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自動人形の夜 2


 翌朝。

 空気は朝のそれと違って暖かい。


「おはよう」


「……おはよう。いま何時?」


「十三時五十五分」


 寝すぎた。

 時間をあまり気にしていなかったが、睡眠時間は優に十二時間を越えている。


「オーナー、本当に疲れてたんだね。二日も寝るなんて」


「うん、そうみた……え、二日?」


「疲れは取れた?」


「ああ、うん……」


 聞かなかったことにした。生まれ変わって、どうやら怠け者になってしまったらしい。

 寝袋から身体を出す。


「……」


 そこで気がついた。

 寝袋は一つだけだ。

 ルルはテントの隅でずっと三角座りをしたままだった。

 こんなことに気づかないなんて、どんだけ疲れてたんだ。

 少し冷たい川辺の空気に寝汗が冷やされていくのを感じだ。


「キミはどこで寝てたの?」


「ルルは睡眠を取らない」


「休んでないのか?」


「スタンバイ状態。オーナーが起きるまで外敵から守らないといけない」


「……」


 寝袋を畳み、テントのはしに置く。


「そういうのはやめてくれ」


 置いてから、正面からルルに向き合った。彼女は少し首をかしげて、


「……理解不能」


 と呟いた。


「キミも休めるときにはちゃんと休むべきだ」

 眉間にシワを寄せて、算数のプリントにつまった小学生みたいな表情になった。言葉の意味を噛みしめるように少女は口を閉じたままモゴモゴしていたが、やがて得心がいったように顔をあげると、いつもの無表情で淡々と続けた。


「オーナーは勘違いしてる。ルルは人間ではない。自立思考型のアンドロイド。人工知能と言えばわかる?」


「知能というならキミだって生きてるじゃないか」


「生きてるというのは違う。ルルに「心」はない。アンドロイドだから」


 ゆっくりと白くて細い腕を動かし、自らの左胸に当てる。


「心臓は鼓動していても」


 手のひらを唇に当てる。


「呼吸していても」


 人差し指をたてて、こめかみに当てる。


「思考していても、ルルには心がない」


 心。

 またあやふやな概念の話だ。


「心って……なに言ってるんだよ。こうしてちゃんと会話してるじゃないか」


「オーナーの言葉に反応して言葉を返しているだけ。ただのプログラム。そこに感情と呼べるものは一切ない」


「感情がないって嘘つくなよ。苛立って反論してることがキミが生きてるって証拠だろ」


「そういう風に反応してるだけ。熱した鉄板に水を垂らせば一瞬で蒸発するようなもの。ルルには心がないから、感情もわかない。ルルは空っぽの器だから」


「器?」


「魂なんか入っていないってこと」


 ルルは薄く微笑むと、たたんであった寝袋しまい始めた。

 拗らせた中学生だって、もう少しまともな反論をするはずだ。

 ルルをなんとか説き伏せようと言葉を選んでいると、彼女は一切気にした風もなく続けた。


「心が動いたり、愛情を感じたり、そういう感情の振り幅を専門用語でクオリアという。ルルはきっと哲学的ゾンビと呼ばれる存在。感情はない。だから、人間と思わないで接してくれていい」


「そういうわけには……」


「だってそれがオーナーの望みでしょ?」


「……」


 神様に、お願いしたのだ。

 人と触れあわずに生きていきたいと。

 そのくせ人の温もりを求めているのは、きっと本質的に寂しがりやだからだろうか。


「オーナーは気にしなくていい。ルルがするのはオーナーが幸せに生きられるためのサポートだから」


 それでもルルに楽しく笑って生きていてほしいと思うのはエゴなのだろう。


 テントを出ると秋晴れが広がっていた。

 風もなく気温も高い。行楽日和だ。

 ルルは何も言わずにテントの片付けを始めていた。命令なんてしていないのに、ともかくサポートが彼女の仕事なのだろう。やめてほしかったが、言えなかった。


「オーナー、今日はどうするの?」


「どうしようか」


 お腹も減っていない。ずいぶんとコストパフォーマンスがいい体らしい。

 気持ちのよい秋晴れに、もうもうと立ち上る湯気をみていたら、


「とりあえず、一っ風呂あびようか」


 そんな気分になってきた。




 湯船に浸かる。

 自然と、「ふぅ」と息をついていた。

 そのまま目をつぶって、くつろいでいたら、ボタボタとルルが黄色いテニスボールのような物を大量に投げこんできた。


「うわっ、なにすんだよ」


 黄色い物体がばちゃばちゃと水飛沫をあげ、降ってくる。


「ゆずを持ってきた。町の途中に果樹園があって、地面に落ちた粗悪品を安く譲ってもらったの」


「え」


 柑橘類の良い香りが立ち込める。


「地球では今日は冬至だから」


 死ぬ前の話だ。いまはすっかり季節が逆行して、秋である。


 冬至には、お風呂に柚子を浮かべ、カボチャを食べると聞いたことあったが、実行したことはなかった。

 なんで柚子を浮かべるんだろうと疑問を抱いたら、ルルはしゃがみこんで、プカプカと浮かんでいた柚子をこちらの方に寄せながら教えてくれた。


「十二月下旬にある冬至は一年で夜が一番長い日。翌日からは少しずつ日が長くなってくる」


 ぷかっー、と浮いた柚子が視線を横切る。

 なにを当たり前のことを今さら言っているのだろうか。


「暦において冬至は重要な起点。中国や日本では陰が転じて陽が帰ってくることを、運が上昇すると解釈し、一陽来復という言葉でこの日を祝った。冬至は太陽が生まれ変わる日、と考えてるの」


 太陽の生まれ変わりの日。

 なんでもないワードがストンと胸に落ちてくる。

 柚子の香りが湯気に溶け込み、優しく鼻腔をくすぐった。


「冬至に柚子を浮かべる理由は諸説ある。そもそもお風呂に入るのは冬至が湯治の語呂合わせであり、「融通がきく」から柚子を浮かべるなんていう説もある」


「へぇ。なんかユニークだね」


「だけど、本来は運を呼び込む前に体を清めるためにお風呂に入るの。つまり、(みそぎ)。冬が旬の柚子は香りが強く、邪気を払うという。それに柚子は実るまで時間がかかるから長い苦労が実るように願いをこめて」


 冬至の雑学に「へぇ」と感心する。

 ルルはなおも柚子を投入し続ける。


「多くない?」


「そう? こんなもん」


「ん?」


 一個なんかアヒル混じってるんだけど。

 持ち上げて、ちらりとルルを見る。彼女は無表情のまま、「かわいい」と呟いた。


 柚子の入った温泉を充分に堪能し、タオルで身体を拭く。

 それから黒タイツに袖を通す。これしか服が無いから仕方ないのだ。

 着替え終わって、ルルからどや顔で渡された牛乳を腰に手をあてて飲む。

 渇いた喉が音をたてて潤っていく。

 実に清々しい気分だ。


「オーナー、次はどうする?」


 ティッシュを差し出しながらルルが言う。鼻の下にできた牛乳ヒゲを拭いながら、「そうだな」と考える。

 トンビが鳴いていた。

 平和そのものだ。肌から柚子のいい匂いが香った。

 先程までまとわりついていた倦怠感と眠気はすっかり消え失せていた。

 サワムラくんは元々この辺りは協力なモンスターの縄張りと言っていたが、とてもそうは思えなかった。


「ルルも休みなよ」


 優しく微笑みかける。


「理解不能」


 ルルは少し戸惑ったように眉間にシワを寄せた。


「さっきも言ったようにアンドロイドに休息は不要。夜はスタンバイモードでデフラグを行っているから、オーナーの心配は検討違い」


「そうじゃない。見張りなんてしなくていいからキミにもちゃんと寝てほしいんだ。それとも睡眠は人工知能の機能には備わっていないの?」


「眠れる、けど……」


 ルルは困り顔になって、口を小さく開いた。


「休眠してしまうとオーナーに危険が及んだときにとっさに対応できない。いくら現状周りに協力な魔物の気配がないとはいえ、いざというとき起動に時間がかかるのは問題」


「そんな危険はそうそう来ないよ。日常的に交通事故を心配して歩いている人なんかいない。警戒のしすぎで胃に穴が開くぐらいなら、もっとおおらかに生きるべきなんだ」


 川のせせらぎが優しく辺りを包み込んだ。

 ルルは不承不承といった風にうなずくと、「命令なら、仕方ない」と呟いた。


 テントにルルを寝かせる。静かな寝息をたて始めるのに時間はかからなかった。ちゃんと寝てくれているようで安心だ。

 彼女からもらった釣りざおを手にしてテントを出る。ルルは「すごいつりざお」と言っていたが、本当に釣れるのだろうか。

 とにもかくにも時間潰しプラス食料調達だ。

 静かに紅葉が秋風に吹かれていた。今日の天気も快晴で青すぎる空が目に痛い。

 川原の虫を捕まえ、針にさして、釣糸を垂らす。

 ぽちゃんと美しい調べとともにフィッシングスタートだ。釣りははじめてなので、どんな魚が釣れるか楽しみだった。


 数分たっても棹に変化はなかった。

 棹先は一定の高さのまま動くこともなく、あまりにの不動ぶりに、川辺を飛ぶ赤とんぼが止まったほどだ。

 そもそも魚がいないんじゃないかと水面を覗きこんでみると、魚影はたしかに存在している。ルルに「夕飯のおかずの準備はしなくていい」と大口叩いてしまったので釣果ゼロだけはなんとしても避けたい。

 祈るように釣竿を握っていたら、ピクリと反応があった。

「!」

 慌ててリールを巻く。キリキリと音をたてて釣り針に引っ掛かった物体が上がってくる。長靴だった。

「……」

 なんてベタな。

 お約束な展開にため息をついて、取れた長靴を手繰り寄せ、横に置いたとき、

 背後に忍び寄っていた金髪の少女と目があった。


「……っ」


 咄嗟の事で声がでない。

 なんでこんなところに人がいるのだ。

 辺鄙な渓谷の一画に、凛とした様子で初対面の少女は立っていた。



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