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死神


 千年前の徒歩移動と比べると列車の旅は快適極まりなかった。

 まず野生のモンスターに襲われない。テントを張る必要もない。何より速い。


 勇者と旅したとき、王都まで辿り着くのには半年くらいかかったものだ。単純な移動速度の問題もあるが、モンスターの襲撃、更にその辺一帯の通行を塞ぐボスモンスターの退治に時間を取られたからというのが大きい。


 それが今では、たった3日だ。世界も狭くなったものだ。


「えっ、王都ってキングカンドじゃないのか」

「そりゃ600年前までの話ですよ。今はシェリンドンです」

「あの黄金の都といわれたキングカンドが、今じゃ特急が止まらないくらい寂れてるなんてなぁ」

「そりゃ600年も経てばね。今じゃ鹿くらいしか見るものないですよ」

「奈◯かよ」


 というか、千年経っても王制が維持されていたのに驚いた。民主主義政治になってないのか。まあ民衆が幸せなら独裁政治でもなんでもいいのだが。


 王都シェリンドンにつくと、俺達は図書館に向かった。目的は地元のニュース。半年前までの新聞記事を手に奥の席に陣取る。千年前と比べると印刷技術は格段の違いだ。下手糞な文字で手書きされた写本がメインだったのに、今は均質化された印刷文字、さらにカラー挿絵まである。


「何よりありがたいのは、本に魔法でロックがかかっていないことだな」

「ロック? なんで? 読めないじゃないですか」

「千年前は、知識ってのは特権階級の専有物だったんだよ。文字を読み書きできる奴も限られてた」

「おれ、その時代に生まれてたら天才扱いされてたのかな」

「輪をかけて馬鹿になってただろうよ」


 目当ての情報を得るまでには時間がかかったが、本を開くためだけに解除アイテムを探し回ったり、守護モンスターを倒したりしていた時代に比べれば遥かに早く終わった。


「やっぱりあった。3ヶ月前に強盗団がペガルナ大神殿に盗みに入ったが、何も盗らずに逃げ出したらしい」

「…………」


 ニッピオは寝ていた。

 俺はベルト部分に最小電撃魔法を流した。





「……で、今度はどうするんですか? モンスターもいないのに変身なんかして」


 ビルの屋上、鎧に身を包んだニッピオが腰をさすりながら言う。


「よし、“隠者”(ハーミット)のカードを使え」

「はいはい」

<♪ハーミット! ハハハ、ハハハ、フゥ~ハハハ!>

「……こ、これは?」


 ニッピオが驚くのも無理はない。俺と奴の身体が鎧ごと、ゆっくりと消えていったからだ。もちろん無になったわけではない。ただ、見えなくなっただけだ。


「“隠者”のカードは姿を透明にすることができる。それを使って警察に潜入、ペガルナ神殿に入った強盗団の捜査資料を手に入れるんだ」

「わかりました。どうでもいいけど、遠くから狙い撃ちするカードとか透明になるカードとか、ルクスさんの魔法って卑怯なやつ多いですよね」


 俺はベルト部分に最小電撃魔法を流した。



 


 その後警察に潜入したのはいいものの、ニッピオが途中で女子更衣室に入り込もうとしたので透明化が時間切れになり、結局警察と小競り合いになった。

 サブミッションの使い手である警察署長は手強かった。だが倒した。


 俺達は警察への不法侵入をチャラにすることを条件に、警察がアジトを突き止めながらもいろんな意味で手を出せないでいた強盗団と戦う羽目になった。

 万国旗を出すのが精一杯とうそぶいていた割に強盗団のボスは強敵だった。だが倒した。


 強盗団のボスから、大神殿の聖剣ルクスキャリバー(レプリカ)――正確にはそこにあったはずのブースタロット――を盗むよう彼等に依頼した犯罪派遣会社の存在を知った俺達は、港町にあるその本社に乗り込んだ。

 社長は強かったが会長にクビを宣告されると可哀想なくらい弱体化した。だが倒した。


 自白しようとした社長と会長を殺して去った謎の覆面を追って俺達は海を渡った。

 途中で船を襲った大蛸型モンスター・クラーケンは強大だった。だが倒した。そして食った。


 海を渡って辿り着いた大陸で俺達は謎の覆面をついに追い詰めた。その正体はなんとニッピオの生き別れの従兄弟の友達のお兄さんのクラスメートだった。だが倒した。





 ……そして俺達は常夏の島・トロピカ島に辿り着いた。観光資源だけで栄えるこの島はそれを目当てにしてきた客でごった返している。千年前も似たような場所だったが、世界人口の増加が一目瞭然だ。


「ああ、千年ぶりだけどこの、こう、次から次にたらい回しされるのに肝心の問題は何一つ片付いた感じがしないの、一昔前のRPGみたいで懐かしいなぁ」

「ああるぴぃじぃ……? とにかくここ数日戦い詰めだったし、しばらく休みましょうよ」

「駄目だ。こういうのは間を開けると今までの話を思い出せなくなって結果的に積む羽目になるからな」

「……おれ、ルクスさんと組んでしばらく経つわけですけど、相変わらず言ってることはさっぱりわからねえですよ」


 ニッピオのテンションは低い。敵のアジトに乗り込んで倒すという戦いばかりで、そこには観客がいないからだ。人々から感謝され持て囃されるのが奴の望みであり、たとえ盗賊団や悪徳企業が打倒され社会がよくなっても彼自身が讃えられなければ意味がないのである。


「あーもー。子供達からは応援され、可愛い女の子から黄色い歓声を浴びるような戦いはないんですか?」

「じゃああれなんかどうだ。ほら、右手の壁に貼ってあるポスター」

「地下武闘大会ですか。賞金――100万ネマ!? 武器と魔法の使用OK? いいっすね、路銀も尽きそうでしたし」


「――――!」


 その時だった。俺は殺気のようなものを感じた。金属でできた身体が凍り付くような感触。即座に殺気の元をサーチしたが、放った哨戒波は何も返してこなかった。


「……気のせいか……?」

「……ルクスさん?」

「今、誰かが俺達を見ていたような気がしたんだが」

「そりゃ、人の多い街ですから、誰かの視界には必ず入りますよ」

「いやそういうんじゃなくてね? ほら、あの覆面の男が最期に言った言葉、おぼえてるか?」

「忘れました」

「おぼえといてやれよ、重要な伏線っぽく言ってただろ。『お、俺は死ぬ……。だが貴様等の命も長くはない。貴様等の背中を、死神が見張っている、ぞ……』ってな」

「そんな迫真の演技込みで再現しなくても」

「どうやら敵も俺達が追っかけてきてるのに気づいたようだ。注意しろよ」





 武闘大会会場、広い待合室は人でごった返していた。ざっと百人くらいだろうか。全員が首に鉄のチョーカーをはめている。ニッピオも例外ではない。チョーカーは選手としてエントリーした者に渡されるものだ。つまりここにいる全員が俺達のライバルということになる。


 顔ぶれは多彩だ。いかにも武闘家といった格好の者、中国拳法を連想させる胴着を身につけた者、類人猿の域にまで筋肉を鍛え上げた者、パンチパーマの主婦然としたおばさん……挙げればキリがない。


「……勝てるのか心配になってきた」


 ニッピオがキョロキョロと周囲を見回して言った。用心のため既に鎧を装着しているのだが、その格好で不安げに振舞うのはかえって滑稽さが際だつ。


「もう遅い。どっしり構えてろよ」

「そんなこと言われても……」


 チョーカーを巨乳のスタッフにはめてもらったときの浮かれようは見る影もない。


 ガチャンと大きな音が鳴り、ニッピオが飛び上がる。扉が施錠されたのだ。


『みなさんお集まりいただいてありがとうございます』


 天井近くのスピーカーから声が流れる。


『それではここにいる全員で殺し合っていただき、最後まで生き残った1名様に賞金100万ネマが支払われます。最後の1人になるまで扉は開きませんのであしからず。制限時間は10分。それを超えると首輪に仕込んだ爆発が爆発します』

「……ちょっと待って、なんか俺の知ってる武闘大会と違うんですけど。それ、違うジャンルですよね?」


 今のこの世界ではこれが普通なのかと不安に駆られたが、やはり彼等にとってもイレギュラーな事態らしい。

 誰かが金切り声を上げた。静かにしろ、と別の誰かが叫ぶ。

 外れねえぞどうなってんだ、とチョーカーを外そうとしたらしい連中が喚く。


 ボンッ。


 チョーカーを力任せに引き千切ったボディビルダーの頸部が吹き飛び、周囲に血の雨を降らせた。室内に悲鳴が巻き起こる。


『ちなみに首輪を無理に外そうとすればその時点で爆発します。なお、室内の人間の減少率に応じて最大30分まで爆発の時間は延長されます。それでは皆様、賞金目指して健闘ください』


 それっきり、スピーカーから声は聞こえなくなった。

 壁のデジタル時計に「10:00:00」と表示され、ゼロに向かって容赦なく走り出す。


「ど、どうすんだよ、殺せって言われたって……」

「ヘッ、ビビってんのかよ」


 そういって嘲笑ったのは身体中に入れ墨をした屈強な男だ。


「殺しゃいいんだろ、楽しく殺ろうじゃねえか! 俺は最初から試合にかこつけて殺人を楽しむた――」

「キシャアアアアアア!」


 入れ墨の男が言い終わる前に、パンチパーマの中年女性が奇声と共に包丁を振り下ろした。男の頸動脈から血が噴き出す。


「え、うそ、なんで」


 膝を折った男は助けを求めるように周囲を見回す。しかし狂ったように包丁を突き刺すおばさんが怖くて誰も近づけない。


「ごめん、あやまります、やめて、やめてください、助けてママ――」


 入れ墨の男は死んだ。


 それがきっかけだったのかはわからない。気がついたとき、既にあちこちで戦いが始まっていた。


 いかにも強者然とした者達はほとんどが早々に脱落していった。強い者同士で潰し合ったのではなく、周囲の弱そうな者達が示し合わせたように集団で押し寄せたからだ。そうやって力を合わせ大物を排除した弱者達は、今度はさっきまでの仲間同士で喰らい合う。


 特筆すべきは先陣を切ったパンチパーマのおばさんだった。エコバッグに包丁差しごと大量の包丁を保持した彼女は、流れるような動きで折れた包丁を取り換えながら次から次に敵を屠っていく。

 その姿は人を超え、獣を超え、もはや一種の戦神(いくさがみ)。ただの粋がったチャラ男も拳法家もプロレスラーも、彼女の前では捌かれるまな板の上のサバ、祭壇の前のヒツジに同じ。


「100万んんんんん! エステええええええええ! 海外旅行おおおおおお!!」


 ああ、100万という金はかくも人を狂わせるのか。


 そしてその醜い戦いの間、我等がニッピオ君がどうしていたかというと――、気絶していた。

 失禁したうえで失神していた。

 あるいは死んだふりでも決め込んだのかと思ったが、呼びかけても返事をしないので、どうやら本気で意識を失っているらしい。

 最初にボディビルダーの首が吹っ飛んだ時点でこうなっていた。


 無理もない。自分と同じ生物の死と、別種の生物(モンスター)の死ではショックの度合が違う。それに今までの戦いで流れた血なんてPG12の範囲内だった。今度のはZ指定だ。


 だが起きてもらわねば――決着がつかない限り最大30分でまとめて死ぬことになる。

 動く必要がある以上、どうしても首元や関節といった部分は装甲が薄くならざるを得ない。至近距離で爆弾が爆発したら、鎧自体が無事だったとしてもその衝撃はニッピオに深刻なダメージを与えるだろう。


 そうこうしている間に、立っている者は2人だけになっていた。

 パンチパーマのおばさんと、色素の薄い髪と肌をした長身の青年だ。整った顔をしている。いわゆるイケメンという奴だ。


「宝石いいいいいい……! 子供の学費いいいいいいい……」


 おばさんは最後の包丁を抜き、エコバッグを投げ捨てる。その眼は爛々と輝き、口元は理性を失った者だけが形作れる笑みを浮かべていた。


「あ・た・し・の! おこづかいいいいいいいいい!」


 青年は鼻で笑い、懐から何かを取り出した。


「あれは……!?」


 その手の中にあったのは、鎌を持った髑髏が描かれた1枚のカード。

 “死神(デス)”のブースタロットだった。

 そして青年の腰には、奇しくも俺と色違いのベルトが巻かれていた。


 高々と“死神”のブースタロットを掲げた青年は、投げ入れるようにして自身のベルトにカードを差し入れる。


「変し――ブッ!」


 言い終わるよりも速く、おばさんの投げた柳刃包丁が青年の喉を刺し貫いていた。

 信じられないという顔で青年がくずおれる。そして2度と動くことはなかった。


「あたしの勝ちいいいいいいい!」


 青年から包丁を引き抜くと、おばさんは高々と包丁を掲げた。英雄の貫禄すら漂う。


『いいえ、まだです』

「……なんでよおおおおおお!?」

『そこに、死んだふりをしている方がいらっしゃいますよ』


 指をさして教えられたわけでもないのに、おばさんはまっすぐにこっちを見た。トランス状態に陥ったおばさんの本能が、ニッピオの心臓の音か何かを検知したのかもしれなかった。


「ひきょおおおうものおおおおおお!」


 1度100万をおあずけにされた怒りが、おばさんのステータスを更に上昇させていく。その身に陽炎が揺らいだ。


<対象ステータス、計測――不能>


 ナビ美が「ボンッ!」といって動かなくなった。

 計測域を突破!? どこまで強くなるんだ、このおばさんは!?


「おい、起きろニッピオ、今までで最大のピンチだから!」

「……うーん、もう食べられないよー」


 ベタな寝言を呟きながらも起きたニッピオは見た。白目を剥き、大きく開けた口から涎を垂れ流し血まみれの包丁を振りかざして襲いかかってくる『鬼』の姿を。

 ニッピオは再び気絶した。


「オイイイイイイ! 2度気絶してる場合じゃねえぞニッピオおおおおお!?」


 その時、ドアが爆発した!




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