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吊られた男


 野宿する必要も、宿屋に泊まる必要もなかった。何故ならニッピオの実家はベシク市にあったのだから。


「本当は帰りたくないんですけどね」

「親に怒られるのが嫌なのはわかるが、風邪を引くよりマシだろ」


 ニッピオがドアを叩く。すぐさま、心配を顔に貼り付けたような中年の男女が顔を見せた。男の顔はニッピオそっくりだ。もしニッピオの表情に締まりがあって、年月の分だけ皺を加えていったらこんな感じになるだろうといういい見本だった。


「た、ただいま……」


 両親の顔から、すっと表情が消えた。


「なんだ、おまえか」父親は言った。迷惑そうに。

「紛らわしいときに帰ってこないでちょうだい」母親がこれ見よがしにため息をつく。


 ニッピオはそれに何も言わなかった。ヘラヘラと卑屈な笑みを浮かべ、そそくさと逃げるように自室に引っ込む。


「親父さん達、怒ってるな、ありゃ」

「怒っちゃいないです。面倒くさいってだけですよ」


 数分後――再び玄関の扉が叩かれた。2人分の足音が競うようにドアに向かっていくのが聞こえる。


「無事だったか、アルコン!」

「俺はなんともありません、父さん」

「よかった、無事に戻ってきてくれて……」

「さあ、外は冷えただろう。ご飯にしよう」

「もう少し待ってね。すぐに温め直すから」

「俺を待っててくれたのかい。先に食べてくれてればよかったのに」


 ニッピオの部屋の扉の向こうで、家族の団欒が始まった。聞きたくないというように、ニッピオは頭から毛布を被り、胎児のように丸まった。


「おまえも何か定職に就けば、あの中に入れるんじゃないのか」

「こっちからお断りですよ。あんな奴等」

「ニッピオ――」

「――寝ます。明日は早起きして王都に行かなくちゃですもんね!」


 自宅の自室のベッドにいながら、ニッピオはひどく寝心地が悪そうに見えた。





 次の日、俺達は半鐘の音で起こされた。

 部屋の外が慌ただしい。忙しく走り回る足音が聞こえる。


「では行ってきます、父さん、母さん。警報に気をつけて」

「あなたも気をつけて」

「しっかりな。務めを果たして、無事に帰ってこい」


 ドアが開き、また閉じる音がした。


「弟のアルコンは、警備団の中隊長なんです」


 ニッピオがぽつりと言った。


「それ、すごいのか?」

「とても」


 なるほど、合点がいった。不出来な兄とエリートの弟。あからさますぎて嫌になるくらい待遇に差が出るのもわからない話ではない。


「あの半鐘、そしてあいつが出て行ったということは……モンスターが出たんですね」

「いつでも変身する用意はできてるぜ」

「……いいえ」

「は? おまえ、まさかもう戦わないってか?」

「違います。すみませんけど今日こそは、絶対に人前で変身しますから!」





 市の入口を形作る門は粉々になっていた。

 暴れているのはメタルオーガ。人間の3倍近い体躯を誇る巨大な鬼だ。メタルスネイルの時以上に警備団は苦戦しているようだった。


「こ、こ、好都合っすねぇ……。え……獲物はちゃんと残ってる、みたい、ですよ」


 ここまで全力疾走してきたせいで、既にニッピオは息も絶え絶え、汗だくだ。これでは鎧をまとったところですぐに動けなくなってしまうだろう。だから変身してから行けと言ったのに。


 それでも、ニッピオは生身のまま敵の前に踊り出た。

 いきなり現れた民間人に警備団の面々が戸惑いの目を向ける。そいつをつまみ出せ、と誰かが叫んだ。兵士に引っ張られながらも、ニッピオは“運命の輪”を引き抜く。


「変、し――」


 だが、黙って見ていてくれるほどオーガは優しい相手ではなかった。

 オーガの手にした棍棒が唸りを上げて迫る。ニッピオと、ニッピオを引き戻そうとしていた兵士は仲良く宙を舞った。警備団が防壁として積み上げた土嚢の上に落下。


「うッ……」


 目を回していたニッピオだったが、襟首をつかまれて引き起こされる。視線の先には、ニッピオとニッピオの母に似た顔をした若者の、怒りに燃える目があった。


「何をしに来た、貴様!」


 ニッピオの弟――アルコンは怒声を荒げる。


「運良く土嚢の上に落ちたからいいものを――なんだ貴様は、生き恥をさらすのみならず、邪魔をしに来たか!」


 アルコンが向ける怒りの強さに、ニッピオは弱々しく目を逸らすことしかできなかった。ちなみに補足すると、ニッピオと、ニッピオと一緒に吹っ飛ばされた兵士が無事だったのは俺がバリアを張ったからである。


「アルコン隊長、オーガが市街に移動します!」


 警備団の兵士が叫ぶ。


「――総員、第2防衛ラインまで後退だ!」


 おまえはここでじっとしてろ、と兄を突き飛ばすように物陰に追いやると、アルコン達はオーガを追って去って行った。





 自分語りいいっすか、とニッピオが力なく呟く。俺は無言を了承の代わりとした。


 ――昔は仲良かったんですよ、おれと弟は。だけどおれが5つの頃だったかな、母親の浮気が発覚しまして。おれは父の子だったんですけど、弟は母と父の親友の間にできた子だったんです。


 ――父と母がどうやって折り合いをつけたのかはわかりません。表面上は今まで通りでした。ただ父は、おれとふたりきりになるたびに、おまえは優秀だ、俺はおまえにだけ目をかけてる、弟に負けるな……って煽ってくるようになりました。


 ――子供でしたからね、父の言うことを鵜呑みにしました。自分の方が期待されてるんだ、優秀だ、なんて無根拠に思い込んで、その頃からですかね、弟とはどんどん険悪になりました。


 ――でもね、残念ながら優秀なのは弟の方だったんです。おれはどの教科でもどの分野でも、真ん中より上になることはありませんでした。いや、真ん中になるのも珍しかったかな。逆に弟は最低でも真ん中で。


 ――それで父がどうしたかっていうと、おれを見捨てて弟の方にすり寄ったんですよ。父は弟の前では公平な父親を演じてましたから寝返るのは簡単でした。そして事ある毎に弟を褒め、おれを怒鳴るようになりました。もう優劣ははっきりしてましたからね、公平さを演じる必要はないわけです。……母親? あの人は最初から弟だけの味方でした。


 ――今更あの家族に受け入れてもらおうなんて思っちゃいません。こっちからお断りですよ。下手に出てきたならともかく、上から目線で仲間に入れてやろうなんて言ってきたら殺人犯になるつもりでいます。


 ――でもね。それでも、おれを除け者にして家族団欒ごっこをしてるあいつらの声を聞くと、自分がひどくみじめに思えるんです。で、そんな気持ちにならずにすむためには、あいつら以外であいつら以上の誰かに認めてもらわなきゃ駄目なんだなって思うんですよ。



 ニッピオは立ち上がった。四肢にはまだ疲れが残っている。バリア越しとはいえオーガに叩き飛ばされたダメージもある。それでも彼はオーガを追って先を急いだ。



 ――すいません、ルクスさんは人前で変身しちゃいけない理由色々言ってたけど、おれ、全然わからねえ。やっぱりみんなを助けたのはおれだ、って自慢したいじゃないですか。おまえがいてくれてよかったって言われたいじゃないですか。


 ――そしたらみんなは助かって嬉しい、おれは感謝されて嬉しい。どちらも幸せでWin-Winって奴でしょう。いけませんかねこれ。不純ですかね。


 ――助ける側は見返りを求めちゃいけない、それが純粋だ、本当の善だっていう人がいるけど、ならおれは不純でいい。偽善で結構。いいことをしたのに報われることを期待しちゃいけないなら、そのうちいいことをしようって奴は馬鹿だけになりますよ。それじゃ世の中真っ暗だ。どっちか一方しか幸せにしない善よりも、両方幸せにできる偽善の方が何倍も、何倍も、素晴らしい。そう思いません?



「――だから」




 オーガにとって人肉は御馳走だ。特に女子供の軟らかい肉を好む。それはメタル化しても変わらない習性だった。そして最悪なことに、そのオーガは人間の集落には軟らかい肉が集まっている場所があることを――避難所の概念を学習していた。だから、兵士達の筋張って固い肉には見向きもせず、臭いを頼りに避難所を探した。


 避難所が発見されるまで時間はかからなかった。だいたい集落の中心にそれがあることも、そのオーガは学習していたのだろう。迷いのない足取りがそれを物語っていた。

 分厚い壁も棍棒の一振りで叩き壊される。震える人々を覗き込み、奴は涎を垂らした。


 決死の抵抗を続ける警備団だったが、戦闘にすらなっていないのが現実だ。オーガに踏み潰され、叩き潰され、あるいは前菜として胃袋の中に消えていく。


 だがおかげで、俺達は間に合った。


「だから――見せてやりますよ、おれの変身」

「……おう、もう止めねえよ。好きにしな」


 あいつ、と誰かが苛立った声をあげた。アルコンがこっちに向かって近づいてくる。だけどニッピオはそんなもの見ちゃいない。ニッピオが見ているのは、オーガの足の隙間を通してこっちを見ている人々だけだ。


「変身!」

<♪ホイール・オブ・フォーチュ~ン! ホーイホイホーイ! ウホホノフォ~イ!!>


 強烈な魔力光にアルコンがたじろぎ、オーガがこちらを振り返る。


「おまえは……?」アルコンが呻く。


「――ニッピオだ」


 そうだ、こいつにヒーローみたいなカッコイイ名前は要らない。ニッピオはニッピオだ。それ以上でも以下でもない。あくまでニッピオとして評価されねばならないのだから。


「ニッピオ、“(タワー)”のカードを引け。警備団の奴等は俺達の後ろに立つなよ!」


<♪タワー! たわわに高ぁーい!>


 左右に発生した魔法陣から、鎧をまとったニッピオの腕より太い鉄の筒が顕現する。

 100ミリ携帯式対戦車ロケット弾発射器。バズーカである。


「ヘイヤァーッ!」


 両肩にそれをかついだニッピオは容赦なく引き金を引く。火を噴いて飛翔する魔導炸薬弾はオーガの胸で大爆発を起こした。


<♪ストレングス! グスグス泣かすぜストレート・パワー!>


 空になったバズーカを投棄、ニッピオは前方にダッシュ。崩れた壁を蹴ってジャンプ、避難所に倒れ込もうとしていたオーガの後頭部を蹴って反対側に倒す。


「よし、とどめと行こう。“審判”(ジャッジメント)のカードを!」

「はい!」

<♪ジャッジメント! ジャジャジャジャ邪悪なメンズを根こそぎシンパーン!>

「セイ! バァーッ!!」


 “審判”はいわゆる必殺技のカードだ。

 突如空中に黒雲が発生し、そこから一筋の光と共に何処かで見たような長髪髭面のオッサンが降下してくる。オッサンは両手をX字に交差させると、オーガに向かって真っ逆さまに落下。そのままオーガの肉体を引き裂きながら地上にぶつかり、大爆発を起こした。

 

「みなさん、元気ですか~?」


 ニッピオは避難所に身を寄せ合っていた人々に向かって、陽気に声をかける。


 頼む。誰かこいつにありがとうと言ってやってくれ。よくやったと喝采を浴びせてやってくれ。


 だけど人々は彫像のように固まったまま、、怯えた目を向けるだけだった。






「……やっぱ、火力を叩き込みすぎましたかね? どーん、ばきーん、で五月蠅くしすぎちゃったかな?」


 王都に向かう列車のなか、ニッピオが欠伸しながら言った。


「お、おう、そうだな」


 こいつが馬鹿でよかった。オーガ以上に人々から恐れられていたことも、爆音でビックリしていたからだと思っている。警備団から王都行き蒸気機関車の一等客室チケットをもらったのだって、出て行けという無言の要請ではなく戦闘の報酬としか考えていない。


「よろしいか?」


 窓の外から呼ばれた。そこに立っていたのはアルコンだ。ニッピオの腰――俺を真っ直ぐに見て言う。


「私はアルコン。警備団の者です。聖剣ルクスキャリバー、いや今はルクスドライバーとお呼びすればいいか。私をパートナーにする気はありませんか」

「ちょっ……」


 ニッピオが慌てたように割り込もうとするが、アルコンは目を向けもしない。完全に兄をいないものとして扱っていた。

 なので俺は言ってやった。


「ないね」


 ニッピオが大袈裟なほど安堵のポーズを取る。俺が迷うことなく乗り換えると思っていたらしい。それはアルコンも同じだったようで、信じられないという表情をしていた。


「何故だ!? 私の方があらゆる面で勝っている。こいつはただ他人に褒められたいだけだ。褒められなくなればすぐに逃げ出す。だが私には街のために命さえ投げ出す覚悟がある!」

「だからだよ」

「なに……?」

「我が身の幸福度外視で戦うような痛々しい奴は、千年前にウンザリするほど見てきたんでな」


 駅員が高らかにトランペットを吹き鳴らす。これがこの世界の発車ベルらしい。

 呆然とするアルコンを置いて列車は動き始めた。




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