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第44話 ルカのはなし・見おくりびと

「こんなトコで会うなんて珍しいな! 買い物か?」


 アイザックはそう言いながら、笑顔で近付いてきました。

 日焼けした精悍な顔の中で、屈託無く笑う口の端から尖った牙が覗いています。普段の学院の制服ではなく、白いシャツとジーパンに近いラフな格好をしていました。でも腰に剣は帯びていました。


 赤茶色の尻尾が、振り切れんばかりに後ろでぶんぶんしています。そんなに喜ばれたら……邪険に出来ないじゃないか……。


「え、ええ……ちょっと、知り合いの方のお店で、お買い物を」

「へー、そうなのか」

 燃えるような赤い髪の剣士は、街角で見る『ディアベラお嬢様』が珍しいのか、じろじろ眺めてきます。


(くそう、アイザックが邪魔で、向こう側が見えない……!)


 わんこの妨害により、私は動くタイミングを完全に逃してしまいました。あっという間に、間合いを占領されてしまったからです。きっとアイザックは何も考えていないと思いますが、これだから『守護者』とか『剣聖』とか言われる人は困るのだよ……。

 そんな犬耳の本人さんは、まだ鼻でふんふんしています。匂いを嗅いでいます。


「ちょ、ちょっと……何していらっしゃるの!?」

「あ、わりー。癖」

 私が叱ると、アイザックは片手でぼりぼり後ろ頭を描いていました。伯爵令嬢の匂いを嗅ぐんじゃないの!


 そして余計なことをうちに、謎の女性と消えたお父様を追跡出来る状況ではなくなってしまいました。せっかくぺリオン子爵夫人に紹介されたお菓子屋さんの前まで来ましたけれど、変な部分で勘の鋭いコイツと、これ以上ご一緒しても良いことは無さそうです。


「ロビン、気が変わったわ。帰りましょ」

「え……? よろしいのですか? お店は……」

 お嬢様の急な方針転換に、ロビンちゃんは若干驚いた表情で答えました。


「いいのよ、帰りたくなったの。来るのはまたの機会にすれば良いわ。馬車を呼んできて。早くしなさい!」

 いかにも機嫌が悪くなった冷たい声で『ディアベラお嬢様』が言うと、万能の執事メイドさんはびくっと背筋を伸ばしました。


「は、はい、かしこまりました。只今……!」

 お辞儀をして、少し離れた場所に停めてある馬車を呼びに行きました。馬車を止める場所はすぐ近くなので、十分もすれば戻ってくるはずです。


 こうしてロビンちゃんはその場を離れたのですが、どうしてでしょう。

 肝心のアイザックが、同じ場所で立っているのです。「それじゃ」と立ち去ってくれると思っていたのに、そんな気配もありません。


「……貴方、いつまでそこにいる気ですの?」

 腕組みをして、下の方からやや睨み上げつつ尋ねました。しかし刺々しく高飛車なお嬢様にも、赤い髪をした犬獣人の剣士は、気を悪くする様子もありません。


「こんな道端に、お嬢さん一人で置いとけないだろ。ロビンが戻るまでいるよ」

 赤茶色の大きな三角耳をひょこんと動かし、当然みたいな顔をして言いました。

「え? あ……そ、そう……なの?」

 アイザックが意外と騎士様な精神を見せたので、つい頷いてしまいました。


 ブラマンジェ広場は治安が良く、貴族の女性や子どもでも一人歩きが出来ます。護衛がいなくても特に問題はないのですが……言われてみれば『伯爵家のお嬢様』だし……。ありがとう……いや、でも、やっぱ微妙……!


(こ、こんなことならロビンちゃんと一緒に移動するか、先にお店へ入ってしまえば良かったああああ!)

(気まずい! ひたすら気まずい……!)


 という思いを押し殺している私の首を、冷や汗がダラダラ流れます。


「きょ、今日は……どうしてこちらへ?」

 二人並んで無言でいるわけにもいかなくなり、苦し紛れで私が尋ねると、アイザックは伸びをしながら言いました。


「この近くの、武具の店に行ってたんだよ。それで小腹が空いたから、軽く食おうかと思って」

「……ここで? 一人で?」

 彼が指差した先には、カラフルな貝殻やパールを模したデコレーションでマーメイドな感じの、ジェラート屋さんがありました。私たちが行こうとしていたお店です。

 伯爵家のお嬢様に確認されると、アイザックは首を傾げていました。


「そうだけど、何?」

「べ、別に良いんですのよ、気になさらないで……」

 問い返された私は、何となく目を逸らして答えました。

 建物の外観も装飾も、過剰なほどにプリティでカラフルで可愛いお店なのですが、アイザックはそこは気にしていないようです。そうです、良いのです。誰がどこで何を食べても良いですよね、うん。


 ……ということで、彼の目的地が最初からここだったとわかりました。そうなると、私とロビンちゃんが先にお店に入っていても、アイザックと店内で鉢合わせていたとも判明しました。さっきのクロードお父様といい、今日は何なのでしょうか……厄日か、それとも運命のイタズラですか。


「……ディアベラさ、やっぱ最近、俺たちの事避けてるだろ?」


 今度はアイザックの方から尋ねてきました。先ほど金髪の絶世美少女な私が、僅かに目を逸らしたのを見逃していなかったようです。鼻の良い犬は……きらいだよ……!


「まぁ、避けるだなんて、失礼なこと仰らないで。フューゼン殿下ならいざ知らず、わたくし貴方と親しくお付き合いをしたことなんか無くってよ!」

 大袈裟にそっぽを向き、ディアベラお嬢様らしくなるよう言い返しました。これは我ながら様になっていたと思います。


「んー……、そりゃそうだな……?」

 アイザックもそう言って、それ以上は疑う様子もありません。私もホッとした矢先でした。


 さっきの建物の中から、再びお父様が出てきたのです。傍らには、あの女性もいました。


「あ」

 と息を呑むのと同時に、無意識で動いてしまった私の視線と動揺に

「どうした?」

 瞬時に気がつき、アイザックも振り返りました。そして物理最強クラスの剣士の鋭い黒い瞳は迷うことなく、建物から出てきた紳士と淑女を捕らえてしまったのです。

 これだからアイザック、お前って奴はああああッ!


「あ、あれって……」

 彼は驚いた声で呟き、目を瞠っています。道行く向こうの人を、知っている顔でした。

「え、ちょ……あの! わ、わあああー!?」

 お嬢様らしからぬ声でしたが、私も構っている余裕がありません。

 慌ててじたばたして、何とか誤魔化そうとしました。お父様はお仕事でお出掛けなの、うふふー! とか、適当なことを言おうとしたのです。

 そうしたら。


「あれって……リリアナ様じゃねぇか?」

 右手を顎にあて、独り言みたいにアイザックは呟きました。

 犬獣人の剣士が見ていたのはクロードお父様よりも、その同伴者で腕を組んで熱く視線を交わしていた、身分の高そうな女性の方でした。それはそれで、私の想定の範囲外でした。


「え……え?」

「うん、やっぱ、リリアナ様だろ。この匂い間違いねぇな。ほら、マキアムの兄貴の奥さんだよ。屋敷に遊びに行ったとき、会ったことあるんだ。ディアベラは知らなかったか?」

 アイザックは『匂い』で確信を深め、頷いています。


 紳士と淑女の二人が白昼の太陽と人目を忍ぶようにして、そそくさと馬車へ乗り込んで行った後も、ぺちゃくちゃと喋っています。フォーサ公爵様のお屋敷でお会いした『リリアナ様』が、義弟の友人達を笑顔でもてなしてくれたことまで話してくれました。

 とんでもない情報が出てきました。


「……」

 想像してみてください。

 あの宵闇のような藍色の髪をした美女は、現フォーサ公爵夫人です。そんな女性が、お父様と真昼の密会デートをしているのです。


「あの隣にいたオッサン、誰だろうな~? アクスム様じゃなかったけど……」

 何気ない感じにぼそっと漏れたアイザックの言葉で、自分の肩が震えるのがわかりました。

 アイザックに悪気は無いのです。無いからもっと困るのです!


 このままだと、きっとこのお喋りワンコは明日、「街角でリリアナ様を見かけてさー」と友達のマキアムに話すでしょう。

 そうするとマキアムはお兄様のアクスム様に、「友達が街角で、お義姉様を見かけたんだよ」と話しますね。

 そして公爵様は新妻に「誰かと出掛けていたんだって?」と話して、その『お出掛け』相手が誰かという話題に……。


「アイザック様」

「あ?」

 隣の人へ呼びかけた自分の声が、とても遠く感じられました。私も、ちょっと頭の線が焼き切れていたのかもしれません。


「貴方、このお店にご用事があったんでしたわね?」

「……はい?」

 小柄な金髪美少女に見上げられた背の高い犬獣人は眉を寄せ、何度も瞬きをしていました。一応は頷きつつも、意味がわからないという顔をしています。


「いいわ、わたくしがご馳走してあげる。ついていらっしゃい」

 私も何を言っているのかわかりませんでしたが、咄嗟に思いついた解決策がこれしかなかったのです。

伯爵令嬢としてあるべき行儀作法をぶん投げ、アイザックの服の袖をつまむと、マーメイドでプリティなお店の入口へと歩き出しました。


「え……? ディアベラが? 俺に、ごちそう? 何で? どして? いやいやいやいや! 怖い怖い怖い怖い……!」


 焦って怯えた顔をしているアイザックを引っ張りながら、お店の扉を開きました。

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