第51話 ルカのはなし・さよならのついでに断罪の花をかざろう 前編
『悪役令嬢』とその仲間たちが断罪されたと思ったら、断罪イベント第二弾が始まりました。
断罪の対象は、宮廷大魔導師にして大貴族のエクター・サフォー侯爵様で……。
「殿下、何のお話しですかな? 私はシャール陛下から、『パリス伯爵断罪のため』と命じられ、今日ここへ伺ったのですが」
金色の錫杖を持ち、金縁で飾られた豪華な濃紫色の長衣を纏ったおじ様は、『戦巫女』のお友達であるパティのお父様です。
私が召喚されて最初にお会いした時から印象が薄かった、宮廷大魔導師様です。今日も存在感といい、クロード様とは対照的に暑苦しくはないけど何というか……普通です。美貌な娘と全然似ていないです。奥さん一体どんな美女。
断罪が終わり『伯爵令嬢ディアベラ』の私は外野になりました。その目の前で、黒髪の王太子殿下が頷きます。
「その通りだ。ではここから先は“王家”ではなく、“ダックワーズ学院”側から話してもらおう」
そう言って、振り返りました。
神殿の中から並んで出てきたのは黒魔導師のジョシュア先生と、白魔導師のイェルク先生です。
「ふっふふふふ……エクターよ、お前も知ってのとおり、ここは完全な独立と自治が認められておる。外の身分や特権は通用せんぞ?」
紺色マッシュルームカットな少年の姿のジョシュア先生は告げて、紫色の唇がとても楽しそうに、ニヤッと笑いました。
「ジョシュア、何を……?」
呟いた様子からして、侯爵様は先生と名前で呼び合うほど知り合いらしいです。でも声色と顔色の悪化からお察しするに、仲良くはなさそうでした。身長は半分くらいしかない黒魔導師先生を前に、足も片方後ずさっています。
そんなサフォー侯爵様へ向けて口を開いたのは、白魔導師で保健医なイェルク先生でした。
「サフォー侯爵……。貴方は宮廷大魔導師の身分と特権を利用し、王宮の魔法研究所にあった魔晶石を、『ユーニ商会』へ横流ししていましたね。『魔法研究の廃棄物』という名目で……。我々の概算だと、貴方が横流しで得た利益は、およそ三千万ゴールドというところでした」
普段の穏やかな雰囲気とは打って変わり、白魔導師先生の濃紺の瞳には厳しさがありました。更に追い打ちをかけるように、ジョシュア先生が華奢な腕を組み胸を張って言います。
「お前は侯爵として身分は十分に保証され、パリス伯爵のように富に溺れることもなければ、権力を追い求める必要も無かった。そこそこ高い魔力と、人事の調整能力があり、天才少女と謳われた娘の名声によって、宮廷大魔導師という地位も得ていたが……ここ十年ほどは急成長したパリス伯爵に押され、日陰に追いやられて羽振りが悪かったようじゃのう?」
それからひと際声を大きく、広場全体へ聞こえるように発信しました。
「つまり、昔よりも金回りが悪くなったんじゃな! 足りなくなった分を補うための『小遣い稼ぎ』が、魔晶石の横流しじゃったと!」
灰色の瞳を輝かせているジョシュア先生は、王国の宮廷魔導師にして侯爵というお方にも遠慮や容赦をする気配はありません。常人と別の価値次元で生きている人なだけあります。
「な、サフォー侯爵様が……!?」
「まさか、貴方ほどのお方が、そのような……!」
暴露話しに驚く人々の動揺で、神殿前の広場がまた大きく揺れました。
「手を汚さずとも十分生きていられる身分にありながら、つまらんことをしたもんじゃのー。そうして『ユーニ商会』を通じて“洗浄”された魔晶石は、『新品』の顔をして各地各国へ流れていったのじゃ。クグロフ国や、ラングドシャ連邦……パリス伯爵のスフレ領にもな。まぁ辺境伯のこれは、わしが調べているうちにわかった副産物に過ぎんが」
「し、調べていただと? 貴様のようなはぐれ者の魔導師が、何故そんなことを……!?」
少年姿の黒魔導師先生に好き勝手言われて、大人しそうなおじ様サフォー侯爵も気色ばみました。しかしどうしてもジョシュア先生の方が、態度も存在感も濃ゆいのでした。
不健康そうな童顔が、もっと楽し気に笑います。
「やれやれ、最高位の宮廷大魔導師がこのザマでは、王が内部を刷新したくなるのも無理はないか……。遠方にいるクグロフ国の連中の方が先に気付いて、探りを入れてきたというのに。そうじゃな、セトよ?」
そう言って小さな身体を伸ばした先生は、優等生にしてクグロフ国が誇る水蛇の魔導師の青年、セトへ声を掛けました。
「ええ……俺のところに、ペングリーヴ家から報せが来ました。国内で危険な魔晶石が出回っているという情報が、複数寄せられていると」
柔らかな水色の前髪の下、理知的な光りを宿すセトの瞳が侯爵様を見ます。
『ペングリーヴ家』は、セトの実家です。クグロフ国の五大魔導家の中でも別格扱いで、そこが動いたというのは、まぁまぁ大きい事態だというのは私もわかりました。サフォー侯爵様もわかったようです。
「き、危険な魔晶石……!?」
「呆れたもんじゃな、エクター。お前が小遣い目的で他国にバラまいていた魔晶石は、元々が研究のために、城の魔法研究所で保管されておった品じゃろうが?」
影まで薄くなりそうな侯爵を横目に、軽い調子でジョシュア先生が続けます。
「その魔晶石に、ある『細工』が施されていたのですよ」
いつもにこにこしているイェルク先生が、苦い顔をして言いました。
「な!? 細工……? 私はそんなことはしていない! むしろ質の高い魔晶石で、何の問題もないと……!」
狼狽しすぎているみたいで、宮廷大魔導師様の声が大きくなりました。
ところで、さっきから魔晶石を流していた部分は否定しません。『小遣い稼ぎ』は認めるんですね侯爵様……という、私を含めたみんなの微妙な白い眼の前で
「ええ、そうでしょう。貴方は凡人であって悪人ではない。気付いていれば、流さない程度の良心は持ち合わせていた。しかし細工はされていたのですよ。アマンディーヌ王国の、限られた者しか入れない魔法研究所で……。何をしていたんだい、パトリシア?」
ゆるく結んだ緑色の髪を片手で軽く掻き上げると、白魔導師の先生が尋ねました。