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第13話 ルカのはなし・打ち上げヒロイン下から見るか? 横から見るか?

――結んだ時間ときの中で、君の思い出を数えてる――



**



 ディアベラちゃんと入れ替わった日から、地雷原に放り込まれたようなものです。

 何か一つの行動をするのも、そこに地雷がありはしないかとヒヤヒヤしっぱなしです。伯爵令嬢として暮らしながら、私は前途多難の予感で一杯でした。


 私たちには、『魂魄スピリット・転換魔法カンバーション』がかけられています。正体を見破られたら大事件です。誰かに名前を呼ばれたら即死とかいう、クレイジーなルールのゲームが始まってしまいました。


 更にディアベラちゃんの解説によれば、ここでウッカリ死ぬと私までもが、乙女ゲームの『ループ』に巻き込まれる可能性があります。

 それを避けるためには、入れ替わっているルカが『悪役令嬢』として道を踏み外さないよう、努力するしかありません。


(我々が現在打てる手段は、それだけである! 目標達成へ向けて邁進せよ!)


 自分にそう言い聞かせ、ディアベラちゃんのご命令どおり悪役令嬢として毎日学院の神殿で『日課』のお祈りを捧げ、生活して一週間が経過しました。伯爵家のお嬢様のスケジュールにも、少しは慣れてきました。


 一方その頃。私と入れ替わり、『戦巫女キリュー・ルカ』となった、悪役令嬢ディアベラちゃんはと言いますと。


 休み時間の教室で、王太子殿下にして『風の精霊の守護者』と。

「うわあ、フューゼンの長衣ローブぶかぶか~!」

「そうだろうな……寒いなら着ていて構わないぞ」


 学院の黒魔法工房で、エリート魔導師候補の優等生『水の精霊の守護者』と。

「ねぇねぇ、セト。これわかんないの。教えて?」

「魔法強化の復習ですか? 良いですよ。どこがわからないですか?」


 武術の鍛練場で、犬獣人の若き剣聖と誉れ高い『火の精霊の守護者』と。

「アイザックー! 武術の稽古しよ!」

「お? 珍しく熱心じゃねぇか。よし、いっちょ手合わせするか!」


 昼休みの廊下で、フォーサ公爵家の第三子である『土の精霊の守護者』と。

「マキアム、一緒にお昼ごはん食べない?」

「うん良いよ。あー、お腹すいた。今日は何にしようかな。ルカは何にする?」

「んーとね、カレーライス」

「え、またぁ?」

「だって好きなんだもん!」


 このように。

 ディアベラちゃんは、私の知る限り元気一杯に生きています。見たことのない笑顔で溢れています。早く元に戻りたいとか、考えてない感が弾けています。今まで私の背後から「異世界人なんて最低よ!」と叫んでいたのが、まるで嘘のようです。今ガッツリ異世界人なのに……。


 そして本日は、特別の課外授業でした。

 生徒は各自で課題を見つけ、その成果をレポート提出するのですが。


(……おーい、何してんのー)


 課題のアイディアを探してお天気の良い校庭を歩いていた私は、見かけた光景を無視出来ませんでした。影のように後ろをついてきていたメイドのロビンちゃんも、私の視線の先を見て少しだけ眉をひそめています。


 そこには菩提樹の木陰と、気持ちの良いベンチ。その下で戦巫女わたしと入れ替わっているディアベラちゃんが、守護者の四人とくつろいでいます。


 アイザックに頭ナデナデをおねだりしてみたり。マキアムに「あーん」と、お菓子を食べさせてあげたり。セトに髪を結ってもらったり。フューゼンに膝枕してもらったりしています。

 それはちょっと……くつろぎ過ぎじゃありませんか、お嬢様。


(今、授業中! 授業中だよ……! どうか私の必要単位は落とさないで下さいね……!)

 ディアベラちゃんは成績優秀だし、学業の心配はないと大丈夫と油断していましたが、やる気が無いなら別です。むしろあれだとルカが何も考えてない子にしか見えないような……と、そこまで考えて恐ろしいことに気付きました。


(もしかして私って……外から見るとあんな感じだったの!?)


 二度見した、木漏れ日の下の爽やかなベンチ。そこでごろんごろん転がっているのは、ピンク色の髪をした『戦巫女ルカ』です。私がディアベラちゃんのフリをしているように、ディアベラちゃんも、ルカのフリをして生活しているはずなのです。


 つまり自覚が無かっただけで、客観的に見るとああだったのかも……? と、地味に落ち込んでいたら。


「ねぇ……最近、ルカ様の様子がおかしくありませんこと?」

「まるで酔っ払いですわ」

「この前、階段から落ちてしばらく意識が戻らなかったそうよ。それが原因じゃないかしら?」

「そうね、きっと打ち所が悪くて……」

 離れた場所から『戦巫女と仲間たち』の様子を伺う、女子集団の話し声が聞こえてきました。


 ですよね、違いますよね! 私はあそこまで、ホップ・ステップ・パンプキンなキャラではなかったはずです! ああー、良かった!

 それは良いとして、もしや本人ルカに似せる気が無いのかディアベラちゃん……。


 でも『他人のフリ』というのは、簡単じゃないのです。そこは私も痛感しています。他人のフリを意識し過ぎて、守護者の仲間達と変に険悪になられても嫌だし……。彼女なりにみんなと仲良くやってくれているなら、それで良いか……と妥協路線を探していたときでした。


「見て。パトリシア様が放置されていますわ」

 また誰か、女生徒の囁く声が聞こえました。

 木立ちに隠れて見えにくかったのですが、パティがベンチから離れた場所に一人ぽつんと立っています。


「どうなさったのかしら?」

「いつもルカ様と仲良くしてらしたのに……」

「やだ、もしかして喧嘩?」

「でも喧嘩というより、ルカ様が完全に、パティ様の存在を忘れてる感じですわよね?」

「やっぱり、ルカ様の打ち所が悪かったんじゃないかしら?」

「親友でしたのに……お気の毒ね……」


 たまにセトやマキアムが声をかけるけど、戦巫女ディアベラちゃんはパティを完全無視の無関心です。放置されたまま、パティは俯いていました。

 やがて居た堪れない顔をして、そっと離れて行きます。


――ちょっとおおおぉ、ディアベラちゃん! その子も友達なんだから……!


 でもディアベラちゃんはアイザックの左肩にちょこんと両手を乗せ、一緒に彼のレポートを読んでいます。とぼとぼ去って行くパティにも、気付く気配がありません。


 名家、美少女、超天才な三重苦のパティは、元々お友達が少ないのです。パティは幼少期から王宮魔導師でした。大人に囲まれて育ちました。学院で同世代の子と、どうやって話せばいいのかわからないと、以前打ち明けられました。だからいっそ異世界人くらい特殊な方が、話し相手として気楽だったのではないかと思います。


 優秀な彼女なら、一人でも難なく課題をこなせるとはわかっています……が。


「ロビン、来なさい」

「お嬢様……?」

 驚いているロビンちゃんを引き連れパティの後を追いかけると、武器防具工房の陰でパティがぼんやり佇んでいるのを見つけました。


「……パトリシア様」

 ふわふわの金髪を片手で払い、私が腕組みをしつつ踏ん反り返って声をかけると

「え!?」

 物凄く驚いた様子で、パティが振り向きました。そして、ボッと音がしそうな勢いで彼女の美貌が真っ赤になったのです。


(……ありゃ?)

 とこっちが目を瞬いているうちに


「は、あ、わ! あの、はわ、その……!」

 パティは侯爵令嬢の威厳も何も無しに、おたおたし始めます。そういえばこの子は、かなり重度の人見知りなのでした。思いがけない相手から、思いがけないタイミングで話しかけられて、焦りまくっているようです。様子を見て待ってみましたけれど、一度始まったパニックは中々収まりそうにありませんでした。

 うーむ、やむを得ない。

 私はわざと大きめにコホンと咳をすると、侯爵令嬢の大人びた美貌を見上げました。


「失礼ですが、拝見しておりましたわ。あの戦巫女さまにも呆れたものですわね。パトリシア様、お一人なんでしょう? もし宜しければ、この課題だけでもご一緒にいかが?」


 いきなり親しくするのはおかしいため、ディアベラお嬢様として距離感を保ち提案してみました。これならディアベラお嬢様として戦巫女ルカに敵意も示しつつ、パティに声もかけられる。自然な良い感じに話しかけられたと思いました。


 しかし提案を聞いたパティは笑顔になるどころか、見るからに顔が引きつってしまったのです。耳まで赤くなって、宝石のような美しい瞳も焦点が合ってない状態で泳いでいます。ちょっと危ない人みたいになっているけど大丈夫か、パティ……? と思っていると


「い、いいえ! そ、そんな! け、結構ですわ! 慣れておりますもの! お気遣いどうもありがとう、ディアベラ様……ッ!」

 引っくり返った声で言い、サフォー家のお嬢様は凄い速さで逃亡してしまいました。ここまで嫌がられるとは思っていませんでした。


――ま……仕方ないか……。


 私は無駄に腕組みポーズを維持したまま、諦めました。今まで特に仲良くもなかったどころか、剣呑だった伯爵令嬢に声をかけられたら、そんな反応にもなるのもわからなくはないです。


「あ、あの、お嬢様……」

 後ろでロビンちゃんが、控えめに声をかけてきました。


「ふん、まぁいいわ! 別に、どうしてもっていうわけじゃなかったんだもの。戻りましょ」

 私もお嬢様としてそう答え、きゅっと靴の踵を返します。


 まだ心配はありましたが、パティからも離れておくことにしました。

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