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自動人形の夜 3


 昼下がりの穏やかな雰囲気が、謎の少女の出現で緊迫したものに変わる。

 誰だ。


「マクラ……ッ!?」


 少女は唇を震わせて言葉を溢した。金髪碧眼で耳が異様に尖っていた。

 サワムラマクラ、は先日意気投合した少年の名前で現在彼の姿を借りている。


「どういう……いや、」


 驚愕に丸くしていた目がみるみる鋭くなる。


「いや、違う、あんた、マクラをコピーしたのね!」


「……は、はぁ」


 言葉がうまく出せなかった。人見知りが発動してしまったらしい。緊張すると吃音癖が出てしまうのだ。息すら詰まる気まずい雰囲気。


「このっ、」


 少女は端正な顔を歪ませて、手に持っていた錫杖を振りかざした。環がぶつかりあって、鈴の音のように甲高い音が渓谷にこだました。

 その音が合図だったのだろうか。大気が震えた。なんだかわからないが、いやな予感がした。カラスが悲鳴に似た声をあげ、逃げるように羽ばたいた。

 冷たい風が杖の先を中心に渦巻いている。


「偽物がっ! 死んじゃえ! タメツイゴス……」


「待て! アリス!」


 怒りに震える少女を呼び掛けたのは、件の少年のサワムラくんだった。

 彼は茂みから宙返りするように登場すると、叫んだ。


「さっき言った管理人がそいつだ! 手を出すなっ!」


「マクラ、なに言ってるの。このシェイプシフター、やっぱり敵よ。じゃなきゃわざわざ勇者をコピーする意味ある?」


 そして再び杖を構える。


「やめろって言ってるだろ。そいつは魔王側の人間じゃねぇ」


 彼らは文字通りボロボロだった。

 衣服は所々穴が開き、サワムラくんに至っては、こめかみからは血が垂れていた。

 アリスと呼ばれた少女も同様に傷だらけで、頬には煤がついていた。


「マクラはなんでこんな怪しいやつ信じるの!? 人殺してそうな容姿なのに!」


 少女がこちらを指差して叫んだ。全身黒タイツだから否定はできない。


「今そいつは俺に変身してんだぞ……」


 サワムラくんが悲しそうに呟いた。


「あ、ごめ、マクラ、そーゆー意味じゃなくて、えっと、なんていうか……鋭いオーラというか、えーと」


 しどろもどろだ。

 サワムラくんはあきれたようにため息をつくと、地面にドシンと背負っていたリュックを降ろした。


「よお、今日はあんたにお土産持ってきたんだ」


 そう言って鞄からなにかを取り出し,こちらに放り投げてきた。


「わっわ」


 慌てて掴む。いい匂いが漂った。


「これ石鹸?」


「ああ、シャンプーとリンスもあるぞ」


 朗らかに笑い、ポンとリュックから取り出す。ポンプ式のボトルは見知った形をしていた。どこで手に入れたのだろう。


「こないだ風呂入ったときさ、やっぱ身体を洗わないと落ち着かなかったんだよね」


 鼻歌混じりに入浴道具を取り出すサワムラくん。

 一対一ならいいが、相手が複数人だと、どうしても言葉がうまく出せなくなってしまう。

 言葉に詰まって、相槌も打てずにあたふたしていたら、察してくれたらしいサワムラくんが「温泉、浸からせてくれない?」と優しく訊ねてきた。

 そもそも所有者でもないので二度三度首肯すると、嬉しそうに彼は鞄からタオルをだした。


「いやー、やっぱ露天だよなぁ」


「ちょ、ちょっと! マクラ! あんたなに考えてんのよ!」


 ぽかんとしていた少女が慌てたように叫んだ。


「え? 風呂はいるだけだけど」


「しっ、信じられない! ここ外よ! 外部よ! 大自然が広がってるのよ! あんたバカなんじゃない?」


「露天文化無いのかよ、めんどくせぇな。いいかアリス、露天風呂はサイコーなんだぜ?」


 ポンと風呂桶を取り出して彼はやれやれといった風に肩をすくめた。

 プラスチックの黄色い桶にはケロリンと書かれていた。オーソドックスすぎて逆に珍しい。彼は一体どこで手に入れたのだろうか。

 アリスと呼ばれた少女は、ふるふると震えながら、サワムラくんを無言で睨み付けている。

 その時、彼らの背後に広がる茂みがガサガサと音をたてた。


「マクラー、この辺りの魔物の掃討は完了したぞ」


「やはりこの辺りはグーラ直属の上級魔物(モンスター)が多くいるようです……」


 またなんか来た。

 ゴツい筋肉質の角刈りのおじさんと、水色の髪を垂らした少女だった。

 知り合いの知り合いに会うのは本当に苦手だ。

 中学時代の文化祭を思い出した。

 そこそこ仲良いクラスメートの友人と遭遇したときの気まずさといったら無い。

 一人戸惑う川原のモンスターなど視界にも抑えてないのか、水色の髪の少女がため息混じりに呟いた。


「マクラさん、本当に回復スポットがこの辺りにあるんですよね? 大魔法を多用したので魔力がつきかけているので、回復スポットがないと非常にマズいのですが……」


「ああ、ルゥナ心配するな。目の前にあるだろ」


「目の前……?」


 ルゥナと呼ばれた青髪の少女と目があう。

 特に感情などは込められていなかった。


「マクラさんがもう一人います。正体はシェイプシフターだと思われます。変化妖怪です。人の不安や思考を読み取り、自由に容姿を変える厄介な相手です。宝箱や宝石に化けて冒険者を食らうらしいです。危険レベルA。マクラさん、今のうちに排除しますか?」


「いや、だからソイツが温泉の管理人なんだって。害はない」


「温泉? あっ、まさか、先日マクラさんがおっしゃっていた魔物がカレなのですか。それじゃあ、まさか打倒グーラの取って置きの作戦って!」


「ああ、温泉で体力をマックスまで回復させるんだ。万全の体調で挑めば『屍奏者のグーラ』にだって勝てる!」


 握りこぶしを突き上げて彼は叫んだ。

 初対面の頃からは想像できない剽軽さだ。


「……つまり、その温泉が回復スポットなんですね……」


 湯気たつ温泉を指差してルゥナさんは浅くため息をついた。


「おおっ、外で風呂にはいるのか!」


 横に立っていた大柄の男性が唾を飛ばしながら叫んだ。


「なかなか粋な計らいじゃあないか、マクラぁ!」


 力こぶを作り、謎の筋肉アピールをしている。気温が少し上がった気がした。


「さすがマクシミリアン、わかってくれるか! さあ、風呂に入ろうぜ!」


「もちろんじゃあ!」


 ポンポンポンとスッポンポンになるマクシミリアンさんとサワムラくん。ルゥナさんとアリスさんの女子連中から小さく悲鳴が上がった。

 さすがにパンツははいていた。ホッと一息ついたら、マクシミリアンさんはためらうことなくパンツも脱いだ。すさまじいおっさんだ。


「おい、お前らなにしてんだよ」


 ザバっと風呂桶でお湯を汲んで頭から被ったサワムラくんが髪からお湯を垂らせながら叫んだ。


「お風呂入んないと体力回復しないぞ!」


「あんた、ばかぁ?」


 たまらずにアリスさんは叫んでいた。


「こんな真っ昼間から、外で! お風呂にッ! 入れるわけないじゃないッ!」


「……外だからいいんじゃん? 」


 サワムラくんとマクシミリアンはお互いにちらりと目線をやってからクエスチョンマークを浮かべた。


「真っ昼間から外でお風呂に浸かる解放感半端ないぞ?」


「は、はぁあ? 頭おかしいんじゃない! 川の水よ、それ! 汚いじゃない! 余計に汚れる!」


「はぁ、やれやれこれだからエルフのお姫様は困る。俺らと同じお風呂は入れないってか」


「そ、そうは言って無いでしょ! ばかっ!」


 ぷいっとアリスさんはそっぽを向き、「知らない!」と温泉から離れ始めた。


「あ、おい、なにしてんだよ。ここで体力回復させないと勝ち目ないんだって! ルゥナからもなんか言ってやってくれ」


「マクラさん、さすがにワタクシもちょっと……」


 ドン引きしていた。無理もない。露天風呂という文化がない国の人たちから見たらただの露出狂だ。


「ば、馬鹿かお前ら。ここで体力回復させないとグーラには勝てないだろ」


「マクラさん、乙女には羞恥心というものがあるのですよ」


「羞恥心……?」


 なにそれうまいの、といった風に首を傾げている。話にならなそうだった。一昨日少しだけ話して感じたが、サワムラくんは一般の人よりもずっと合理的な感性をしているらしい。そこにモラルという言葉はない。


「いやいや、ともかくこの温泉で汗ながせって、裸を気にしてるなら見ないからよ!」


「そういう問題ではありませんわ。マクラさんは女心を学んでください」

 浅くため息をつき、

「そんなことよりも。ワタクシは温泉よりもこちらのモンスターに興味があります」

 ちらりと横目で見られる。

「命令もなく、自律思考するシェイプシフターなど聞いたことありませんから」

 憐憫か、どこか悲しげな瞳をしていた。


「少しお話しましょう」


 まっすぐ伸ばされた手は細いのに、なぜか力強く見えた。



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