表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/70

第15話 ルカのはなし・あの日口走った捨て台詞を僕達は知っている

 黒獅子族のナキル様との、アウトな初対決の後。

 何がどうダメだったのか気になったのですが、いつも頼りになるロビンちゃんにも、聞ける雰囲気ではありません。ここでまた不用意な発言をすると、墓穴へ一歩近付いてしまいます。


 仕方が無いので、私は真の当事者であるディアベラちゃんに直接確認する事にしました。

 音楽堂で、その日最後の授業が終わった後です。


「ちょっと、そこの戦巫女ヴォルディシカさま。お時間ちょうだいしたいんですけれど、よろしくて?」


 私が戦巫女ディアベラちゃんに大声で話しかけると、音楽堂が水を打ったように静かになりました。他の生徒たちはまた伯爵令嬢と戦巫女が、火花を散らし始めると思ったのでしょう。火の粉が降りかかってくる前に逃げろとばかり、みんなそそくさと退出して行きます。


 取り巻き三人娘にはカフェで待っているよう言っておきましたし、護衛のロビンちゃんは扉の外で待機を命じました。オペラ座と見紛う広い音楽堂には、私とディアベラちゃんの二人だけです。


 話し合いのセッティングだけで、どうしてこんな苦労をしなければならないの! でも文句を言っても解決しないからしょうがない!

 と、気を持ち直した私は何はともあれ、ナキル様の件について尋ねました。


「あー……はいはい、あれね」

 事情を聞くと、ピンク髪した戦巫女の肉体に魂が入っている『ディアベラお嬢様』は、忘れていたっぽい顔で言いました。


「まだ根に持っていたんですのね。放っておけば良いですわ」

 さらさらの髪を優雅に指先で撫でて、仰いました。

 でも放っておけないからお尋ねしているのです。経緯くらい知っておかないと、この先もお互いに危険です。


「何があったんですか?」

「もう良いのよ、昔のことですわ」

「私が良くないので教えてください、何があったんですか?」

「うるさいわね、蒸し返したくないの!」

「何があったんですか?」

「少しくじけなさいよ!」

「何があったんですか?」

「目が! 目がこわいのよ……! 貴女もしかしてそういう人なの!?」

「何があったんですか?」


 ディアベラちゃんは言いたがらず、私を追い払おうと、はぐらかし続けていました。それをしつこく私が捕まえて食い下がり、押し合いへしあいしていました。

 しばらくして、やっと聞き出せたのは。


「……は? チカン事件?」

「そ」

 ディアベラちゃんが打ち明けたそれは、五年前の出来事でした。


 王都マドレーヌのサロンで、ダックワーズ学院ブランダン学院長先生、百歳のお誕生日パーティーが開催されたのです。学院長先生は現在、百五歳ですけれど、九十歳くらいには見える若々しさです。


 そのパーティーには、卒業生も含めた各地各国の王侯貴族や、名士が集まっていました。上流階級の社交ビジネスも兼ねた、懇親会の面もあったのかもしれません。でも表向きは、あくまでお誕生日のお祝い。集まった人数も二百人程度と控えめ。二百人は控えめ。


 パーティーには、まだ正式に社交界の仲間入りをしていない子どもたちも参加していました。パリス家の可憐な令嬢と、パーティーに初参加したグリオール家の若君もいました。


 お祝いの乾杯も終わり、立食形式で和やかに歓談していた、パーティー会場。人々が笑いさざめいていたときです。突如として上がった、少女の悲鳴。


――きゃあああー! チカン! チカンですわ! この人が、わたくしのおしりに触ったの!


 叫んだのは、パリス伯爵家のご令嬢。

 叫ばれて指差された先には、絶句している黒獅子族、族長の跡取り息子。


「あの、五年前ってことは二人とも十二、三歳ですよね……?」

「十二歳だろうが生後二ヶ月だろうが、わたくしはチカンだと思ったのよ!」

「はあ……それはご尤もですけど……うーん、卑劣な真似をする人には、見えなかったような?」

 力強く主張する戦巫女ディアベラちゃんを前に、金髪の悪役令嬢なルカは首を捻りました。


 もちろん私はナキル様を詳しく知りません。単なる直感に過ぎないとはいえ、野蛮で下賎な振る舞いをする人だったようには見えなかったのです。なので


「ディアベラちゃん、大変申し訳ありませんけど、もちょっと具体的に聞かせてもらえます?」

「だからー……」

 と、ディアベラお嬢様によくよく聞いてみました。すると、どうも事故に近かったのです。


 通りすがりに、ナキル様の装飾用の模造刀の鞘が、ディアベラちゃんのドレスに触れてしまった。

 それは近くにいた他の公爵様や、奥様方や、多くの目撃者によって確かめられていました。ご出席の皆さま、穏便に済ませようと努力してくださったようなのです。

 しかし。


「疑われるような振る舞いをした、向こうの責任ですわっ!」

「え、でもあの、それ、冤罪なんじゃ……」

「わかってませんわね! レディに恥をかかせたんですのよ!? お父様もお母様も、謝る必要なんて無いと言ってくださったわ。無作法の田舎者はあちらよ? 何でわたくしが謝らなきゃいけないの!?」


 立ち居振る舞いは基本でしょう。ミスをしたのは当時のナキル様です。でもここで注意が必要なのは、『チカン』と『無作法』が、オシャレにすり替えられてしまっている点です。


 要するに引っ込みつかなくなったのでしょう、ディアベラちゃん。目撃者がいようと、「誤解ですよ」と他の方々に諭されようと、『だってだって! うそじゃないもの!』と頑固に言い張り泣き喚く、十二歳の女の子。


「それで、どうなったんですか?」

「向こうが非を認めて、その場で謝罪しましたわ!」

「う、うわあー……(最悪)」

 他人事でも、血の気が引きます。

 ダックワーズ学院長先生のお誕生日の平和と、ディアベラちゃんのプライドを守るため。恥と悔しさで真っ赤になりながら、ナキル様がご列席の皆さまの面前でお詫びする羽目になったそうです。


「何よ貴女、チカンの味方をするっていうの!?」

「いえ、チカンは犯罪ですね。でも、チカンじゃなかったんですよね?」

 理解が雑なディアベラちゃんに何故か怒られましたので、確認と訂正をしておきました。


 チカンは犯罪です。私も前いた世界で、関わったことがあります。『加害者疑惑』をかけられそうになったのです。


 あれは中学校二年生のときでした。友達と、学校帰りに買物へ出かけたのです。地下鉄の中で、私は友達とお喋りしていました。左斜め前には、ランドセルを背負った女の子がいました。可愛らしいその子が、キッと振り向いて言ったのです。


――触らないでください!


 私は『……はい?』と、目が点になりました。

 え、自分のこと……? と混乱し、情報処理をしている間に、小学校高学年くらいのその女の子は、『この人チカンです!』と車内の人達へ言ったんですね。電車内の視線集中。


 後はもう、やってない! やってない! と、こちらは必死です。

 幸いにも、私の両手が買物の荷物で埋まっていたこと。被害を訴えた女の子との間に、明らかに距離があったこと。友達と一緒だったことから、即断罪にはなりませんでした。更に、近くの席に座って一部始終を見ていたおばあさんが、「誰も触ってなかったわよ」と証言もしてくれました。誰かが車内に忘れて置きっぱなしになっていた傘の柄が、彼女に触れてしまっていたのですね。

 女の子も勘違いを認めて、私は濡れ衣を免れ、警察のお世話にならずにすみました。


 そんな経験もある私なので、ナキル様には同情しかない……。

 チカンのような卑劣な犯罪は撲滅されなければなりません! ですが、冤罪もあってはなりません!


「ふん! 第一、あんな貧弱な子が名高いグリオール家の若君だなんて、思わなかったんですのよ!」


 昔を思い出したらしいお嬢様はちょっと眉を寄せて苦い顔をしつつも、我が人生に一片の悔い無しという高貴さで言い放ちます。

 ちょっと待て。


「え……? まさか、ディアベラちゃん、そんなこと現場で言ったりとか?」

「知らなかったものは仕方ないでしょ!」

「何でそんな捨て台詞言ったんですか!?」

「あーもー、うるさいうるさい!」


 目を逸らすディアベラちゃんの様子から、何となくわかりました。

 これは五年経とうと、ナキル様もあんな対応になる……。覚えのない汚名を着せられ、貧弱と馬鹿にされた十三歳の少年の心の傷は、いかばかりだったか。

 それを思うと、私も胸が痛んだのでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ