッコイイんですけどね。


 王太子殿下の様子をぼんやり眺めていた私に。


「……怖かったのか?」

 フューゼンが翡翠の瞳に、やや気まずそうな気色を浮かべて歯切れ悪く言いました。


 言われて「え?」と呟いて、私は頬が冷たく濡れていることに気が付きました。

 濡れている原因は空気中の水分ではなく、自分の涙で、泣いていました。


 ……やんごとなきお嬢様の、美しい涙だったら良かったのですが。

 涙と鼻水で顔はがびがびで、髪は絡まって逆立ち状態です。疲労困憊した私が茫然自失になっていると思って、フューゼンは心配してくれたらしい。です。


 状況がわかると、もう一度自分で笑えてきて、次第に泣けてきました。

 鼻の奥がつんとして痛くなり、目頭が熱を持ちはじめます。


「あー……うん。そう、みたいだね……?」


 視界が潤んできて頷き、両手の袖で、自分の顔を拭きました。

 いくら拭っても、涙は止まるどころか溢れてきます。今になって手指は震えるし、涙は声にも混ざってきました。


「……助かっちゃったよ」


 嗄れた声で呟くのと、つくり笑いは何とか出来ました。

 けれど、呼吸が嗚咽へ変わっていくのは止められませんでした。


 今の言い方だと、助けてくれた人を非難しているみたいです。こんなに強い味方で、文字通りここまで飛んできてくれた人です。言うべきは感謝の言葉とわかっています。

 でも小さい子みたいに、泣きながらしゃくり上げていました。


「……ルカ?」

 戸惑っている気配のフューゼンを見られません。


――もうお終いになっても良かったのに。


 また頑張らなきゃいけない。


 そんな消え切らない虚しさは罪悪感と繋がっていて、すごく申し訳ないと思いました。

 私は袖で涙を拭くフリをし、鼻水がズビズバする顔と一緒に両手で隠していました。


 すると、私を支えていたフューゼンの腕の力が、今までより強くなったのです。抱きしめられ目を丸くして全身縮こまった私に


「……い、今になって、言っても遅いが……すぐ助けに行こうと思った。しかし、地上も魔物が現れて、混乱していて動けなかった。捜す範囲も広すぎた。どこにいるのか、なかなか見つからなかったんだ。これでも、急いだんだが……」


 超レアなことに、しどろもどろで言い訳をしています。

 地上も大変だったのでしょう了解です。フューゼンが謝るようなことでもありません。


 そう伝えないと、と顔を上げたら翡翠の瞳がこちらを見ていました。


「……待たせて、すまなかった」

 黒髪の王子様はそう言うと、軽く寄せた私の額と額が、こつんとぶつかります。


「君が、戻って来てくれて良かった…………その、何と言うか、ありがとう」


 そう言って、泣き腫らした私の瞼にキスをしました。


 何故かわかりません。

 でもその時に、私はここでずっと生きていくのだろうなと思いました。

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