第12話 ルカのはなし・伯爵令嬢は見た目が9割
パリス伯爵家が、べらぼーにお金持ちなのはよくわかりました。
温室や、噴水のある中庭や、パーティー会場が存在する辺りまでは、予想していました。でも一族専用の神殿や、古今の美術品を所蔵したギャラリーまであるとは思っていませんでした。
有名な芸術家達によって作られた、歴代ご先祖様の肖像画や彫像なんかが、ずらーと並んでいます。ギャラリーの真ん中には黄金に輝く、初代ご先祖様の騎馬像とかありました。これ独裁国家の広場に飾ってある系のアレですよね、知ってる……。
金の装飾品で彩られた室内。ルビー色の螺旋階段。ムーンストーンの如き白壁。天井まで届く高い窓は、磨き上げられた水晶のように輝いています。燦々と降り注ぐ太陽に祝福された、歓喜の宮殿。私の語彙力では、お屋敷のゴージャス感を表現するのはこれが限界です……。
お抱えシェフの作るお料理は、センスがピカピカなのと高級であることしか把握できません。テーブルマナーにツッコミが入るのではないかと、そちらに神経を使っていて味わう余裕が無かったのもあります。
そしてディアベラちゃん本人に聞いてはいましたが
――伯爵令嬢の生活って、朝っぱらからめちゃめちゃ忙しいんですけど……。
そう思ったのは、どのタイミングだったでしょうか。とにかく、息つく暇もありません。
目覚めるなりお風呂。お祈りをして、ハープのお稽古。パウダールームで一時間近くかかる身支度。本日のスケジュール確認と、いらっしゃるお客様に合わせてお着替えのオーダーを確認。日によっては、会食や夜会などもある様子。
「事故の影響かしら、ちょっと頭痛が……」
と言えば、間違えたりわからなかったりしても、乗り切れたから良いようなものの。
(まだ一日目なのに……先が、先が思いやられる……!)
まだ『朝』です! これから『昼』と『夜』がある!
内心そう思いつつ、苦しい言い逃れをしながら怒涛のように押し寄せる時間割をこなし、私はロビンちゃんを引き連れ予定時刻に馬車で登校しました。
そこで待っていたギャップにまた先制パンチを食らい、途方に暮れることとなりました。
馬車から降りてダックワーズ学院の門を潜るなり、駆け寄ってきたのは同じクラスの女子たちです。
どちら様も私が『戦巫女キリュー・ルカ』だった頃にはほぼ話さなかったというか、話しかけても無視されるお嬢様方でした。他の子たちは普通に会話もするようになったんですけど、駄目な人もいたわけです。
「おはようございます、ディアベラ様! もうお加減はよろしいの? あの異世界人に、階段で突き飛ばされたんですって?」
真っ先に話しかけてきた元気な女の子は、スカーレット。
縦巻きロールな濃赤髪と藍色の瞳をした、ディアベラちゃんの取り巻きその一です。アマンディーヌ王国の、由緒正しい神官一族の末娘です。将来の結婚相手になりそうな殿方を探すため、学院へ入学したと聞いています。
しかし、ここにまで『突き飛ばした』の誤報が。もういいか、どうでも……。
「ごめんなさいディアベラ様! 私、事故があったと知ったのが、昨日の夜だったんですの! これは父からですわ、もし宜しければお使いになって下さいませ。クグロフ国の霊薬ですのよ」
可愛い包みを差し出してくれた、外巻きペールグリーンの髪にヘーゼルの瞳の、この子はアニス。
ディアベラちゃんの取り巻きその二で、隣の魔法大国クグロフ国の大商人のお嬢様です。ダックワーズ学院以外は学歴に入らないというお家のため、猛勉強して入学したとか。努力家ではあるのだろうなと、私も思っていました。
「ディアベラ様、元気をお出しになって! そうだわ、今日は薔薇園でお茶会をしませんこと?」
最後に割り込むようにして出てきた、この子はゾフィー。
クリームホワイトの長い巻き毛に菫色の瞳で、兎獣人の小国『プディング国』族長の娘で、いわばお姫様です。ディアベラちゃんの取り巻きその三ですが、お嬢様を褒める『褒め要員』なのは、遠くから見ていても何となくわかりました。
「薔薇園でお茶会? まぁ素敵!」
「気分転換に、ちょうど良いかもしれないわね」
「嫌なことなんて忘れて楽しみましょう、ディアベラ様!」
お嬢様方は、きゃっきゃとお話ししています。このままだと、お茶会が敢行されてしまいそうです。
学院には、優雅な薔薇園があります。様々な種類の薔薇が、年間通して咲き続けるよう手入れをされている、綺麗な庭園です。生徒達の憩いの場所であり、入り組んだ迷路のようになって人目を避けられるため、デートスポットだったりもします。
そこを専有してお茶会などという真似が出来るのは――明文化されてはいませんが――ある程度の階級以上の生徒たちに限られています。
例えば、学院内で権勢を誇る伯爵令嬢であったりとか。
「あ……あのー、ちょ、ちょっと、よろしいですかしら!?」
ドンドコずんどこ盛り上がっている取り巻き三人娘さんたちを止めるため、私は声を張り上げました。
(まずい、声が上擦った……)
動きの止まったスカーレットたちが、目を丸くしています。ここで気弱な態度を見せるのは、ディアベラちゃんではありません。ノーミスを目指すより、ミスした後のフォローが大事!
私は意識的に顔を上へ向け、三人を冷たく見回して微笑みつつ申し上げました。
「色々とお気遣いくださって、ありがとう。でもわたくし、まだ事故の後遺症なのか……ちょっとしたことで、ひどく疲れやすいんですの。先生にも安静にするよう、言われておりますのよ。せっかくですけれど、お茶会はまたの機会にさせて頂きますわ。では、ごめんあそばせ」
高らかにご挨拶をした私は三人娘の横を通り抜け、ロビンちゃんを従えて校舎へと向かいました。
あの三人は、ディアベラお嬢様をよく知っています。お茶会をすれば、まだ不慣れな私の振る舞いを見て違和感を持つかもしれません。墓穴が掘れそうな場所に近付くのは、可能な限り避けたかったのです。
――よっしゃ、今のは完璧でしょ。ちゃんとディアベラお嬢様として、お断りしたし……!
そう思ったのですけれど。
「ディアベラ様……そんなにお体の具合がお悪いのかしら?」
「あの薬も受け取って下さるなんて……『まあぁ、薬も買えないほど貧乏と心配してくださったのね、嬉しいですわぁ!』くらい言われると思ったのに」
「アニス、何であんなもの持って来たの?」
「そうよ、お年寄りじゃないんだから」
「パパが持って行けってうるさかったのよ! こういうのは先手必勝だって……!」
とか何とか、背後からひそひそ聞こえてきました。そんな返事が必要だったなんて……難易度高いなディアベラちゃん。
すると、そこで、タン! と軽快な足音がしたと同時に
「おはよう、みんな!」
長いピンク色の髪をなびかせて目の前に現れたのは、『戦巫女』の私でした。現在の中身は、『悪役令嬢』のディアベラ様です。
「ごきげんいかが? すてきな朝ね! いつもと同じだけど、いつもより空が眩しく見えるのはなぜかしら?」
小首を傾げた彼女の髪が、朝日を浴びて普段よりキューティクルきらきらになっています。どうしてそうなったんですか。お手入れのテクニックですか。それ以前に何か見たことのないテンションなんですけど誰? これが『ヒロイン』? でもどっちかというと、ヒロインになろうとして失敗してる感じじゃない……? と固まっている私を無視して
「知らなかったわ! 少し勇気を出して自由の羽を広げたら、それだけで世界がどんな宝石よりも輝き始めるなんて!」
翼のように両手を広げ、くるくる回ったピンク髪の女の子(自分だと思いたくない)はミュージカルみたいに歌いながら校舎へ走って行ってしまいました。
(何だったんだろう……あれ)
(『勇気を出して』って、アンタさん何もやってないでしょうが……!)
そんな言葉は出せないから、お嬢様には届きません。耐え忍ぶしかありません。
入れ替わり解消と、悪役令嬢への道のりの遠さを思い、私は本物の頭痛がしました。