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第45話 ルカのはなし・買収デンデケデケデケ

 外観は過剰にプリティでカラフル一直線なマーメイドのジェラート屋さんでしたが、店内は落ち着いた色彩でまとめられたカフェになっていました。人気があるようで、途切れることなくお客さんが来ます。


「これを食べて、何も見なかった事にして欲しいんですの!」


 私はヨーグルトと桃の二種ジェラートをサンドした、ブリオッシュを差し出して言いました。

 差し出した先には、アイザックがいました。ブリオッシュなジェラートサンドを怪しむ眼で見つめていましたが、やがて黙って受け取ります。

 世の中ではこういうのを、『買収』と言います。


 私もパリス伯爵家のクーデター案件を、どこかで内部告発しようとは考えています。でも思いがけないところから、予期せぬ形で燃え広がられるのは困ります。もしも明日や明後日にバレて、急展開で伯爵家が断頭台へ直送されたら困るのです。それじゃ本末転倒です。


「……何で?」

「良いからっ」

「んなこと急に言われてもなー」


 そう言いつつも、ブリオッシュサンドを食べ始めたアイザックの赤茶色の長い尻尾は、ばっさばっさしています。めっちゃ喜んでいます……。何気ない顔して、一番高級なの選んだもんね……たしかに一番美味しそうだったよね。

 見るからにカロリーが高そうですが、動き回るアイザックはエネルギー消費が多いから、問題はないでしょう。


「まず、『何も見なかった』って……何を、どこからどこまでだよ?」

 窓辺に並ぶ白い椅子のテーブル席へ座り、赤髪から覗く犬耳を動かした獣人剣士が尋ねてきました。


「今日わたくしと会って、このジェラートを食べたところまでですわ」

 向かい側の席に座った私が言うと


「え? ……これ、食わなかったことになるのか……? こんなうまいのに……? ディアベラは食わなかったことにしろって言う……」

 赤い髪の剣士はブリオッシュを頬張り、ぶつぶつ呟いています。

 しかし食べる口と手は止まりません。高級なジェラートブリオッシュは、ばっくーばっくーと見る間に消えていきます。見事な食いっぷりです。


 相変わらず美味しそうに食べるなー……と、一瞬私が見惚れていたときでした。


「でぃ、ディアベラ様……!?」

 店内で、高い声がお嬢様の名前を呼びました。ロビンちゃんの声ではありませんでした。


 声がした方を見ると女の子が一人、お店に入ったすぐのところで立っています。それほど広くはないお店なので、距離としてはすぐ近くでした。


 パフスリーブの白いブラウスに、ブルーのフレアスカート。クリームホワイトの長い巻き毛に菫色の瞳と長い耳をした、『ディアベラお嬢様の取り巻きその三』。


「……え? ゾフィー……様? どうして、ここに……!?」

 私もびっくりして立ち上がりかけました。

 するとゾフィーの眉が下がり、みるみる情けない表情になっていきます。


「や、やっぱりディアベラ様……このお店のことなんか、とっくにご存知でしたのね……? わたくしのお誘いはお断りになられても、アイザック様とはお出掛けになるんですのね……!?」

 非常なショックを受けた様子で、菫色の瞳をうるうるさせています。


 まだブリオッシュをもぐもぐしているアイザックが、黒い瞳でこちらを見ました。私も私で、この子は何を言っているんだろう? としばらく考えて、気がつきました。

 少し前に、薔薇園でデートを申し込まれた件を思い出したのです。


(え? ここ……? もしかして、この前ゾフィーが言ってたジェラート屋さんの本店て、ここだったの?)


 気持ちも新たに、店内を見回しました。

 ブランドとか店名とか、全然気にしていなかったのですが、見覚えがあるようにも思えてきました。本物の『パリス伯爵令嬢』だったら、すぐにそれと気がついたでしょう。でも現在は中身が異世界人の、ただの庶民なんです。教えてもらわないと高級さとか、御用達の違いとかがわからない階級の人間なんです、すみません。


「ち、違いますわ。この方と出掛けていたわけじゃありませんわよ!」

 ゾフィーの誤解を解くため、私が大至急で事実を申し上げると

「そーそー。たまたまそこの店の前で、会っただけだよ」

 アイザックも、気軽な口調で合わせてくれました。


「で、でもっ、それじゃ、どうしてここで、お二人でお茶を……!?」

 可愛い丸型ハンドバッグを握り締めたゾフィーが、私とアイザックを見比べて詰め寄ってきます。


 伯爵令嬢わたしは飲食していないのですが、たしかに二人でお茶をしている風です。ディアベラお嬢様がアイザック君と、街角デートしていみたいに見えるのも、わからなくはありません。

 というか、ゾフィーちゃんは一体ディアベラちゃんの、何ポジションになっているのです?


「さあな~? ディアベラがおごってくれるっていうから……。ゾフィーも、リリアナ様を見たら食えるかもしれないぜ?」


 残っていたブリオッシュを口へ放り込んで、アイザックが言いました。

 私が「あ」と止める間もなく


「リリアナ様? フォーサ公爵夫人の……?」

「ああ、さっきそこで見かけたんだよ。どっかのオッサンと腕組んで歩いてて」

 首を傾げたゾフィーへ、アイザックがさっくり軽やかに喋りやがりました。


 お前ーーーーッ!! 高級なジェラートのブリオッシュサンド、食べるだけ食べておいてお前ーーーーッ!!


「ど、どうして言うのよッ!!?」

 大声を出した私に、尻尾をふっさふっさと揺らした犬獣人の剣士は

「? 何かダメなのか? 『見なかった事にしろ』とは言ったけど、『言うな』とは言わなかっただろ?」

 屁理屈や詭弁ではなく、本人にとっては真面目に考えた答えで返してきました。


(バカあああああーーーー!!)

(これがセトだったら腹黒さを感じるだけですむのに、こいつの場合本気だからバカああああああッ!!)


 内心の罵倒だけで堪えました。

 元の『ルカ』だったらアイザックの顔面にガゼルパンチくらいするのですが、今の私は『ディアベラお嬢様』です。そんなハシタナイ振る舞いをしてはいけません。


「……っはああああーーーーーー……」

 という、超長い溜息だけで我慢しました。


「なあ、何がダメなんだよ? まさかディアベラが、あのオッサン知ってるわけでもないだろ?」

 アイザックはテーブルで頬杖を着き、向かいの席で石と化している金髪美少女な私へ尋ねてきました。立ったままのゾフィーもおどおどと、隣で様子を見ています。

 ここら辺で、私の心の緊張の糸が切れました。これ以上、誤魔化しようがないし。


「……お父様よ」

 テーブルの上を見つめたまま呟くと

「……え?」

 赤茶色の三角耳をぴんと緊張させたアイザックも、やっと黙りました。


「あ、あの……? フォーサ公爵夫人と、パリス伯爵様が? ご一緒していらっしゃったん、ですの……?」


 状況を飲み込んだらしいゾフィーが、戸惑いがちに確認してきます。わざわざ確認してくれてありがとうございます。声に出してくれたから、より一層事態がリアルになりました。


「う、うわー……そういう話しだったのか……?」

「ディアベラ様、近頃少しご様子が違ったのって、まさか……」

 ジェラート屋さんの一角に、気まずい空気が漂います。

 焦っている彼らの前で、あえて伯爵令嬢わたしは否定しないでおきました。何か勝手に都合の良い方向へ進み始めたので、この路線で行くことにしました。


『ディアベラ・パリスは、父親の辺境伯が、公爵夫人と親しげに腕を組んで歩いているところを目撃した』

『それを他人に一切知られたくなかったので、口止めをしようとした』


 というストーリーです。パリス伯爵のクーデター露見を阻もうとした私の目的や行動と、大体つじつまは合います。これで良いです。


「もうお聞きにならないで……。言いたくないんですの……」

 令嬢パワーをフル稼働し、きらきら乙女エフェクトをかけて悲しげに瞼を伏せて俯きました。美少女は何をやってもドラマチックになるのです。効果は抜群でした。


「わ、わかった……誰にも言わない。見なかったことにしとくから、心配すんなよ!」

「わ、わたくしも、何も聞かなかったことにしますわ……!」

「……本当に?」

「本当本当!」

「ご心配なさらないで!」


 空色の瞳でもってディアベラお嬢様が上目遣いで念を押すと、犬さんと兎さんは揃って変な汗をかき頷いていました。


 二人とも根が素直です。個人の性格もあるのですけれど、獣人に多く見られる傾向です。あまり他者を疑わないのです。獣人は直感力に優れて身体能力も総じて高いのですが、魔法と駆け引きは不得手と言われています。黒獅子獣人のナキル様も、かなり素直でした。人間と獣人が争う一因であり、グリオール家がパリス家に翻弄されたのも、この特性が多少は影響していると思われます。


 でも何はともあれ、二人の口封じが達成されたなら私に問題はありません。解決です。


「まぁ良かった、嬉しいですわ! では、わたくしはこれで失礼させていただきますわねっ!」


 とっとと席を立ちました。もう用はありません。

 ちょうどロビンちゃんの呼びに行った馬車が来る頃だしと、その場を離れようとした私を


「あ、ディアベラ様! せっかくですから、一緒にお茶を召上っていらっしゃったら……!」

 ゾフィーちゃんが引き止めてきました。


「いいえ、そんな気分じゃございませんの!」

 ディアベラお嬢様として、きっぱりお断りしました。断るときはハッキリ言う方が親切ですよね!

 それにあんまりこういうことを言いたくないのですが、そろそろ空気読んでゾフィーちゃん。たった今、お父様の結構ショッキングな話題を提供したばかりのお嬢様な私に、どんな心理状態でジェラートを召し上れと?


 しかしゾフィーは、諦めきれなかったようです。お店の出入口へ向かっていく『ディアベラ様』を追いかけてきて言いました。


「そ、それじゃ、いつでしたらよろしいんですの? この前も申し上げましたけれど、私はディアベラ様とお友達になりたいだけで……!」

 ぎこちない明るさで取り繕いながら訴えています。


「ゾフィー様……お友達って、一人の都合で成り立つものではございませんでしょ?」

 振り向いた私が言うと、たちまちゾフィーの視線は逃げてしまいました。

「あ、ご、ごご、ごめんなさい……! そ、そういうつもりじゃ……!」

 兎獣人のお嬢さんはその場で急停止し、長い耳は垂れて縮こまっています。真っ赤になって俯いて、もぞもぞしていました。


「……悪くお思いにならないで。……また別の機会に、声をかけてくださいませ」

 お店の窓から外を見つめ、私は『ディアベラお嬢様』としてそう付け足しました。


 何度でも確かめますが、ゾフィーと『お友達』になるかどうか決めるのは『ルカ』ではありません。入れ替わりが解消した時に、本物の『ディアベラ』が決めるのです。お嬢様は、この子と仲良くなりたいと考えるかもしれません。私個人の予想では、可能性はめたくそに低そうですが、ゼロではないのです。『悪役令嬢ノート』にも、ゾフィーがお友達になりたいと言っていた件のメモは挟んでおきました。当事者同士で話し合ってくださいと思っていました。


 しかしです。


「え、じゃあ……! いつでしたらご都合が宜しくて!?」

 うさぎのお嬢さんは顔を上げ、嬉しそうに声を弾ませ聞き返してきました。日にちを改めれば良いと思っているのが、バシバシ伝わってきます。言葉通りなら、そういう意味にも取れます。取れますから仕方ないのですが……!


「そ、そういうことではなくて……」

 私はちょっとした虚脱感と共に、口ごもりました。

 ゾフィーが駆け引きが苦手なのは理解しています。でも都会の貴族様には、婉曲表現というものがあるのです。これをマスターするのは、上流階級なら必須スキルです。

 そこでこんな純朴丸出しというか、ピンボケなことばっかりやってるから、お嬢様グループで使い走りな褒め要員になっちゃうんだよ、このウサちゃん……!


 クリームホワイトの長い髪をした女の子は、見るからに期待でお胸を膨らませています。ぷりんぷりんでぽよんぽよんなゾフィーへ


「ま、まだわかりませんわよ! わたくしこう見えて忙しいんですものっ」

 全てに恵まれている中で、運命とお胸にだけは恵まれなかった美少女伯爵令嬢な私は、慌てて微調整しました。


「そ、それに……貴女に、そんな勇気があれば、というお話しですわよ」

 予防線として更に付け足しておきました。強めに。


 何故ならそう遠くないうちに、この絶世の美少女にして学院の頂点に君臨してきた『ディアベラ・パリス』は、邪なる神ソルトと交信してしまうのです。全世界を敵に回し、断罪されて国外追放になるのです。その後で、臆病なゾフィーは「お友達になりたい」と言うでしょうか? 到底不可能にも思えます。脱兎のごとく逃げるかもしれません、兎獣人なだけに。


「ディアベラ様……?」

 ゾフィーは愛らしく小首を傾げていました。

 と、そこでお嬢様な私は、テーブル席にいるアイザックが頬杖を突き、こちらを見ているのに気付いてハッとしました。


 実戦演習の時や商館での会話など、これまでも私とディアベラちゃんの『入れ替わり』に関して、二、三度近付いたピンチが思い出されました。これ以上、変な部分で鼻の良いアイザックとここに滞在するのは危ないです! 仲間だけど! 敵じゃないけど!


「ま……まぁ、あなた方には、わからなくても結構ですわ! 先ほどのお約束だけ、守ってくだされば十分でしてよ! それじゃ御機嫌よう! お先にごめんあそばせ!」


 自信が無いときは、大きな声で誤魔化しましょう。

 これ以上は言わない事にして回れ右した私は兎さんと犬さんへご挨拶を残し、ラブリーなマーメイドのお店を後にしました。

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