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第26話 ルカのはなし・経過観察

――変えられない運命なら、悲劇の前を繰り返せばいい――



**



「さて……どうしたんだい?」

 木の椅子へ腰掛けたイェルク先生が、普段と変わらない優しい口調で話し始めました。


(……? 何だったっけ?)


 一瞬だけ白昼夢を見ていたというか、何か別の事に気を取られていた私は、正気にかえります。

 きょとんとして、考え込んでしまいました。


 そうだ、思い出した。体調不良を理由に私は保健室、正式名称を白魔法工房へ向かったのです。保健室までは、ロビンちゃんに付き添ってもらいました。そして保健室で休む旨を実戦演習の先生達へ伝えるよう指示し、ロビンちゃんを退出させたのです。実戦演習は怪我も事故も当たり前なので、白魔法の先生方は殆どが出払っていました。


「あの、先生……私の、例のアレについてなんですけど……」

 そこまで私が言いかけると、白魔法工房に残っていたイェルク先生の中性的な顔が微笑みました。

「じゃあ、ちょっとこちらで聞こうか?」

 というわけで、結界の常設された別の部屋へと案内されてここにいるのです。


 見た目は普通の部屋ですけれど窓は無く、壁にも天井にも結界が施されている特殊な部屋です。頑強な結界で隔てられた、外部と遮断された魔力マナの無菌空間です。


 ここなら何を喋っても大丈夫。そう思うと緊張が解けました。思い返すとあの日以来、ほぼ絶え間なく緊張していたかもしれません。

 私は膝の上で両手を握りしめて


「その、私の病気というか……入れ替わりって、何がどこまでわかったんでしょうか? 『魂魄転換魔法』でしたよね。急に……経過が気になってしまったんです」

 現在一番知りたい点について、先生にお尋ねしました。白魔導師イェルク先生は、若干浮かない表情になりました。


「うん、ジョシュアの調べでだいぶ進んではいるよ。今日や明日に解除してあげられるとは約束できないけれど、近付いてはいるんだ。判明したら真っ先に君たちに、『精神感応テレパス』で伝えるよ。でも予想以上に範囲が広くてね。洗い出しに時間が掛かっているんだ」


 黒魔導師ジョシュア先生の極秘調査により、追跡と解析は続行されているそうです。しかしまだ解決とはいかないということです。黒魔法の変態様、ジョシュア先生が追いつけないとなったら、もう誰がやっても無理じゃないのか……と、気分が薄暗くなってきました。


「急に気になったからには、何かあったのかい?」

 こちらの様子を見て、最高位の白魔導師先生が、にこっと微笑みました。

 首の傾げ方やゆるく結んだ緑色の髪も相まって、女より女らしいというこれは褒め言葉です。歌舞伎の女形の人みたいな感じに近いでしょうか。この方は天然自然で、こうなのです。


「えーと、何かというか、何というか……」

 改めて考えるといっぱいあって、私は椅子の上で俯いて困ってしまいました。


 今日のアイザックの指摘や、ナキル様の態度だけではありません。以前には、セトやマキアムやフューゼンとも、スリリングなやり取りがありました。先日あった魔法の授業特別枠のときには、守護者仲間たちとキャッキャしている戦巫女ディアベラちゃんを、パティがじーっと見つめていました。今日のナキル様のように。


 他にも、非常に気になっていた一件があります。


「この前……通りすがりに守護者の四人が、話しているのが聞こえたんです」

「ああ、フューゼン殿下達だね? 何て?」

 私が先生に打ち明けたのは、学院内にある売店という名の『商館』で、買物をしていたときのお話しです。


 商館は二階建てで、瀟洒な煉瓦造りの建物です。そこに新しい魔法雑貨が入ったと聞き、私は取り巻き三人娘ちゃんたちと、品揃えを見に行ったのでした。お嬢様はトレンドにも逸早く反応しなければならないのです。


 そうしたら偶然、守護者の四人も戦闘用の魔法装身具アクセサリを選びに来ていました。特殊な魔法の篭められた指輪や首飾りを装備すると、防御力や攻撃力が上がったり、状態異常を防いでくれるのです。


 王太子殿下のフューゼンがいる以上、ご挨拶をしなければ義務違反です。そう考えた私は、心の準備を整えつつ彼らに近付いたのでした。角度的に死角になって、向こうから見えなかったのだけは幸いだったでしょう。


「そこで、みんなが『最近、何かちょっとルカが変じゃないか?』って、話しているのが聞こえて」

「……そうか。そうだろうね」


 イェルク先生、納得しないで。諦めた表情しないで。少し笑っちゃってるじゃないですか、笑い事じゃないんですよ! 整えた心の準備が崩壊して、挨拶する気も失せて回れ右して帰った私の身にもなってください。あの時に喋っていたのは、またしても無神経なアイザックだったと思います。あのわんこ……!


「まだバレてはいないんです! 死んでないし! でも皆もパティも、鋭いんです! 思ってもいない方向から刺されるかもしれないんです! 誤魔化し続けるのにも限界があるじゃないですかッ!!」

「お、落ち着いて……気持ちはわかるよ。でも、もう少しだけ我慢してくれ。辛い思いをさせて、すまないと思っているよ」

 身を乗り出した私の肩へそっと手を置き、イェルク先生は再び生徒を椅子へ座らせました。


「うん……『隠蔽カンシール』の魔法に異常はないね。マナが干渉した痕跡も無い。つまり君たちの『入れ替わり』は、誰にも気付かれていないということだ。大丈夫だよ」

 声だけは男性的な優しい響きと共に、長い指の手が私の手にぽんぽんと触れて、離れていきます。

 一瞬触れたそれだけで、暴れていた不安感が消えました。奇跡の癒し手、と呼ばれるだけあります。魔法も何も使わなくても、こんな真似が出来るのは、このイェルク先生だけだそうです。


「はあ……わかりました」

 ディアベラお嬢様に相応しくない間抜けな口調で答えて、私はすとんと落ち着きました。気が抜けた反動か集中が切れて、ぼんやりしてしまいます。


(そういえば、イェルク先生も攻略対象だったっけ?)

 と、しょうもないことを思い出しました。完全に忘れていましたが、『乙女ゲーム』は恋愛がメインのゲームです。その真っ只中にいるのに、そちら方面への気配りや意識が全く足りなかった自分を再確認することとなりました。


 乙女ゲームってむずかしいですね。恋愛映画とか観るのは好きなんだけどと、薄い溜息まじりに考えました。そんな私を緑色の前髪の向こうから見つめ、濃紺色の瞳のイェルク先生が穏やかに言ったのです。


「また不安を感じたり相談したいことがあったら、いつでも来てくれて構わないよ。僕は大体ここにいる。何なら、保健室へ来る理由もこちらで説明してあげるから、心配しないでね。そしてもし……何か少しでも、違和感や気付いたことがあれば、それも報告してほしい」

 その言葉には、微妙なニュアンスがありました。


「え? 気付いたこと……ですか?」

 私が首を傾げると、先生は一度口をつぐんだ後。


「残念だけど……『悪意の何者か』は、君たちと近い位置にいる人物のようなんだ」

 常に癒しの雰囲気を纏う白魔導師の先生は、声を落としてそう告げました。

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