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第28話 ルカのはなし・風の王太子殿下

 ナキル様手作りクッキー事件で、私はダメージを受けていました。心理的にふらふらだったのに、次なる試練が襲来しました。すぐ襲来しました。


「ディアベラ」

 建物から出て、外を歩いていた伯爵令嬢(中身はルカです)を呼び止めたのは、フューゼンの声でした。息の根が止まるかと思いました。

 聞こえた声の位置的に、彼は南館の南に面した二階大テラスにいるとわかって、その時の私は外階段の下付近にいました。


 フューゼン殿下だとわかっていたんです。でも手作りクッキー事件で、もうおなかいっぱいだったんです。失礼を承知で、思い切って聞こえないフリをしました。今はロビンちゃんもいないから、スルー出来る。ちょっと声も遠めだったし、言い訳も通じるかな~と思ったんです。

 通じませんでした。


 ヒュッと旋風が足首に絡みつき

「ぎょええええーーーーッ!?」

 と言っている間に、風に運ばれて南の二階大テラスにいる王子様のところへ回収されていました。


 私が飛ばされたそこは輝く海が広々と見渡せる、広いテラスです。他の生徒の姿は無く、貸しきり状態でした。


「すまない。声が聞こえなかったようだから、呼ばせてもらった」

 風の魔法でディアベラお嬢様を回収した黒髪の王子様は、涼しい顔して仰いました。


 彼の長い左腕に小鳥のように抱えられ、ふわんと手摺りへ座らされます。石造りの立派な手摺りへ座るなんてお行儀が宜しいか知りませんが、王子様が乗せたので良いも悪いもないです。風でスカートがめくれたらどうしてくれる……中は今日も白の透け透け総レースな紐パンなんだぞ。上にペチパン穿いてるから平気だけど。


(ハイ、逃げられないー。逃げられなくなったー。ヤバイの来たあああーーーー……!)

 という本音は全力で隠蔽しつつ

「まぁ、申し訳ございません殿下! わたくしとしたことが、殿下のお声に気付かないなんて」

 ディアベラお嬢様として、満面の笑顔でお答えしました。


『風の精霊の守護者』で、風の魔法は呪文詠唱も無しで使いたい放題のフューゼン殿下です。巨大竜巻で近付く全てを破壊したりする王子様は、相手との距離を詰めるために風の魔法を使ったのでした。でも自分が相手の方へ行くのではなく、相手を自分の方へ運ぶのです。

 フューゼン、お前そういうところホントにフューゼンだから自覚して! なんて、たとえ思っても顔には出さないよ! 笑顔キープ!


「いや、それは構わないんだが……」

 そう言う整った顔が夕暮れの斜陽に照らされて、こちらを少し覗き込んできました。手摺りに座っていて身長差が縮まった分、背の高い人の翡翠の瞳が普段より近いです。


 許嫁であるこの二人がどういう距離感だったか、ルカはあまり詳しく知りません。武術の試合でディアベラちゃんが、フューゼンと同じ色の装備を着て応援したり、催しで隣の席にいたりするのは見た覚えがあります。そこは私も引継いでコピーしています。問題なかったと思うんですけど、何かミスしたかな……。


 と、頭の中で情報を検索していた私の左手の上へ軽く手を添え


「グリオールの彼とは、親しくなったのか?」

 急にフューゼンが尋ねてきました。

 翡翠色の視線は、触れた手の方へと向けられています。先ほど私がナキル様と喋っていたのを、殿下は見ていたのでした。どこで見てたんだ。……っていうか


(うん? ……あれ? ということはもしかして、ヤキモチ焼いてたの?)

 私は心の中でびっくりしてしまいました。アマンディーヌ王国の王太子殿下は、許婚が別の男とイチャコラしていると思ったのです。それで強制的にこうして回収して、事情を聞いていると!?


 フューゼンさん、『勝利』と『自信』しか頭に入っていない野郎なのかと思っていたら、人間らしいところあるじゃないですか! 語彙力がロイヤル過ぎて何言ってるのかわからないときが多い君だけど! こんな人間くささに出会うのは、鉱石マニアな地層談義を三時間聞かされて以来ですよ! 私嬉しいよ!

 などと考えて、ついついにやけそうになるのは抑えました。


「いいえ、親しいというほどではございませんわ。留学生でいらっしゃいますから、わからないことの相談に乗っていただけでしてよ?」

 私はお嬢様らしくちょっと上目遣いで微笑み、小首を傾げて言いました。


 可愛さのベクトルは人それぞれあるでしょうけど、その一つの極北だと思います。ふわふわ金髪の美少女が、これだけ可愛さ特盛りにしているので見逃していただきたいです。それにしてもフューゼンが軽く手を握ってくるこの状態は、お嬢様が落ちないよう気を使ってくれているのか、逃がさないために何気なくホールドされているのか。

 どっちだろう……と思っているうちに


「そうだったのか」

 呟いたフューゼンの視線が、私の真正面へ戻ってきました。吸い込まれそうな翡翠色の瞳が、目の前にありました。この人の好きな鉱物コレクションの一つと同じ色で、本人がわかっていないから私が「同じ色だよ」と教えたらちょっと不思議そうな、でも満足そうに頷いていた宝石とそっくりな、鮮やかな緑色の虹彩。


「何だか、久しぶりに会った気がするな?」

 目が合って、フューゼンが微かに笑ったのです。喜怒哀楽を、あまり表に出さない人です。


――あ……許婚の前だと、こんな表情もするんだ?


 何故か嬉しいような、二の腕の辺りがくすぐったいような変な感じがしました。

 フューゼンが見つめている相手は、戦巫女のルカではありません。許婚の伯爵令嬢です。それはわかっていて知っているのに、何かを勘違いしてしまいそうでした。入れ替わりの魔法に私も知らず知らず、毒されているのかもしれません。

 とはいえ今の私は、パリス伯爵家のお嬢様なのです。任務を忘れてはダメなのです!


「あ、あら、そうですかしら?」

「君はそうでもないのか?」

 すっ呆けると、王太子殿下に尋ね返されました。そういう系の質問はしないでフューゼン!


「僕はここしばらく、君に少し避けられているのかと思っていた」

 そう言うと王子様はこちらの手を引き、手摺りからふわりと下ろしてくれました。


(わー、バレてましたー?)

 一番突かれたくない部分を指摘され、死んだ魚のような目をして笑っておきました。


 取り巻きのスカーレットたちにも、“ディアベラお嬢様に避けられてる疑惑”を向けられていたのです。フューゼンだって気付いていても、不思議でも何でもないです。彼とどこまで接近すれば良いのか不明の手探り状態なので、係わり合いもかなり引き気味だったのです。もっと積極的に、『殿下大好きアピール』をした方が良かったのでしょう。反省。


(フューゼン、心配しなくて良いよ! 本体ディアベラ様は、今日も一緒にランチ食べてましたよ!)


 許婚にヤキモチを焼いていたらしい王子様を、心の中で応援しました。ピンク髪の戦巫女ヒロインと入れ替わっているディアベラちゃんは、ほぼ守護者達とつきっきりです。ぴったり接触という意味においては、入れ替わっている現在の方が距離の近い、リアル許婚のお二人です。


 貴族って不思議だなー……とか、のんびり考えていたらですね。また話が変な方向へ進み始めたんですね。


「僕が、手紙の返事を書いていないせいかと」

「え? て、手紙……? あ、あー……」

 フューゼンに合わせて知った風に頷いておきましたけど、全然知りません。

 何だか知りませんが、伯爵令嬢ディアベラ・パリス様は、婚約者である王太子フューゼン殿下へ手紙を送っていたようです。


「知っているとは思うが、筆不精だ。二百六十四ページもあったから、読むのに少々時間もかかった」

「二百六十四ページ!? (大作ですね!)」

 腕を組んだフューゼンは淡々と語っていて、淡白ぶりに聞いてるこっちがビビります。


「そうだったろう?」

「……」

「? 大丈夫か? フレーメン現象を起こした猫みたいな顔になっているぞ」

「は! はい!? ええ、だ、大丈夫ですわ! そ……そう言えば、そういうお手紙でしたわね……!」

 フューゼンの確認でフレーメン現象の猫顔になっているのを知った私は、一番可愛く見える角度で微笑しました。


 一ページに、何文字書いてあったか知りません。でも三文字ってことはないでしょう。ディアベラちゃんのお部屋にあった便箋は、普通に書けば二百文字前後でした。いや、もうやめよう。これ以上は考えるのやめよう、私。

 思考を放棄した私の前で、麗しき王太子殿下は右手を顎の辺りに添え、考え込んでいました。


「率直に言うと……困惑していた部分もある。どういう意図か、君に直接聞きたかった。『婚約破棄しないでください』とは、どういう意味だ? 『ごめんなさい』だけで七ページ埋まっていたが、何のお詫びだ?」


 フューゼン殿下との六歳の出会いから、今に至るまでの思い出が延々と綴られた全二百六十四ページの手紙。受け取った人がフューゼンじゃなかったら、重すぎて泣いていたんじゃないでしょうか……。部外者はこんな難問に、何て答えたら良いの。難易度が高すぎるう。


「こ……心が、いっぱいになっていた時期だったんですの……」

「そんな時期があるのか?」

 無いです。私は幸福にも、無いですよ! 真面目に問い返してくれるなよ、この王子様! と言いたいのを堪えて、私は下を向きました。


 おそらくディアベラちゃんは、『悪役令嬢』とか『エンディング』とか『国外追放』とか。思うことがもりもりで、溢れる気持ちを抑えきれず手紙に書きなぐってしまったのです。しかも送り付けちゃった……。


「え、ええと……あの、ですからその手紙は、勝手を申すようですけれど、無かった事にしていただいて問題ないかと……!」

 自分なりに、何とかフォローしようとしました。しかしここまでが限界で私は両手で顔を覆ってしまいました。やたらと顔が熱くなっているのがわかります。


(何なのこの状況? どうすればいいの意味わかんないんですけどー……!?)

 だってもう、おもしろいっていうか、かなしいっていうか。


(何だろう、変に切ないな……)

 ディアベラちゃんは、つらいのだと思います。断罪されて、国外追放される未来が待っています。婚約者とは結ばれない。届かない想い。その哀しさは私も知っている。


 顔を覆って下を向き、肩を震わせている私は、泣いているみたいに見えたのでしょう。


「ディアベラ……? どうしたんだ?」

 フューゼンに声を掛けられても、すぐお返事するだけの余裕がありませんでした。


 そのうち顔を上げると、翡翠の瞳が思った以上に近くにありました。フューゼンを見て、意味もなく苦笑いしてしまいました。

 許婚のお嬢様に泣き笑いみたいな表情を見せられたフューゼンの方こそ、彼らしくもないというか、翡翠の瞳は驚いているようでした。手紙で困惑している矢先に、ごめんね!


「な、何でもありませんわ! それじゃ、御機嫌よう……!」

 全く無様なやり方で逃げ去ったディアベラお嬢様を、フューゼンは見逃してくれました。


 きっと、変な顔になっていたからだと思います。

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