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第27話 ルカのはなし・君の相談を聞かなかったことにしたい

『悪意の何者か』は、ダックワーズ学院のある、このマフィン島に潜んでいるようです。

 黒魔導師ジョシュア先生の追跡で、そこまでは判明したとのことでした。しかも恐らくは、私たちの身近な人物だというのです。


 私達の『入れ替わり事件』のとき、一番近くにいたのは、万能の執事メイドロビンちゃんです。何をするにも、最もやりやすい位置にいます。あの子が一枚噛んでいたりするの……? でもロビンちゃんが『悪意の何者か』だとしたら、先生方がとっくに押さえているでしょう。ということは、犯人は別だと思われます。


 術者が一度分解した禁呪『魂魄スピリット転換魔法カンバーション』。その『禁呪の欠片』を隠し、潜ませていた範囲は広過ぎて、追跡は他国にまで及んでいました。猛烈に規模が大きいのです。こうなると、組織的な犯行の可能性も出てくるのではないかと……。


――……まさか、国家の陰謀? クーデターとか……?


 もしそうだったら最悪です。そんな闇の深そうなお話し、異世界人の女子高生は関わりたくないよ!


 私の知る限り、魔物が増えたのを除外すればこの異世界『マカローン』に目立った飢饉や疫病、災害は起きていません。統治システム内でカバー出来る範囲です。

 大きな戦争もしていないし、内戦や紛争も無かったはず。貧富の差はあるので、問題が起こるとすればその辺と権力争いかな……。


 イェルク先生とお話しをした、次の日でした。

 考え事をしつつ、私は校舎の北館、三階の廊下を歩いていたのです。授業のことで先生に教官執務所へ呼ばれ、そこから教室へ戻る途中でした。


「……ディアベラ」

 がら空きだった背後から、低めの声に呼び止められました。悲鳴を上げそうになるのを押さえ振り向くと、そこに立っていたのは黒獅子獣人のナキル様でした。


 ディアベラお嬢様をいきなり名前呼び捨てとは、勇気があるな若殿。でも『パリスの娘』ってのも変か、じゃあしょうがないか。

 それはさておき、向こうから声をかけてくれたので、この前の『緊張緩和』は少しは功を奏したのでしょう。仲良く出来るなら嬉しいです。


「あら……何かご用かしら?」

 実戦演習のときに見かけたナキル様を思い出し、内心ビビりながらお返事すると、彼は黙って近付いてきました。


 前から思っていたけどナキル様、身長高い。百八十以上は確実です。たぶんフューゼンより高い。百九十はありそうです。武勇の一族なだけあって鍛えているのでしょう。厳ついせいで、余計に圧があります。これがかつて『貧弱な男の子』だったそうです。男子の成長期こわい。


「……あの子と、知り合いらしいな?」

「あの子……?」

 ゆっくりと窓の外を見た彼の視線の先を追うと、そこではピンク色の髪の戦巫女わたしが歩いていました。現在の中身は、悪役令嬢ディアベラちゃんです。


「ええ……あの戦巫女ヴォルディシカ様ですわね? 存じておりますわ。ど、どうかなさいまして?」

 やり過ぎなくらいに平然を装った私は、頭二つ分近く高い位置にある、綺麗な赤紫色の瞳を見上げてご用件を伺いました。


 戦巫女と伯爵令嬢のバトルは、ダックワーズ学院全校生徒の周知の事実です。そこについて語られると思ったのです。


 悪役令嬢としての訓練が、今試される! やる気満々で、どうやってエレガント且つ高慢に軽蔑しつつ見下し発言をすれば良いかと身構えていました。『やってやるああぁー!』……と気合を入れていたら、何か変な話になっていたのです。


「彼女が……この前、女生徒三人に取り囲まれて言い掛かりを付けられていた」

「え?」

 女生徒三人? 言い掛かり? 何ですか、そのショッキングだらけのお言葉……と、私は一瞬考えて「あ」と気がつきました。


 最近、取り巻きのスカーレット達が発していた、謎の『達成感』。それが原因だったのか……。彼女達としては「あの生意気な戦巫女ルカの奴、痛い目に合わせときましたぜボス!」みたいな感じだったのです。やらなくて良いよそんなの! つまんねーことやってんなよ! そんなことしてるヒマあったら自分の筋肉でも充実させてなさい!


 そして取り囲まれいじめられていた女の子を見かけたナキル様は、捨て置いたりしなかったのです。


「それを……まぁ、助けたというか」

「うそ」

「ん?」

 思わず本音の声が漏れてしまった私に、ナキル様が目を瞬かせました。


「あ! い、いえ、何でもありませんわ! そ……それで、どうなさいましたの?」

 取り繕って質問を続けると、ナキル様は彫りの深い顔立ちの中、少し眉間に皺を寄せます。灰色の髪から覗く黒い獣の耳を、指先で掻いていました。


「そうしたら……近頃、『お礼に』と言って、菓子などくれる。こちらも何か返礼をしなければならないだろうが、相手をよく知らない。わからなくてな。ディアベラは、あの子と同じクラスで、知り合いなんだろう?」

 何が良いだろうか? と、遥か頭上より、相談を持ちかけられました。


「…………」

 ナキル様の純朴的素直さに、開いた口が塞がらなくなったりしないよう、私は根性で口を閉じていました。根性論者ではありません。しかし人生には、どうしても根性が必要な瞬間がある。


 以前お話ししたとき『もし何か学院内でお困りごとなどございましたら、何なりとおっしゃって』と言ったのは私でした。留学生のナキル様は、戦巫女キリュー・ルカと伯爵令嬢ディアベラ・パリスの十番勝負とか、知らなかったのでした。失礼しました。

 でも何でよりによって私に、こんな話題を運んでいらっしゃいましたかナキル様! 天然なのですか!


「ま、まぁー……そうでしたの」

 どうにか表面上は平静を保ち、伯爵家のお嬢様としてお返事だけしました。


「な、何を渡されたんですの?」

「この前渡されたのは、手作りのクッキーだった」

(そこは手作りパンじゃないんだ……?)

 どうやらアイシングでデコレーションされた、型抜きクッキーだったようです。そんな話しを聞かされた私は、複合的理由で口から魂が抜けそうになります。


 何でクッキーなんだよ! パンじゃないの!? パン屋さんになるんじゃなかったの!? と、叫びたい衝動は問題と関係ないので押し込めました。こういう場合にクッキーは定番なんでしょう、きっと!


 えーと、ところでですね? よそ見しているナキル様が、ちょっとだけ顔が赤いというか、明らかに照れているのです。尻尾がそわそわしていて気恥ずかしそうです。外見は厳ついけど、この人は朴訥な青年のようです。


(これは、もしや……『ヒロインへの好感度が上がっている』っていう状態ですか?)

 ひっそり様子を伺いつつ、そう思い至りました。


 乙女ゲームの『隠しルート』。そのエンディングへ到着するためには、攻略対象全員の好感度を上げなければなりません。二周目から攻略対象の一人になるナキル様の好感度アップも、必要なんだと思います。でも何か、プレゼントとか、お礼とか、全体の雰囲気とか。まだ接触して短期間なのに、ナキル様への対応が他の人より濃い。

 たぶんヒロインはナキル様の好感度アップを…………やり過ぎている。


(やめてよディアベラちゃん! 戻ってから私にどうしろと!?)

(いくら『隠しルート』へ辿り着くためとはいえ、ヒロイン行為はその辺で止めて!)


 悪役令嬢ポジションの私は脳内大混乱です。ナキル様を見上げ、数秒ボケーッとしていました。輝く蜂蜜色の髪をした小柄な伯爵令嬢と、硬そうな灰色の髪をした黒獅子族の若様が、廊下で見つめ合う図式になっていました。


「……ディアベラ?」

 ナキル様から声を掛けられなければ、まだ五秒くらいそのままだったと思います。


「うはっ! あ、あら、ごめんあそばせ! そ、そうですわね、お菓子にはお菓子でお返しするくらいが、宜しいかと思いますわ。あの戦巫女様でしたら、異世界人ですし、たとえばキャンディですとか。そんな庶民向けの品が宜しいんじゃございませんこと?」


 悪役なディアベラちゃんの立場を思い出し、くすっとそれっぽく小悪魔な微笑を浮かべてお答えしておきました。

 これが貴族令嬢としての模範回答かどうかは知りません。だけどここで重いものを貰っちゃうと、入れ替わり解消した後のフォローが大変です、私が!


 まだナキル様は何となく不審そうでしたけれど、納得してくれました。自分的に最も無難な対応を置いて、私はダッシュで退散しました。

 この頃……逃げてばっかりだな私。

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