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迷いで迷いで誰か助けて


 経験上初対面だとうまく話せないのだが、今朝は目覚めがよかったからか、何となく調子がよかった。


「じゃあ、俺らは温泉はいってるからぁ」と間延びした調子のサワムラくんに見送られ、青髪の少女、ルゥナさんと共に河川敷を歩く。

 人見知りを拗らせていても、なぜか彼女に対して緊張感を抱くことはなかった。


「マクシミリアン、良い体してるな」


「マクラこそ」


「へっへっへ」


 話ならどこでも出来るじゃないか、と訪ねたら「騒がしいのは苦手です」と、お湯のかけっこをするサワムラくんとマクシミリアンさんを指差して返された。


「マクシミリアン、傷だらけだな。その傷深そうだけど大丈夫か?」


「ああ、マクラたちを守れるために出来た傷さ。名誉の負傷ってやつだ」


「マクシミリアン……」


 なんか気色悪い会話してるので、自然と早足になっていた。

 完全に年下の女の子に主導権を握られているが、この場にいたくなかったので、ある意味ちょうどよかった。


 テントから少し離れた場所に岩石郡が広がっていた。巨岩はいずれも川の流れで侵食され、不可思議な形になっている。

 そのうちの一つの大岩に腰かけて、少女は澄んだ瞳でこちらを見てきた。


「ワタクシの名前はルゥナ・シュウイニー。ノースライト出身の僧侶です。今は勇者マクラとともに魔王エルキングの討伐の旅をしている最中です」


 サワムラくんと湯船に浸かったとき、彼女のことを聞いたことがあった。

 (ノースライト)の賢者と称される頭脳明晰の女の子で、幼い容姿からは想像できないほど熟練した魔術を使うらしい。


「あなたのお名前はなんと仰るんですか?」


 自己紹介のフェーズだ。相手が名乗ったのなら、当然自分も名乗らなければならない。円滑なコミュニケーションにはそれが必要。


「……」


 にも関わらず喉が震えることは無かった。


「いかがされました?」


「あっ……」


 戸惑いが詰まる。

 出来るだけ考えないようにしていたが、やはり、そういうことらしい。


「ごめん、思い出せないんだ……」


「思い出す?」


「自分の名前がわからない」


 記憶はある。

 忘れたいことはちゃんと覚えている。

 両親の離婚と義理の父の暴力、青アザをこしらえて通った閉鎖的な教室、たまらず飛び出した秋田の星空に、桜散った高架下……。

 なのに、忘れちゃいけないことは、記憶の底に沈んで泥を被っていた。


「記憶喪失ですか?」


「違う。昔の記憶はある。この体になる前の……」


 そもそもにして生まれ変わる前の記憶を持っている方がおかしいのだ。

 ルゥナさんは無言でじっと見てきた。あまりに深い瞳の色をしていた。


「なるほど。つまり、あなたには前世の記憶がある、というわけですね。マクラさんから聞いていた通り……」


「信じられないだろうけど、そうなんだ。ただ、ぽっかり名前だけが思い出せない。自分の……」


「信じますよ」


「え」


「ワタクシもおなじですから」


 ルゥナさんはそう言って青い髪をかきあげた。透き通るくらい美しい髪の色をしていた。

 視界の端を蝶が横切った。夏も終わり、寒さが深まる季節だというのに、孤独を紛らわせるように舞っていた。


「前世を覚えてるんですよね」


「あ、ああ」


 ためらいがちに首肯すると、ルゥナさんは優しく「ワタクシにもあるのです」とはにかんだ。


「前世に関してはおぼろげで断片的です」 


「そ、そうなんだ」


「だからこそ、あなたと話してみたかった。同じ立場の人間として、同じ境遇の人間として」


 風が川原を優しく吹き抜ける。遠くではしゃぐサワムラくんたちの笑い声が聞こえてきた。


「こちらの世界はどうですか?」


「え?」質問の意図が分からず「どうとは?」と聞き返すと、少女は薄く微笑んだ。


「質問を変えましょう。あなたはこの生まれ変わりについてどう思いますか?」


 クスっといたずらっ子めいた瞳で少女は続けた。


「恐らく転生先は、前の人生において不足していた要素を補うようにできているんです」


「どういう……」


「たとえば転生前のワタクシは夢ばかりを追い求め、学がありませんでした」


「そ、そうなんですね」


「ところが今は逆です。知識はありますが、将来に対して希望的になることはありません。リアリストになってしまったのです」


 ルゥナさんの言葉に偽りは見えなかった。心底そう思っているのだろう。

 リアリストがファンタジー世界で魔法使いになるとは到底考えられなかったが、彼女のなかでそこら辺の線引きはできているのだろうか。


「ただし、この考えには圧倒的にサンプルが足りません。だから教えてほしいのです。あなたはどうなんですか。現状に比べて転生前から失った要素などはありますか?」


「……失った要素……」


 聞かれて少し考えたが、思い浮かばなかった。

 そのまま無言で唸っていたら、ルゥナさんは回答を急かすように自身の考えを述べた。


「欠落した要素を整える。ワタクシはこれこそが真に生まれ変わるための試練ととらえています」


 真の生まれ変わり?


「試練? なにが?」


「つまり、今と前を合わせれば一個体として完全体になることができるのです。ですが、それがうまくいかず今日も今日とて同じことの繰り返しているわけです」


「どういうこと……」


「端的にいうなら神の遊戯。人の運命を弄ぶイタズラとワタクシは理解しています」


「暇潰しでそんなことするのかな……」


「まったくもって忌々しい」


「え?」


 丁寧な彼女口調が一瞬だけ刺々しいものにかわった。ルゥナさんの考えは難しく、凡庸な小市民には理解しがたい。


「あなたもそう思いませんか? 」


 川辺には彼岸花のような花が咲いていた。真っ赤な花弁に先程の蝶が、蜜を吸おうと着地した。


「よく、わからない」


「……そうですか」


 理解力の乏しさでうまく言葉が思い出せず無言になっていると、「そろそろみんなのところに戻りますか」とルゥナさんは立ち上がった。

 燃え上がるような紅葉に、彼女の笑顔はよく映えた。


 大岩での問答とくだらない雑談を終わらせ、温泉に戻る道中、ルゥナさんが呟くみたいに言った。


「老婆心ながら、一つ忠告をさせてください。ルルというアンドロイドの言葉は話し半分に聞いておいた方が良いかと思います」


 ルゥナさんとルルに面識はない。近況説明を受けてそう思ったのだろう。「なんで」と尋ねると、涼しい顔で少女は続けた。


「彼女の行動はアンドロイドらしくありません。論理が破綻しています」


「アンドロイド……らしく、というのは……?」 


「明確な定義はありませんが、人の手によって生み出された人造人間をアンドロイドといいます。それらにはロボット三原則に順応するように出来ているはずなのです」


「ロボット三原則?」


「SF作家のアイザック・アシモフが提唱したロボットが従うべきと定めた原則です。現実の機械工学においても一つの指針とされています。「人間への安全性、命令への服従、自身の保護」、簡単に言うならこの三つです。地球の技術で作成されたというなら、間違いなく適応されているはずです」


「その原則がどうかしたの?」


「与えられてもいない任務を先取りしてこなすなど、通常のアンドロイドにできるはずがありません。にも関わらずルルはあなたの生活を快適にするために先回りして行動している。人でなければできない芸当です」


「そういう人工知能だからじゃ……」


「学習する機会がないのに先回りして行動しているのはなぜでしょうか」


 ルゥナさんの言葉は平坦で、そこに感情は込められていなかった。

 彼岸花に止まっていた蝶が、冬の寒さに耐えきれず、力尽きて地面に落ちた。


「人も機械も過去の経験があって、現状を変えていきます。初期状態の機械が察して行動するなんて不可能なはずなんです。人間だって同じです。生まれたての赤ん坊が他人を救おうと行動できるはずがありません」


「神様がアシスタントとしてプログラムして、派遣したからでは……」


「それならばルルには神から経験を与えられているはずです。神から与えられたのであれば、それは最早生物です。自らをアンドロイドと称する意図が不明です。ルルが嘘をついているのかはわかりませんが、簡単に信用しない方がいいかと」


 異世界在住の先輩アドバイスを、無視出来るほど、ひねくれてはいなかった。

 なにも言えずに悶々としていたら、彼女は慌てたように謝罪の言葉を呟いた。


「……すみません、何もかもを疑うのが癖になっているんです……。こちらの世界は日本ほど誰しも信用できるわけではないのです。性善説を信じられなくなるくらい、人と人がいがみ合っているから。善と悪なら中庸がなく、圧倒的に悪が多いんです」


 過去に色々とあったのだろう。

 ルゥナさんはそう言ったが、日本で生きていたときから裏切られてばかりなので、今さら誰かを信じることができないのも、同じだった。

 密かに不信感を抱いてしまい、この先ルルと上手くやっていけるのだろうか。


 河川敷を少女と歩く。まるで気心が知れた友人のように。

 彼女となら仲良くなれると思った。

 かつての友人が「未来、また会おう」と言っていたのを思いだし、もしかしたらルゥナさんこそが名前も忘れた彼女だったのではないかと、あり得ない想像をしてしまった。

 郷愁的な気分になって、整ったルゥナさんの横顔を見ていたら、「なんですか?」と首を捻られたので慌てて視線をそらす。



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