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第42話 ルカのはなし・前世が叫びたがっているんだ

 偽の『追試』を終え、ジョシュア先生の黒魔法工房を出た直後でした。

 二人仲良く一緒に教室へ行くのは不自然なので、お嬢様と反対方向へ行こうとしかけた私は


「ちょっと、お待ちになって」

 ディアベラちゃんに呼び止められました。

 振り返ると、私こと『ピンク髪の戦巫女』な姿のお嬢様が仁王立ちしていました。


「どうしてさっき、『乙女ゲーム』なんて言ったんですの? びっくりしましたわ、脅かさないでちょうだい」

 私と入れ替わっているお嬢様は、兎さんみたいな赤い瞳でこちらを軽く睨みながら言いました。先ほど私がジョシュア先生に持ち出した、『例え』の件で、ディアベラちゃんはご立腹のようです。


「言ったって意味は通じないし、誰にもわからないんだから良いじゃないですか」

「それはそうですけれど……!」


 金髪美少女になっている私が言い返すと、この身体の持ち主である『お嬢様』は長いピンク髪を指先で払って、まだ不満そうにしていました。日に日に髪のキューティクルや、お肌の状態が良くなっている気がします。お手入れの裏技でもあるのかな……と思いつつ。


「ディアベラちゃん。これから先も、この世界が『乙女ゲーム』だっていうこと、誰にも言わないつもりなんですか?」

 私は前々から抱いていた疑問をぶつけてみました。


 ここが【君のいる世界と戦巫女ヴォルディシカ】というゲームだと知っているのは、転生者である悪役令嬢と、異世界から召喚された戦巫女わたしの二人だけです。

 そしてこの乙女ゲームについて、「誰にも言わないで」とお嬢様にお願いされてきましたが、私には隠す意味がイマイチ見えないのです。


「当たり前でしょ、頭が狂っていると思われるだけですわ!」

 断言して、ディアベラちゃんは眉をひそめていました。


「私めっちゃ信じてますけど、別に頭おかしいと思ってないですよ? 全然大丈夫ですよ?」

 小柄な伯爵令嬢になっている私が見上げて尋ねても

「貴女は異世界人で、元々の常識や世界観がズレているからですわよ! 何より公開するメリットがありませんわ」

 戦巫女ディアベラちゃんはますます顔を顰めて、言い返してきました。


 たしかに私は容易にディアベラちゃんの、『前世が異世界人説(出身は香川県かもしれない)』も信用しますが、この『異世界マカローン』しか知らない人達には、非常識で突拍子もない妄言に聞こえたとして仕方がありません。


「でも、協力者が増えたら、『エンディング』までスムーズに行くような気がしません?」

 私も食い下がりました。


 現在の『入れ替わり』の問題もありますので、今すぐ全員に情報公開は無理でしょう。

 しかし『異常エラー』の発生などでゲームのシナリオが歪んでいる可能性や、不安定な『隠しルート』の補強のためにも、二人だけでこそこそやるより、もっと味方を増やした方が良さそうです。うまくいけばクーデターの危険性まで回避して、安全に『エンディング』へ行けるのではないかと思ったのです。ロビンちゃんの『エンディング後死亡問題』も何とかしてあげたいです。


 とはいえ、私が一人で勝手に行動するのは色々と危険です。プロの意見を伺わないといけません。


 そう思っての進言でしたが、残念ながらベテラン悪役令嬢の反応は良くありませんでした。

 ディアベラちゃんの顔が、ぴりっと引きつったのです。


「む、無茶よ! 無理ですわ! そんなのとっくに試してるんだから!」

「え、マジで……? もうどこかで試したんですか?」

「そうよ、あれはループ六回目のときですわ。『ここは乙女ゲームの世界』だって、打ち明けたのよ? だけど誰も信じてくれなくて、結局は無駄でしたわ。わたくしの『悪役令嬢』の運命は変わらなかったの! 空気がビミョーになっただけだったの!」


 両手と頭を横に振るお嬢様(見かけは自分)に、すごい圧で言われました。瞳に憤怒の炎が揺れています。


「ビミョーって? どこで、どんな感じに打ち明けたんですか?」

 訴えはちゃんと聞かないといけませんので、もう少し詳しく掘ってみました。すると


「魔獣ニーズヘッグが、学院に襲来したときよ。ヒロインが正式に戦巫女ヴォルディシカに選ばれたときに……!」

 ディアベラ様は六回目当時を思い出したのか、少し涙ぐんで小さな声で言いました。


 私も戦巫女の経験があるので知っています。

 邪神の使者にして毒霧を吐くドラゴン、ニーズヘッグを倒した私が、みんなに祝福されているところへお嬢様が「ふ、ふんっ! ……偶然よ! こんなの認めませんわ!」と言い放ったあの後でしょう。


――いいこと!? この世界は作り話なの! 異世界の『乙女ゲーム』なんですのよ!


 集まっていた大勢の前で、ループ六回目のディアベラ・パリス様は暴露したのだそうです。


「これ以上シナリオが進むのは、悪役令嬢としてマズいと思ったんですね?」

「そうよ」

「でもそれ……情報公開するタイミング、間違えましたね」

 何でそこで言っちゃうー? と、私はふわふわ金髪の下にある、こめかみを押さえて俯きました。


 それまで異世界人ヒロインを敵対視していた伯爵令嬢が、正式な決定に怒り狂って、とうとう意味のわからないことを口走り出したと思われたのでしょう。周囲も「来るところまで来たな」と感じたでしょう。空気も微妙になると思います。

 そんなことに思いを馳せていた私の前で


「そ、それに……『乙女ゲーム』について公開したら、前世のことまで話さなきゃいけなくなるじゃないの……」

 悪役令嬢ディアベラちゃんは全身が痒い人みたいに、もじもじしながら呟きました。恥ずかしいのか苦しいのか、読み取りにくい表情で、視線も空中で右往左往しています。


「ダメなんですか?」

「い、イヤよ、あんな黒歴史……!」

「え、どうして? ゲームくらい誰でもやるでしょ」

 何がいけないんだろう、と私は頬に手を当てて尋ねました。


 詳細過ぎる『悪役令嬢ノート』などから察するに、かなりディープなゲーマーだったのかもしれません。でも遊ぶために作られたもので、遊んでいただけです。『乙女ゲーム』を楽しんでいた過去の、どこが黒い歴史になるのでしょうか?


 ……というこちらの質問に、何故かディアベラお嬢様からの反応が途絶えてしまいます。

 そして長い沈黙が溜まった後でした。


「…………シェアハウス」

「え?」

「スチールドラム……暗黒の微笑……八分で地上文明が……カモノハシっ! わたしのカモノハシイイイィィッ!!」

 お嬢様は取り憑かれたようにピンク色の髪を上下に振り乱し、意味不明な単語を叫び始めたのです。


「ディアベラちゃん!? どうしたの!? 大丈夫!? カモノハシって、オーストラリアの!?」

 本職の悪役令嬢が、『邪なる神ソルト』の受信を始めたのかと焦りましたが、そうではないみたいです。


「あ、あの時は……あの時は仕方なかったのー! 『みんなと同じ』なんて、プライドが許さなかったのよおおおおーッ! だから滅びた宇宙の十兆光年先にあることわりが引き裂く煉獄プルガトリウムの罪を解放するために、重なり合う世界線を超えて、聖なる傷(スティグマ)が全ての無窮時間カタストロフを覆し、私の生命に刻み込まれて運命の黒き翼が……いやあああアアァァァァッ!!」

「急にどうしちゃったの!? 何か変なもの飲んだ!?」


 ルカの姿のお嬢様は膝から崩れ落ち、両手で地面を叩いて「うおおおお!」と慟哭しています。戦巫女わたしの頭が弾け飛んだようにしか見えません! やめてください! 他に誰もいなくて良かった!


「『真実の言葉』が……傷付いた全てを残らず救ってくれる崇高なる真実の言葉スペル・オブ・アルティメットが……」

「? アルティメット……何?? 何の話ししてるのディアベラちゃん?」

「ハッ! ……な、何でもありませんわ! 何でもないんですのよ……!」

「何でもないわけないでしょ……」


 喚くだけ喚くと、ディアベラちゃんは虚ろな表情でようやく止まってくれました。座り込んでぐんにゃり項垂れていました。こっちも疲れました。


 前世で、何があったのでしょう。

 絶世の美少女であり、完全無欠の絶対勝利と思っていたお嬢様の様子がおかしいです。

 とりあえずディアベラちゃんは、『前世の自分』を思い出すと、何かのスイッチが入っちゃうみたいです。過去にまつわる何かが、彼女に狂気をもたらすようです。『乙女ゲーム』について周囲に公開したくないのも、そのためなのでしょう。


 でも、たかが『前世』です。今生のディアベラちゃんが、ここまで引き摺る必要は無いと思うのです。


「あのー、何があったか知りませんが……『前世』ですよ? 早い話しが、他人でしょ? ループした時間も含めたら、二百年近くも前の別の人ですよね? 体感的にどんな感じかわかりませんけど……」

 私も膝を折り、地面でぺしゃんこに項垂れているお嬢様へ声をかけました。


「『今』とは関係無いんじゃないですか? ディアベラちゃんは、これだけ可愛くて、お嬢様で……『悪役令嬢』だけど。ちゃんと予定通りに『隠しルート』も進んでて、大体うまくいってるじゃないですか。これからパン屋さんもやるんですよね?」


 まだ無言でショーン……としている、戦巫女ディアベラちゃんの顔を覗き込み言いました。


 過去を引き摺りまくっているお嬢様です。ナキル様の件も含めて、ディアベラちゃんは『悪役令嬢』をこじらせています。でも前世にしろ十回のループにしろ、すでに存在しない『過去』に思考や行動を制限されるなんて、つまらないのではないかと思えました。


 それはそうと、私は『前世の記憶』とは、ある種の『予言』や『知識』として、もっと役立つものだと思っていました。でも殆ど何の役にも立っていません。少なくともディアベラお嬢様にとっては、役に立っていないようです。むしろ下手に事前情報がある分、ディアベラちゃんは変な方向へ突き進んでいました、動物園とか。足枷にしかなってない……前世の記憶、邪魔じゃね?


 それでも十回破滅を繰り返し、『悪役』をやってきたディアベラちゃんです。

 ちょっとやそっとの頑張りではありません。

 人生の行く先に『悪役令嬢』という崖があって、落ちたら死ぬこともわかりきった上で、何度でも崖から飛び降りてきたのです。その生命力と愚直なまでの挑戦精神に、私は敬意を表したいのです。この十一回目くらいは、報われて欲しいです。無事に『入れ替わり』も解消したいですし。


「だから今度こそ『エンディング』の向こうへ進むために、情報を公開するのも必要なんじゃないかなって……」

 先のお話しへ戻って、私は提案しました。けれど


「と……と、とにかくイヤなのッ! 前世も乙女ゲームも、絶対秘密よ!! わかったわね!?」

 再び表情を硬くしたディアベラちゃんは、断固拒否の意思表示をすると立ち上がり、ダッシュでその場を去って行きました。


(……そこまで言うなら、まぁ仕方ないか……)


 遠ざかっていく後姿を眺めて、私も立ち上がりました。

 ディアベラちゃんは、どうしても乙女ゲームその他について他人に公開したくないようです。私としてもこれ以上は無理強い出来ないから諦めました。


 きっと思い出すだけで正気を失いそうになるほどの、壮絶な前世だったのでしょう。カモノハシがどう絡んだのか知りませんが。


『悪役令嬢』に転生するような才能は、前世の鍛え方から違ったみたいです。

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