第24話 ルカのはなし・ご質問はうさぎですか?
悪役令嬢の『日課』である『邪なる神ソルト』へのお祈りは、放課後に行っています。入れ替わる前からそうだったので、引継いだ私も放課後に学院内の神殿へ行っています。
ダックワーズ学院で最も古い建物である神殿は、白い大理石の円柱が立ち並ぶ壮麗な外観の建物です。
その日、ロビンちゃんを従えた私が神殿の前まで来ると、これまで見かけなかった人がいました。
――ん? あれは……?
私が気付くと向こうも顔を上げ、鞄を抱えて近付いてきます。
背中まで届くクリームホワイトの巻き毛に、菫色の瞳。ビロードのような白い毛で覆われた長くて大きな兎耳の女の子。ディアベラちゃん取り巻き三人娘の一人、ゾフィーです。彼女が神殿に用事があってここにいたのではなく、『ディアベラお嬢様』に用事があるのだというのは雰囲気でわかりました。
「何か、ご用かしら?」
立ち止まり、出来るだけ上目線で私が尋ねると、目が合ったゾフィーは「ええと」と、何か口ごもっていました。
華やかなお嬢様に偽装していますが、実はかなり内気なお嬢さんなのです。
兎獣人の小国プディング国、女王の娘で第七王女のゾフィーちゃん。『ディアベラお嬢様の取り巻き』ですので、ダックワーズ学院内では一目置かれる最上位クラスです。しかしお嬢様グループ内では事情が違います。
常に潤んでいるような大きな瞳に、小さな鼻と口という愛らしい顔立ちで、メイクしてお洒落して、がんばってお喋りに参加しています。エロネタに必死でくらいついてくる姿は涙ぐましいほどです。アニスがエロネタ大好きで、三分に一回くらいぶち込んでくるのです。たぶんお勉強し過ぎたんでしょう。
私とスカーレットは適当に聞き流しますが、毎度ゾフィーはエロネタと正面衝突しているのです。
でも、そうまでして必死で仲間に入れてもらっても、所詮ゾフィーはディアベラ様の『褒め要員』です。伯爵令嬢を全力でリスペクトし、最大限に敬い、途切れることなく称賛の言葉を投げ掛け続けるという根気のいるお仕事担当です。それでようやく、ポジションを維持しているのが実情です。
そして一番気弱な子ですが、お胸はグループ内で随一のボリュームであります。それがまたアニスのエロネタ心を躍らせてしまうのです。アニスやめなさい。
取り巻きの中では最下位の彼女ですから、ディアベラお嬢様の私と、二人だけで話したことなんて今までありませんでした。背後にひっそりロビンちゃんがいるけど、細かい部分は省きます。
様子を伺っていると、落ち着かない様子でゾフィーは話し始めました。
「あ、あの……気のせいでしたら、ご気分を悪くなさらないでね? その……何だか近頃、ディアベラ様が、あまりお話しをしてくださらないというか。ちょっとだけ、避けられているのかしら? なんて、そんな気がしたものですから。勘違いだったら本当にごめんなさい。ただ、どうなさったのかと気になったものですから」
私はそれを聞き、先日の教室で三人娘ちゃんが話し合っていた『誤解』と照らし合わせて、理解しました。
――あー、そういう……?
取り巻き三人娘たちは、近頃何となく様子が違うディアベラお嬢様の真意を測りかねていたのです。ゾフィーは他の二人に「伯爵令嬢の本音を探って来て」と言われて、ここで待っていたのでしょう。
腕を組んで、私は少し考えました。
友達に言われて断われず、押し出されてきた気弱なゾフィーに、罪というほどの罪はありません。「誤解ですわ、何でもないんですのよ!」と言っておくのが良いかもしれないとも思いました。そんな種類の優しさもあります。実際に何も知らなければ、私もそう言っていた気がします。
しかし私の方こそすでに、彼女達の『本音』を知っているのです。
教室の前で聞いたあれは戦巫女への発言でなく、伯爵令嬢への言葉です。関係無いと言えばその通りです。でも無難でインテリジェンスな最適を選ぶのを、己に良しとしたくありませんでした。私も自然感情を持つ人間ですので、与えられた役割に徹するのも限度というものがあってだな?
前の世界の学校で習ったハンムラビ法典にも、『目には目を、歯には歯を』という文言がありました。『やられたらやり返せ、ただし適量で』という意味です。違ったらすみません、ハンムラビ王。
「あらあら? わたくしは何も変わりなんてございませんわ。でも……もしかすると知らないうちに、皆さまを『離れてくださってちょうどいい』ですとか、『監視されてるみたいだった』といったようなお気持ちに、させてしまっていたのかもしれませんわね? ごめんあそばせ、どうぞお気になさらず、お楽になさって? せっかく『自由になれた』んでしょう?」
悪役令嬢の笑顔と口調で、ぶちまけました。
聞くなり、ゾフィーの顔はさあっと赤くなり、すぐに菫色の瞳は下を向いてしまったのです。あのときの教室の内緒話を聞かれていたのも含めて、意味がわかったのでしょう。
やがてゾフィーは下唇を噛み締めて、三秒の沈黙の後。
「わ……私は、ディアベラ様と仲良くなりたかっただけで……!」
ちょっと涙声になりながら言いました。が、彼女の性格的に、そこまでが限界だったのだと思います。鞄を胸に抱き、自分の主張も言い終わらないまま横を通り過ぎて走って行ってしまいました。
一生懸命グループ内にいたのは、ディアベラちゃんと仲良くなりたかったからなのか、ゾフィーちゃん。
「それならそうと、言えばいいのに……」
走り去っていくゾフィーの後姿に、私は呟きました。
お友達になりたいと主張も出来ず、一方で時にはディアベラ様への悪口にも乗っかり、信頼関係は築けないまま『褒め要員』のポジションになっちゃうとか、誰も幸せにならないじゃないですか。
(でもまぁ、相手があの『伯爵令嬢ディアベラ・パリス』ちゃんだからなぁ……)
多少の同情と共に、そうも思いました。
身分、資産、容姿、家柄、学校の成績から将来の予定まで、ハイグレードな伯爵令嬢ディアベラちゃんです。たとえゾフィーが憧れたりお友達になりたかったとしても、比較してしまったり、遠慮してしまったり。時には周囲の目線が気になったとも考えられます。
ディアベラお嬢様から、『取り巻き』以上の存在としては、認識してもらえなかったのかもしれません。
それを今改めて思うと、お嬢様自らにガンガン声をかけてもらっていた戦巫女の私は、きっと恵まれていたのですね、嬉しいー。
今回ゾフィーが「ディアベラ様と仲良くなりたかった」と発言していた件については、とりあえず後でメモに書いて『悪役令嬢ノート』に挟んでおきました。
忘れるところでした。邪神は今日も来ませんでした。