第25話 ルカのはなし・火の犬獣人剣士
ダックワーズ学院の授業には、実戦演習というものがあります。
魔法で作られた魔物と戦う模擬戦闘の授業なのですが、結構本格的です。本物の武器防具を揃え、屋外の特別な魔法陣の中で戦います。学院の生徒は全員参加で、パーティーを組んだり単独だったり、形式は日によって違います。生徒たちの習得レベルに合わせて、魔物もゴブリンからドラゴンまで色々と登場します。
『ディアベラお嬢様』となっている私が今日戦った魔物は、全身白い毛でモッサリ覆われた、身長四メートルくらいの巨大なオーガでした。かなり上級な相手ですが、特に手こずることもありません。
何故なら見た目は小柄で、お人形のように華奢な金髪美少女だけど、戦闘実技においても実は大変成績優秀なディアベラ様なのです。
「劫火纏いし竜!」
火炎の魔法二発を食らわせ、爆破と熱で敵がひるんだところへ切り込み胴斬り一撃で撃破。
「ディアベラ様ステキ!」
「さすがですわ! 憧れちゃう!」
「何をなさっても絵になりますわね!」
クラスの皆さま、伯爵令嬢の華麗な戦いに拍手喝采してくださいました。取り巻き三人娘ちゃん達も、極自然にその中に混ざっています。
この前ゾフィーが持ってきた、“ディアベラお嬢様に避けられている疑惑”。
あれ以降、進展はありません。というより、彼女達とは別に気まずくなることもありません。それどころかここ数日、三人からすごく『解決した感』が出ているのです。達成感と言うか。何故かわからないけど平常運転に戻ったみたいなので、それなら良いかと思っていました。
(よしよし、無事に『悪役令嬢』の試練クリアー)
ほくそ笑み、無事にオーガを倒したお嬢様の私が、細身の剣を片手に休憩場所へ行こうとしたときでした。
「ディアベラ……お前、何かあったのか?」
通り過ぎざま、とある男子生徒から声をかけられました。
口から出そうなほど心臓が飛び上がり、足の固まった私が見た木陰には『守護者』の一人がいました。
「動きがぎこちねぇぞ? どっか悪いのか?」
『火の精霊サラマンダー』の加護を受ける、犬耳獣人の剣士が、黒い瞳でこちらを見ていました。
燃えるような赤い髪と、三角の大きな獣の耳は赤茶色。ふさふさの長い尻尾も赤茶色。恵まれた体格は鍛え抜かれ、顔立ちも爽やかで精悍な青年。でもやんちゃそうな表情が、何となくわんこっぽい獣人の彼は、『アイザック・バステタ』。
守護者の中で彼だけは王侯貴族系の出身ではなく、いわば庶民です。剣の武者修行ためアマンディーヌ王国へ流れてきた、流浪の剣士です。武器は身長と同じくらいの大剣です。
四大精霊の守護者を探していた戦巫女が道端で逆ナンパして、学院へ入学したという経歴があります。年齢は私より一つ上ですが、そういう事情で同学年です。
その卓越した戦闘センスと剣の才能と、たゆまぬ努力で、既に『剣聖』とまで言われる腕前の人です。魔法は苦手だそうですけれど、物理攻撃だけなら最強クラスの、鬼の強さを誇ります。
そういう彼は伯爵令嬢が剣を振る姿を見て、一目で何か違和感を嗅ぎ取ってしまったのでしょう。あんなに皆さんが『ディアベラお嬢様』を褒めていたんだから、黙っておいてくれていいのよ……。
「そ、そうかしら? 普通にやっていたつもりですわ」
身に覚えがありませんわ! という澄まし顔で返事をする私の背中と首筋を、冷や汗がダラダラ流れまくっていました。
(気付かなくて良い! 気付かなくて良いんだぞお、アイザック……!)
せっかく汗を拭いた後だったのに、何してくれる!
彼の違和感には、私も心当たりがあります。
魂魄が入れ替わってしまっているから、今までのように身体が動かないのです。武器のリーチや体重移動の感触が違います。戦闘という咄嗟の身体感覚が優先される状況だと、特に違和感が強いのです。おまけに私が主に使ってきた武器は、槍でした。色々使って、『神槍ディルムン』に落ち着いたのです。
それが、今は剣です。ディアベラちゃん愛用の『ヴィーナス』という、細身で優美な諸刃の剣です。特殊な魔法がかけられていて威力も高く、使い心地も悪くありません。超高級品で、お値段は平均的一般庶民の家なら三軒は買えるとかどうとか……。
密かに練習を重ねて、使い慣れたはずでした。ディアベラちゃん特有の、華やかで舞うが如き剣術もコピーしてきたのです。
でも
「ふーん? 何か……ルカの剣筋と似てたからさ。どうしたのかと思って」
陽気でお喋りで、裏表の無いアイザックは、真っ正直に言ってくれました。
アイザックのくせに! 天然おバカなのに! 甘いものばっかり食べてるくせに! 守護者としてスカウトしたとき「お菓子あげるから」って言ったらついてきたくらい、ウッカリさんなのにッ!!
(何でそういうの一発で見抜くかな……!?)
駆け抜けたショックで、危うく手に持った剣を落とすかと思いました。
ええ、似てるでしょう。わかりますよ。どうせ中身は本人ですよ! 大根役者で悪かったなバカ―! そういえばこの前貸した五百ゴールドまだ返してもらってない! 忘れてないんだからねー!
「い……一応、あれでも戦巫女ですものっ。わたくしは認めていませんけど、少しくらいは剣を参考にしてみようかと思っただけですわ!」
ふん! と、いかにも不機嫌顔でそっぽを向き、蜂蜜色のふわふわ金髪を払った私は、速足でその場から離脱しました。
しばらくしてそろっと振り返ると、もうアイザックは見えませんでした。生徒がたくさんいるので、視線から逃れるのもそれほど難しくはなかったようです。
(あー……危なかったー……)
ホッとするのと同時に気が抜けて、俯き加減でよろよろ進んでいくと、今度は目の前に一際デカイ人がいてぶつかりそうになりました。「おふ」と声が出て、障害物かと見上げたらそれはナキル様でした。「お久しぶりです」なんて、声はかけません。ナキル様は何かに集中している顔だったのです。人だかりが出来ていて、彼の視線はその中央へ向けられていました。
小柄なお嬢様の身では、中心部に何があるのか見えません。
どうにか人の隙間から伺うと、そこで神槍を振るって青い小型のドラゴンと戦っていたのは、戦巫女でした。
無表情なナキル様の赤紫色の瞳が、じいーっとそれを見ているのです。それとこれとを確認した私は、再び冷や汗がふきだして後ずさりました。
――まるで別人だ。
以前、ナキル様に言われた言葉が思い出されます。
(や……や、ヤバイ? ……マズイかも? もしかして何か察しちゃってる……?)
アイザックが、私の剣を見ただけで異常を嗅ぎつけたのです。ナキル様も『戦巫女』を見て、何か感じるところがあるのではと思ったのです。私は隠しているつもりだし努力してるけど、ちょこちょこミスも出ています。もしやこれはバレるのも時間の問題なのでは……。
そんなことを考え、ナキル様に気付かれる前に再び現場を撤退しながら、私は一人でがくがく震え上がっていました。
「お嬢様、お見事な戦いでございました!」
そこへロビンちゃんが新しいタオルを持ってきました。毎度ナイスなタイミングで現れるな、君は。
「ろ、ロビン……ちょ、ちょっと気分が優れないから、保健室へ行きたいわ」
万能の執事ちゃんにそう言って、私は生徒達の雑踏を抜け出し、保健室へ向かいました。




