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憂鬱の吹きだまりで神に願いを

もっとのんびりギャグみたいの書きたかったんですが、思った以上に暗い話になってしまったような気がします。



 死ぬまえにいた会社はいわゆるブラック企業で、働き方改革に背を向けるような怒涛の40連勤で、自律神経はすっかりぶっ壊れてしまった。


 労災が適用されることもなく、自己都合退職であっさりクビを切られると、会社は通常営業に戻っていった。


 通院するお金はなかったが、背に腹は代えられず、貯金を崩して診察を受けると、予定調和のように入院することになった。

 生まれつき白血球が少なく、保険に加入することができないため、あっという間に貯金はつきて、中途半端な状態で自宅アパートに戻された。

 風の噂で前の職場が潰れたと聞いて一瞬喜んだが、未払いの残業代もろとも逃げ去られたことに気付いて発狂しそうになった。


 家賃滞納に痺れを切らした大家の激しい催促にノイローゼ気味になったころ、血尿がでた。

 真っ赤に染まった便器を洗おうとしたら、水道が止められていることに気がついて、自分の無力さに自然と涙が溢れていた。

 絶望感にうちひしがれて、空腹を誤魔化すように布団にくるまって眠っていたら逝ってしまったらしい。


 享年二十五。


 夭逝とも言えない、惨めな最期だった。

 カーテンの隙間をちらつく綿雪は、まるで天使の羽根のようで美しかった。


 全くもって報われない人生だが、ようやくこの世をおさらばできると思うといっそ清々しい気持ちになった。


 心残りはただ一つ、ガスと水道の請求書が未払いで、お風呂に入ることが叶わず、臭い死体になってしまったこと。

 死んでまで、他人に迷惑をかけてしまって、本当に申し訳なく思っている。



「なんて哀れな魂なのでしょう」


 目の前に神様がいた。

 今際の幻想と割りきれたらどんなに楽だろうか。

 頭がおかしくなったと思ったが、実際にいるのだ。


 今はいわゆる魂だけの存在らしく、視覚も触覚も、およそ五感と呼ばれるものは一切無かった。

 にもかかわらず神と名乗る謎の声の言葉は、なぜだか感覚として理解できた。何を言っているのかわからないと思うが、なにをされているのかわからなかった。

 人智の及ばない存在をすんなりと受け入れることが出来たのは、魂にそうプログラムされていたからとしか説明できない。


「あなたを哀悼し、星座にして差し上げましょう。幾千年ぶりの作業です。星座名はなにがいいですか?」


「勘弁してください。死に恥をさらしたくありません……」


「そうですか……困りました。あなたにして差し上げることはなにもありません……」


「お気持ちだけで結構です」

 検討違いな提案にないはずの頭が痛くなったような気がした。そもそも自分の人生がそこまで哀れなものとは思えなかった。働きすぎて体を壊すのはよく聞く話だし、小さい頃から病弱なのも、特段珍しい話ではない。このぐらいのことで嘆いていたら、もっと不幸な人に申し訳がたたない。


 その旨を伝えると、神様は黙りこくった。


 時間だけが過ぎていく。

 沈黙ほど気まずいものはない。

 何をすればいいのかわからなかったので、人生回顧することにした。


 振り返ってみると、死に損なったというより、生き損なったという総評が頭に浮かぶ。


 故郷を思い返すと、でんと構える太平山が瞼の裏のスクリーンに投影される。

 東北の片田舎は閉鎖的な空間で、派手好きの母には合わない環境だったらしく、五歳の頃、浮気が原因で両親は離婚した。

 永遠の愛ほど薄っぺらいものは無く、浮気相手の家になし崩し的に転がり込むと、彼女たちは幸せそうに籍をいれた。

 二人にとって、子供はネジの外れた(かすがい)以上の邪魔者で、砂代わりに内蔵が詰まったサンドバッグに変わるのに時間はかからなかった。 

 心も体もぐちゃぐちゃになり、いっそ死ねたらと何度も自分を呪ったが、なんとか自我を保てたのは近所に住む友達のお陰だった。顔も名前も覚えていないが、同い年の女の子で、悩み相談しつつ、よくおままごとをして遊んだが、一緒にいるところを母親に見られ、頬を思いっきり叩かれてから、外に出ることを禁じられ、いつしか疎遠になってしまった。その子は部落の出身だったらしい。変なところで世間体を気にする母親だったのだ。


 中学の卒業式の後、家に戻ると玄関先に自分の荷物が乱雑に置かれていた。卒業後は何処となりへ行け、と前々から言われていたが、吃り癖のため進路を決めることが出来ず、しびれを切らした母達の強行手段だった。

 猶予を有効に過ごすことが出来なかった負け犬は、逃げ出すように地元を飛び出し、咲いてもいない桜を背にして、新幹線に飛び乗った。

 毛布と財布だけが、荷物になった。

 夢も目的も無く無計画に踏んだ東京のアスファルトは誰にとっても平等で、東北と違って穏やかな春風を全身に浴びたとき、世界が変わったのだと実感した。

 今にして思えば、生きていた時、一番心が動いた瞬間だった。


 前の父からもらったお小遣いは、新幹線代で消えてなくなり、文字通り一文無しになった。なにをするにもお金が必要だったので、日雇いなどで食いつなぎ、信じた人に騙されては、何度も何度も死にかけた。

 できもしないのに肉体労働やって、こんなんじゃだめだと、職業訓練校に通ったのは二十歳を過ぎてから。

 正社員にはなれなかったけど、人並みに落ち着くことが出来たと思った矢先に派遣切りにあった。


 氷河期にも拘らず内定をくれた会社が死ぬ前にいたところだ。建設業界のシステムエンジニア。

 そこで過ごした当たり前の日々を思い返してみると、やっぱり異常だったんだなと思い知る。 

 明日はきっといい日になると信じて生きてきたが、結局終わりは呆気なかった。

 


「……でしたらあなたの次の人生を実り多いものにして差し上げましょう」


 神様がようやく口を開いた。

 少年のようでいて、女の子のような、ソプラノで、耳心地の良い声だった。


「次の……」


 欲を言うならこのまま消滅したかった。

 神様はなぜ我々に試練を与えるのだろう。輪廻転生の楔を引き抜き、消えてしまいたかった。

 もし眉毛があったなら眉間にシワを寄せていたところだろう。


「いろんな転生先が用意されています。現在知識を使って『戦国時代』で無双するもよし、『剣と魔法が支配する世界』に『スキル』を持って転生するもよし」


 おどけたように明るい声で、想像していた『神様』よりずっとフレンドリーだが、発言の意味はわからなかった。


「『ステータス』を最強にして、ご自身が望む人生をカスタマイズしてください」


「あの、すみません、ちょっと何言ってるのかよくわからないです」


「最近の死亡者はみんなそこを志望するのですが、お嫌でですか? 現世で流行っているとお聞きしたんですが」


「すみません、最近忙しくて流行がよくわからなくて……」


「そうなんですね。でしたら、『悪役令嬢』とかおすすめですよ」


 やっぱり何言ってるのかわからなかった。

 神様は心配したように続けた。


「お気に召しませんか? もしカタルシスがお好みなら、最初は虐げられて辛いかもしれませんが、そのあと無双できる『追放もの』も準備することもできますが」


「あの、もし望みを叶えてくださるなら一つだけいいでしょうか?」


「ええ、ええ、おっしゃってください」


「お風呂に入りたいです」


「お風呂……?」


 神様は素っ頓狂な声をあげた。予想外な提案だったらしい。


「死ぬ前にスッキリしたかったんです。それ以外はなにも望みません。生まれ変わりも……」


 幼すぎて確かな記憶ではないが、両親が離婚する頃、家族みんなで温泉に行ったことがある。

 それがどこだったのか思い出せないが、色褪せない美しい思い出なのは確かだ。


「そんなんでいいんですか……?」


「お風呂にさえ入れれば思い残すことはありません」


「わかりました、そこまで言うなら用意しましょう」


「有難うございます」


 お礼を言って頭を下げようと思ったが、ふわふわとしていまいちうまくいかなかった。


「それでは転生の準備をさせていただきます」


 人の話聞いてた?


「転生? いや、お風呂に入れればそれでいいんですが……」


「肉体が無ければお風呂に入れません。肉体を手にいれるためには、生まれ変わる必要があるのです。いまのあなたは精神体なのですから」


「あー」反論の余地がないほど論理的だった。

 中途半端な奇跡は起こせるのに、現代社会の物理法則は未だに有効らしい。

 返答に窮して、なにも言えずに黙っていたら、神様も困ったように言葉を紡いだ。


「最低限あなたの望みは反映させるつもりです」


 なにを言っているのだろう。

 生まれ変わりたくないって言ってるんだから、それを尊重してくれよ。生きてるような死んでるような状態なら十分すぎるほど味わってきたんだ。だからもう楽にしてくれよ。

 なんて、文句を言える豪胆な性格をしていたら、生きたいように生きられていたはずだ。

 結局流されているのだから、人は簡単に変わることはできないのだろう。

「よろしくお願いします」

 と言って、お辞儀した。


「そのほかに望みはないですか?」


「特には」


「ほんとにほんとですか?」


「……そうですね」


「本当に欲のない方ですね。遠慮は美徳ではありませんよ」


「あーじゃあ、もう一つだけ」


「なんでしょう」


「ちょっといろいろとあって人間不信になりかけてるんで、もし転生するのであれば一人で生きていけるようにしていただければ助かります」


 望むべくは生活インフラだ。

 衣食足りて礼節を知り、はじめて人間らしく生きることが出来るのだ。


 感情に落とした蓋がゆっくりと開いていく。

 お風呂から上がってさっぱりしたら、自らの命を断とう考えていた。

 そして、ただ漠然と、その企みがうまくいかないことを、どこかで悟っていた。

 中学生の頃、十五歳になったら死のうと考えていたが、三重にした麻縄の輪っかを眺めているうちに怖じ気づいて咽び泣いたことを思い出した。

 今度もきっとうまくいかない。

 だから、腹をくくったのだ。

 生きていく覚悟を。


「わかりました。ではそのように手配します。それでは次の人生頑張ってください」


 神様の明るい声が響き、

 意識が霧散した。


 生まれ変わりなんてしたくなかったが、望んだように出来ないのが人生なので、いままで通り流されることにした。


挿絵(By みてみん)




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