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第08話 ルカのはなし・注文の多いお嬢様

「ここは、『乙女ゲーム』の世界なんですのよ」

 私の袖を引っ張りもう一度椅子に座らせると、ディアベラちゃんが囁きました。


『乙女ゲーム』。


「何ですかそれ?」

 私は素で聞き返してしまいました。途端にディアベラちゃんの血相が変わってしまったのです。


「貴女そんなことも知らないの!? 非常識ね!」

「すみません」

異世界こっちに来るまで、一体何やって暮らしていたのよ!?」

「えーと……学校行って、勉強と、化学部の部活と、カフェのバイトと。腹筋と背筋とベンチプレスを少々」


 伯爵令嬢とは違いますが、私も私なりに忙しく過ごしていたのです。

 ちなみに私の中学時代の部活は、意外と化学部でした。顧問の斎藤先生が好きだったのです。そして無事に高校へ入学し、「どの部活に入ろうかなー♪」と考えているうちに、異世界に召喚されてしまったので、私の部活の最終履歴は『化学部』で止まっています。

 ダックワーズ学院にはサロンや委員会はありますが、部活動は無いからです。


 前にいた世界で、漫画もゲームもアニメも親しんでいました。アプリなんかでちょっと遊んでいたから無知ではないです。でも『乙女ゲーム』なるものは、私の生活圏にありませんでした。


「あのー……『ゲーム』ってアレですか? スマッシュがブラザーズする系の、あれですか?」

「まぁ、そうね。そうですけど……言い方どうにかして」

「ディアベラちゃん、何でそんなの知ってるの?」


 私は驚いて、声を小さくしつつ尋ね返しました。中世ヨーロピアンでロココで、ゴシックでバロックで、ヴィクトリアンな異世界『マカローン』に、そういう『ゲーム』は存在しないのです。屋内の『ゲーム』と言ったら、チェスやカードゲームくらいです。


 こちらの質問に、私の顔をしたディアベラちゃんは私らしからぬ優雅な動きでスカートを摘んで椅子へかけ直すと

「仕方ありませんわね……。あのね、わたくしには前世の記憶があるの」

おもむろに、そう話し始めました。


「ぜ、前世……?」

 パステルカラーな魔法世界に、力いっぱいの仏教用語が出てきました。たぶんこの時の私はディアベラちゃんの顔で、物凄く怪訝そうな表情をしていたと思います。


「そう……わたくしはこの異世界へ転生してしまった、元異世界人なのよ」

「ええ……! じゃ、じゃあ日本の方だったんですか? ご出身は? 香川県ですか!?」

「何で香川県なのよ! 讃岐うどんに謝りなさいよ! そんなのどこだって良いでしょ前世なんだから!」


 どこの都道府県か私は割と気になったんですが、ディアベラちゃんに一蹴されました。

 しかし香川県がうどん県だと知っているみたいなので、“ディアベラちゃん前世が異世界人説”は嘘ではないようです。


「そんなことより! まずここは【君のいる世界と戦巫女ヴォルディシカ】という乙女ゲームの世界なのよ! わかる!? 前世でわたくしがやっていたゲームとソックリ同じなの! だからわたくしは全部知っているの! この世界も人名地名も! これから起こる出来事も何もかも! そして貴女はゲームのヒロイン! わたくしはそのライバルで、悪役令嬢!!」


 早口で喋るディアベラちゃんは、自分の声でどんどんヒートアップしています。ここは頑丈な結界の中で外に声は漏れないから良いようなものの、電車の中だったら白い目で見られる音量でした。


「ヒロインと、悪役…………え? 私ってゲームの登場人物になってるんですか?」

 ディアベラちゃんの話しを遮り、まずはそこだけ確認しました。


 私も最初から何となく、漫画やゲームみたいな世界だとは思っていたのです。

 異世界マカローンには、剣と魔法が普通にあります。神様と精霊がいて、騎士や魔導師や魔物もいます。自分の体力、魔力、能力などが記載され自動更新される『ステータス』という免許証みたいな魔法もかけられています。


 しかも私は世界を救う、『戦巫女ヴォルディシカ』となるべく召喚されたりしたのです。ゲーム的といえば、その通りだったのでした。


 どーりで言葉も読み書きも通用する。私のよく知っている食物や飲物が存在する。一年が三六五日。一日が二四時間。十進法が通じる。メートル法が通じる。天体の動きや東西南北も同じ。通貨は『ゴールド』ですが、感覚的に前の世界と変わらないし……などと考えていると。


「そうよ! 今までヒロインなんかに言う必要ないと思って黙っていましたわ! でも、またこんな『障害エラー』が発生するなんて……それもこんなところまで来て、苦労を台無しにするわけにはいかないんですのよ!」

 顔を赤くしたディアベラちゃんに、力説されました。意味はワカリマセンが、私の知らないうちに事態はどうやら重大な局面を迎えていたようです。


「そしてここからが大事なの! わたくし達は今、『最高のエンディング』へ続くルートを進んでいる途中なんですのよ!」

「エンディング……? あ、そうか。『ゲーム』ならエンディングがありますね……」


 身近じゃない単語の頻出に戸惑いつつ、ディアベラちゃんの話しに私も追いついてきました。心や資産の整理をする、人生のエンディングとは違う、エンディングです。ゲーム上の目的達成であり、ゴールを意味するエンディングです。


「そう、このルートなら。この『隠しルート』が確定すれば、わたくしも生き延びられる……! ようやくゲームから解放されますわ。破滅の約束された『悪役令嬢』人生を、卒業できるのよッ!」

 ルカの姿で、ちょっと涙ぐみつつ『前世は異世界人』のお嬢様は必死で語っています。


 この支配からの、そつぎょう……。そんな歌詞の名曲を、よく父がカラオケで熱唱してしました。

 お父さん、頭の中に出てきて歌わないで。

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