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第17話 ルカのはなし・取り巻き娘たちの誤解

 入れ替わった私に与えられた、『ディアベラ・パリス』としての任務は主に二つです。


『伯爵令嬢として、周囲に正体がばれないように振る舞う』。

『悪役令嬢として、邪なる神ソルトの勧誘をお断りする』。


 この二点です。


 特に前者の難易度が高いです。演劇の才能など無い私です。別人の、それも伯爵家のお嬢様として生活するなんていうのは、それだけで苦労の連続でした。知らないことだらけの中、日々のスケジュールをこなす、そちらに注意が向きすぎていたのでした。


 ……『学院内での人間関係』まで、気が回っていなかったのです……。


 ディアベラちゃんは、どこへ行くにも取り巻きを引き連れて歩いていました。統率力を発揮し、周囲の人の動きをチェックし、相手の態度や服装、口調などにも細かく目を光らせるべきだったのです。

 それなのに私ときたら不用意にも、つい単独で行動しがちになっていたのでした。


 その事実を知ったのは、授業で武術演習があった日のことです。

 着替えを終え、教室へ戻ったときです。ロビンちゃんもいなくて、一人でした。扉の前まで来たところで、話し声が聞こえてきました。


「ねぇ……何だかディアベラ様のご様子が、今までと違うと思わない?」

 ディアベラお嬢様の取り巻きの一人、スカーレットの声でした。赤い縦巻きロールの彼女です。

 私は足が止まってしまいました。先に教室へ戻っていた取り巻き三人娘ちゃんたちは、まだ他のクラスメイトもいないため、思いきったお話しをしていたのです。


「やっぱり? スカーレットも気付いていたのね?」

「何となくよそよそしいというか、距離を置かれていますわよね……?」

 アニスとゾフィーも同意しています。


(や、やばい……)

 ドアの前で立ったまま、ディアベラお嬢様な私は焦りました。


 休み時間や昼食、学院内で開催されるお茶会などは、いつも彼女達と一緒です。ディアベラお嬢様が中心にいないと不自然なので、ちゃんと中心で参加していました。私は元々、お喋りは嫌いじゃありません。友達と出かけたり、遊んだりするのも好きです。ウェルカムでカモンです。


 学院内は小さな社交界です。そこでアンテナを高くし、情報を集め、人脈をつくり維持管理していくのも伯爵家のお嬢様なら重大な任務です。そう思って凡ミスが出ないよう気を配り、お喋りも出来る範囲で合わせてきたのです。


 しかし、それにしてもですよ。

 アーリマン子爵家のパーティーは、飾りつけは悪くなかったけどお食事が大したことなかったとか。

 獣人羊族パンナコッタ国のラケル様の服とメイクが激変したのは、恋人の騎士様のお好みだとか。

 男爵家のローズ様が、億万長者の婚約者(四十歳差)から贈られたドレスは二千万ゴールドだったとか。

 オッドウィル家のハルスト様が、手を出した踊り子と婚約者様が寝室で遭遇して修羅場だったとか。

 ラスコー伯爵家の清楚可憐なクリスティア様は、モテ過ぎてとうとう七股かけ始めたとか……。


 ずーっとです。ずーーーーっとこんな話しばっかりしているのです。


 ……本音を言うと、物凄くどうでもいいです。子爵家のお料理が美味しくても不味くても、男爵令嬢がどんなオシャレをしていても、伯爵家の誰と誰が付き合っていても、「そうなんですね」以外が出てこないんです……。

 こんな私の中にある『興味ない感』が、隠しきれず漏れてしまっていたのでしょう。取り巻き三人娘ちゃんたちは何となく、ディアベラお嬢様らしくないと感じ取っていたのでした。


 が、彼女達の直感と洞察には、ちょっとした誤解がまじっていたのです。


「お気に召さないことでも、あったんじゃございません?」

「え? 何がお気に召さなかったのかしら?」

「わかりませんわ……まず、こちらが気付かないのが悪いと思っていらっしゃるでしょうし」

「あの方にとって、他人はみんな家来ですものね」

「気疲れしますわ。ほんの些細な切欠で、すぐ御機嫌を損ねてしまわれるんですもの」

 お嬢様方三人はぶつくさと、ディアベラ様への愚痴を延べていらっしゃいます。


(取り巻きって意外と大変だね……)

 お嬢様の輝きは、自分の輝きです。常にゴキゲンを取り続け、お世話のために走り回る彼女達の苦労に、思わずしんみりしてしまいました。いっそ入場して、「気になさらないでね!」とか言っておいた方が良いのかなと考えたときです。


「そういえば……この頃、戦巫女ヴォルディシカのキリュー・ルカが、殿下と急接近してますでしょ?」

「してるしてる! 暇さえあればベタベタくっついて!」

「正式に戦巫女になったから、何しても良いと思ってるんじゃないの?」

「きっと、あれが原因じゃないかしら?」

 三人娘の会話が、私の思ってもいない方へ展開し始めたのです。


――え? え? ちょ……ちょっと待って? なになに? そっち行くの?


 教室へ入り込むタイミングを完全に逃した私が困惑しているうちに


「絶対それだわ! ルカと殿下がずっと一緒にいるのが、面白くないのよ!」

 アニスが自信に満ちた口調で言ってしまったので、これで決定してしまいました。


 ち、違うんだああー! あのピンク髪の戦巫女さんの中身は、伯爵令嬢ディアベラちゃん本人なんだああああーーーー!


 悪役お嬢様と魂の入れ替わってしまった『戦巫女キリュー・ルカ』としてはですね! 正体がバレないようにするのと、少し時と場所と場合さえ考えてくれれば、許婚同士が仲良くしていて何の問題もないですよねという感想でした! お二人がラブラブしたりエロエロしたり、初めての夜とか初めての朝とか迎えるのは元に戻ってからやってくださいねという、それだけの感想でした!


 しかしこんなところに潜んでいるルカのことなど、誰も知る由もありません。


「殿下は鷹揚な方だから、異世界人の無礼も許してしまわれるのよ」

「ただでさえディアベラ様は、あの子が戦巫女に選ばれたのが面白くないのに、あれじゃあね……」

「でも、ルカが勝手にくっついてるだけですわよね? 私達のせいじゃありませんわ」

「そんなの関係ないわよ。『貴女方で何とかしなさいよ』って意味なんでしょ?」

「じゃあ、ルカを殿下から引き離せってこと?」

「それか、ご自分が殿下と二人きりになれるように、舞台をセッティングしてほしいんじゃないの?」

「ええ~、面倒~……またやることが増えるの?」

「まぁ、もしかしたら違うかもしれないし……もう少し様子を見ましょ?」


 こうして、スカーレットとアニスとゾフィーの三人は、ずんずん誤解を積み重ねて、『現状維持』の結論に落ち着いてくれました。


 (あ、危なかった……今下手にフューゼンと二人きりなんてセッティングされたら、危険どころじゃない……)


 私は廊下で一人そっと、冷や汗を拭いました。現状維持で一安心して、胸を撫で下ろしました。悪役な伯爵令嬢としても、周囲から向けられている印象はこれで良いのかもしれません。


 だけどこんな話しを聞けば、それだけで疲れるものです。


――ディアベラちゃん、知ってるのかな?


 『お嬢様』の評判を、彼女自身は知っているのか。悪役の自覚はあるみたいなので、わかっている可能性もあります。多少気になりましたが、たとえ彼女が知っていても、いなくても、この話しについては黙っておく事にしました。


「でも、少しあちらから離れてくださって、ちょどいい感じがしますわ」

「そうそう。ずっと監視されてるみたいだったじゃない?」

「自由になれた気がするわ!」


 教室の三人娘ちゃんが、笑いながら話しているのが聞こえました。

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