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脇役令嬢パトリシアの独白

――……ボクたちの出会いは、遅すぎたんだと思う。


 あれは桜の花が散り始めた、春の日だった。

 名前も知らないその子は、突然ボクの目の前に現れた。


 肩の上で切り揃えられた亜麻色の髪に、透き通るミントグリーンの瞳。すらりと手足の伸びた、か細い体。どこか遠くを見つめている、憂いを帯びた表情。眩いほどの可憐な姿は、全宇宙の可愛さを凝縮したしたようで。


 出会って一目で、ボクは恋に落ちた。相手はゲームのイラストだったけど。

 たしか、たまたま見かけたんだと思う。


【君のいる世界と戦巫女ヴォルディシカ】という、乙女ゲームだった。

 その登場人物の一人である『ロビン』。

 ロビンとの出会いは、ボクにとって衝撃だった。それからボクの人生が一変してしまうほどに。


 昼夜も忘れて、ゲームに没頭する日々が始まった。

 リアルな生活も、睡眠時間も、なけなしのお金も全てロビンへ注ぎ込んだ。

 最初はただの脇役だと思っていたから、『ロビンルート』の情報を知ったときには絶叫して、部屋で転げまわった。


 何度も何度もクリアして、ゲームの中でロビンを探し回る。台詞やイベントは全て暗記した。どんなに小さくてもロビンが入っているシーンは見逃さなかった。『ロビンルート』だけで見られるロビンの髪をいじる仕草も、照れた表情も、甘く危うい声も、知れば知るほど好きになった。大好きだった。


 薄幸の美少年。メイド服も制服姿も、ついでに私服もめちゃ可愛い。クールなようで優しくて、一方で健気さと純粋さを併せ持ち、しかも捨て子というヘビーな過去。邪神にそそのかされたディアベラに裏切られ、それでも命を捨てて尽くす忠誠心と芯の強さ。


 ボクは毎日、ずっとずっとロビンのことばかり考えていた。何百回と同じシーンを眺めて、かわいい、かわいい、かわいいいいいいい……!! と悶えていた。


 ロビンに出会えたから、生きてるって素晴らしいと思えるようになった。ロビンと会う(ゲームをする)ために、部屋も掃除するようになった。ロビンに恥ずかしくないよう、服装や髪型にも気を配るようになった。ロビン(の手作りフィギュア)と一緒に遊園地へデートにも行った。


 でも、ゲームの『ヒロイン』は好きじゃなかった。キャラデザインから苦手。ヒロインの選択肢で出てくる台詞は、どれも「はあ?」って感じに意味不明だし、「この女うざい」とイライラしていた。


 八方美人で薄っぺらくて気が多い。すぐ泣く、甘える、媚びた可愛いアピール。ちょっとしたトラブルがあっただけで悲劇のヒロイン。周りも甘やかしてヒロイン万歳。


 何なのコレ? あるわけないでしょ? こんなの全然共感出来ないんですけど?


 ゲームする上で必要だから仕方なく存在を許していただけで、ただの頭おかしい女として視界からは消していた。ディアベラお嬢様? ロビンの背景ですよね。他の攻略対象も『ロビンルート』という最終ゴールへ辿り着くまでの障害物で、妨害でしかなかった。


 唯一、可愛いと思えたのは、『案内役ガイド』のパトリシアだった。

 でもパティは、キャラクターとしては殆ど動かない。ヒロインの親友として


「今日は魔法のお勉強? よーし、レベルアップ目指して一緒にがんばろうね!」


 とか、話したりするだけ。

 せっかく侯爵令嬢なのに、こんな美味しい設定なのに動かせない……。「もっと活かせよ!」とゲームに向かって愚痴っていた。


『パトリシアお嬢様』が、ヒロインだったら良かった。

 美しくて強くて明るいパトリシアと、控えめで影のあるロビン。最高じゃないか……!


 だんだん自分で妄想するだけじゃ足りなくなったボクは、仲間を探し始めた。

 でもボクが【君のいる世界と戦巫女ヴォルディシカ】を知った頃には、発売から数年が経過していた。旬の熱い時期は過ぎていて、固定ファンが支えている状態。


 斜陽ジャンルな上に、ロビンを扱っている人は少ない。

 モブであるパトリシアお嬢様をメインで扱っている人に至っては、絶無にして皆無。たまに「パティかわいい~」と、落書きイラスト描いている人を見つけたら、勇気を振り絞って褒めちぎった。でもそれ以上の反応や更新は無かった。


 ボクの最愛『パティ×ロビン』に、ハマってくれるわけじゃなかった。


 そんな中で、ロビンの最大の王道カップリングは『ロビン×ヒロイン』。

 ボクは納得いかなかった。


「何で!? 違う……違う……! ロビンは絶対に受!! 何で攻なの!?」

「それもあんな女が相手って何!? どこがいいの!?」


 他の『ロビン受け』を探しても、何故かロビンは腹黒執事や、ドMの下僕や、女装愛好家や、TSの百合ネタキャラにされている。そんなのロビンじゃない。


 仲間が欲しい……。

 もっと人気になって広まって欲しかった。公式も王道も塗り潰せるくらい増えてほしかった。だけど検索しても、全くヒットしない。びっくりするほど存在しない。


 仕方なく、ボクは自分で供給するようになった。書けない小説を書いて、描けないイラストや漫画も描いた。動画やイメージソングも公開した。でも才能が無いボクが何をやっても無駄。


 こんな調子で何年も飢えて、干物になった頃。

 ボクはゲームの『隠しルート』について語り合っているコミュニティを見つけた。


『隠しルート』は『悪役ディアベラお嬢様』の生存が確認出来るという、それだけのルート。


 最初はボクも『隠しルート』なら、絶対にロビンも生き残ると信じ込んでいた。

 試行錯誤してやり込みまくったから、『ディアベラだけ生存』という結末には、めちゃくちゃ文句があった。公式でロビンについて「死んでます」発言されて憤死しそうになって、製作側に「そういう発表は今後謹んでください」とメールしたこともあった。


 もちろん頭の中では、別のハッピーエンドが完成している。

 クズな主人公たちと縁を切って姿を消したロビンは、一人だけ気付いて追いかけてきたパトリシアと誰にも邪魔されない静かな場所で、毎日ほのぼのおいしいご飯を食べたり、お互いモテまくってお互いにヤキモチ焼いたり、何気ない生活をして永遠に幸せに生き続けていることに修正してあった……けど……所詮は自分一人の妄想でしかない。


『隠しルート』について語るコミュニティなら、「ロビンは生きていると思う!」というボクの信念を分かち合える人がいるかもしれない。

 そう思って観察していた。

 でも内容は全く違った。


『隠しルート』クリアの難易度が無駄に高いとか。

 百合エンドだったら良かったとか、ルートの存在意義がわからないとか。

 そんな点にばかりみんなの意見は集まっている。

 誰もロビンのことなんか、気にもかけていない。それどころかロビンの死は、『美談』として語られている。


 ボクは見ているうちに、むかむかしてきた。見なかったことにすれば良かったけど、抑えきれなくなった。気が付いた時には全速力で書き込んでいた。


『ふうん、なるほどね? でもボクは、そうは思わないよ』


 今まで語れる相手がいなかったから、距離感や空気がわからなかったのもあると思う。


 ボクは『隠しルート』で、本来提示されるべきだと思う事柄を書き殴った。


 攻略対象の一人であるロビンが死ぬのは、ゲームの完成度において画竜点睛を欠くも同然の愚行。その綻びを繋げるために欠かせない、パティというキャラの重要性。この二人がいることで世界が真に救われる物語へ昇華するという、自論や持論をつづった大長文だった。


『だからロビンを死なせた制作はクソなんだよ』


 そう締めくくって投稿してしまった。深夜のテンションだった。書き方も悪かったと反省している。


「わかります!」と、ムーブメントが起こるのを期待していた。だけど予想を遥かに超えて、誰も寄ってこなかった。

 スルーや無反応ならまだマシ。それだけじゃなかった。


『久々にヤベェ奴来たな』

『パティとロビンとか無いわー』

『あの二人って同じ画面内にいたことすらないですよね?』

『マイナーカプ厨ウザい』

『カプ語る場所じゃないし内容意味不明だし、とりあえずお帰りください』

『何かとヒロイン下げ織り込んでくるのが、ファンとして不快極まる』

『ロビンもパトリシアも嫌いになったわ』

『もうそれ別物じゃねえか、オリジナルでやれよ』


 そんな呟きや野次が、集中砲火のように飛んできた。

 現実を突きつけられて、ようやくボクは間違いに気付いた。真っ青になって、投げつけられる全てに返信して反論して弁護したけど勝てるわけがない。


 自分のせいで、最愛カプの印象は最悪になってしまった。

 ボク以外に『パティ×ロビン』を扱っている人がいなかったのもあって、誰が書き込んだのかなんてすぐバレた。


 数少ない知り合いがサイレントに離れていく。いつの間にかブロックされている。ジャンル内で声の大きい人が「パティ×ロビンは地雷なので扱いません」と明言し始める。面倒やトラブルを避けて他の人も従うから、同調圧力で支配されていく。


 ボクは居場所が無くなった。悔しかった。


 みんなが楽しそうにしているのを、見ているだけでも耐えられなくなった。

 何よりも、そんな人たちが次々に別のジャンルやカップリングに手を出しているのが受け付けなかった。許せなかった。


 ボクにとってロビンは宝物なのに。人生捧げているのに。ロビンを幸せにするために生きているのに。

 中途半端な気持ちでロビンに触らないでよ。いい加減な扱いしないでよ。


 結局みんな、ボクの嫌いな『ヒロイン』と同じなんだと思った。

 薄っぺらくて、移り気で、がつがつ貪り食って、飽きたらすぐに次へ移っていく。あんなに優しいロビンを踏みにじって、他人の気持ちなんか使い捨てにして平気な顔してるんだよね。


 これが現実の無残な『正義』。

 そのせいでボクの方がマイナー扱いされて、感覚が合わなかったんだとわかった。


「ボクは一生、ロビンだけを好きでいる!」


 一人そう誓った。完全にヤバい人だったと思う。頭がおかしいのはヒロインじゃなくて、変態なボクなんだよね。


 だけど、変態も突き抜ければ、たまに奇跡だって起こるみたい。


 ボクは乙女ゲームの案内役である、『パトリシア』に転生していた。『前世』で何歳のときに死んだのかわからないけど、おばあちゃんになった記憶は無いから、急なケガか事故にでもあったのかな?


 ボクが『前世』の記憶を思い出したのは、最初にディアベラが『邪なる神ソルト』に魂を売り飛ばした時だった。


「あの人の元へ行きます」


 小瓶の毒を飲み干すロビンを見た瞬間、ボクの中で『前世』の記憶が弾けて怒涛のように押し寄せた。

 数秒後、凄まじい後悔で目の前が真っ暗になった。


――な、何で……? どうして今まで思い出せなかったの……!?


 あんなに好きだったロビン。それなのに忘れていた自分。


 ボクは異世界から召喚された戦巫女ヒロインと、ごく自然に友達になっていた。

 毎日ほわほわと楽しく学院で過ごして、ゲームの設定通りに『案内役ガイド』までやっていた。『パトリシア』として、諾々と運命に流されていたことを知り、愕然とした。


「だ、ダメ! そんなのダメ……!」


 叫んで走り出して、後は無我夢中だった。

 誰かの止める声が聞こえたけど振り切って、ダックワーズ学院の地下書庫へと駈け込んだ。


 そこには遥か昔、危険過ぎるとして封じられた『禁呪』が眠っていると知っていた。アマンディーヌ王国の魔導師として、ボクも存在と名前だけは教えられていた。


 人々を魔法で蹴散らし、立ち入りを禁じられたエリアへ飛び込んだ。

 その場所へ到るまでの階段や扉、あらゆる書架に施された、顔認証魔法レコグニションを高魔力圧で突破した。魔法の解除に解除を重ねて、地下へ続く長い螺旋階段を駆け下りた先で、その部屋へ辿り着いた。


「パトリシア様!? ここは入ってはならない場所です!」

「学院図書館での魔法の使用は禁じられて……!」

「うるさいッ!!!!」


 止めようとした司書たちを魔法の火炎弾で焼き払うと、人々は悲鳴を上げて床でのたうち回っていた。


 ダックワーズ学院図書館の、最も奥深くにある、禁じられた地下室。

 そこに隠されていた古文書の封印は、ボクでさえ見たこともないほど厳重に、難解な魔法の暗号が何重にも施されていた。


 でも、解除に時間をかけていられない。禁を破ったボクは、捕まってしまう。

 チャンスは、今この瞬間だけ。


 本来なら不可能な封印解除を強行するたび、皮膚は裂け骨は砕けて血が噴き出したけれど、ボクは目指す『禁呪』の封印を破り続けた。


――古代時空混沌魔法エインシャントカオティックエクストリーム――


『転換の神』の力によって、時空と因果を覆す禁断の魔法。


 この異世界マカローンで、『正なる神シュガー』の代理人になるのは、戦巫女と決まっている。

 同じくらい、『邪なる神ソルト』に選ばれるのも、悪役令嬢と決まっている。

 モブが付け入る隙があるとすれば、ただ一つ。転換を司る『機械仕掛けの神ペッパー』だけだった。

 血まみれになりながら、ボクは最後の力で、その魔法を発動させた。


 天才魔導師パトリシアの全てを動力源に、演算を開始した『禁呪』。

 それは言い伝えの通り、『時の糸車』と呼ばれる巨大な時間操作を顕現させた。ゲーム的に言うなら、『強制終了して初期化して再起動』。


 まるで爆心地にいるように、全てが真っ白に光って……――





「……さあ、パトリシア。今日はお城へ行くからね」


 次に目を開いたボクは、そう言って微笑む父親に手を引かれ、屋敷の廊下を歩いていた。

 それはいつか見た光景。ボクは六歳の頃の『パトリシア』に戻っていた。禁呪の発動によって、時間はループして巻き戻っていた。


――や、やった! うまくいった……!


 でも、戻るだけじゃ同じことの繰り返しになる。

 十一種類ある『エンディング』の中でも、ロビンは『ロビンルート』でしか生き残らない。異世界から召喚される『戦巫女ヒロイン』に選ばれなければ死んでしまうという、残酷な宿命を背負わされている。

 それは『隠しルート』ですら、例外ではない。


――絶対にボクが、ロビンを救い出す……!


 強くそう思った。


 幸いにも、ボクは魔法の天才少女。才能を見出され魔導師としてお城で召し抱えられるから、魔法の研究もしたい放題の位置にいる。侯爵令嬢としての地位も、財産もある。これだけハイスペックなら、大体何でも出来る。


 それ以来、思いつくことは全てやった。


 ロビンと親友になろうとした。

 パリス伯爵家からロビンを引き取り、自分の執事にして育ててみた。

 ロビンの死因となる『戦巫女』が召喚されないよう、裏で操作をした。


 初めて親友になったとき、ボクが「好きだよ」って言ったら、ロビンも恥ずかしそうに「私も好きです」と答えてくれた。これでうまくいくと思った日もあった。


 だけど、最終的にどれも破綻した。

 ロビンは結局、『ディアベラお嬢様の執事』という決まった位置へ戻ってしまう。ボクよりも、悪役お嬢様の後を追っていなくなってしまう。


 どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして。

 こんな運命が間違っているのに。幸せにしてみせるのに。誰よりもボクはロビンを愛しているのに。前世から君が大好きなのにどうして。


――次こそは、今度こそは……!


 ロビンを屋敷の地下へ幽閉して、誰にも触らせないようにした。

 ロビンに冤罪をかけて僻地へ追放し、戦巫女と関わらせないように隔離した。

 ロビンの記憶を改竄して、ボクの家族だと思い込ませようとした。

 ロビンを薬漬けにして精神と肉体の快楽を与え続け、ボクの虜にさせようとした。

 ロビンを自殺させないために、禁呪を用いて不死身の肉体を与えようとした。


『時の糸車』でループを続け、『案内役』のモブというポジションで、出来る限りのことをした。

 でも何故かうまくいかなかった。



「いやだ! いやだああああああ!」

「誰か……誰か、助けて……!」

「こんなことなら、死んだ方がマシだ!」



 いつも最後にはボクを見て恐怖に震え、拒絶と憎悪を示し、絶望の叫びと共にロビンは消えてしまう。

 しかも禁呪で『ループ』を重ねるにつれて、ボクは段々とロビンに近付きにくくなっていった。


 無意識の底に記憶が残っているのか、ロビンはボクを避けるようになっていく。

 十一回目のループである今回に至っては、初めて会った時からディアベラの後ろにいるロビンに、底冷えするほどの無関心の眼差しを向けられた。


 もう『侯爵令嬢パトリシア』には、絶望しか残っていなかった。


 どうして、うまくいかないんだろう?ボクがモブの『パトリシア』だから?

 たとえ強大な力で時間を巻き戻すことは可能でも、真の『ヒロイン』じゃなければ、この世界の、ロビンの運命は変えられないの?

 この世界は神々の決定論で出来ているの?

 所詮、脇役モブに許される自由なんて、悪夢になる前の夢の中を永遠に彷徨うことだけなの?


――でも負けない。ボクは運命に立ち向かうって決めた……。


 だから。


「ボクが、戦巫女ヒロインと入れ替われば良い……」


 そう思いついたボクは、極秘裏に活動を始めた。

 召喚された戦巫女ルカとは友人関係を保ち、悪役令嬢ディアベラにも近付かない。ロビンと一言も話さない状態で、もう一つの禁呪『魂魄スピリット転換魔法カンバーション』の研究と準備に着手した。


 魔法の研究室に籠り、分解した『禁呪』の欠片を魔晶石マナリスに潜ませる作業に毎日没頭した。

 誰にも気付かれないように、細心の注意を払って。


 そう、見つからないように隠れてなくちゃ。

 大好きだから、気付かれないように隠れてなくちゃ。

 ボクの存在を知られないように、隠れてなくちゃ。


 ボクは見つめているだけで良い。君は何も知らなくて良い。ボクはいないのと同じで良い。


 ボクが見ていると知ったら、君は心底嫌がるから。

 ボクの存在に気付いたら、きっと君に距離を置かれてしまうから。

 拒否される。否定される。攻撃される。弱いボクには耐えられない。


 遠くで見つめているだけで良い。関わらなくて良い。近付かなくて良い。与えてくれなくて良い。捧げ尽くしていたい。ボクの『大好きな』君のままでいてくれたら、それだけで良い。


 ボクの願いは、たったそれだけだったのに。



――ああ、やっぱり君はあの子を好きになってしまったの……?



 あの日、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。


 学院の感謝祭で、憧れの戦巫女と手を取り合い、踊っている君を見つけた。

 ロビンの表情は喜びで輝いていて、ボクには決して向けない目で彼女を見ていた。満ち足りていて幸福なんだと、一目でわかった。


 わかったから、もうやめて。


 気持ち悪い。受け入れられない。裏切りだ。裏切りだ。裏切られた。裏切られた。

 ボクにとっては最大級の拒否で、人生の全否定で、致命的な攻撃と同じだった。


(どうしてボクが一番キライなことで、嬉しそうにしているの)

(あんな君の姿を見せられたら、救いようがないほど惨めになっちゃうでしょ)


 これは、永遠に祝福されないボクの最後の悪あがき。

 君から離れるには、こうするしかない。

 こんな世界は消えてしまえばいい。世界が消えないなら、ボクが消えてしまえばいい。


 そうすれば、もう悲しまなくてすむでしょ?

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