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第11話 ルカのはなし・金持ち父さん貧乏じゃない父さん

 ダックワーズ学院は基本全寮制ですが、僅かに例外がいます。例外の一人がディアベラちゃんです。


 まず学院のあるマフィン島は、島です。そんなに土地がありません。狭い上に色々と付加価値もあるそうで、ここの地価は異常に高いのです。そこにドッカリ土地を持ち、でっかいお屋敷を所有するというのは、ステータスシンボルそのものです。

 それをやってのける財力をお持ちなのが、パリス伯爵家です。


 白亜の大邸宅の、大玄関。室内へ一歩入った私が、天使の舞い飛ぶ天井画と、まばゆいシャンデリアに口を開けていると


「ああ、良かったわ、ディアベラ! 迎えに行こうと思っていたところだったのよ!? 階段で突き落とされたんですって!?」


 女性の高い声がして螺旋階段を見上げれば、駆け寄ってきたのはプラチナブロンドの髪を華やかに結い上げた奥様でした。お化粧はしっかりしていますが、娘と顔がソックリなのでお母様のカーミラ様だとわかりました。


「報せを聞いて心臓が止まるかと思ったのよ!? 無事なのね!? どこも痛くはないの!?」

 緋色のドレスを翻らせ、突撃してきたお母様のお胸に抱き締められて私は身動きが取れなくなります。顔面を圧迫され、むぎゅー! うぎゅううー! ともがいている間に


「本当に怪我は無かったのか、ディアベラ!? それならば不幸中の幸いだったが……」


 きっちり整えられた顎鬚もナイスダンディな鳶色の髪の旦那様が登場し、足早に近付いてきました。鍛えられた体格で、見るからに健康快活な雰囲気です。空色の瞳が娘と同じなので、こちらがお父様のクロード様であり、パリス伯爵様だとわかりました。


「お、遅くなって申し訳ございません……お父様、お母様。でも先生方に適切な治療はして頂きましたから、もう大丈夫ですわ」


 私は一人娘の『ディアベラお嬢様』として、しおらしくご両親に言いました。我ながら思いっきりぎくしゃくした笑顔になっていました。しかも『適切な治療』とか大嘘です。中身は別の人です。ごめんなさい。好きで騙してるわけじゃないんですー……!


「何はともあれ、帰ってきてくれて良かったわ! それにしても、またあの異世界人が関わったんですって?」

戦巫女ヴォルディシカでなければ、とっくに国外追放にしてやるところなんだが……!」

 お父様お母様は、そう言って大変なお怒りようでございました。


 どうやらディアベラお嬢様は、突き落とされた事になっているようです。このお屋敷内では、異世界人が伯爵令嬢に危害を加えたストーリーになっています。どこで情報が曲がったよ……。

 と、思っている間に


「貴方、何とかしてくださいませ! あの異世界娘、戦巫女であるのをいいことに、由緒正しき学院内で我が物顔に振る舞っているそうでしてよ? ディアベラが遠慮しなければならないなんて、母親として耐えられませんわ!」

 カーミラお母様は、娘のか細い身体をぎゅうっと抱き締め、クロードお父様に訴えました。


 どうしてこちらのお母様がこんなに『異世界人』を毛嫌いしているのかと言いますと、学院内の生徒までもが知っている根深い事情がありましてですね。 


 カーミラお母様は、先代の大神官長(裁判官みたいな役目も兼任しているそうです)の娘です。是が非でも愛娘を、栄誉ある『戦巫女ヴォルディシカ』にしたかったそうなのです。根回ししまくって、頑張ったのです。それなのに異世界人が予言通り戦巫女になってしまったため、ムカついてしょうがないのです。そしてルカが嫌われているわけです……。


「心配はいらん。ディアベラは未来のお后様だ。今少しだけ我慢するんだぞ、ディアベラ。この度の騒動さえ終われば、お父様があの『戦巫女』を引きずり下ろして、正義の鉄槌を下してやるからな!」

 娘の綿飴のような金髪を撫でながら、お父様も笑顔で仰います。


 クロードお父様は、国王シャール陛下の腹心で右腕です。陛下の親友であり、宰相(官僚のトップ)であり、統帥(軍隊のトップ)であり、大神官長をも一手に引き受けています。公私ごった煮です。こんな権力の塊に、異世界人ごときは勝てる気がしません。


 迫り来る恐ろしいお話しを聞かされ、『見た目はディアベラお嬢様』な戦巫女ルカは、喜べないながら無言でこくこく頷いていました。


「ロビン! 一体どういうことなの、こんな……!」

「そうだぞ、ロビン。後の対応は良いとして、まず何よりディアベラに何かあってからでは遅い。これでは護衛として、お前に娘を任せることが出来なくなる!」

 お母様とお父様の注意と叱責が、控えていた侍女で護衛のロビンちゃんへ向きました。


「も、申し訳ございません……!」

 叱られたロビンちゃんは一切の言い訳もせず、頭を下げていました。


 ディアベラちゃんの指示で、ロビンちゃんは階下の見張りをしていたのです。そして遅れて駆け上がって行った『戦巫女』のことは、これから屋上に『用事』があるのだろうと、見逃したのです。護衛が僅かにお嬢様と離れた隙に、事故は起きたのでした。


「あ、あの、違うんです、お父様、お母様! 私がロビンに階下で待つよう言っただけで……!」

 お嬢様になっている私は、思わず間に入って説明してしまいました。

 すると私の言葉に、お父様お母様だけでなく、ロビンちゃんや周囲にいた他の召使の皆さんも静まり返ってしまいました。


(あ、あれ? 何か言い間違った……?)

 場を沈黙させてしまった私が、視線を集めて緊張していると


「まああああ……! 何て優しいのディアベラ! 良い子! 可愛い! 最高! 素敵ッ!!」

「やはり我が娘ながら聖女としか思えん!」

「おふうううーーーー……ッ!!?」


 物凄い勢いでお母様に抱き締められ、ぐるんぐるんジャイアントスイングされました。逆さづり状態ではなかったので、スイングスリーパーの方が、いやそれも違うか。それにしても、たったこれだけの発言で褒めちぎられる、お嬢様の『優しさ』のハードルの低さハンパないですね!


 と、愛らしいお嬢様をぶん回していたお母様が、何かに気が付きました。娘の格好を改めて、ブラウンの目を瞠ります。あれだけ回転して揺るがないお母様、平衡感覚すっげえ。


「た、大変! ディアベラの制服が破けているわ! 突き落とされたときに傷んだのね……!」

 左肩の部分に、ちょろっと出ていた糸くずを見てお母様が叫びました。『破けた』には入りそうにないと思ったのですが。


「あ、いえ、これくらいは……」

「ダメよ、いつも言っているでしょう、小さなところから人はだらしなくなっていくのよ。すぐに新しい制服を! そうだわ、その前にお着替えをしなければね。今日はまだ二回しか着替えていないじゃないの!」

 二回以上着替えるのがルールみたいです……。


「ディアベラは、フューゼン殿下の許婚なのよ? 常に相応の身形をしていなければならないわ!」

「最高のものを身につけ、美を見極められるようにしておくのも、お后修行の一つだぞ!」


 ご両親様のパワーに押し切られました。

 こうして私はプールと見紛うお風呂に入れられ。化粧室という名のエステルームで、トゥルピカになるまでお手入れを施され。高級ブティック並みに品揃えの充実した衣裳部屋で、お着替えをさせられました。


 されるがままになっていた私は、ペットサロンでトリミングされるトイプードルのようだったことでしょう。

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