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第01話 ルカのはなし・ディアベラちゃんはなぜ面倒くさいのか? 身近な疑問からはじめる悪役学

 目の前にあるのは、黄金の曲線も優雅な白い鏡台。曇り一つないその大きな鏡には、可愛い女の子が映っています。


 肩の上で揺れる、ふわふわのフレンチカールは輝くような蜂蜜色。意志の強そうな、ぱっちりした目。瞳の色は澄み切った空色で、お人形さんみたいな顔の輪郭。形良くとがった、小さな鼻。サクランボ色の、瑞々しく愛らしい唇。肌は陶器のように滑らかな乳白色。すらりとした首に、細長い手足と華奢なウエストはバレリーナのようで、抱き締めたら折れてしまいそう。


 背丈は小柄で、少々お胸がさびしいと言えばそうかもしれませんが、これが良いか悪いかは、本人を含めた個人の好みによるでしょう。


「うーーーーん……可愛い」


 鏡の中の美少女に顔を近づけ、鏡台の前で私はしみじみ呟いてしまいます。

 右斜め。左斜め。上目遣い。鏡へ背中を向けて、肩越しに振り返ってポーズ。

 どの角度もパーフェクトだ。


「よーし、今日も全方位的に可愛いぞ!」

 開き直り気味に叫んで拳を上へ突き上げました。が、「あ、むなしい……」と呟いてやめました。


 もうすぐ登校時間なのに、鏡にかじりついている様は、完全にナルシスト。

 しかし私は自惚れているのではありません。

 鏡に映っている私は、“私”ではないからです。

 このラブリーなお顔と全身を、こんなにじっくり見た事がありませんでした。視界に入れないようにしていたというのが実情でしょうか。


 この顔の『元の持ち主』さんは、今まで基本的に私に対してケンカ腰だったのです。澄み切った空色の瞳に怒りを燃やし、いつも眦はつり上がっていました。サクランボ色の唇は天使のようなソプラノボイスで、裏に表に、まぁまぁな罵倒を吐いてくれていたのです。


「ディアベラちゃん、自然にしてれば可愛いのになぁ……」

 もったいない。

 在学している『ダックワーズ学院』の制服。その胸のリボンを整えながら、溜息と共に独り言が零れました。もしこんなことを言ったら、ご本人様には「余計なお世話ですわ!」と怒鳴られそうです。


 開いた窓から爽やかな朝のそよ風が流れ込んできて、カーテンの白いレースを揺らしていました。

 空はこんなに青いのに。何がどうしてこうなった……と、一人でまた小さく溜息が洩れました。


 この子の名前は『ディアベラ・パリス』。

 アマンディーヌ王国、屈指の有力貴族にしてスフレ辺境伯、パリス伯爵家の一人娘。


 ご覧のとおり、容姿端麗な絶世の美少女。貴族の子女が憧れる名門ダックワーズ学院に幼い頃から通う、高学歴のお嬢様。世界各国のエリート達がごろごろ居並ぶその中で、魔法や剣術の成績は常にトップクラスのお利口さん。実家は泣く子も黙ってひれ伏す、大金持ち。

 しかも王太子殿下の婚約者で、“私”とはクラスメイトの級友です。


 そして現在、ディアベラちゃんになっている“私”の名前は、『桐生きりゅう瑠花るか』。


 同じく学院へ通う、十七歳。

 日本で女子高生としての生活が始まるや否や、この異世界『マカローン』へ召喚された一庶民です。

 人生に、こんなスペクタクルいらない。


 お父さん、高校に行かせてくれたのに無断で中退して行方不明になってごめんなさい。

 お母さん、受験のために塾の送迎したりお弁当作って応援してくれたのにごめんなさい。

 お兄ちゃんたち、入学祝に自転車買ってくれたけど殆ど乗らないで終わっちゃってごめんなさい。

 受験勉強も無駄になったな……等など、召喚された当時に少しだけ思いましたが、少しだけです。


 一年前まで、私はただの女子高生でした。

 それが異世界で語り継がれてきた、伝説の『戦巫女ヴォルディシカ』となってしまいました。これだけでもアメージングだというのに。


 しかも只今、ちょっとした事件的事故で、ディアベラちゃんと中身が入れ替わってしまっているっていう……そう、中身が。

『魂魄』が入れ替わっている状態です。


 再び目の前の鏡を見れば、そこにいるのは自分とは別人の金髪美少女。学院の制服も今まで私はへたすると、上着無しのブラウスだけでゆるゆるだったのですが、お嬢様はきっちり着こなさなければなりません。動き辛いなー。


 白くて柔らかなほっぺたを両手でぷにぷにして弾力を味わった私は


「くそう……せっかく慣れてきたとこだったのに……」


 輝くプラチナブロンドの前髪をいじり、呟きました。

 愚痴の一つも言いたくなります。甘い香りのする綿菓子みたいなふわふわの髪は、妖精さんみたいで可愛いのです。可愛いんだけど!


 元の私の髪はこちらへ召喚されてから、何故かピンク色に変わってしまいました。瞳の色も、うさぎさんみたいな赤色になりました。一年かけて、目や感覚を慣らしてきた、そこで今度は目も眩む金の髪です。

 またこの蛍光色に慣れるステージから始めなければならないって何なの……。


 指で金の毛先を撮んでから離すと、艶やかな巻き毛がぽよんと跳ねました。


「ディアベラお嬢様。馬車のお支度が整いました」

「ええ、今行くわ」


 専属のメイドちゃんが呼びに来て、私は『伯爵家のディアベラお嬢様』として立ち上がります。

 学院指定の外套である濃紺の長衣をまとい、白とピンクで彩られたロココ調なお部屋を出ました。

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