第02話 ルカのはなし・異世界と伯爵令嬢と私
何ゆえ異世界から召喚された一庶民にして戦巫女だった私こと『桐生瑠花』と、伯爵令嬢『ディアベラ・パリス』の魂魄が入れ替わってしまったのかと言いますと。
発端は、二日前に遡ります。
私が通っているのは、海に浮かぶ孤島に建設された、巨大建築物ダックワーズ学院です。
外観イメージ的に、世界遺産の軍艦島……いえ、フランスのモン・サン・ミッシェルみたいな建物です。五百年の歴史を誇るその名門学院が、魔獣ニーズヘッグに急襲されたのです。
魔獣ニーズヘッグは『邪なる神ソルト』の使者でした。
邪神ソルトは何ていうか、まぁラスボスです。そしてニーズヘッグは、その手下です。黒と緑の鱗で覆われた、全長五十メートルくらいの空飛ぶトカゲだと思ってください。たまに毒霧を吐きます。
この学院は元々が要塞都市に近い存在で、戦う機能を備えていますが、今回の魔獣は強力でした。アマンディーヌ王国の駐屯地から騎士団が派遣され、魔導師たちも立ち向かったものの戦況は芳しくない。逃げ惑う生徒たちは危険にさらされており、島には民間人も多く生活しています。
そこで私は『神槍ディルムン』を手に、四人の守護者仲間たちと力を合わせて戦いました。
それなりに激熱にギアチェンジして、剣と魔法によるワイルド破壊活動にいそしんだ結果、この魔獣を倒しました。
そして正式に『正なる神シュガー』の代理人たる、『戦巫女』に選出されたのです。
「『正なる神の代理人』は選ばれた! 予言は成就されるだろう!」
戦闘の後、ブランダン学院長先生が高らかにそう宣言されました。
「おめでとうルカ!」
「戦巫女万歳!」
皆さんそう言って、拍手と歓声で私を祝福してくれました。
しかし、これに異議を唱える人もいたのです。この数日間というもの、私に『十番勝負』を挑んできていた伯爵令嬢のディアベラちゃんです。
「ふ、ふんっ……偶然よ! こんなの認めませんわ!」
お嬢様は憎々しげに言い放って、どこかへ行ってしまいました。
祝福されませんでしたが、「またか……」的な感じで、私は気にしませんでした。彼女からの因縁はいつものことなので、今さら驚かなかったのです。
私がダックワーズ学院に入学した登校初日から、ディアベラちゃんはこの調子だったのです。
忘れもしません。初めてここへ登校した日のことです。
取り巻きたちを引き連れ、門前で威風堂々と立ちはだかったディアベラお嬢様は、それはもう大きな声で言ったのです。
「貴女が『戦巫女』になるなんて認めませんわよ! 神に連なる、選ばれし乙女が『戦巫女』ですわ! どう考えてもわたくしくらいの人間でなければ、このお役目には相応しくありませんわよ!」
この時点で、私は直感しました。
――あ、こいつ面倒くせえ……。
というわけで。「そうですか」と事実確認だけして、後はお辞儀をしてスルーして登校しました。
それ以降も学院内では出来る限り、ディアベラちゃんと関わらないように過ごしてきました。しかしあちら様は、私に関わりたくてしょうがなかったみたいです。
装備や着替えを隠されたり。頭上からゴミが降ってきたり。階段で突き飛ばされそうになったりしました。
でも私も、階段で突き飛ばされて落ちるほど、お鈍さんではないので避けますし。
頭上から降ってきたゴミは顔面に投げ返しますし。
装備を隠されたときは、制服に槍一本と有り合わせの小手だけで、ギガースと戦いました。防御と治癒の魔法を高速連打して戦ったら、血まみれになったけど勝ったよ。
「さっさと帰りなさいよ、目触りね!」
「あんな貧乏くさい装具で良いと思ってるの? ホント頭も趣味も悪くて最低ですわね、異世界人て!」
「ブスブスブスブス!」
そんな声が飛んでくる毎日でしたが、全て流していました。どうしてそこまで他人が気になるんだろうと思いながら、無視していました。
私が召喚された理由は、『正なる神』と『邪なる神』の均衡が崩れかけている、この世界を守るためです。正式に『戦巫女』になれるかどうかは、私の生存の保障と衣食住に直結しているのです。飾りでやってるんじゃねぇんだよ。
魔法や精霊の扱い、武器防具の構造と使い方、魔法薬の作成方法とその習得。魔獣との戦闘に関する勉強をし、戦巫女の戦友となる『守護者』たちを探すので、忙しかったのです。
でありますからして、正直言うと
「この勝負、逃げられると思ったら大間違いですわよ!」
と先日、全校生徒の前で叩きつけられたディアベラちゃん持込企画。『十番勝負』なんかも、めっちゃめんどくさかったのです……。
ディアベラちゃんの指図でけしかけられてくる魔法の獣や、雇われ騎士の皆さん。みんな目が死んでいます……。何だか可哀想で、全部テキトーに負けておきました。十番目の大将戦で登場したディアベラちゃんにも負けておきました。もしもこっちが勝ったら、うるさそうだったし。
でも魔獣ニーズヘッグの破壊活動は、別問題でした。一般の人々の生活や、学院の設備にも被害が出ます。私は真面目に全力で魔獣と戦って、先生方や仲間達の協力もあり、無事に勝利する事が出来たのです。
お嬢様からの反応は刺々しかったけど、そこは仕方ないし、想定の範囲内でもあります。
『十番勝負』はお嬢様の勝利で終わったわけだから、これでディアベラちゃんも少しは気がすんだかなーと、思っていました。
そうしたら翌日の朝、思いがけないお手紙が届いたのです。
ダックワーズ学院は、極少数の例外を除き全寮制で、私も寮生活中です。
その女子寮の、私のポストに手紙が一通入っていたのです。
――本日、午後五時。ダックワーズ学院南館、屋上にてお待ちしております。ディアベラ・パリス――
殺害予告か、果たし状か。愛の告白なら、それはそれでゴメンナサイ案件なお手紙でした。
ちなみにこちらの世界でも日本語がモリモリ通じますし、ひらがなカタカナ漢字やアルファベットもバリバリ使えるので、言語方面の苦労はしていません。
(ディアベラちゃんの、ただのイタズラ? それとも何か重大な用事がある? いっそ手紙に気付かなかったことにしちゃうか……。でもそれは仁義にもとるような……)
様々な可能性や選択肢が、浮かんでは消えました。そのせいで私は楽しいはずの昼食も、おいしく食べられませんでした。
「ルカ? どうしたの? さっきから全然食べてないけど……」
食堂で向かい側に座っていたお友達のパティに、そう言われました。
ハッと気付けばテーブルには、ほとんど手を付けていないサンドイッチとポタージュが置かれたままでした。
学院の食堂はビュッフェ形式です。私は食事を選んで持って来て、ボーっとしていたのでした。
ただの学生食堂ですが、たとえるなら、南欧の一流ホテルみたいな造りの建物です。天窓から明るい陽光が降り注ぎ、緑も美しい観葉植物と花々が飾られ、すぐ外には海の見えるお洒落なテラス。学生食堂に、ここまでの開放感は必要なのでしょうか。閉塞感より良いか。
「サンドイッチは、イマイチだった? こっちのキッシュにする? ボク、持って来てあげようか?」
「え? あー、ううん、ちょっと考え事してただけ。大丈夫ありがとう!」
心配そうに尋ねてくるパティに、私はあわてて答えてサンドイッチを頬張りました。
スペシャルな学院の食堂にしては意外とメニューが素朴と思いきや、ただの卵とハムのサンドイッチが、凄まじいクオリティです。
「ねえ、ルカ。今日の放課後、劇場に行かない? ニーズヘッグの戦いでも被害は殆ど出なかったから、予定通り新しい歌劇をやるんだって!」
私がもぐもぐしていると、パティが頬を薔薇色に染めて嬉しそうに言いました。
ところで私の目の前にいる、この一人称『ボク』のお嬢さんが。
アマンディーヌ王国の侯爵令嬢で、ゆるふわな長いフォッグブルーの髪とピーコックグリーンの瞳をした、白いお肌と豊満バストの美人さんであるなどと、誰が想像出来ましょう。おまけに六歳から王家に召抱えられてきたという、天才魔導師だったりするのです。
「んー……と、ごめん。今日はちょっと用事があるから。また今度お願い」
「あ、そうなの? うん、そっか。わかった!」
私のお断りにもパティは笑って頷き、キノコのキッシュを優雅に口へと運んでいました。
つい言ってしまった『用事』。
またしてもディアベラちゃんの、嫌がらせかもしれないとは思ったのです。でもやっぱり行くだけ行ってみないと、自分で気持ちが悪いじゃないか。
そこで私は放課後、一人で南館の屋上へ行く事にしたのでした。