第23話 ルカのはなし・瀕死!! ディアベラちゃん
ところで、『邪なる神ソルト』が来ません。全然来ません。神殿へ悪役令嬢をスカウトに来るという話なのに。スカウトを断わるのが私の主要任務の一つなのに。こんなに熱烈に待っているのに、邪神は来ない……。
だんだん心配になってきた私は、ベテラン悪役令嬢ご本人に、確認してみる事にしました。
設備が充実しているダックワーズ学院には、博物館もあります。研究用に集められた標本から、卒業生に寄贈された考古学的な文物まで、幅広く収蔵されています。
講義でも使われる博物館で、その日の最後の授業が終わった後でした。例によって例の如く、周囲の人を追い払った私はディアベラちゃんに“邪神からスカウトが来ないけど大丈夫なのかの件”について尋ねました。
「来ますわよ。貴女のお祈りの気合が足りないんじゃなくって?」
古代竜の骨格標本の前で、戦巫女の姿のディアベラちゃんには、煙たそうに返されました。興味なさそうです……わかる、わかるよ。びしびし伝わってくるよ……と、ガックリしていたら
「もうよろしいかしら? わたくしこれから、みんなと感謝祭パーティーのドレスを見立てに行くんですの」
「え? 感謝祭の?」
「そうよ」
気もそぞろといった感じでディアベラちゃんは時計を見つつ、帰ろうとします。
『感謝祭』という、文化祭みたいなものがあるのです。舞踏会だかダンスパーティーだかもあるので、生徒たちはその準備に余念がありません。ディアベラお嬢様の私は、ドレスも準備もお屋敷の人にお任せ。ダンスの最初の相手も、許婚のフューゼンで決定です。心配なのはダンスくらいで。練習、しないとな……。
「みんなって、守護者の四人ですか?」
「ええ、何か悪いかしら?」
ふふん、と、戦巫女の赤い瞳が上から見下ろして仰いました。守護者の四人と、お出掛けの予定が入っているそうです。
『ドレスの見立て』と聞いて、私はちょっと考えてしまいました。フューゼンは、どこへ行こうとマイペース。マキアムもお洒落が好きだから、問題なさそう。セトなんかは器用なので、たとえ興味なくても、うまく褒めたりしてくれる人です。ただ、アイザックは嫌がらないかな……と、少し気になりました。庶民派で剣士の彼はお出掛けは好きだけど、女の子の服装をよく知らないし、まずフォーマルな場所は苦手だったような……。
そして、それ以上に、私が気掛かりなのは。
「あのー、そういうの、今までパティに頼んでいたんですが」
「仕方ありませんでしょ。向こうが避けるんですもの」
パティが盛大にスルーされている点も気がかりでお尋ねすると、ディアベラちゃんはぷいと顔を逸らしてしまいます。
貴族的社交について無知な異世界人が、これまで絶大なご支援を頂いてきた、侯爵令嬢パトリシア様だというのに……。
(ホントかなぁ? 声もかけてないんじゃないの……?)
パティが存在を忘れられ、一人とぼとぼ歩いていた姿が脳内で再生されました。すると
「そんなに気にしなくても平気ですわよ。あの子は乙女ゲームの『案内役』なだけですわ」
「ガイド?」
お嬢様に言われました。
首を傾げる『金髪美少女』な私に、『ピンク髪の戦巫女』な伯爵令嬢は頷きます。
「パティは、ヒロインにゲームの説明をしたり、手伝いをする役回りなだけよ。そうだったでしょう?」
「あ……た、たしかに……!」
非常に納得できる回答をいただいて、私もこくこく頷きました。
パティは乙女ゲーム内で、そういう役回りだったのです。だから私がみんなに避けられていても、パティだけは声をかけてくれたのです。あの侯爵令嬢も、『案内役』という、ある意味珍しい星の下に生まれていたのでした。
(じゃあ、パティが初めて声をかけてくれたあの時に私が何と答えていようと、『友達になる』という結果は変わらなかったっていう……?)
そんなこんなを一人考えていると、腰に手を当てふんぞり返った中身お嬢様の自分から、続けて注意とお断りがありました。
「それに言っておきますけど、今回のドレス選びも『戦巫女』の役目の一つなんですのよ? 『隠しルート』攻略のためには、攻略対象の好感度を最大限上げなきゃいけないの。ヒロインとして、正しく振る舞っているだけですわ」
「ま、マジですか!?」
驚愕で思わず叫びました。
あれもこれも、戦巫女の任務完遂のためだったのですか! あれで好感度が上がるのか! 世の中わからないことだらけだな!
……と、『隠しルート』の言葉で、私はもう一つの懸案を思い出したのです。
「あ、そうだ。『隠しルート』って言えば……このエンディングの後、ロビンちゃんどうするつもりだったんですか? 死んじゃうかもしれないんでしょ?」
今にも立ち去りそうなディアベラちゃんを捕まえて尋ねました。
ヒロインの攻略対象に選ばれなければ死あるのみという、無茶な運命の万能の執事ロビンちゃんの行く末も心配だったのです。
「まさかの放置……?」
「失礼ね! 最後の戦いが始まる前に、あの子は解雇しようと思っていましたわよ!」
私からの疑惑の眼差しに、振り向いたディアベラちゃんは憤慨した表情で言い返してきました。お嬢様なりに、幼馴染でもある執事の救済策は考えていたようです。
わああ、良かったー! ……っていうほど良いのでしょうか。これで良いのでしょうか。
「か、解雇? 解雇しちゃって、大丈夫なんですか?」
「わかりませんわ。それでも、お屋敷に置いておくよりは良さそうですもの。関係者でいるよりはね」
腕を組んだディアベラちゃんは赤い目を伏せ、少し物憂げな表情になって言います。
パリス伯爵家と無関係なポジションにいれば、断罪や国外追放の被害は蒙らないかもしれません。だとしてもロビンちゃん、解雇のショックで死んだりしないかな……。
「そういえば……ついでに聞いちゃいますけど。私、『ルカ』としてはロビンちゃんと喋ったことないんですよ。好感度を上げた覚えもないんですが、その辺て問題ないんですか?」
これまで不思議で仕方なかった点についても、お伺いしてみました。
『攻略対象』の中で、ヒロインである私と接触していなかったロビンちゃんです。好感度の上がりようがなかったのではと、ずっと疑問だったのです。この前もロビンちゃんは、すごいジト目でヒロイン(中身は伯爵令嬢)の方を見ていたような……。
しかしお嬢様が言うには、直接親しくするばかりが好感度の上げ方ではなかったのです。
「何よ、そんなこと? たとえ貴女に自覚が無くても、『隠しルート』はほぼ確定状態になっていますわ。ロビンの好感度も上がっている証拠よ。それにあの子、根が暗くて傷付きやすいから……。『ロビンを否定しない』とか、『動物好き』とか、そんなのことの積み重ねでも好感度が上がるのよ」
ベテラン悪役令嬢から、ご説明をちょうだいしました。
万能だけど奥ゆかしくて繊細なロビンちゃんは、積極的にぐいぐい来られるのは苦手だそうです。
私はロビンちゃんの悪口を言ったことはないです。動物も好きです。戦巫女が他人の噂話に乗らなかったり、猫のラファエルと遊んだり……そういうのをお嬢様の専属メイドは、遠くから見ていたのでした。
『隠しルート』における好感度は、片想い的なやつでしたか……気付かなくて申し訳ないです……。
「……ていうか貴女、ゲームに詳しいじゃないの。やったことあったの?」
指を顎にあてたディアベラちゃんに、尋ねられました。
つい最近まで『乙女ゲーム』も知らなかった私です。その疑問が発生するのは当然でしょう。報告が後先になりました。
「いいえ、ゲームは知らないです。でも、お部屋の机の引き出しに入っていた『悪役令嬢ノート』を見つけたので、それで勉強させてもらいました!」
「え……え? ええええッ!!?」
こんなところで嘘を言っても仕方あるまい! と私が明るく笑顔で告白するとディアベラちゃんの顔色が青くなり、次いで急速に赤くなり始めました。
「う……うそ、ヤダ、何で読んでるのよ!? やめてよ! どうして知ってるんですの……!? あの引き出しは、『顔認証』の魔法で、厳重に鍵をかけておいたのに!?」
「私、あなたの顔ですけど」
「しまったああああーーーー!!」
私が自分の『ディアベラ』の顔を指さして言うと、魂が入れ替わっているご本人様は傍らで蹲り、ピンク色の頭を抱えていました。
他人と中身がごっそり入れ替わるなんて、想定していなかったでしょう。そうでしょう。万全だったはずのセキュリティ。こんな形で破られてしまうなんて、お嬢様は想像していなかったのでした。仕方ないよ、それは。
「あ、それと『パン屋さん』の設計図が届いたので、『悪役令嬢ノート』と一緒に仕舞っておきました」
「いやああああああ!!」
「言い触らしたりしませんから、大丈夫ですよ?」
「そういう問題じゃないですわああああああーーーーーッ!!」
過剰にプライバシーを侵害したり、個人情報で脅す気など毛頭無かった私です。守秘義務は守ります。
安心してくださいと伝えたんですけど、ディアベラちゃんはその後も、しばらく悶え苦しんでいました。