第21話 ルカのはなし・土木偶使いの公子
「ロビンとは、知り合ってどれくらいになるかしら?」
「そうですね……もう十年になるでしょうか」
翌日、学院のカフェでお茶をしながらロビンちゃんに聞いてみました。当然のように、お嬢様の私だけが椅子に座っていて、メイドにして護衛であるロビンちゃんは傍で立っています。
十年。人生の、およそ半分の時間。それなりな長さのお付き合いです。
ディアベラちゃんの執事ロビンちゃんは、由緒ある家柄の出身ではありません。元は孤児だったそうです。平たく言うとストリートチルドレンだったのを、伯爵家に拾われたのでした。お嬢様の遊び相手ではなく、家来として養育されてきたようです。お嬢様を護衛し、最悪の場合には身代わりとなって守るため完璧に女装し、女生徒として常に付き従っているのです。
特殊な訓練を受けて育ち、覚悟と矜持を持って生きてきたのでありましょう、ロビンちゃんです。パリス伯爵家とお嬢様への、忠誠と使命感の塊です。
そのためディアベラお嬢様の階段転落事故からしばらくは、ロビンちゃんも神経質になっていました。警護が大事なのはわかります。でもあまりにがっちり守られるのは、私が常時監視されているのと同じです。緊張感がすごい。何より身動き取れなくなってしまうのは、それはそれで困る。愛が重い。
というわけで、「大丈夫よ!」と何度も言ったのもあって、最近は外出や公の場以外では、そこまで厳重ではなくなりました。
こんな健気なロビンちゃんが、『悪役令嬢ノート』によりますと……ディアベラお嬢様が『邪なる神ソルト』に魂を売り渡してしまった後、自殺してしまうのだそうです。
お嬢様の異変に気付けなかったショック。お諌め出来なかった後悔。過剰なまでの責任感。居場所を失い、将来設計などほぼ絶望的だったりと、諸事情によりロビンちゃんは自決。
それはゲーム内でハッキリ描かれているそうです。
――あの方のお傍に行きます。
そう言って毒を煽り果てるロビンちゃんの姿は、ゲームユーザー達の涙を誘ったそうです。ゲームの一場面ならまだしも、実際に目の当たりにするとなると中々に厳しいものがあるう……。
『隠しルート』も、エンディングのスチルにロビンちゃんがいないそうです。ディアベラお嬢様は生き残っているのに、ロビンちゃんがいない。ユーザー達に「これは死んだだろー」と言われており、制作側も「死んでますねー」とコメントしていたため、死亡路線が最有力だそうで。
たしかに……入れ替わり初日のパリス伯爵ご夫妻の様子からして、娘に何かあったら再起不能レベルで、ロビンちゃんがボッコボコに叩かれるのが予想できます。もしかするとお嬢様を庇って、罪などを引き受けたりするのかもしれません。
そんなロビンちゃんが確実に助かる道が一つだけあります。攻略対象に選ばれて、ヒロインが心の支えになったときだけだそうです。何だそれ……。是非とも選んであげなきゃダメじゃないですか!
でも今の私が目指すべきは、『隠しルート』なのです。お嬢様から仰せつかっております。ディアベラちゃんが生き延びるためには、ここを目指すしかないのだから仕方ありません。
(う、うーん……そうだとしても、何とか両立できないの? 裏技みたいなのとか、無いのかな?)
余計な真似をするなと、お嬢様から注意はされています。だけど、考えるくらいはいいでしょう。茶器を片付けに行くロビンちゃんを眺めて、抜け道はないものかと、私は腕を組み考えていました。
あちらを立てると、こちらが死亡。ディアベラちゃんは、悪役令嬢をループし続けて約二百年という猛者ですが、そもそも何なのでしょう、この『ループ』とかいう謎システム。
(……この世界が『ゲーム』だから、そういう現象が発生してるのかな? でも、どう見ても現実だよね? 違うの? 実は仮想現実的なやつだったりして……?)
見るもの、聞く音、出会う人。今の私が『現実』と思っているこの異世界も、剣も魔法も、実は全て仮想現実の夢や虚像だったりして?
「そんなものに首を突っ込んだ覚えはないんだけどなぁ……」
空を見上げて呟きながら、夢か現実か、ふわふわ考えていたときです。
「みゃー」
足元で猫の鳴き声が聞こえてふと見ると、町の魔法雑貨屋さんの看板猫で、学院にも遊びに来る白猫のラファエルがお座りしていました。
「あ、ラファエル……! 久しぶりだね、お散歩中?」
嬉しくなった私は椅子から降りて小声で呼びかけ、すりすりしてくるラファエルの頭を撫でました。
にゃんこが私を何者と認識しているかはわかりません。でも名前を呼ばれる気兼ねはありません。ラファエルはご機嫌で、ごろごろと喉を鳴らしています。やわらかな手触り。伝わる重さとぬくもり。うーん、これが幻や錯覚だとは、やはりどうしても思えない。
心安らぐー……と、人懐っこい白猫さんを抱っこして、私は久々の交流を温めておりました。
が、そんな安らぎも束の間。
すっと人影が差し込んできたのです。気配に顔を上げれば、淡い金髪の少年が一人佇んでいました。
「あ、あら……マキアム様。な、何かご用ですかしら?」
お嬢様口調だけは、意地でも維持しました。ダジャレでは無い。私はいつだって本気だ! せっかく温めた交流に反比例して、血液の温度が下がっていくような感触が自覚出来るのがつらいです!
「うん……別に、用事というほどじゃないけど……」
そう言って可愛らしく小首を傾げている彼は、『マキアム・フォーサ』。
土の精霊ノームに加護されし『守護者』で、土木偶という人形を作り出せる、特殊な魔法の使い手です。
天使の輪が輝く白金の髪と、琥珀色の大きな瞳。まだ成長途中の、華奢で小柄な体型。眉も柔らかな、絵本から出てきたような愛らしいこちら様は、今は亡き王弟ウィレム・フォーサ公爵の第三公子です。どうしたって戦場が似合いそうもないこの少年も、戦巫女の仲間です。鉄壁の防御力を誇るのですが、戦わせると敵味方関係なく地割れに飲み込んでしまったりと、やる事が大胆な子です。
私より一年後輩な彼は、やんごとなき外見とは裏腹に多少性格が曲がっており、最初は異世界人の私にも否定的でした。からかったり、挑発されたこともありました。でも負けてる場合ではありません。しつこく話しかけて接触するうちに、どうやら寂しがり屋らしいとわかってきました。
そんな頃に、教室でションボリしているマキアムを見かけました。「どうしたの?」と尋ねてみたら、その日は彼のお父様のご命日だったのでした。
私は、何をしてあげることも出来ません。それでも立ち去りにくくて、黙って彼の隣に座っていました。そうしたらマキアムに、「何か面白いことしてよ」と注文されました。そこで『ケツだけ○人』を躍ったところ予想以上にバカ受けしました。その辺から仲良くなった気がします。
そして現在のマキアムくんは鞄を持っていて、ただの通りすがりだったらしいのです。
それが何故、わざわざ立ち止まってくれたのかというと。
「……ディアベラって、猫好きだったっけ?」
天から降り注ぐような声で尋ねられました。
「……」
「……」
……言われてみれば、ディアベラちゃんはもふもふ毛玉系は、あまりお好きではなかった気がする。
――ご指摘どうもありがとうーーーーッ!!!!
彼にフォローしてもらったのだということで、感謝しようと思いました。私の心は強くそう思いました! ありがとうマキアム! ロビンちゃんがいなくて良かった! これはセーフ! きっとセーフ!!
「す……好きというほどではございませんわ! で、でも最近、ちょっとだけ犬や猫も、触ってみようかしらぁ~? なんて、そんな程度ですけれど興味があったんですの! それだけですわ、それだけ! ほんの出来心でしてよ!? だから気になさらないでッ!」
「? うん、気にはしてないよ?」
「良かったですわあッ! それじゃ、これでお忘れになってね! 御機嫌ようマキアム様……!」
高速でラファエルを椅子の上へ着座させた私は、マキアムに御辞儀をします。戻ってくる途中だったロビンちゃんを引っ抱えるようにして、ダッシュで校舎へ逃げ込みました。
ああ……早く元に戻って、心安らげる時間が欲しい。