第19話 ルカのはなし・もしも異世界のヒロインが悪役令嬢の秘密のノートを読んだら
実家。それはプライバシーの宝庫です。誰だって他人に見られたくないものの一つや二つあるでしょう。
入れ替わって『ディアベラお嬢様』になっているだけで、私の自意識は『桐生瑠花』であり他人です。
でもトイレやお風呂に入らず暮らすのは無理ですから、そこはお互い様です。どうしても色々と思うところが発生するのは、不可抗力として許してください。
中でもお嬢様の、どこも隠せていないおパンツの微妙さとかに慣れず、私は密かに苦労していました。ディアベラちゃんご愛用の、レースやリボンやビジューのいっぱいついた、かわゆらしくて防御面積の少ないおパンツやおブラに囲まれて暮らしています。サイドが編み上げリボンの、デザインが可愛いのは良いけど、これ頑張るしかないのか……。慣れてしまえば、はいてない感じになって自由になれる日が来る……?
想像するに、あちら様も今頃
「何でこんなダッサいのしか持ってないんですの!?」
と、下着入れを引っ掻き回してお怒りな気がしてなりませんが、諦めてください。
私はこれまで、何の変哲も無いCカップでした。おブラ一枚に一万ゴールドとか使う気も無いため、パンツ共々、使いやすさ優先の安価なベーシック系だったのです。
しかしディアベラちゃんは違います。お嬢様の所持品には、平凡なドット柄やボーダー柄など一枚もありません。相当こだわっているのです。スキンウェアって大事ですよね。下着も靴も好きな子はホントに好きで、こだわって色々コレクションしていたりしますよね。お嬢様のフォーマルは下着からですよね。
ディアベラちゃんの持ち物は、こだわってるだけあって、どれもまずフィット感がスバラシイです。
華奢でお胸の谷間があるかないか判断ギリギリラインのディアベラちゃんですが、これくらいのサイズの方が、おブラの選択肢が多い気がします。上下共にデザイン豊富。エレガントな総レースからキュートな花柄、ラブリーな刺繍モノや、フリフリのついたシースルーまで色々試せて楽しいです! 楽しいです!
こんな個人情報だらけの環境です。自分が望むと望まないとに関わらず、です。
これまで私は出来るだけ、ディアベラちゃんの部屋の私物に触らないようにしていました。クローゼットの引き出しを開けるのも、遠慮してきたのです。
それに必要な物はお嬢様が探す前にロビンちゃんが素早く、さり気なく運んできてくれます。万能メイドのロビンちゃんに任せておけば完璧です。間違いない。ディアベラちゃんも、元々こういう感じにお暮らしだった様子です。
だからその時、私が自室の机にあるその『隠し戸』を開けたのは偶然でした。
金品や個人情報を求めて家探しをしたのではありません。
私は白とピンクを基調としたロココなお部屋で、授業で出された課題を片付けていたのです。ロビンちゃんはお母様のカーミラ様に別件で呼ばれ、部屋を離れていました。
そこでタイミング悪くと言うか、私の使っていたノートが残り一ページになってしまったのです。
「あちゃ……どうしよ? 新しいノートってどこだろ? ロビンちゃんに頼むかな……?」
ぶつぶつ言いながら、私は周囲の様子を見ました。でも万能メイドのお嬢さんが戻ってくる気配は無し。在庫管理もパーフェクトなロビンちゃんです。予備のノートは、どこかにあります。
そう思った私は、机の左側にある一番上の引き出しを開けてみました。ロビンちゃんのお仕事を見ていて、そこに便箋やインクなどが入れてあるのは知っていたのです。新しいノートも入っていたりしないかな? と、便箋を全て取り出してみました。
残念ながら引き出しの中にノートはありませんでした。……が。
「ん?」
たくさんの便箋や封筒に隠れていて、今まで気付かなかった細工を発見したのです。引き出しの底の部分に、手のひら大の四角い鏡が嵌め込まれていました。
「何でこんな所にまで鏡……?」
お嬢様のお机はオシャレな構造になってるんだなーと思い、何となく鏡を覗き込んだのです。すると触れていないのに、鏡部分が自動的にパカッと開きました。「うおお!」と声が出るほどびっくりしました。
「わ、何だ……そういう魔法か」
驚きながらも胸を撫で下ろし、納得しました。
この机の持ち主だけが開けることの出来る、魔法の鍵がかけてあったのです。持ち主が鏡を覗くことで解除される魔法の仕掛けで、顔認証みたいなものです。
そして開いた鏡の隠し戸の中に、白い表紙のノートが一冊収められていたのでした。
「あ、何だ良かった。新しいノートあった~」
ノートのことしか考えていなかった私は喜んで、その白いノートを取り出しパラッと開いてみたのでした。でもそれはあいにく、新品ではありませんでした。
『ラーメン屋さん』という文字が目に飛び込んでこなければ、「すみませんでした」と元通りに仕舞っておいたのです。『ラーメン』。すごく久しぶりに見た単語でした。何故ならこの世界にはラーメンが無いのです。サンドイッチやカレーライスはあるのにな!
(ラーメン食べたい……ラーメンと餃子とチャーハン食べたい……出来ることなら、麻婆豆腐とエビマヨも……)
元いた世界のソウルフードに思いを馳せ、私はノートを手にしたまましばらくゾンビみたいな顔になっていました。お嬢様として、世間様にお見せ出来ない顔だったでしょう。そしてついつい、「何だろう……?」と懐かしい単語に引き寄せられてしまったのです。
目を擦ってもう一度見たそのページには他にも、『靴屋さん』、『魔法雑貨屋さん』、『アクセサリーショップ』、『鍛冶屋さん』、『絵描き』、『宿屋さん』、『家具屋さん』、『田園牧場』、『お弁当屋さん』……と、種々雑多に箇条書きされています。
『パン屋さん』のところには赤で丸がつけてありました。謎の記述が書かれていたのは、一番後ろのページでした。
「意味がわからないよディアベラちゃん……」
小声で呟きながら、何だ何だ? と疑問に押されて表紙に戻り、表側からパラリと開いて、そこに『悪役令嬢』の文字を見つけて手が止まりました。
「……え? あ、『悪役令嬢』? 何コレ? ゲームの本なの……!?」
驚いて目を瞠りました。『悪役令嬢』という単語は、今の私にとって世界を動かす重要キーワードです。人生に影響を及ぼすものの出現に、目が釘付けになりました。大変申し訳ありませんが、これは見ないわけにいきません!
明らかに手書きなノートで、それは日記というか備忘録だったのです。ディアベラちゃんが『前世』の記憶を忘れないよう、書きとめていたノートでした。
この異世界『マカローン』と、乙女ゲーム【君のいる世界と戦巫女】のイベント。登場人物やエンディングなどが、詳細に書き記されていました。
――そうだよ! これだよ! こういうの待ってたんだよ……!
悪役令嬢ビギナーな私にとって、まさに救いの手と言って良いマニュアル、『悪役令嬢ノート』。
もしやゲームの頑張りようによっては、ヒロインは戦巫女以外に、靴屋さんやラーメン屋さんにもなれたのか!? とまで期待したのです。
「わああああ、すごい! 良かったー、これで私もちゃんとした悪役令嬢が出来るように……!」
感激に打ち震える私が、更に夢中でパラパラとページを捲っていきました。
そこにあった記述を見つけて、思考と同時に再び手が止まりました。センシティブな内容でした。書かれた日付は、五年前でした。
『○月×日。お招きされたパーティーで、ナキルに会った。私には関係ないからどうでもいい。でも、あいつに恥をかかされた。イラついたので邪神ソルトが来ないかお祈りをしてみた。今回はうまくいかなかった』
逆ギレです。めっちゃ逆ギレしてます。何か、段々清々しくなってきたな、ディアベラお嬢様……。
やはりそういう運命なのか、ディアベラちゃんはこの頃から、『邪なる神ソルト』の方へ傾いていたみたいです。