第33話 ルカのはなし・ダイナミックナンパ
パリス伯爵家はいつも千客万来なので、その日の午後もお客様がいらっしゃいました。
お嬢様の私が、パステルピンクのお花があしらわれた昼用の白いドレスで応接間へ伺うと、王国の若き士官の方々が笑顔でご挨拶してくださいました。別の用件で席を外されたお父様が戻るまで、お母様とお嬢様で、おもてなしをします。
これもお勤めの一環です。
お客様は、カイ・ヴェルド様。ユシウス・セナーナ様。パーシー・キークベリー様。ルーカス・アルスト様の四名です。華やかな軍服姿のどちら様も、王国騎士団や、パリス伯爵の領地であるスフレ領の軍団に属していらっしゃるそうです。
「ディアベラ様にお目にかかれるとは、光栄です!」
「奥様と同様、噂以上のお美しさだ」
「お父上様があれだけ自慢されるのも、無理はありませんね」
「こんな愛らしいお方とお話しが出来るとは、思ってもいませんでした!」
お兄様達が可憐なお嬢様を取り囲み、口々に褒めてくださいます。誰一人として、全力で褒めちぎっている相手の中身が、伯爵家の娘でも何でもない異世界人だとは夢にも思っていない……申し訳ないです。
でも全員が初対面ですので、私の方もディアベラ様のフリを意識する必要がありません。普段よりも気楽なくらいでした。それにこれだけ褒めまくられれば楽しくなってきます。
悪くない、悪くないぞ……たまにはこんなのも悪くないかも~? なんて、のんきに考えていました。
ついでに皆さま、名門貴族のご出身というわけではありません。ディアベラちゃんのお父様である、クロード様のお陰で出世した方々です。
「パリス伯爵様、最・高!」という人達です。そんな人の愛娘ともなれば、三割増しでベタ褒めもするでしょう。
ちやほやされて、ついつい私も浮かれていました。テーマパークでコスプレでもしているみたいな気分で、可愛さを振り撒いて調子に乗ってきゃっきゃしていました。
そのため、ここでナンパされる心構えが出来ていませんでした。
「ディアベラ様のお噂はかねがね伺っておりましたが、話しで聞いていたより遥かに素晴らしい。まるで妖精のようなお方だ……」
私の手を引き、美しい長椅子まで案内してくれたのはカイ様でした。
王国の、若き騎士団長の一人です。実力を認められ、現在はスフレ領に派遣されており、今やクロードお父様のお気に入りになっていると聞いています。
鼻筋も通って眉は凛々しく、全体バランスが良いというか、かなりカッコイイ方です。くるくるした癖毛の赤みがかった金髪もよく似合う、鍛えられた長身のお兄様です。
絶世の美少女と誉れ高い伯爵令嬢の隣に腰かけて、浮かれてるのは見ればわかりましたが。
「愛しています」
(え、いきなり?)
もう少し様子を見るのかと思っていたのに、直球でぶん投げてきました。
まだお会いして二十分くらいなんですが、早くないですか……?
カイ様の頬は紅潮して、うっとりと見つめてくる碧眼が熱烈に燃え上がっていらっしゃいます。お酒は出ていないから、素面のはずです。素面で酔っ払っています。
「どうか貴女の恋の冠を、この私へ授けて頂きたいのです」
手を握って言われましたが、何言ってるのかちょっとわかんないです。
カイ様なりに、上流な伯爵令嬢へ伝わるよう工夫したエレガントアピールなのかもしれません。たぶんそうなんだろうと思っておきます。
しかしディアベラちゃんは、この国の未来の王妃様です。そこは当然知っていると思います。
(それでも構わず、正面から突撃攻勢を仕掛けてくるとは……)
(では見せてもらおうか、宮廷風恋愛の突破力とやらを……!)
なんて、ふざけている場合じゃないです。
こんな時、お嬢様がどうやって華麗にお断りするのか私は知りません。貴族様には挨拶を含めて定型文というか、様式美みたいなやり取りがあるのですが……。
「あ、あのぅ……それは一体、どういうことでしょうか?」
純真無垢なお嬢様の微笑で、時間稼ぎを試みてみました。
定型文のヒントが見つかったりするかなーと思ったんです。するとカイ様は、こちらの白い手を更に強く握り締めました。そんなに両手でガッチリ握るのは、おやめくださいませと思っている間に。
「貴女の下半身の恋の慰めを受けられないのなら生きていても仕方がありません……!」
情熱的な眼差しで何を言い出すのだ、そこの兄ちゃん。
微妙にこっちの顔に当たる鼻息もすごいし。我ながらよく吹かなかったと思います。偉いぞ私! 良くやった私!
カイ様、直球でいきたいのか遠回しにしたいのかわからないです! 宮廷恋愛と言ったら、騎士が高貴な女性に「貴女に命を捧げます」とかじゃないの!? 違ったのかそうなのか!
私が下半身の恋の慰めを重く考えすぎていただけなのか!?
それでもせめて「一曲踊っていただけませんか」程度から距離を縮める夢くらい見たかったのになー!
どっちにしろ、退場案件ですけどね! この金髪美少女の名誉と身の安全を守るのも、入れ替わっている私の義務です!
「カイ様、ご存知でしょうけれど……わたくしは畏れ多くも、王太子殿下の許婚という栄誉を頂く身。たとえお戯れでも、名誉を汚すようなことを仰られてはなりませんわ……」
口が引きつりそうになるのを隠しつつ、お諌めするのと織り交ぜてお断りしました。何でこんな会話に合わせなきゃいけないんだと思いながら、お答え申し上げました。
でもカイ様は麗しき令嬢の空色の瞳や、お人形のように愛くるしい美貌にのぼせているのか、元々頭や会話の不自由な方なのか。わかりませんが全然お話しが通じませんでした。
「いいえ! もうそのような義務で愛を縛る必要など無いのです。鳥籠に囚われた貴女の美しさは、私から理性さえも奪う。貴女さえお許しくださるなら、今すぐにでも結婚を申し込み」
「はい??」
『結婚』。
そこらのお嬢様とは違うのですよ。軽々しくプロポーズしないでくれたまえ! ……って、まず伯爵令嬢じゃなくても駄目ですね。それにディアベラちゃんは王太子殿下の婚約者だと、ついさっき申し上げたのに何故通じない……?
(……というか。うん? 『義務で愛を縛る必要などない』と、仰いましたか?)
先ほど漏れてきた言葉に気を取られているうちに、ぐんぐん距離を縮めようとしている(物理)カイ様と、じりじり逃げている私に気付いて
「カイ! 何をしているんだ!」
と、パーシー様が近付いてきました。カイ様の腕を掴んで私から引き離し、立ち上がらせます。
「申し訳ございませんディアベラ様。とんだ醜態を……!」
栗色髪をきれいに整えたパーシー様が、一足先に私へ謝ってくれました。パーシー様は王城騎士団の高級士官で、カイ様とは同期だと先ほどお聞きしました。
「ああ、ディアベラ様……! 貴女のためならば、僕は、僕はもう!」
素面の酔っ払いカイ様は悲痛な面持ちで言いながら、他のお友達お二人に左右の腕を確保され、連れて行かれました。
さようなら、いつまでもお元気でいてください、私の知らないところで。
「まことに面目次第もございません。どうかお許しを。アイツはむさ苦しい場所に長らくいたものですから……久々の宮殿の華やかさに浮かれているんです」
「ま、まぁ、そうでしたの……」
パーシー様は呆れ顔でそう言い、カイ様を一応は擁護していました。こちらもお嬢様としての冷静さを保って頷いておきました。
一体どんな世界で暮らしていたのですか、カイ様。
あんな口説き文句しか思いつかなくなる場所って、ほぼ地獄じゃないですか。カイ様が派遣されているスフレ領の辺りは、どうなってしまっているのですか。
長らく緊張状態が続き、冒険者や傭兵が集まり、みんなの夢と元気が大集合していると聞いています。でもクロード・パリス様の莫大な財力により、騎士団の皆さんは衣食住に困ること無く、現地妻も抱え、ほんの少し中央の情報から遠い場所で、幸せに暮らしていると聞いていたのに……!
ちょうどそこへ、お父様がお戻りになりました。私はお母様に促され、皆さまにご挨拶をして応接間を後にしようとしました。
「馬鹿だな……この大事な時期にクロード様に恥をかかせる気か?」
「そうだぞ。城に引きこもっているどこぞの能無しと、伯爵様は違うんだからな」
「まだ『邪神ソルト』も片付いていないんだ」
「気を緩めるなよ。手が早いのもほどほどにしろ」
去り際に、カイ様がお仲間達から叱られているのが聞こえました。
――何か、変かも……?
微妙な引っ掛かりを覚えた私は、部屋へ戻った後も考えていました。
先ほどカイ様が言ったように、王侯貴族の愛とは義務で縛られているものなのです。その必要が無いと、クロード様の部下は堂々と言いました。
カイ様は『未来の王妃様』に近付いて、自分のポジションや情報網を維持したいという感じでもなさそうでした。
そもそも今すぐ結婚しませんかなんて、軽々しい発言にもほどがあります。
彼らの一体どこに不自然を感じたのだろう? と考えてみて
――そうだ。王家に対する『畏れ』や『敬意』が感じられないんだ。
気がついた私は、この小さな引っ掛かりを放置できなかったのです。
そこでロビンちゃんに協力を仰ぎ、スフレ領の情報を集めてみました。ディアベラお嬢様は大好きなお父様のステキなお仕事ぶりと、将来自分が領主になる地域のことを知りたかっただけなんです、そうなんです!
すると……私の予想が当たってしまいました。王国騎士団でありながら、彼らの忠誠の対象は、アマンディーヌ王国のレクス王家ではなかったのです。
パリス辺境伯の、もはや私兵状態だったのでした。