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悪魔


 美しい観光地は瓦礫の平原となっていた。その中央にできた巨大なクレーターに、ヒッポは倒れていた。

 俺達は彼――彼女に駆け寄る。


「ヒッポさん!」

「ニッピオちゃんとルクスね……。恥ずかしいところを見せちゃったわ」


 ヒッポは血を吐いた。


「気をつけて……奴にはアタシの金玉絶潰拳が通用しなかった……ガクッ」


 そう言ってヒッポは息を引き取った。どうでもいいけど自分で「ガクッ」って言って死ぬ奴初めて見た。


 クレーターの縁に佇む敵を俺達は見る。


 のっぺりしたシンプルな人型の白いボディ。ただし人間のようで人間ではない。爬虫類の頭部。トカゲのような尻尾がぬるりと動く。とはいえモンスターというわけでもなさそうだった。奴の腰には1本のベルトが巻かれている。剣や棍棒ならまだしも、それ以上に複雑な道具を使うモンスターは現在でも確認されていない。


「なんだ、あのフ●ーザ最終形態みたいな奴は……!」

「え、今なんて? どこからともなく『ピ――』って音がして聞こえなかったんですけど」

「いや、●リーザというよりむしろミュ●ツー……?」

「まただ、今度は2回も『ピ――』って聞こえた! どこから!?」

「それより、早く変身だ!」

「わ、わかりました!」


<♪ホイール・オブ・フォーチュ~ン! ホーイホイホーイ! ウホホノフォ~イ!!>


「まずは“星”で敵を撹乱だ! そして奴が足を止めてる間に“塔”で攻撃!」

「わかりました、えっと、あれでもない、これでもない、ええっと……あった、これだこれ」


<♪スター! スタタタタタタタタタッ!>

「ヘイヤァーッ!」


 無数の星形手裏剣が飛んでいく。だが手裏剣としての使用はフェイント、本命は機動砲台による包囲とレーザー斉射だ。


 と、奴のベルトの側面からカードが1枚飛び出した。そのまま宙を滑るように移動し、ベルトのバックルに吸い込まれる。 


<♪……ハイエロファント>


「なッ……」ニッピオが硬直する。

「あれは“法王”(ハイエロファント)のブースタロット!」

「そんな……ブースタロットを使ったのにあの間抜けな呪文ソングが流れない……ズルい……」

「そこかよ!?」


 星達がレーザーを放つ。敵を中心とした半球の空間を埋め尽くすような、逃れる余地のない弾幕。

 だが敵に届く寸前、レーザーは逆走。自分の発射したレーザーに射抜かれ、星達が爆発する。


「反射……? 嘘でしょ……」

「おい、ぼさっとするなニッピオ!」


 俺の警告は遅かった。まるでテレポートしてきたかのように、いきなり敵が眼前に現れる。拳を顔面に叩き込まれ、ニッピオは数十メートル後ろに吹っ飛んだ。

 間の悪いことに、ニッピオは次のカードを選んでいる途中だった。手に持っていたカードが宙を舞う。ニッピオは急いで掻き集めたが、風にめくられたカードは敵の足元にも流れていた。


 その1枚を敵は拾い上げ、ベルトに挿入。


<♪……ストレングス>


 腕だけを象のように巨大化させた敵の右ストレートがニッピオを更に吹き飛ばした。

 ダメージでこちらが動けないのをいいことに、敵はまた別のカードを拾い上げ、読み込む。


<♪……タワー>


 バズーカというよりはむしろ砲台と呼ぶのが適切な巨砲がこちらに向けられる。


「嘘でしょぉ~!?」


 ニッピオは即座に逃走を選んだ。敵に背を向け、全力で走り出す。その背後の地面に着弾。爆風と炎が俺達を紙屑のように吹き飛ばした。


「がっ――」


 背中からクレーター外に落下。激痛に悶えるニッピオ。そうしている間にも、敵は滑るように近づいてくる。


「まだやる気なのか……!」


 おそらく、俺から全てのブースタロットを奪い取るつもりなのだろう。だがそれを言うとニッピオの奴がブースタロットを差し出して降伏しそうなので黙る。そうさせるのは、全ての抵抗を試してからでも遅くない。


「ニッピオ、“戦車”(チャリオット)のカードだ」

「こ、これですね?」


<♪チャリオット! チャリンチャリ~ン! オットット!>


 魔法陣から流線型をしたバイクが現れる。空陸両用、魔導二輪。最高時速300キロのモンスターマシンである。


「乗れ! 一旦、退却だ!」


 だが。

 走り出したバイクを、無数の小さな何かが追跡する。“星”の機動砲台だ。


「囲まれるなよ!」


 バイクは矢のように地上を疾駆する。だが見える風景は廃墟と、薙ぎ倒された木々、そして転がる死体ばかりだ。予想以上に破壊の爪痕は広範囲に広がっていた。これを奴が1人でやったのか。


 星がレーザーを発射する。バイクを左右に振って回避。


「ニッピオ! 前だ!」


 後ろからのレーザーばかり気にしていた俺達は、大きく回り込んできた巨大な飛翔体に気づかなかった。“月”(ムーン)のカードで召喚されるブーメランが命中。俺達はバイクから叩き落とされ、地に転がる。


 時速300キロで走るバイクから落ちたダメージは大きい。しかし星達は立ち上がるのを待ってくれなかった。容赦なく装甲にレーザーの雨が打ちつける。一撃一撃のダメージが低いのがせめてもの救いだ。


 俺達は転がるようにして廃墟の中に隠れた。


「“恋人”はあるか!?」

「彼女いない歴=年齢です!」

「そっちの恋人じゃねえよ!」


 “恋人”のカードを使用。出てきたのはガトリングガンだ。廃墟の入口に向けて構える。


「今だ!」


 追ってきた機動砲台を毎秒3000発放たれる機銃弾が迎え撃つ。レーザーを発射する間もなく、星達は地に墜ちていった。


「……ふう。これで、なんとか……」

「そんなわけあるか!」


 その通り、とばかりに天井が崩れたのは次の瞬間だった。

 目前に敵が降ってくる。掌打をくらい、俺達はガトリングガンから遠く離れた位置へ弾き飛ばされた。


「こうなったら、“隠者”で逃げましょう!」


<♪ハーミット! ハハハ、ハハハ、フゥ~ハハハ!>

<♪……サン>


 瞬間、炎が俺達を包んだ。

 “太陽(サン)”のブースタロットによって、奴はフレアを発生させたのだ。姿が見えていようといまいと関係ない。廃墟の中を熱波が駆け巡り、急激に熱された空気が爆発を起こす。俺達は建物の外まで吹き飛ばされた。ダメージのあまり透明化が解除される。


「げふっ……」


 仮面の中でニッピオが血を吐いた。装甲は黒焦げで、敵の殴打を受けた箇所は大きく凹んでいる。内臓にもダメージを受けているだろう。

 回復魔法なら使える。だがまだだ。この危機を乗り越えない限り、傷を治したところで死期を遅らせるだけに過ぎない。無限ではない魔力のリソースをいたずらに消費するのは得策ではないだろう。


「回復アイテム買っとけばよかったなぁ……」


 ニッピオが呻く。同感だ。


 悠々と敵が建物から出てきた。だが様子がおかしい。ゼンマイが切れかけた人形のように、その足取りはぎこちない。体表も所々焼けてくすんでいる。


「馬鹿め。あんな狭いところで“太陽”を思いきり使うからだ。いくぞ、ニッピオ!」

「はい!」


 敵は周囲を見回し、大地に倒れ込んだまま起き上がれない俺達を発見する。もはや急ぐ必要もないと踏んだのだろう、ゆっくりと一歩を踏み出す。


 それが間違いだ。


<♪ジャッジメント! ジャジャジャジャ邪悪なメンズを根こそぎシンパーン!>

「セイ! バァーッ!!」


 どこかで見たような髭面のオッサンが天から降下。敵がそれに気づいたときは、既に遅かった。

 大爆発。


「やったか……!」


 爆発が収まったとき、そこに敵の姿はなかった。砕けたベルトと、奪われたブースタロットが散らばっているだけだった。

 身体を引きずるようにして、ニッピオがカードを回収する。


「よかった……全部ありますよ」

「奴のベルトには何が入ってたんだ?」


 バックルには大きくヒビが入っていたが、カードの差し込み口周辺は無事だった。ニッピオがイジェクトボタンを押す。飛び出してきたのは、“悪魔(デビル)”のカードだった。


「――ええっ!?」


 ニッピオが素っ頓狂な声をあげたのにはわけがある。

 “悪魔”のカードが突然、砂になって消えてしまったからだ。


「こっちも……!?」


 敵から奪い取った“法王”のブースタロットもまた、霞のように消えていく。


「なんで……?」


「千年を生きた聖剣も、驚くことがあるのかな?」


 頭上から声がかかった。


 そう高くないビルの屋上に、白衣を着た1人の男が立っていた。年の頃は40から50。片眼鏡(モノクル)が陽光を反射して光った。


「私の名はDr.グルース。君達がさっきまで戦っていた『エフェクトルーパー』の創造主だ」


 Dr.グルースは白衣をはだけた。その腰には金色に輝く大仰なベルトがある。そして彼の右手の指先には“悪魔”のブースタロットが挟まれていた。


<♪……デビル>


 男の背後に、無数の魔法陣が展開する。そのひとつひとつから、さっきまで戦っていた敵――エフェクトルーパーが出現した。


「さっきの疑問を解消してあげよう。君達が手に入れたカードが消えたのは、それがコピーだからだ。オリジナルはここにある」


 Dr.グルースは自分のベルトを叩いた。


「では今度は君達が私の疑問を解消してくれ。この数を前に、君達が取る行動は?」




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