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第41話 ルカのはなし・経過観察の続き

 感謝祭の次の日です。

 最後の授業である、黒魔法の講義が終わったときでした。


「ルカとディアベラは、この後で黒魔法工房へ来るように」

 講演台の上の魔道書を閉じ、黒魔導師ジョシュア先生が言いました。

 先生は見た目は十歳くらいの少年なのでちょっとした台の上に乗っていたのですが、そこからぴょんと飛び降りると扉の方へ歩いて行きます。


「え?」

「な、何でですか……?」

 尋ねた私(中身は戦巫女)とディアベラちゃん(中身は伯爵令嬢)に、ジョシュア先生は振り返りざま言いました。


「追試じゃ」

 そして引き摺るほど長い黒の長衣ローブを翻らせ、教室を出て行きました。


――追試ッ!!?


 先生が放った一言で教室に衝撃が走りました。


「ディアベラ様が……!?」

 あちこちから、驚愕の声がひそひそと聞こえてきます。成績優秀な伯爵令嬢が、追試です。クラス全員が驚いている中で、私も驚いていました。


――どうして!? この前の試験だって、ちゃんとパスしたのに!?


 納得出来ませんでした。

 才色兼備なお嬢様の成績維持のため、私はちゃんと試験勉強だってしてきたのです。戦巫女なディアベラちゃんをコソッと見ると、ピンク髪のあちらも席で茫然としていました。


 腑に落ちませんが仕方がないです。

 放課後に私とディアベラちゃんはそれぞれ別行動で、黒魔法工房へと向かいました。


『追試』ですから、当然一人で行動です。

 教室を出て行く私を、ロビンちゃんは心配そうに見送っていました。追試事案もあるでしょうけど、舞踏会での混乱もあります。あの子は真っ先に飛んできて、お嬢様の無事を知ると安堵で泣きそうな顔をしていました。

 そのショックも抜けきらない、昨日の今日です。出来るだけ離れたくはなかったのでしょう。


 しかしロビンちゃんは自発的に動けるタイプではありません。職務に忠実で任務は誠心誠意やるのですが、逆に言えばそれしか出来ない子です。万能の執事メイドさんはお嬢様から命じられた通り、教室で待機となりました。


「失礼しますー……」

「来たか」


 私が白魔法工房の隣にある黒魔法工房の扉を開けると、紺色マッシュルームカットのジョシュア先生が出てきて奥の部屋へ通されました。白魔法工房と同じく頑丈な『結界』で何重にも守られた部屋で、すでにディアベラちゃんが椅子に座っていました。


 この『黒魔法工房』は、魔法の実験研究施設です。

 世界最先端の研究から、やっちゃダメな魔法実験まで全部やっているらしいです。そしてここの責任者にして、学院最高位の黒魔導師であるジョシュア先生の巣です。

 特に最奥にあるこの部屋は入室が厳重に制限されています。それは機密情報だらけだからという他に、完全にジョシュア先生に私物化されているためでもあります。謎の実験道具の他にも、ソファーはあるし食事の入っていたであろう空のコップや器なども置きっぱなしでした。

 清潔で衛生的な白魔法工房との、最大の違いでしょう。


 そんな薄暗い部屋の中で、私が肘掛け椅子に座ると


「さて、昨日の舞踏会で起きた……『爆発事故』についてじゃが」

 窓際のジョシュア先生がそう切り出しました。


「は?」

「追試は……?」

 完全に試験をする気でいた私たちです。それを少年のような外見の先生は灰色の瞳で見回し、鼻で笑いました。


「あんなもん、嘘に決まっとるじゃろ」

 華奢な腕を組んで言いました。

 要するに私たち二人を、黒魔法工房へまとめて自然に呼び出すための嘘だったと。


「う、うわあー……良かったああああ~!」

「良くありませんわよ! 先生おやめになってくださいませ! この人はともかく、わたくしがみんなに『ディアベラ・パリスが追試』と言われるんですのよ!?」

「言わせておけばよかろう。毒にも薬にもならん」


 追試を免れて喜んでいる金髪の伯爵令嬢わたしの横で、戦巫女ディアベラちゃんが怒っていました。でも先生はそんな俗世の些事には興味無さそうでした。さすが、イクところまでイっちゃってる人なだけあります。


「そんなことより、例の『事故』の件じゃ……。形式的には、大講堂の照明魔法が焼き切れたとして処理してある。エクターを通じて公表させたから、対外的にもこれで片付くじゃろ」

「あのー、先生。エクターって誰ですか?」

「アマンディーヌ王国の、宮廷大魔導師様ですわよ……エクター・サフォー侯爵。知ってるでしょ?」

 挙手した私の疑問には、ディアベラちゃんが答えてくれました。ていうか


「サフォー侯爵!? じゃあ私が召喚された時にいた魔導師様って、パティのお父さんだったんですか!?」

「そうよ、天才魔導師令嬢のお父様。貴女、パティとお友達じゃなかったの?」

 驚く異世界人の前で、伯爵令嬢は呆れた顔をしています。


 私が戦巫女となるべく召喚された日に、「帰還は出来ません」とあっさり宣告してくれたあの宮廷大魔導師様は、パティのお父様だったのでした。親が王宮魔導師のトップになる器なら、娘のパティが六歳でお城に召し抱えられるほど天才なのもわかる気がします。


「話しを戻すぞ。『事故』として報告はしたが、実際はそれどころではない。小規模な時空の破裂じゃ。空間と時間が引き裂かれかけたのじゃよ。まるで圧縮されたような、非常に重い魔力でもってな。突発の一瞬過ぎて、詳細を捕捉するには至らなかったが」


 禍々しい飾りを施された黒い椅子へ勢いよく腰掛けた黒魔法の先生は、青白い顔をにやにやさせ、感謝祭で起きた『事故』の説明をしてくれました。


「先生、それなんですけど……」

 再び私は申し出て、昨日の舞踏会会場で見た『光』のことを打ち明けました。この件については、今日にも先生に相談したかったからちょうど良かったです。


 ルカが異世界に召喚されたときにも、同じような『光』が見えたのでした。およそ一年ぶりに現れた『光』は何が切欠で、何の目的であそこに出現したのか。戦巫女と伯爵令嬢の『入れ替わり』と、何らかの繋がりがあるのかと思っていたのです。


「ほう……? 舞踏会でその『光』を見たのは、間違いないのじゃな?」

 大きな黒い椅子に埋もれ、ジョシュア先生は灰色の瞳を輝かせつつ私に確認しました。


「は、はい。ディアベラちゃんは、何か見た?」

「見ていませんわ。場所が離れていたのもあるかもしれませんけど」

 訊いた私へ、隣の椅子に座っている、戦巫女姿のお嬢様は首を横に振ります。


「ルカがこちらへ召喚された時に見たのならば……『機械仕掛けの神』の眷属か何かであったのやもしれん」

 顔の前で指を組み、ジョシュア先生が呟きました。

「ペッパーさん……でしたっけ。『転換』を司る神さまですよね?」

 首を傾げた私が確かめると、子どもの外見をした先生は一つ大きく頷きます。


「さよう。『機械仕掛けの神』の二つ名を持つ、『転換の神ペッパー』じゃ。『正なる神シュガー』と『邪なる神ソルト』を結びつけ、危機が訪れた時代の変わり目に現れる。異なるものを繋ぐ神でな。異世界から『戦巫女ヴォルディシカ』を召喚する魔法も、ペッパーの支配下にあるのじゃ」


 火や水など四大精霊の魔法の他にも、神々の司る光や闇の魔法があります。神様ごとに得意ジャンルがあるみたいです。


「異なるものを繋ぐ神がペッパーなら……もしかして『魂魄スピリット転換魔法カンバーション』もですか?」

「その通りじゃ。今まで動かずに隠れていた『悪意の何者か』が、尻尾を出したな」

 生徒の質問に、先生は不敵な笑顔で答えてくれました……。とっても、楽しそうです……。


「私は特に、異常は出ませんでしたけど……」

「敵も、わたくしたちが『入れ替わっている』ことまでは気がつかなかったのかしら?」

 私の言葉に、ディアベラちゃんも硬い表情で言いました。正体がバレると即死というスリリングな関係の私達ですが、お互いに無事に過ごしています。


「そう考えて良さそうじゃな。それでも接触の意図がわからん。まだまだ油断はするでないぞ」

 頬杖をついているジョシュア先生が、改めてそう念を押しました。


「ところで先生、このグロいの何ですか……?」

 また思いっきり話題が逸れるのですが、さっきから机の上にあるものが気になって、元化学部として無視出来なかったから聞きました。


 そこには大きな丸いフラスコが置かれていました。たまに青くゆらりと発光する赤い液体が、緑色の炎で熱せられ、泡立ちながら沸騰しているのです。


「ん? おお、それはわしの『仕事』の成果じゃ!」

 声を弾ませ椅子から立ち上がったジョシュア先生が、薄い胸を張りました。


「せ、先生……仕事してたんですか!?」

「学院の研究費を浪費するだけの、無駄飯食いとばかり思っていましたわ!」

「わしを何じゃと思っとるか、無礼者どもめ」

 感動する女生徒達を見て、先生は物凄く不満そうな顔をしていました。


「全く……こう見えて忙しかったのじゃぞ? 『禁呪の欠片』が潜んでおった『魔法具』を集め、そこから“不純物”を抽出しておるのじゃ」

 飲んだら猛烈に身体に悪そうな色をした液体が沸騰するフラスコを覗き込み、黒魔導師の小柄な先生が言いました。


「そんなの抽出して、どうするんですか?」

「うむ。通常であれば、魔法演算の際に発生する『ゴミ』として見逃すものじゃがな。魔法の発動で必ず混ざる、この“不純物”の中には、微量ながら術者の魔力と機微情報が含まれておるのじゃ。“不純物”を集められるだけ集めて、更にそこから魔力を取り出して結晶化させておる。これで個人の特定が出来る」

 紫色の唇に笑みを浮かべ、先生は教えてくれました。


「ま、まあ……そこまで!?」

「それじゃ犯人を捕まえて、元に戻れるんですか!?」

「むろんじゃ。これを結晶化して『魔晶石マナリス』にすれば、犯罪の動かぬ証拠にもなる」


 魔力には個人差があるので『術者』が特定出来て、経過も辿れます。思った以上に調査は進んでいたのでした。解決が見えてきたことに感激していた私とディアベラちゃんでしたが


「それにしても……“不純物”の中に、無意味な記述があまりにも多いのじゃ。他にも、何十年も前に使われなくなった呪文の片鱗や、古代魔法の魔法雑音ノイズまで入っておる。一体どういう趣味をしておるのじゃ?」


 赤いフラスコを見つめるジョシュア先生の灰色の瞳は、『趣味が悪い』と言いたげでした。

 紺色マッシュルームカットに紫色のリップで、自分の体で魔法の人体実験をしまくっていて、立派な汚部屋に常駐しているジョシュア先生なのですが。


「趣味について、ジョシュア先生が言っちゃうんですか……?」

「『魔法』として美しくない! わしはこんなもん好かん! 神々に関わる古代魔法は、合理的に無駄の無いものであるべきじゃ! せっかくの『禁呪』は、もっと心身を清めて使え!」

「禁呪に清いも何もあります……?」


 むきー! と青白い両手を握り締めて怒っている先生は聞いていないみたいでしたけど、申し上げました。マニアの気持ちはよくわかりませんが、ジョシュア先生にとって、この魔法の使われ方は『美しく』ないみたいです。


「先生、その“不純物”って、具体的にどういうものですの?」

 戦巫女ディアベラちゃんが訊くと、先生は再び腕を組んで話し始めました。


「ふむ……、『魔法』とは己のマナたる魔力を費やし、同じくマナである精霊に接触することで奇跡を起こすものじゃ。魔法学的に見ると、マナは神や精霊に近いが、人間はマナの含まれた『土くれ』みたいなものでな。それゆえ土くれの人間が介在する魔法の発動後には、『ゴミ』が発生する。良く言えば人生の『記憶』や『経験』であり、悪く言えば『雑念』じゃ。別に害悪ではないぞ。これを“不純物”と呼んでおる。だからこそ“不純物”を精査すれば、魔法の使用者がどのような人物であったかもわかってくるのじゃ。例えばこの術者はかつて、『誘惑テンプテーション』の魔法を使用したことがある。そこまで洗い出せる」


 黒魔法のスペシャリストな先生は魔法の基礎と、現状でわかっているそこまでを説明してくれました。


「え……人間性や行動の履歴まで、わかっちゃうんですか!?」

 言い方は悪いですが、捨てられたゴミを掻き集めて個人情報を復元しているようなものと思われました。問題解決のためとはいえ、まぁまぁキモいことをやっているんじゃ……と引いた私に


「まぁ残念ながら、“不純物”だけでは読み取れない場合が殆どでな。読み取れたとしても、他者から見れば完全に意味不明な情報もある」

 ジョシュア先生は相変わらず、一切の悪意も無さそうに小首を傾げていました。


「えーと、それってたとえば……私が『乙女ゲーム』と言っても、この世界の誰にも通じないから無意味になるみたいな話しですか?」

「? おとめげーむ?」

「ちょっとおおおおぉぉッ!?」

 私の『例え』を聞くとディアベラ様が悲鳴みたいな声を上げ、先生はきょとんと灰色の目を瞬かせていました。


「何のことかわからんから、そうなるじゃろうな。ある程度の推測は可能じゃが……どうしたんじゃ、お前ら?」

「な、何でもございませんわっ! で、では……微量な“不純物”からでさえ、無意味であろうと情報が多かったのならば、それだけ人生経験の豊富な人物ということですの?」

 話題と疑惑を消そうとするように、戦巫女になっているお嬢様が先生へ向き直って尋ねました。


「ふむ、一朝一夕の思いつきで出来る芸当ではない。素人ではないじゃろうな。しかも“不純物”の内容から、術者は今まで何種類も禁呪レベルの魔法を試していた痕跡がある」

「な、何度も? どこかで練習していたんですか?」

「そんな実験が出来る場所なんて、ありましたかしら……? 他国にだって、そうそう無いと思いますけれど」


 私の疑問に、ディアベラちゃんも続きました。

『禁呪』を細かく分解する発想も、何度もテストして試してみた結果なのでしょう。でもたしか『魂魄転換魔法』は魔法陣も大掛かりで、演算に時間もかかるはずです。そんな簡単には試せないはずです。


「見当がつかんな。こやつ相当しつこいのやもしれんぞ。余程の事情があるのじゃろう。中々おもしろいではないか……こんなに愉快なのは久しぶりじゃ。せいぜい楽しませてもらうぞ。くっくっく……ふっふっふ、アーッハッハッハッハッハッ!!」

 学院最高の黒魔導師先生は高笑いしています。どう見ても悪者です。この人が一番怪しい気がしてきました。


 このままじゃ私、そう遠くない未来に本気で誰も信じられなくなりそうです。

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