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異世界に召喚された「ゆうしゃ」~森の迷宮の喫茶店~

作者: 浅野明

私の名前は彼方莉乃。とある大手企業で経理をしている。先日二十五になったが、まったく彼氏ができる気配もない。たぶん、私がゲームオタクなのが問題なんだろう。……いいんだもん。男がなんぼのもんじゃい!


そんな私は今家に急ぎ足で、というより、もはや全速力で向かっていた。理由?後ろからあやしい足音が聞こえるからだよ!


カツカツカツカツ


「うひいいいいい」


怖い。とんでもなく怖い。振り向いて確かめるとか無理!


「もう少し!」


それでも両親と兄のいる我が家が見えて安心したそのとき、私は唐突に足元に開いた真っ黒な穴にまっ逆さまに落ちて、そのまま意識を失ったのだった。





★★★★★




私が目覚めたのは、広い部屋。どうやら生きていたようだ。いやいや、死んだかと思ったわ、生きてて良かったなー。


この部屋は天井が高く、部屋は六畳の私の部屋の十倍はありそうだ。家具らしきものがなにもないから余計広くみえるのかもしれないが。


それにしても、足元に穴が開くとかあり得なくないか?役所に文句を言いにいかなくちゃ!


で、このだだっ広い部屋はなんなんだろう。ご近所さんもわが家と似たような建て売りだから、こんな広い部屋はないと思うんだよねえ。しかもこの部屋、扉が七つもあるし。なんでこんなに出口があるんだ?この家はお城なみに広いんだろうか?


「うーん、どうしよう」


体を見てみるが、案外服はキレイだったし、怪我もないようだ。部屋には誰もいないし、取り合えずどれでもいいから扉を開けてみるかなあ。ずっとここにいてもどうにもならないしね。


悩んでいても仕方がないので、私は一~七まで数字の書いてある扉のうち、一と書いてある扉をあけた。うん、まあなんとなく一から試したいよね。行ってみてダメだったらまた他を開けてみたらいいんだし。


恐る恐る扉を開けたら、扉の向こうは部屋だった。


「また部屋?」


足を踏み入れると、ぱたん、と音がして勝手に扉が閉まり、消えてしまった。文字どおり跡形もなく姿を消したのである。どゆこと?


仕方なく私は今度の部屋を見渡す。


部屋は石造りで、光源は不明だが意外に明るい。でもって部屋の中央にはゲームとかでよく見る、いわゆる宝箱らしきものが一つ置かれていた。


部屋には出口もないので、この宝箱を開けてみる以外に選択肢はなさそうだ。


「なんかやだなあ」


選択肢がない、というのは存外気持ち悪いけど仕方ない。


私は警戒しながら宝箱に触れる。


「……開いた」


拍子抜けするほど簡単に、宝箱は開いた。


鍵も罠もなんにもない。


宝箱の中には一通の手紙と、ゲームとかでよく見るような剣。


私はとりあえず手紙をみてみることにした。


『貴女は勇者です。この先に魔王がいます。勇者の剣を手に取り、魔王を倒してください』


……ナニコレ。


私の目が点になったのも無理はない。いやいや、おかしいでしょ。こんな剣一本で魔王を倒すとかどんなムリゲーさ。こちとらごく平均的かつ一般的な日本人ですよ。喧嘩だって口喧嘩がせいぜいだし。


「これは無視してもいいのかしら」


しかし、戻る道はない。ずっとここにいるわけにはいかないから、つまり進むことしかできない。ということはこの手紙を信じるならこの先には魔王がいて、丸腰で行くか剣を持っていくかしかない。え、詰んだ?


私は呆然として宝箱を見つめる。


「えー」


振り向いてみても扉が現れる気配はまったくなく、ただ石壁があるだけだ。


いったいどうしろと。いや、やるべきことは書いてあったけどね。やりたいかどうかは別の話でね。


うん、誰か助けてー。……待ってはみても助けなんてこなかった。現実はキビシイね。いや、もしかしてこれは夢なのか!そうか!きっと私は夢を見ているに違いない。


それにしても不親切な夢だな。勇者とかいうなら仲間とかお金とか武具とかチートな能力とか用意しておけよ!


まあでも夢だしね。ぶつぶつ言いながらも一人納得しつつ、私は剣を持たずに先に進む。まあ、夢とはいえ武器とか怖いよね。ムリムリ。


そんなわけで私は丸腰で先にある扉を開けた。


『パンパカパーン』


…………。


扉を開けた途端に脳裡に軽快な音が響いた。何事?


『おめでとうございます!武器を持たずに飛び込む勇気。貴女こそ勇者です。というわけで貴女は選ばれました。さあ、宝箱を開けて旅立って下さい!輝かしい未来が貴女を待っています』


部屋は六畳くらいの広さだった。魔王とやらはいなかった。宝箱が五つあった。


まったく理解が追い付かない。なんなの?ほんとなんなの?誰か説明してくれないかしら。





★★★★★





私は今、森の中にいる。あの不可解な出来事から半年がすぎて私は納得はいかないものの、この世界での生活にも大分なれた。


森の中の少し開けたその場所には小さな、けれど可愛らしい外観の喫茶店。


あのとき開けた宝箱の中身は『家、屋敷組み立てキット』『魔法の調味料セット』『女神様の加護』『選べるスキル(5)』『選べる魔道具』だった。


あの部屋には魔法陣があって、それに乗るとこの森の中に転移した。『家、屋敷組み立てキット』で私はこの喫茶店を組み立てた。魔法とは謎です。


『魔法の調味料セット』があるから調味料とか買いに行かなくていいし。『女神様の加護』があれば魔物も亜人も人も私に危害を加えることはできないらしい。ここに来るお客様はみんな友好的で助かっている。


『選べるスキル』は五個選べたので私は「マジックボックス」無限に収納できて中では時間経過による劣化もない、というゲームでありがちな能力と「熟成」「火魔法」「水魔法」「転移」を選んだ。ちなみに転移は一度行った事があるとこじゃないと転移できないそうだ。怖くていまだに森から出られない私には意味なかった。他のスキルは料理するときとかにお役立ちである。


『選べる魔道具』はもちろんキッチンとかお風呂とか。これがあったおかげで生活水準はわりと高めです。


食材とかはこの森で採れるもので十分賄える。ハーブやお茶の木もあるし。お客様もちょくちょく食材を持ち込んでくれるしね。種とかあるし、そのうち裏に畑でも作ろうかしら。


異世界で思いの外快適に暮らしながら私は今日もお客様の話に耳を傾けながら日本に帰る方法をさがしている。いつかはあの懐かしい我が家へ帰るのだ。




★★★★★




世界でも有数の危険極まりない神遺産級迷宮『女神の森』。その迷宮のどこかに珍しく、見たこともないような料理や甘味を出す喫茶店があるという。


ある勇者は言った。


「疲れ果てた時に見つけたんだ。美味しい料理や美味しいお茶。心も体も癒されたね。そこでは魔物だって襲ってこない、夢のようなとこだった。店主は女性で優しく僕の悩みを聞いてくれた。まさに女神の喫茶店だよ」


ある冒険者は語る。


「いやいや、伝説級の魔物の肉が食えるとか出された時には唖然としたね。聞き上手な店主でつい色々しゃべっちまうが、出るときには魔力も体力も回復してる。まあ、悩みを解決してくれるし、行き帰りの危険を考慮してももまた行きたいね」


ある魔王はしみじみと呟く。


「魔物も亜人も人も争うことがない、まさに理想郷よな。それに料理が絶品だ。店主に話をするとどんな悩みも解決してしまうしな。我としたことがついつい常連になってしまったわ」


森の迷宮の喫茶店『女神の喫茶店』は今日も賑わっている。













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