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第03話 ルカのはなし・青春はどこへ消えた?

 自分で言うのもおかしいかもしれませんが、パティは親友と呼べそうな友達です。


『パトリシア・サフォー』。

 アマンディーヌ王国のエクレア領を治める、サフォー侯爵家のお姫様です。おばあさまは先々代の国王の妹だったという、生粋の名家ご出身です。

 異世界人という看板一枚で生活している私との身分差はえげつないのですが、仲良くしてくれています。私がこのダックワーズ学院へ編入したとき、仲良くしてくれたのは彼女一人だけでした。


 私はこちらの世界へ召喚されるまで、地元の高校に通うただの女子高生でした。

 ただの、というには若干ごつい家だったかもしれません。


 父は現役ボクサー。母は元SPで、剣道師範の道場主です。兄は四人いて、上から順に柔道家。特殊救助隊員レスキュー。潜水士。山岳救助隊員、という家庭で育ちました。友達に「瑠花ちゃん家、何が何でも助けてくれそうだね!」と言われたこともあります。召喚された日の朝、家を出る私に母が言った最後の言葉は「帰りに二キロのダンベル四つ買って来て!」でした。


 そんな私が異世界へ召喚されたのは一年前。高校への登校の途中でした。


 自転車を漕いでいた私の目の前を、白く光る小さな丸っこいものが、ふよっと通り過ぎたのです。

 本当に一瞬だったので、よく見えませんでした。


(? ……ちょうちょ? あれ、違う? 何あの丸っこい……?)


 と、一瞬注意が逸れたと思ったら突然眩しい光で包まれて、巨大な魔法陣の真ん中に立っていました。そして見るからに高貴そうな皆さんから、戦巫女になってほしいと頼まれたのでした。


『正なる神シュガー』と、『邪なる神ソルト』の力によって保たれている異世界『マカローン』。

 その二柱の神の均衡が揺らぎ、魔獣や魔物が急増し、危機に瀕しているというのです。

 危機が訪れたとき、転換を司る『機械仕掛けの神ペッパー』の導きによって、異世界から召喚される乙女。その娘は『戦巫女ヴォルディシカ』となり、正なる神の代理人として邪神を封じると予言されていた。

 だから貴女はここへ来たのだと。


 私は、これを引き受けました。

 今まで実家で鍛えられて育ってきたのは、この運命のためだったのかもと思ったのです。


 私は兄がいっぱいいるので、「末っ子の女の子なら大事にされてお姫様育ちでしょ~?」とか言われたりしますが、とんでもない。


 乳幼児期から家族にダンベル扱いされ、メディシンボールにされ、早い話が兄たちのプロレス用のおもちゃでした。着る服も下着以外は兄たちのお下がりで、食事から日用品の調達まで「遅いやつが悪い」と常に競争に晒されながら育ち、三歳から毎日腹筋、背筋、走り込みもしてきました。


 訓練の成果を発揮する時が来たと考えたのです。瓦割り五十枚という、身につけてきた無駄な能力を活かすなら、きっと今なのです。

 全く未知の土地にいきなり連れ去られ、他に選択の余地が無かったというのもありますが。

「何で私がやらなきゃいけないの?」とか、そんな当たり前のことを考えるのは早いうちにやめました。


 とにかくこんな感じで『戦巫女』の候補になりました。

 巡り会った『守護者』の仲間たちも、みんな良い人でした。


 ですが、突然こちらへ現れた私への反発もあったのです。

 特にダックワーズ学院で権勢を誇っていた伯爵令嬢ディアベラちゃんに、異世界人の私は全否定されました。彼女の婚約者である王太子フューゼン殿下を仲間に加えた辺りから、風当たりが厳しくなった気はします。


――火、水、風、土の四大精霊の守護者を集めよ。


 というのが、戦巫女に課せられた最初の試練だったのです。集めた『風の精霊の守護者』が、王太子殿下でした。


 自然感情で考えれば、婚約者の近くに別の女がいたら面白くないでしょう。でも『伯爵令嬢』です。

 私は名門貴族のお姫様なら、きっとこんな場面も余裕ぶっこいて度量を見せ付けて


「そうでしょ! わたしの婚約者すごいでしょ、カッコイイでしょ、仲間になれて良かったわね!」


 とか言うと思っていたのです。


 モノの本で習った限り、王侯貴族というのは許婚がいようが結婚していようが。恋人や愛人を何人も作って、ロマンスな宮廷恋愛を繰り広げていると思っていたのです。


 そうしたら、そんなのは私の勘違いだったのです! 伯爵令嬢も人の子だったのです! ヤキモチ焼くのです! 野暮な先入観なんて持っちゃダメなんだと、私は蒙を啓かれたのでした!


 とは言っても、自分の感情の処理は自分でしてくださいディアベラちゃん!

 それに二人の婚約は、家族を含めた国内の関係各位公認の決定事項です。フューゼンの周りに女子が群がっているのはいつものことで、異世界人の一匹二匹、うろついていても騒ぐほどじゃないはずです。


 でも気に入らないものは、気に入らなかったのでしょう。

 私の食事の食べ方、仕草や言葉遣い。ペンの上げ下ろし。机の上のノートの配置まで。異世界人の何もかもが彼女には『非常識』であり、イライラを加速させる火種となっていたようです。


 武術の授業中、向こうからディアベラちゃんが近付いて来て、「ん? 何だ?」と思っていたら

「私の前に立たないでちょうだい!」

 そう言われたときはさすがに

「え……? 何それ? ギャグ?」

 と笑ってしまいました。全部がこの調子です。


 怒りの巻き添えになるのを恐れて、他の生徒たちは私を避けていました。

 みんな申し訳なさそうな、ちょっと後ろ暗いような顔をして距離を置き、離れていくのです。


 私だってこんな対応や環境は愉快ではありません。

 でも私の本分は、お嬢様のご機嫌取りや友達百人つくることではなく、『戦巫女』としてがんばることです。

 焦ったり慌てても仕方ないし、それほど気にせず、「まぁいっか……」と思っていました。

 こういう時に声をかけてきたのが、パティでした。


 あれは、初めての魔法実践の演習中でした。

 グループを作って取り組むよう、教諭から指示がありました。一人でいた私に、フォッグブルーの長い髪をした侯爵令嬢が話しかけてきたのです。


「あ、あの……も、もし良ければ……、一緒に組みませんか?」

 恥ずかしそうに顔を赤らめ、宝石のようなピーコックグリーンの瞳で、彼女はもじもじと言いました。

 驚きつつも、私はうれしかったのです。


「え……でも」

 うれしかったのですけれど、すぐの返事は躊躇いました。

 彼女がディアベラちゃんに目を付けられるのではと、そちらが気になったのです。実際、件の伯爵令嬢様は、人を殺せそうなスリルとサスペンスの目で離れた場所からこちらを睨んでいました。


 するとパティは白い手を口元へ寄せ、小声で囁いたのです。


「ボクも一人なの!」

 だからお願い! と、片目をつぶって微笑んだのでした。


 彼女は文句の付けようがない名家のご令嬢です。そして六歳にして魔法の才能を見出され、王家に召抱えられたという天才少女。さらにその貴い身分と才能に加え、『サフォー家の蒼い宝石』と呼ばれる美貌と抜群のスタイルの持ち主です。『名家』、『美人』、『超天才』の、逆三重苦です。

 誰もそう簡単に近付けず、一人ぼっちだったようなのです。


 最初は心配でしたけれど、身分的にも最上級クラスのパトリシア様です。王太子殿下の許婚にして圧倒的権勢を誇るディアベラちゃんも、手が出せなかったようです。


 それから何だか、私はパティと行動する事が多くなりました。


 パティは見かけによらずというか、天真爛漫な女の子。かなり人見知りですが、実は明るくてお喋り好きです。学院内の噂や評判に敏感で、逸早く情報をキャッチしてきて教えてくれます。魔法や薬学、素材などにも幅広い知識を持っています。この世界について完全に無知な私に、色々とアドバイスをして教えてくれました。お嬢様らしく礼儀作法もご指導下さり、マナーやドレスコードなども、ある程度は身につきました。長期休暇のときには、侯爵様の別荘にも誘ってくれます。


 こんな彼女に、『ディアベラちゃんから手紙が来た』などと打ち明けて、心配させたくなかったのです。

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