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悪役令嬢ディアベラ・パリスの独白

――私はいったい誰なのかしら?


 たまに、わからなくなる。


『ディアベラ・パリス』であるという自己統一感は明確。

 私はディアベラ。アマンディーヌ王国の貴族で、パリス伯爵家の一人娘。

 そして『前世の記憶』というオプションつき。

 全十回にわたる『悪役令嬢』のステージを経て、只今第十一回目を進行中。


 前世の私は、日本という国の普通の女の子……『女の子』ではなかったかもしれない。日本での生を終えたとき、私はそこそこの年齢だったと思う。

 貧乏過ぎない庶民の家に生まれ育った。名前は『エグミ』。


 保育園から「人間てどうして馬鹿しかいないの?」と口走り、孤高な優等生の地位を確立する。

 小学校で「ふふ、ごめんなさい、気を抜くと地上文明を八分で滅ぼしてしまうの……(暗黒の微笑)」と級友を怯えさせた結果、ぼっち確定。

 中学では暗黒の微笑を振りまいた影響で、居場所がなくなる。空白の日々を、トイレと教室の隅で三年。

 高校はすでに思考回路と外見がトリッキー過ぎて、周囲から人が消える。根性で乗り切って卒業。

 大学へ進みシェアハウスで五年暮らしたが、バイト先のうるさいババア以外誰にも話しかけられないまま終わる。

 外国へ留学もしたけど覚えて帰ったのはスチールドラムの叩き方だけで、年齢=恋人いない歴を更新。同性の友達いない歴=年齢も更新して帰国。


 カモノハシとロイヤルミルクティーと乙女ゲームさえあれば、他に何もいらない乙女に仕上がった。

 世界がこの三つだけで構成されていたら良かったのにと思っていた。


 大手通信会社で一般職と呼ばれる仕事をしていた私。カモノハシに癒され、ロイヤルミルクティーを嗜み、乙女ゲームに勤しみながら税理士になろうと思い立ち勉強していたとき、職場の階段から足を滑らせ転落して、あえなく他界した。自宅の机の上にある色んな品が、白日の下に晒されることに心残りを感じながら。

 あんなに無欲に生きていたのに、神様はいじわるね。


 そして私は、ディアベラ・パリスとして転生した。

 滑らかなふわふわの金髪と、透き通る空色の瞳。

 人並み外れた愛らしい容貌に、魔法や剣の才能まで備えたディアベラお嬢様。

 莫大な財力で贅を極めた屋敷内には、絵に描いたような幸福。

 幸せにしか成り得ないと余裕ぶちかましていたら、とんでもない思い違いだった。


 忘れもしない。自分が『悪役令嬢』になっていると自覚したのは、六歳のときよ。

 お屋敷の階段から落ちたショックで、私は前世の記憶を取り戻した。


 この世界は、前世で大ハマりしていた乙女ゲーム【君のいる世界と戦巫女ヴォルディシカ】と丸映し。私はそのゲームの中で倒される、悪役令嬢だった。


 これから進む悪役令嬢の未来がわかってしまった六歳の私は、夢中で考えた。

 どうしよう。どうしたらいいだろう。何とかして今度こそ破滅を回避出来ないかと悩みまくった。


 なぜなら『今の私』はディアベラとして、すでに十回『破滅』しているから。


 ヒロインの邪魔をし、挙句に魔獣化し、敵として倒されては再び同じポジションに帰ってくる。このループが十回も続いてきた。


 ちなみに『自分がループしている』と初めて気がついたのは、悪役令嬢転生、六回目のとき。五回目までは最後の瞬間、「ああ、この景色を知っている」と思って終わるだけだった。


 だからまぁ六回目以降の私は、やっと気付けたんだし、ダメでもどうにかしようとこれまでさんざん苦労してきたんですのよ。


 周辺の人間関係に注意を払って、ディアベラお嬢様の好感度をアップしようとしたり。

 シナリオ逸脱のため、魔法と前世の記憶で『農場』、『居酒屋』、『動物園』などを経営してみたり。

 伯爵令嬢の家も地位も名声も捨てて、ド辺境へ逃亡を試みたり。

 訓練と鍛錬を重ね、鉄腕無双令嬢となってXデーに向けて完全武装してみたり。

 伯爵家の城内にある塔へ引き篭もり、家族も含め外界との接触を断って籠城したり。


 どれも思いついた瞬間は、素晴らしいアイディアだと思ったわ。

 破滅へ続くレッドカーペットは、第一歩を踏み出すまでは燦然と輝いていたのよ。


 でも何か違ったみたい。私の努力と行動は、どれも成功には繋がらなかった。

 ゲームの強制力もあったに違いないと言わせていただきたいけれど、結論は無駄に終わったの。


 私の善意や好意に対し、相手が好感を持つかどうかは私の決めることではなかった。

 起業は比較的容易だったけれど、肝心なのは営業実績と維持継続だった。どれも三年で終了。

 婚姻が重大任務の伯爵令嬢が独断で家も地位も捨て逃亡するのは、一族を敵に回すのと同じだった。

 鉄腕令嬢になっても『悪役』が主役に勝てるはずがなかった。自分が敵設定なの忘れていたわ。

 完全引き篭もり生活は……全ての情報を遮断した環境で、十年もやってみるといいわ。具合悪くなってきて、邪神に勧誘されると「魔獣も良いかも?」と思えてしまったのよ。


 私は魔獣化しては倒され、また悪役令嬢ディアベラ・パリスとして生まれ、六歳で記憶を取り戻す。何なのよ、この意味不明なループは。


 破滅を回避する、最大の障壁となったのが『戦巫女ヒロイン』だった。

 ヒロインだけは毎度、別人がやって来る。彼女達はどんな行動をするか、わからない。


 ヒロイン達は、外見も性格も様々だった。

 無邪気で天然な女の子のときもあれば、残酷で高飛車な女王様気質のときもある。一途で献身的な聖女のときもあれば、次々と男を手玉に取って弄ぶ性悪女なときもある。


 イベント数が八千以上という、狂ったような設定のゲームの中。

 他人がいつ、どんな選択をするか見極めて行動するなど、まさに無理ゲー。

 ヒロインの選択一つで、こっちは人生が右往左往するのに、主導権はこちらにはない。

 さすがは悪役。おかげさまで享年十八歳歴、十回よ!


 こうして十一回目の現在へとやって来たことを自覚した、当時六歳の私。合算すると二百年近い大破滅クロニクルを思い返し、うなされる夜が続いた。

 華麗に痛快に、大逆転する道はないかと考えた日もありました。過去形です。


『前世の記憶』なんてご大層に聞こえるけど、子供の頃の思い出みたいなものよ。

 ディアベラとして成長し時間が経過するほど、鮮烈な記憶もただの『過去』となってしまう。

 自然の成り行きだと思うわ。『記憶』よりも、日々更新されていく『五感』の方が強いんだもの。


 どれほど深刻に前世や転生のことを考えているときだって、目に砂粒一つ入ったらそっちの方が痛いし、気になるし、砂粒を洗い流さないではいられない。その間は前世なんて忘れている。

『未来は破滅』と知っていても、伯爵令嬢はオシャレやレッスンや、お出掛けやバカンスで忙しいの。


 それでも脳裏をチラつく、『破滅』の文字。私の心は不安定に揺れ続けてきた。

 今生の性格も、イイ感じに曲がってきていると思う。


 この乙女ゲームが、『婚約破棄』だけで終わらせてくれるシナリオだったら良かったんだと怨んだ。

 お金と知識と人材さえ備蓄しておけば、頑張り次第でいくらでも挽回できる。

 乙女ゲームなんてバカなシナリオに、いつまでも付き合いたくない。

 婚約破棄なんか大したことじゃないわ。

 婚約者が三国一の美男と誉れ高い王太子殿下で、前世のエグミだった頃の最推しで、好みど真ん中だったりしたら、それなりにハートにダメージも食らうでしょうけど(食らったけど)。


 こうして悩みながら時間にどんどこ流されていくうち、転換を司る『機械仕掛けの神ペッパー』の導きにより、(私にとって十一回目の)戦巫女ヴォルディシカが召喚された。


 召喚された今度の戦巫女は、奇妙なまでに伯爵令嬢ディアベラへ近付いてこない子だった。

 ベビーピンクの長い髪に、ルビーの瞳。古風なセーラー服の、健康優良系な女の子だった。

 ぽーっとしていて、空ばかり見ている。

 でもヒロインの知能指数が、高くても低くても良い。同級生として同じ学び舎で暮らし始めたヒロインの動向を観察するうちに、私はもしや、と気がついた。


 ――これ……『隠しルート』じゃないかしら?


 この乙女ゲームの基本ルートは、大まかにこう。


 1)ディアベラがヒロインを認めない宣言→ヒロインは仲良くなろうとする。この選択をしないと後が大変。

 2)ヒロインに次々と降りかかる試練→魔法や武術など試練クリア。途中過程で守護者達と知り合う。

 3)どちらが戦巫女に相応しいか十番勝負→素材やアイテム等をゲット。ヒロインは一勝すれば十分。

 4)魔獣ニーズヘッグが学院に襲来→ここで勝利し、正式な戦巫女に選ばれるヒロイン。

 5)戦巫女として戦場へ向かうヒロイン→邪神に魂を売り渡し闇落ちしたディアベラが登場。宣戦布告。

 6)最後の戦いで中ボス『クリムゾン・レディ』として登場。ヒロインに倒される。


 対して『隠しルート』だけは、こうなる。


 1)ディアベラがヒロインを認めない宣言→無視する。ヒロインの好感度が下がるので上げる努力を。

 2)次々ヒロインに降りかかる試練→ディアベラ関連イベントは全て無視して、守護者達に会いに行く。

 3)どちらが戦巫女に相応しいか十番勝負→ヒロインは一勝もしては駄目。アイテム等はあきらめる。

 4)魔獣ニーズヘッグ襲来→他イベントで準備。この戦いさえ勝利すれば戦巫女に選ばれるから無問題。

 5)戦巫女として戦場へ→ここで仲間全員の好感度が最高だと、お嬢様は邪神の勧誘を告白し失踪。

 6)クリムゾン・レディ戦消滅。エンディング時、スチルの端っこに人間姿のディアベラが確認できる。


 ――絶対これだわ……ッ!


 戦巫女の座をかけた『十番勝負』でヒロインに勝利したと同時に、私はそう確信した。

 それに今は『十一回目』のディアベラお嬢様人生。あのゲームのエンディングは『隠しルート』を含めて、全十一種類。今までは、全て破滅した。


 つまり現在は唯一、悪役令嬢が生き延びる『隠しルート』を進んでいるに違いない。

 うまく悪役令嬢の役目さえこなせば、これで解放!

 このルートなら、パリス伯爵家は一族粛清から国外追放へ減刑される。ディアベラお嬢様も王太子から婚約破棄はされるけど、生き残る。婚約破棄はされるけど。


 私は相変わらず『悪役令嬢』だったが、こうして何だかんだのすったもんだの末。

 先日、魔獣ニーズヘッグがめでたくダックワーズ学院を襲撃してきた。ヒロインはこの戦いにも勝利し、『正なる神シュガー』に愛されし『戦巫女ヴォルディシカ』として正式に選ばれた。


 魔獣が出現したとき、私が真っ先に逃げたのは百パーセント自分のため。何を恥じることがあろうぞ。

 でもちゃんと


「ふ、ふんっ……偶然よ! こんなの認めませんわ!」


 と、ヒロイン達に言い放って自分の仕事したので、オッケーオッケー問題ありませんわ! ここが正義の悪役令嬢、人生のピークだったのね! ピークが地味。地味過ぎる! 魂を売り飛ばして『魔獣クリムゾン・レディ』に変身する方がよっぽど派手だった! でも地味で結構、もう何度もやりましたの!


 さあ、次は『邪なる神ソルト』が来るのを待つだけ。

 神殿であいつの誘惑を蹴飛ばしてやれば、晴れて『隠しルート』が確定して『悪役令嬢』は終了よ!


 自由になって今後こそ、自分の好きなことをして暮らそうと思った。

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